有用な財務情報とは~「継続性の原則」とIFRSの「比較可能性」、「首尾一貫性」
IFRSの概念フレームワークには、日本の「継続性の原則」に当たる記述が見当たらないと書いたが、「継続性の原則」に関連しそうなIFRSの質的特性の規程を抜き出して検証してみよう。それは比較可能性と首尾一貫性だ。しかし、結論を言うと、比較可能性の記述には会計方針の適用について触れていないし、首尾一貫性は「同一事業年度における会計方針の一貫性」なので、どちらも「継続性の原則」ではない。
<比較可能性>
報告企業に関する情報は、他の企業に関する類似の情報や、別の期間又は別の日の同一企業に関する類似の情報と比較できる場合には、より有用である。(QC20)
比較可能性は、項目間の類似点と相違点を利用者が識別し理解することを可能にする質的特性である。(QC21)
(特徴)
- 同一企業の期間比較ばかりでなく他社比較も明示されている。
- 「同じ情報」と言わずに「類似の情報」と表現している。比較は、違うものを違うと確かめるためにも行われるし、事業背景等も踏まえて行われるのだから、異なる企業間で、或いは同一企業でも異なる期間で、状況の同じ項目のみがその対象になるとは限らない。よって、このような表現になっていると思われる。
日本の継続性の原則は、作成者側の手続を規制することで利用者が得る情報の質を確保しようとするものだが、IFRSの比較可能性は利用者側の効果・効用のみを書いているし、他社比較を直接明示している。即ち、日本基準は手段を書き、IFRSは目的を書いていて、かつ、対象範囲も異なる。
<首尾一貫性>
首尾一貫性は、比較可能性と関連したものではあるが、同じではない。首尾一貫性は、ある報告企業の期間ごとに、あるいは異なる企業のある単一の期間において、同じ項目に同じ方法を使用することを指している。比較可能性は目標であり、首尾一貫性はその目標の達成に役立つものである。(QC22)
(特徴)
- 期間ごとに同一の処理がなされるべきことが記載されている。「期間ごとに」の部分の原文の表現は「from period to period within a reporting entity」。もしかしたら、これを「期間内」と「異なる期間」の両方で一貫した処理を要求したものと読む方もいるかもしれない。実は僕もそうだった。「異なる期間」における一貫性を要求したものであれば日本の「継続性の原則」を含むことになる。これは可算名詞であるperiodに、aもtheもついていないのをどう理解するかにかかっていると思う。これについては後述する。
- 異なる企業同士の処理についても言及している。「異なる企業のある単一の期間において」という部分は、英語では「in a single period across entities」となっていて、会社間の比較と読める。
QC22の最後の文章で分かる通り、この首尾一貫性は上記の比較可能性の部分的な裏返しで財務諸表の作成者側から書いている。両者の関係は目的(比較可能性)と手段(首尾一貫性)。すると、この首尾一貫性が日本の継続性の原則に近い。本当にこの首尾一貫性は「異なる期間における一貫性」も求めてないのか。
さて、aもtheもついていない「from period to period」についてだが、これは僕の転記ミスではなく本当にこう書いてある。もし、可算名詞であるperiodにaを付けるとすれば「from a period to another(or others)」のようになるのではないだろうか。するとこの場合の意味は「異なる期間」の一貫性になる。だがWikipediaの「可算名詞」の項には『"I ate a chicken." と言うと「ニワトリ一羽をまるごと食べた」となるので、「鶏肉を食べた」は "I ate chicken." と言わねばならない。』 とある。やはり、「from period to period」は「from a period to another(or others)」とは異なる意味なのだろう。それは何か。
僕の解釈だが、「a period」とするとperiodが特定の長さを持つ(だから数えられる)が、ここではperiodに複数の長さを持たせたかったのではないか。会計期間には、四半期、各四半期累計期間、半期、事業年度と複数の長さがあり、これらの間での一貫性を表現したのではないかと思うのだ。要するに事業年度と、それを構成する四半期や半期は、同じ会計方針で一貫させることを言っているのであって、異なる事業年度の間での一貫性(=継続性の原則)ではないということだ。ASBJの翻訳も「統一事業年度内の一貫性」をイメージしているように思える。これならこの部分は日本基準の首尾一貫性と同じだ。
実は、IAS第8号「会計方針、会計上の見積もりの変更及び誤謬」の14には、より目的適合性の高い情報を提供できる場合にのみ、会計方針を変更しなければならない旨の記載がある。日本流に書けば「正当な理由がある場合にのみ、変更しなければならない」だが、日本の企業会計原則は「正当な理由がある場合を除き、継続適用しなければならない」だ。このニュアンスの違いがどこから来るか、もう一度基本的な質的特性である「忠実な表現」と、補強的な質的特性に格下げされた「比較可能性」の関係を見ながら次回以降掘り下げていこう。
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