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2011年7月12日 (火曜日)

監査人の経験から会計問題を考える~2/2

(減価償却)

以前は監査をやっていると会計と税務の違いに悩まされた。「会計上正しいのはわかるが、別表4で調整するのが面倒なので、このままやらせてください」などと言われて修正してもらえなかったりした。でも最近はそういうこともなくなってきた。

その代り、会計と税務の乖離は激しくなっているので、会社は別表4に多くの調整を入れなければならない。その結果、税効果会計の対象となる事象が増えた。このままコンバージェンスが進んでいけば、さらに調整項目が増加し、税効果会計が複雑となり、処理を間違えるリスクが増える。多くの企業で税務上の耐用年数ではなく自主耐用年数が採用されるとなると、もう、別表4・5の調整なんかやってられない。石川教授が指摘するように、有形固定資産も公正価値を付すことになると、もはや税制との乖離は決定的だ。税法側がもっと企業会計に歩み寄ってくるか、或いはもう決別して確定決算主義を放棄するかしてほしいと思うが、いずれの場合であっても、もっとシンプルな制度にしてもらうことが必須だと思っている。噂ではイギリスの税務上の耐用年数は1つしかないという。そういう議論を企業会計審議会にお願いしたい。

僕は、石川教授と同様にすべての企業に有形固定資産を公正価値で評価するようIFRSによって強要されることはない、そうなってほしくないと思っている。しかし、例えば歴史のある企業がしばしば多額の含み益のある資産を保有しているが、それを正当に評価するために公正価値を使う選択肢があるのはよいと思う。会社の状況にあった選択をすればよい。IFRSが用意する選択肢がうまくないのであれば、各企業の比較可能性を損なわない方法を日本として提案していくことが求められると思う。各社が正しい判断をしていけば、結果としてメーカーの生産設備など原価計算の対象になるような資産が公正価値になることはないし、賃貸物件に施した内装工事に公正価値をつけることもない、そういうところには減価償却制度が必要だろうと思う。

 

(公正価値)

期末の資産負債に着目しそれを時価評価することに、あまり抵抗はない。なぜなら、時価を考えることはその資産・負債のリスクを読み解くことだからだ。しかし、さすがに生産拠点などの有形・無形固定資産を時価にすることは別だ。そういう使用価値がメインとなる資産についてリスクを識別するには、減損会計の制度を生かせば十分だと思う。

しかし、石川教授が指摘するバブルの影響を受けた時価を貸借対照表に反映させる今の手法の問題点は、極めて深刻と言わざるを得ない。

石川教授も記載されているが、バブルかどうかを判定し、バブルであればその時点の市場価格を貸借対照表価額にしないなどという芸当が、会計にできるとは思えない。会計以前のところで解決すべき問題だ。しかし現実問題は、その会計以前のところでなかなかその解決策が見つからない。

僕が担当していた会社もリーマン・ショックの時はデリバティブで多額の損失を計上した。その原因はずっと継続的に上昇していたWTI(代表的な原油取引市場)の市場価格がその年の7月以降大幅に下落したことと円相場の上昇による。しかしその6月まで、まさか7月に相場がそんなに変動するとは僕も思っていないかった。市場のことはわからない、そう実感させられた出来事だった。ただ、原油市場に投機マネーが大量に入っていることは散々報道されていた。実需ベースの価格の試算値も報道されていた。では実需ベースの市場価格を公正価値として利用するか? いや、株式市場で実需ベースの市場価格など見たことはない。しかも、実需ベースの市場価格も試算値に過ぎない。投機マネーの規制をしてもらうしかないと思う。しかし、現実は米国のQE3が囁かれるなど、いまでもバブルがないとは言えない状況だ。

一方で「リスク情報の開示」は、「経営者の責任範囲の拡大」を要求している。即ち、マーケットが予想を裏切る動きをしたために、会社が損失を被ったのは、経営者の責任かそれとも経営者の責任範囲外のことか、ということである。経営のプロである経営者に株主が付託しているのは、どこまでの範囲なのであろうか。仮に「株主は経営者に素晴らしい製品を低コストで供給することを求めている」と仮定したとして、素晴らしい製品を作るための原材料・エネルギー価格は市場の影響を受ける。その影響をコントロールしようとデリバティブを行うと、また新たな価格変動リスクと付き合うことになる。どこに生産拠点を持つかを考えるときに、土地の値段や労働コストを考えない経営者はいない。さて、どこまでが経営者の責任、或いは、経営者が判断材料に含めるべき領域なのだろうか。

一般論としての答えは「すべて」ということになるように思う。結果的に想定外の外部環境から大きな影響を受けて会社の業績に変動を与えることはある。それは個別・具体的な事情から「確かにそれば想定外でやむを得なかった」と会社の利害関係者が冷静に判断するしかない。ただそのときに、想定外の事情の影響を含めて、情報開示がなされていないと、利害関係者は適切な判断ができない。

いずれにしてもリスク情報の開示は極めて重要だ。従来の取得原価主義でリスク情報は注記で開示するパターンと、公正価値をなるべく使用しリスク情報を注記で開示するパターンのどちらがリスク情報をうまく伝えられるか比較することが必要だ。

僕は、公正価値+注記の方を支持する。公正価値を計算する過程が、この資産或はこの事業がどのようなリスクに直面しているかを拾い上げる機会を与えるし、実際にP/LやB/Sの数字が動いているから、その読者の関心を生んで注記が注目されると思うからだ。取得原価主義で安定的な数字を出しておきながら、注記で実はこんなリスクがありますよと書いてもあまり注目度が上がらないであろう。いまの有価証券報告書の事業等のリスク情報が、会社によって蔑ろな記載で済まされているのは、その一つの例だ。

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さて、以前書いたように、しばらく新しい記事はストップします。次は再来週になると思います。ただ、もし訪問先の通信事情が良ければ、なんらかの記事を上げるかもしれません。

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