リスク管理体制~創業経営者の頭の中(事例)
もう10年ほど前のことだが、僕がその会社に関わった時にはすでにその会社はメイン事業を縮小し、新規事業に軸足を映すという将来像を描いていた。この会社の最高権力者は会長で、社長はもともとメイン事業の競合他社の経営者だった。会長にその人柄と経営手腕を見込まれて、口説かれて会社ごとこの会社に加わってきた。二人の役割分担は、新規事業の開発を会長、メイン事業は社長が担当していた。僕が関わったのは5年間ほどだ。
この会社はメイン事業で大成功し、その10年ほど前に上場した時も非常に話題になった。だからこの将来像を聞いた当初僕は驚いたが、確かにその時点ではメイン事業の将来に危惧すべき状況はあった。しかし、メイン事業がそれほど急に悪くなると思えなかったので、僕は多額の設備投資を行っていた新規事業をまず心配し、新規事業へ多くの監査時間を割り振ったのを覚えている。しかし、ほどなく新規事業は黒字化し、累損を一掃し、キャッシュフローを生むようになった。一方でその後の5年間メイン事業は急激な市場の縮小(価格の下落と数量の減少の両方)に直面しながらも利益を出し続けた。
この会社は、単に売上が減ったから対応策を立案したのではない。一見、メイン事業には無関係と思えるような分野の技術革新にも注意を払い、顧客の消費行動の変化を予想し、競争相手や主要材料の供給先の能力を評価し、5年後、10年後に予想される事象への危機感を会長と社長で共有した。この会社はこの二人が足並みをそろえれば、その方向に動く会社だ。このような危機感を共有したのは僕が関わるよりさらに5年は前のことだろう。そして全く新しい事業を起ち上げて、メイン事業が環境の激変に直面するころにキャッシュフローを生むようにすることができた。
メイン事業も、事業を売却するような完全撤退から逆に残存者利益を得ようと企業買収を進める選択肢までが検討され、当時の事業環境に照らして積極的なM&A戦略が採用された。このため、生産数量が最高を記録したのは市場が縮小したあとだった。M&Aによって生産量を確保し、それゆえ有効になるコスト削減策を実行し、シェアを高めて価格支配力を強化し、メイン事業もなんとか利益を出し続けた。
以上のプロセスにおいて、僕が考えるリスク管理上のポイントは以下の通り。
=勝手な制約を設けない冷静なリスク認識=
メイン事業、というか危機を感じ取ったその当時はほぼ単一事業だったと思うが、その将来を冷静に予想し、悲観的なシナリオをメイン・シナリオとして受けいれるのは容易なことではなかったに違いない。しかし、その「先読み」ができたことが早い意思決定につながっていく。
=早い意思決定=
早い意思決定が当初は代替的シナリオやオプションであった新規事業をメイン・シナリオに組み替えて起ち上げる時間を与えたし、同じくM&Aや他の選択肢を検討し、成功させる時間を与えた。個々の代替シナリオやオプション項目の方針や内容を決める意思決定も早かった。
=情報の適宜更新、会長・社長の共有=
マーケットが縮小する時間的カーブを正確に読めていたわけではないと思うが、注意深く前線の営業情報や売上実績をモニタリングし続けながら、情報を更新してシナリオやオプションの箱を入れ替え、アクセルを踏んだり緩めたりした。会長はワンマンだったが、新規事業のことでも大切なことは社長に相談していたし、社長もメイン事業の重要なことは会長に相談してから決めていた。
=対応策の根拠づけ=
時に図面や資料を見せられながら、「こういうやり方もあるけど、今回はこうしようと思う」などという話をしていただいた。すると、ひとつひとつに根拠があるのだが、それを外部の人に説明し意見を聞くことで、客観性を高め、不透明な将来の確実性を少しでも高めようとしているのが分かった。
正直に言って説明を受けても、僕がアドバイスできることは僅かだった。僕にとっては、どのシナリオ、オプションをメインに据えるか、そのタイミングはいつか、シナリオ自体をもっと改善できないか、というのは非常に難問だった。(もちろん、僕はそこまでの期待はされてはおらず、会計面からのアドバイスを求められたに過ぎない。)しかし、この二人の経営者はそれを実際にやりこなしていた。会社や事業の将来に対して持っている関心と責任感の強さが凄かった。これがまさにオーナーシップなのだ。
実はこのメイン事業は、固定資産の減損会計による減損損失計上を免れ続けたわけではなかった。そのあたりの経緯を簡単に示しながら、リスク管理と会計上の見積もり(この場合減損会計)の関係を次に考えてみたい。
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