一昨日は気仙沼信用金庫の覚悟の潔さに感動し、一気に記事を書いてアップしてしまったが、今日になってふと思った。もし僕がこういう状況の金融機関の監査担当者だったらどうするだろうと。返済期限延長の貸出金、通常なら債務不履行扱いとなるような債務者(融資先)が激増し、多額の引当金を積み増すことが想定されるが、それが正しいのか、それとも別の判断があるのか。多額の引当金を積み増した時、地域経済の復興に賭けた金融機関はどうなってしまうのか。今日は気仙沼信用金庫のことではなく、架空の、しかし、同様の覚悟を持って地元企業に資金を供給する金融機関を想定して僕がどう監査するかを書いてみたい。(したがって、気仙沼信用金庫の監査について何かを述べようとするものではない。)
まず最初に確認しておくべきは財務諸表の役割だ。財務諸表はその金融機関の経済実態を表現するものであって、それ以上のものではない。即ち、あるがままの実態を開示することが目的であって、その金融機関を存続させるための数字を作るものではない。あるがままの開示をした時にその金融機関の将来が危ぶまれ、しかし、その金融機関を存続させることが地域社会にとって必要であれば、自己資本を充実させる然るべき処置が公的になされるべきだ。それは会計の役割ではない。会計は、その金融機関がどれぐらい大丈夫だとか、危ないとか、どのくらいの自己資本を上積みすればよいかとか、そういう判断に資する財務情報を提供するものだ。したがって監査人は財務諸表が金融機関の実態を表示しているかどうかのみを判断する。
そして次がメインテーマの債務者区分の判断基準(信用リスク上のランク付け)、貸倒引当金が妥当かどうかの判断だ。貸倒引当金を見積もる会計基準は、一般事業会社も金融機関も大枠は同じだが、金融機関の方が圧倒的に細かく定められている。さらに金融機関については、金融検査マニュアル等で金融庁がさらに非常に細かく定めていて、かつ、これにバーゼルⅡの規制も関連してくる。一般的な感覚からすると、が・ん・じ・が・ら・め、という感じだ。或いは、ま・ん・じ・が・た・め、を掛けられたように動きようがない。
ところが、この卍固めが動いたことがある。それはみなさんもご存じの「中小企業金融円滑化法」だ。この法律はリーマンショック後の急激な経済環境の悪化から中小零細企業や住宅ローン債務者を守るために制定された(2009/11/30)。この法律によれば、金融機関が、中小企業や住宅ローンの借り手の申込みに対し、できる限り、貸出条件の変更等を行うよう努めるものであり、金融機関はその努めた状況の開示義務を負う(罰則付き)。要するに金融機関は、申込があれば、返済期限を延ばしたり、金利を下げたりすることを前向きに検討しなければならない。
肝心なのはここからだ。従来は、貸出条件の変更が行われた場合その債務者は、良くても「要管理先」、悪ければ「破綻懸念先」という信用評価の低いランクに分類されたのだが、前出の金融検査マニュアルが改定され、貸出条件変更先に対し実抜計画とか合実計画とか呼ばれる事業計画を策定させれば「要管理先」や「破綻懸念先」にしなくてよいことになった(或いは債務者が計画を策定できなくても金融機関が計画を読み取れるなら可)。加えて金融機関に、実抜計画・合抜計画を債務者に策定させられるような(コンサルティング)体制の整備を求めた。
ちなみに「要管理先」とは、要注意先と呼ばれるちょっと問題含みの融資先区分のなかでも一番リスクの高い(信用評価の低い)ランクで、それより信用評価が下がるともう破綻懸念先になる。破綻懸念先になると新規融資は事実上困難といわれる。バーゼルⅡという国際的な規制では「要管理先」でもデフォルト、即ち、債務不履行先扱いとなる。「要管理先」は、それぐらい信用評価の低いランクであるため、ここに分類されるのとその上にいられるのでは金融機関の融資姿勢に大きな差がでる。また、引当金も「要管理先」からはたくさん積む必要がある。繰返しになるが、従来は返済期限の延長など返済条件の変更を行うとこの「要管理先」以下の悪いランクに分類されていたが、中小企業金融円滑化法によって、上記XX計画を提出させる等の条件がそろえば、それを回避できるようになった。
さて、この中小企業金融安定化法に関連して、次のような話を複数の地銀の方から聞いたことがある。100年に一度の大不況と言われるリーマンショックなのに、この法律のおかげで本来急増すべき金融機関の貸倒引当金が落ち着いている。むしろ減少しているところも多い。本当に貸倒引当金は十分積んでいるのかと心配する向きもある。そんなところへ2年に1回の金融検査がきたそうだ。金融検査といえば、「おたくは貸出先の管理はなってない、評価が甘い」とか、「貸倒引当金をもっと積みなさい」と怒られる、金融機関にとって厳しい場だったから、この法律施行後の金融検査がどうなるか注目された。やはり甘いと怒られるのか。
ところが、今度は状況が同じでも反対のことを言われるようになったという。「これは厳しすぎないか、もっと上のランクで良いのではないか」と。しかし、言うのは同じ金融庁の検査局の人なわけだから、言いにくそうではあったらしい。
さてこの一連の動きは、金融庁が金融検査マニュアル等を使って、金融機関の貸倒引当金の見積もり方法を変更させたと言えなくもない。回りくどくて申し訳ないのだが、ここからがやっと本筋。というのは、この法律は面白い推移を見せている。この法律に基づく開示を見ればわかるが、金融機関はすべての相談者の条件変更を認めているわけではない。したがって貸出条件等の変更を断られた会社もあるし、それで潰れた会社ももちろんある。条件変更ができた先はその後どうなっているのだろう。順調に例のXX計画を達成しているのだろうか。この不況だからそんなわけはない。この法律によって資金繰りは何とか回り生かされてはいるが、実質的な事業活動はもうできないという幽霊企業が増えていて、この法律が打ち切られるなどのきっかけがあれば、多額の不良債権が表面化するという観測もある。しかし、これでは面白くない。
僕が面白いと言っているのは、こんな景気でありながら、意外と幽霊企業は少ない可能性もあるということだ。幽霊企業が多いとの指摘は、貸倒引当金が不足しているという指摘につながるが、僕の見方は逆で貸倒引当金はいまだ妥当な水準だろうと思う。中小企業の資金繰りがサポートされ、貸倒引当金の見積もり方法も少なくなる方向へ変更されたのに、中小企業の資金繰りのサポートが終了しても貸倒引当金は不足しないと思う。なぜか。それは、この法律以前の貸倒引当金は積み過ぎで、余裕があった可能性があるからだ。
但し、これは金融機関の引当金の積み方にもよる。金融機関へお勤め以外の普通のみなさんには馴染みのない話だが、信用評価の低い融資先債権に対するいわゆる個別引当てと呼ばれる貸倒引当金の積み方は、恐らく差は少ないと思うが、正常先や要注意先など比較的信用評価の良い先に対する一般貸倒引当金は、金融機関によって積み方に差がある。予想される貸倒損失のこの先1年分しか積んでいない銀行もあれば、貸出金の平均残存期間分、2~3年分積んでいる銀行もある(こちらが原則)。すると正常先や要注意先への引当だけ見ると、両者の差は2~3倍にもなる。これは数十億、銀行の事業規模によっては数百億。
この問題も掘り下げていくときりがないので幽霊企業が多くないという話へ戻そう。金融機関は自己査定といって、年に2回資産をすべて洗い出してその価値を確認する手続がある。一番大きな資産は貸出金だが、この自己査定によって正常先、要注意・要管理、破綻懸念先などといった債務者(融資先)の区分を行う。この融資先の実態を把握する仕組みは確か1997年度ぐらいから始めたもので、90年代のバブル崩壊後の不良債権処理の遅れの反省に立っている。引当金の見積もり方法についてのルールも、途中でバーゼルⅡの影響を受けて変わった部分もあるが、当初に決められたものがベースとしてずっと引継がれていると思う。したがって、今から十数年前の経済環境を前提に、十数年前の遅れた管理体制を引上げようとして厳格に決められた昔のルールがまだ生きているのだ。
十数年経って金融機関の管理体制は大きく変わった。もちろん、バブルのときのような異常な融資姿勢は見られないし、担保評価も厳しくなった、支店別・エリア別の内部利益管理、原価計算、審査部の機能強化や企画部のリスク管理機能や、監査部の強化など、自己査定で融資先の財務状況を把握するとともに、社内の実情を把握しやすいシステムを導入したり、組織的なバランスをとって全体の機能を高めたりと。しかし、基本的に以前から同じ方法で貸倒引当金を積んでいる。そして、融資を受ける側、特に中小企業は、金融機関は借りたお金の回収には厳しいと過去から一貫して思っている。したがって、金融機関の信用リスク管理が成長した分は、本来リスクは下がるわけだが、貸倒引当金の見積もり方は変わってないので、残高に余裕があるというわけだ。
しかし、よく言われるように中小企業金融円滑化法は、融資を受ける側の意識を変えていく可能性が高い。いわゆるモラルハザードの問題だ。この法律が施行された当初はそうでもないが、業績がXX計画通りにならずに返済条件の見直しを繰返していると変わってくる。2度あることは3度あると期待する。こうなるとバブル崩壊時の「大き過ぎて潰せない債務者」と同じで、債務者に当事者意識が無くなってきて、金融機関への依頼心が強くなってしまう。これで信用リスクはど~んと上がってしまう。
だが、ここからが、鍛えてきた金融機関のリスク管理能力の発揮のしどころだ。或いは正念場といってもよい。上述したようにこの法律の下でも金融機関はすべての相談に対して返済条件等の変更に応じているわけではない。各債務者の状況を見極めて、即ち、鍛え上げたリスク管理能力を発揮して、モラルハザードを起こした債務者に対しては残念ながらランクを下げて融資方針を切り替え、引当を積み増しているはずだ。これができなければ今までの管理体制改善の努力は水の泡となってしまう。もしかしたら、この3月期辺りから、その節目を迎えるかもしれない。
おっと、今回は大震災の被災地で果敢にリスクを取って融資をしている金融機関の監査、ことに貸出金の評価、即ち貸倒引当金の話をしていたのに道を大きく逸れてしまったか。いやそうではない。ここがまさにツボなのだ。即ち、この中小企業金融円滑化法は、不良債権になるかならないかという非常にセンシティブが部分について、金融機関へ裁量を与えたのだ。卍固めが緩んだ。細則主義でなく原則主義に近づいた。言い換えれば、地震ではないが、リーマンショックが引き起こした100年に一度といわれる世界的な大災害に金融機関がリスクを取ってここまで果敢に融資をしてきたということになる。でも、能力を磨き、裁量も与えられたので、今のところは、貸倒引当金は増えていない。
ではリーマンショックではなく、東日本大震災のショックはどうなのか。基本的には同じだ。だから、僕は監査先がこの信用リスクの管理能力を高めてきたか、そして大震災のショックに対して実際にその能力を発揮しているか、そして債務者にモラルハザードが起きていないかを、監査人として評価すればよいのではないか。
さすがに長くなったので、大雑把に監査方針が見えてきたところで一端切りたいと思う。次回は、果敢にリスクを取って地域経済にお金を回そうとする金融機関の監査をもう少し具体的に考えてみよう。
ところで、参考情報だが、気仙沼信用金庫に今月20日(本日)投入される予定の公的資金150億円は、ネットで見たところ信金中金が優先出資証券を買う(資本提供する)形をとるものの、最終的に返済を要する資金だ。自己資本比率の計算上は自己資本に含めるのだろうが、実際にはこの信金が借金をしてそれを地域経済に環流させることになる。そういう意味でもこの信金はリスクを負う。同金庫を含め、筑波銀行、仙台銀行、七十七銀行など9つの金融機関が、金融機能安定化法の震災特例の同種の制度を利用するようだ(「最近の金融行政を巡る動向-平成24年1月27日金融庁総務企画局企画課」のP8~)。
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