IFRS開発に日本は参加するのか、しないのか(3の2)~経営上のリスク認識
思い返してみると、僕がこの業界に入ってからの主な会計基準の変遷には以下のものがある。インパクトがあったと僕の印象に残っているものだ。
〇 連結重視(連結範囲の厳格化、関連当事者取引の開示、セグメント情報の開示を含む)
〇 有価証券等の時価評価(資本直入、強制評価減を含む)
〇 外貨建て取引に関連する改善(非貨幣項目の期末日レート適用など)
〇 固定資産、在庫評価の厳格化(不動産在庫の強制評価減や建設工事の受注損失引当金、在庫の低価法適用、減損会計)
〇 キャッシュフロー計算書の開示
〇 退職給付会計
〇 税効果会計
〇 継続企業の前提に関連する制度
会社によってインパクトの大きさは異なるが、これらは多くの会社に新しいリスクを定量的に認識させる効果があった。経営に「これは事業上のリスクが大きいから対応が必要」或いは「リスクが小さいから対応不要」などと判断するきっかけを与えたということだ。(ただ会社によっては会計基準が適用される前から適切にリスク認識し対応していたところもあったと思う。しかし、そうでない会社が多かったために業績に影響すると騒がれたのだと思う。)
例えば、有価証券の時価評価は株式市場などの相場の変化が会社の業績を直撃する、株の持合いができなくなるといった批判があった。しかし、そういう相場が変動するリスクのあるものを保有して資金運用をしていると開示する必要があったし、持合い株は会社の事業資金を寝かせることであり資金活動が効率的かどうか、持合い先との関係に意味があるかどうか見直す機会となった。それで日本特有の下請け制度であった「ケイレツ」を破壊されたというが、価値のある生産性の高い「ケイレツ」なら今でも存続しているのではないか。そして実力次第で「ケイレツ」を超えた新しい得意先を増やせる時代を招来するきっかけの一つになった。
もし、JALの退職給付債務が8千億円もあることが知られてなかったら、JALの経営者は破綻前に金融機関からもっと気前よく融資を受けられ、もっと多額の資金を使えていただろう。しかし、その代りに破綻時の悲劇はもっと大きくなっていた。即ち、金融機関はもとより、退職者や従業員が被った不利益もこの程度では済まなかったに違いない。JALは平成21年3月期に退職給付引当金を947億計上していたが、注記を見れば8千億円から年金資産を控除した簿外債務が3,300億以上あったのだから金融機関は参考にしたはずだ。これは退職給付会計の効用だ。
多くの会社が将来にわたって退職者の生活を保障することの重大さを退職給付会計によって気付かされた。その結果、給付総額が不利になったとしてもより確実な給付ができるよう各社が(国も)制度変更を行った。もし気付かされなければ、ある日突然大きな悲劇に襲われる人が増えていたはずだ。即ち、従業員は突然職を奪われ、老後のあてにしていた企業年金までが揺らぐのである。無い袖に気が付かずに振り続ければそういうケースが増えてしまう。
しかし、残念なことに勘違いが時々見受けられる。時価評価するから市場リスクがある、退職給付会計があるから退職給付制度を変えなければいけない、財政状態が悪く見える、業績が変動する、というのである。会計基準があるからリスクがあるのではない。もともと存在するリスクを会計基準が見やすくした。問題が先送りされないように白日の下に晒しただけだ。古代ローマ帝国の英雄ユリウス・カエサルが「人は見たいものしか見ない」と言って、都合の悪いものを遠ざける性質が古代ローマの人々にあることを指摘しているのはご存じの通りだが、我々も厳しい現実に向き合う覚悟が必要だ。
さあ、これらの我々にリスクの所在とその大きさを知らせてくれた会計基準の中で、海外の影響を受けず日本国内の英知とパワーだけで開発され導入されたものはあるだろうか。詳細を知っているわけではないが、僕はないと思う。さて、これからはどうする?
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