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2012年2月21日 (火曜日)

こんな金融機関の監査人だったら?(これは長文です。お暇なときにどうぞ。)2

前回から、気仙沼信用金庫のような金融機関を僕が監査するとしたらどうなるかを想像して書き始めた。貸出金に対する貸倒引当金が最大の問題だ。しかし、中小企業金融円滑化法の施行以来、金融検査マニュアルが改定され、貸出金の評価に金融機関の裁量が与えられたので、金融機関は、バブル崩壊後の反省に立って鍛えてきた信用リスク管理能力をいよいよ発揮する機会を得たことになる。僕は金融機関がこの能力を適切に発揮しているか、即ち、融資の判断や自己査定による貸倒引当金の見積もりの判断が、返済条件の変更という形式的な要件で一律に決められるのではなく、融資先の実態を金融機関が把握してその結果が貸出金の回収可能性の判断に適切に結びついていることを監査によって確かめるという方針を立てた。今回は、もう少し具体的なところを書いてみよう。

 

改めて難問がクローズアップされてくる。それはリーマンショックと東日本大震災では震度がまるで違うことだ。リーマンショックでは物理的な損害はないわけだが、東日本大震災の被災企業は生産設備などの事業資産を失っただけでなく、従業員も離散し、また、津波に流された低地には工場を作れないかもしれず、作れたとしても、瓦礫、そして、流れ着いてきた漁船や自動車、家屋の撤去もあるだろうし、事業休止中に大切な得意先も失っているはずだ。二重ローンもある。そして被災者たちはみな家族を、親類を、友人を失った精神的な痛手もある。要するに借金はあるのに事業基盤を喪失しているのだ。津波に沈んだ土地の担保もあてにならない。したがって、そもそも事業再開など無理だと諦める経営者が、リーマンショック後の不況とは比べようもないくらい多いだろう。したがって、引当金が増えないかというとそれはありえない。大幅に増えるかもしれないが、事業再開を諦めた企業については十分に引当するしかない。

 

一方、事業再開を決意した企業はどうだろう。事業基盤を失った会社が多いのだから、やはり多難だ。金融機関が与信の審査にあたって、物的担保や事業性といった通常客観的に冷静な目で見るものは、一切あてにできない。だがその代り、経営者のやる気と覚悟は尋常じゃないものが見られるのではないだろうか。そして、危機感で共感が得られれば、通常得られないような金融機関と融資先企業の強いパートナーシップが実現できる。事業は経営者のやる気とアイディアで化けるものだし、金融機関と強固なパートナーシップが組めるのは企業にとって大きい。返済条件を変更したら即不良債権という扱いは緩和されたのだから、切り札としては従来より長い目で融資先を見ることもできるかもしれない。要するに融資先企業とこの金融機関が本気かどうかを見極めて、あとは火事場の馬鹿力を信じる。・・・しかし、全く客観性がない。

 

やはり客観性は必要だ。被災前のその企業の業績・歴史・経営者の管理能力の評価・評判の確認は必要だ。被害や、再建への障害の大きさも知ってなければならないだろう。そして、現状の復興対策の進捗では合理的な予想は困難だろうが、一応、公的な助成が受けられる可能性も把握しておかなければならない。・・・しかし、間接的だし、確実性もない。

 

普通はあるものが、まるでない。客観的には悪材料だらけだが、主観的なところに好材料がある。このような融資案件は通常ペンディングにもならないはずだが、ここでは判断から逃げられない。形式ではなく、実質で判断するので、理由の説明も必要だ。それだけ事案を深く具体的に理解していなければならない。少々究極過ぎるのだが、この状況こそ金融機関が鍛え上げてきたリスク管理能力を発揮するところだ。地域金融機関としての燃える使命感と冷静なリスク判断を両立させて。このような主観的な要素を金融機関がどのように評価し与信の判断に結び付け、自己査定を行ったかが監査のポイントだ。そこに金融機関側の本気度(熱い気持ちと冷静な判断)が見て取れるならば、監査人も寄り切られるのではないか。

 

監査は、客観的で確実性のある監査証拠を積み上げて合理的基礎を得なければならない。そして、その裏側で人を見るという極めて主観的な判断をしている。このケースなら、普通あるはずの達成可能で合理的な事業計画はないかもしれないが、融資先と金融機関のやる気だけは十分にあるというような監査調書を作って、事務所の承認をもらいに行くことになるだろう。承認とは、いわゆる(監査法人の)審査というやつだ。これをパスしないと監査報告書が発行できない。しかし、果たしてこの監査調書で審査に通るだろうか。

 

もっと工夫が必要だ。せめて「融資先と金融機関のやる気」についてぐらいは客観的に証明できなければ。本来は「やる気」じゃなくて担保や事業の将来キャッシュフローが貸出金の額を上回る可能性が高いことを(金融機関の業務を通じて)確認しなければならないが、まともな事業計画がない以上それは不可能なので、せめて「やる気」についてだけは客観的な証拠が必要だ。尋常でない「やる気」が証明できれば、少なくても「絶対回収できない」とは言えなくなる。回収の可能性はあるといえる。それが、どのぐらいの確実かは分からないのであるが。

 

そのために一つは、融資されなかった案件についてもしっかり見ておく必要があるのではないか。何が足りなかったのかを確認することは、金融機関が「情」だけでなく、鍛えてきたリスク管理能力を生かしていることを確認することにつながる。それと融資の可否や資産査定の判断がばらつかない仕組みも重要だ。文書化されたものだけでは当然足りず、融資方針の伝達や審査部門に実際のところをじっくり聞いたり、異例だがその金融機関の審査会議にオブザーバーで出席させてもらうことも必要かもしれない。

 

最後に予想貸倒実積率をどうするかという問題がある。(不良債権でない)通常の貸出金については、その債権金額に予想貸倒実積率を乗じて貸倒引当金を計算するので、予想貸倒実績率をいくらにするかは数字的にかなりインパクトがある。しかし、どう考えても貸倒は増加し貸倒実績率は上昇していくだろう。したがって、普通行われているような過去の数期間の貸倒実績率を単純平均して当期の予想貸倒実績率を決めるような方法では引当金が不足するに違いない。一方で3.11直後の貸倒実績は、事業再開を諦めた企業の貸倒の影響が大き過ぎて、そのまま使うと返って過大な予想貸倒実績率になってしまう。どのように調整するか。3.11以降の貸倒実績の中から、被災直後特有部分を異常値として除けるか、それとも被災前の実積率と加重平均する、そのウェイト付で調整するか。いずれにしても根拠づけが必要になる。

 

間接的だが、昨日の記事の最後の段落に書いた「金融機能安定化法の震災特例の制度」をどのぐらい利用しているかも、金融機関の本気度の一端が見えるところだろう。また、公的な再建への援助政策や二重ローン対策がどのようなものになって、それによってどのぐらいの融資先が救われるかについて、継続的なフォローをしていくこと、そして状況が明らかになった時点で速やかに貸倒引当金を見直すことの意思表明も重要だろう。

 

監査法人の審査は、監査法人内部で行われるものだから、そこに監査先の方が出席することはない。地域経済を再建しようという融資先、金融機関の本気度がしっかり審査部門に伝えられるかは、監査担当者の責任であり、監査担当者の本気度が試される。気仙沼信用金庫の芳賀理事がNHKのこの番組の中で「企業の方と一緒になって苦しみながら」と言われていたが、監査担当者も別の意味であるが、苦しんで本気にならなければ実情を伝えられない。

 

書いているうちに、久しぶりに以前所属していた監査法人の審査部門の人々の顔が浮かんできた。この金融機関について、誰に相談を持ちかけて、その結果どんなメンバーでどんな会議をやって、そこでの参加者の発言はどんなだろうと想像していたからだ。この会議は基本的にはロジカルな会議だから、本来の監査調書はこの記事の印象よりずっとロジカルなものでないといけない。しかし、何度か繰り返せば、最終的には分かってもらえるように思える。「あれもない、これもない、ナイナイ尽くしの監査調書」などと苦情を言われるかもしれないが、この審査部門の人たちは実態重視だし、こちらの本気を受取れる人たちだからだ。結局監査担当者の僕の覚悟次第ということだ。

 

というわけで、非常に長文だし、取っ付き難い内容だし、ここまで読む方はあまりいらっしゃらないと思うが、読んでいただいた方にはお礼を申し上げる。結局、空想、妄想にしかならなかったが、金融機関の財務諸表には厳しい現実が現われざるえないという印象は持たれただろうか。しかし、そういう現実を認識することこそが、どこまで融資が可能かというリスク判断の後ろ支えになる。甘い判断を繰返して回収が滞る融資先が増えれば、不幸な融資先を増やすことになる。また、金融機関が公的な支援を得ようとするタイミングが遅れたり、内容が不十分なものにならないためには、厳しくても現実が映し出された財務諸表がなければならない。監査人とはそこに使命感を燃やす者だ。

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