最後の監査報告書~後発事象について東京電力でケーススタディー
昨日監査法人事務所に寄り、監査報告書に最後のサインをしてきた。予定通りであればこの監査報告書が本日発行される。そしてこの監査法人での僕の役割は終了する。「予定通り」とは、後発事象のことを指す。
後発事象とは、監査報告書対象年度の財政状態、経営成績には影響しないが、翌事業年度以降の財務諸表に重要な影響を与える、翌事業年度に発生した事象のことである。厳密には「開示後発事象」と呼ばれ、財務諸表の注記として開示される。例えば重要なM&Aが翌期に確定したり、実行されたりした場合が該当する。
このほかに「修正後発事象」というのもあって、これは発生したのは翌期になってからというのは開示後発事象と同じだが、その対象年度の財政状態、経営成績に反映させるべきものであるため、財務諸表の注記ではなく、その年度の会計処理に反映させる。例えば、重要な得意先の倒産が翌期になって発生した場合、期末日現在のその得意先の売上債権に追加の貸倒引当金を設定するのである。
僕が今回直面したのは前者の「開示後発事象」の方。6/30にあることが起こる予定なので、起こった場合の財務諸表の注記案を会社が用意しそれを監査した。そしてそれが起こる前提の監査報告書を用意している。したがって、今日それが予定通り起こったと僕のスタッフが確認し、かつ、それ以外に注記すべき重要な後発事象がなかったことも確認し僕に報告をするまでは、監査報告書は発行されない。
さて東京電力は、福島第一原子力発電所関連の損失の一部(原子力損害賠償紛争審査会が今後決定する指針に基づき算定される損害賠償額)を未確定として2011/3期決算に織り込まなかったが、その一部が確定したとして追加の損失額880億を注記で有価証券報告書に開示した。また併せて事故終息に向けたロードマップがその後の状況変化に応じて改定されたので、それに伴いコストが380億追加で発生することも注記で開示した。これらは性質としては「修正後発事象」であるが、「開示後発事象」として扱われた、というのは上記の説明からご理解いただけるだろうか。
実は、会社法の監査報告書(招集通知に添付されるもの)を発行した後に修正後発事象が起こっても、遡って会計処理を修正する必要はなく、有価証券報告書で注記として開示すればよいというルールがある。東京電力はそのルール通りの処理を行った。だから会計上、或いは開示上、東京電力の対応が適切であったと言えることになる。
しかし、である。投資家や株主はこの情報開示で満足したのかである。
ルールにはすべて目的があり、目的を達成するために設定されている。ルール通りにやったが目的が達成されなかったというのはルールの解釈・運用が間違っている、というのが僕の主張である。したがって、もしこの情報開示で投資家や株主が満足できなかった場合は、ルールの解釈・運用が間違えていたことになり、「適正ではない」と監査人が判断することもありえたと思っている。ちなみにIFRSにはこのような場合「IFRSから逸脱しなければならない」という規定がある。ただ、日本の会計基準には同様の規定はない。
さてそうすると、何が目的かが問題になる。その目的が満たされなかった、だからルールの運用が間違っていると主張するのだから。長くなるのでここでいったん終了する。ただ、僕の意図は東京電力やその監査人の対応を批判することにあるのではなく、ルールの解釈・運用についての問題提起や、IFRSについて説明することにあることを念のため記載する。
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