原発事故に関する修正後発事象~東電と監査人の判断
東京電力は、2011年3月期決算で3,176億もの経常利益を計上しながら、主に震災関連の費用によって当期純損失が12,473億と沈んだ(いずれも連結数値)。ところが昨日僕が記載したように後発事象として、損害賠償の一部が880億、ロードマップの改定に伴う負担増が380億だったことが判明しているので、実はこれらを考慮した1兆4千億円前後の当期純損失が本来の決算数字ということになる。即ち、本来修正後発事象なので2011/3期の決算をこのように修正すべきだが、ルールにより追加で判明した事象を注記することで、貸借対照表や損益計算書の修正を免れている。
さて、なぜこのようなルールがあるのだろうか。それは日本に会社法と金融商品取引法の2つの開示制度があることに起因する。企業は会社法に基づき株主総会のために、決算書が添付された招集通知を6月の上旬には株主に送付してしまう。そしてその株主総会が終わると(終わらなくてもよいが終わってからの会社が多い)、上場会社は金融証券取引法に基づいて有価証券報告書を金融庁へ提出し、金融庁は速やかに一般に開示する。
企業にしてみれば招集通知として多数の株主に送付してしまったものを訂正するのは、実務上手間もコストも膨大なので、会社法の監査報告書日以降に発生した修正後発事象を決算に関係させたくない。しかし、株主も投資家も重要なことが起こっているのであれば決算に反映させてほしいと考える。そこで間を取って貸借対照表や損益計算書の本表には計上しないが、注記で開示するというのがこのルールの趣旨である。
このルールを僕流に解釈すると、「手間をかけても伝えるべき重要な事実であれば、(ルールに書いてなくても)貸借対照表や損益計算書の修正を行う(株主総会では報告事項ではなく決議事項として扱う)」ということになる。今回は880億と380億の合わせて1,260億の損失が、手間をかけても伝えるべき重要な事実かどうかが問題となる。おそらく東電も監査人もこの重要性に悩んだに違いない。最終的に全体が1兆円を超える大赤字なのだから、この程度の追加の損失が計上されていなくても大勢に影響を与えまいと考えて注記で開示することを選択した、というのが僕の(希望的な)観測である。ルール通りにすればよいと単純に割り切って注記で済ませたわけではないだろうと思っている。ただ、ルールになくても、はっきり本来の当期純損失の金額まで注記した方がよかったと思う。それが目的・趣旨に合っている。
ところでIFRSは日本特有のこのような二重の開示制度を想定していない。そこでASBJではコンバージェンスの一環として今回のような修正後発事象についても、有価証券報告書の貸借対照表、損益計算書を修正し計上するという方向で日本基準の見直しが行われているやに聞く。しかしどうだろうか。それがIFRSの趣旨に近づくことになるのだろうか。IFRSが想定していないことは、運用でIFRSの目的に照らして上記の東電のように判断すればよく、日本の基準にIFRSにない細則を追加することは避けた方がよいのではないだろうか。今の時点ではそう思っている。また各社が、有価証券報告書の提出時期を早めてこのような事象が起こりにくくするといった努力も重要である。
ところで、継続企業の前提の注記や偶発債務の注記に記載されている通り、東電は(原子力損害賠償紛争審査会が今後決定する指針に基づき算定される)損害賠償額をこの決算に計上しなかった。しかし、もし見積もれば巨額になるであろう損害賠償額を、最初から2011/3期決算に織り込まなくてよかったのだろうか。実はこちらの方がはるかに大きな話である。
これもまた一筋縄ではいかない。続きはまた後日。
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