原子力事故に関係する重要な決算項目
まずは、原子力事故災害の損害賠償の仕組みと絡めて関連する勘定科目の概要を理解しようと思う。これが原子力損害賠償引当金(被災者への賠償額)や災害損失引当金(原発廃炉費用等)、そして継続企業の前提に関する注記などを理解するのに役立つからだ。
どうやら、今回の原発事故の損害で、決算に関係するものは、次の種類のものらしい。
- 東電に損害賠償請求される避難費用や精神的損害、風評被害、その他間接被害
- 国、地方公共団体(、東電)の放射能廃棄物処理、除染事業にかかる費用
- 福島第一原発の冷温停止や廃炉に関する費用(例のロードマップに対応する費用)
1と2は、国の財政上の支援があるが、3についてはないようだ。
(1と2について)
1と2は、ともに「原子力損害の賠償に関する法律」(昭和36年6月17日、最終改正平成21年4月17日、以下「原賠法」という)の対象範囲の費用だ。この法律の下に、例の管首相の退陣と引換えに国会で昨夏可決された法律の一つ、「原子力損害賠償支援機構法」(平成23年8月10日、以下「機構法」)により「原子力損害支援機構」なる組織が発足し、ここが東電の財政上の支援を行うことになった。東電は、これらに関する費用を「原子力損害賠償費」として特別損失に計上する一方で、その未支出の見積額を「原子力損害賠償引当金」として負債に計上し、さらにこの機構からの「原子力損害賠償支援機構資金交付金」を特別利益に、その未収額である「未収原子力損害賠償支援機構資金交付金」を資産に計上している。この結果、前回記載したように、これに関する特別利益と特別損失は、ほぼ相殺されるような金額となっている。但し、2にかかる費用について東電は、まだ合理的な見積りが行えないとして、当第3四半期までは計上していない。
1については「原子力損害賠償紛争審査会」(以下「審査会」)と、「原子力損害賠償紛争解決センター」(以下「紛争解決センター」)が設けられ、審査会は補償の対象者や賠償額の算定についての指針を公表し、紛争解決センターは、具体的な申立てについて、審査会が公表した指針に基づいて弁護士等による和解が図られる仕組みになっている。一時、自動車事故の自賠責の慰謝料を参考にしてよいのかと話題になった避難者の精神的損害に対する1カ月10万円の補償は、この審査会が公表した中間指針(平成23年8月5日)に記載されている。また、先月上旬に報道された、被害者との和解案を東電が拒否したというのは、この紛争解決センターが作成した和解案だ。中間指針のあとに中間指針追補(平成23年12月6日)が公表され、自主的避難者等に関する対応が追加されている。
2については「平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境汚染への対処に関する特別措置法」(以下、放射能物質汚染対処特別措置法、平成23年8月30日公布、平成24年1月1日全面施行)に基づいて定められた地域の放射性物質により汚染された廃棄物の処理、土壌等の除染作業にかかる費用だ。福島県双葉郡に最長30年間或いは20年使用する中間貯蔵施設を作るかどうかが検討されているが、この法律に基づくものだ。これらの費用は国から東電へ請求されることになる。
これらの費用は、東電と機構が特別事業計画を作成し経産大臣に認可されると、「合理的に算定可能な見積り額」として取扱われ、東電の決算にも計上されるようだ。今までの特別事業計画は緊急事項に対応させた「緊急特別計画」だそうで、今春を目途に「総合特別事業計画」が策定されるという。これが策定されるとそれに盛り込まれた費用が引当計上され、同時に機構交付金がもらえることになる。
(3について)
3に関する費用について東電は「災害特別損失」に含めて特別損失に計上し、このうちの未支出額の見積額は「災害損失引当金」に計上している。これについて国からの財政上の支援措置は特にないらしく、1と2のように対応する特別利益はない。2のうち、原子力発電所敷地内のものについては東電が直接行うが、これも「災害特別損失」及び「災害損失引当金」に含まれている(東電が公表したロードマップ「事故の収束へ向けた道筋」(平成23年4月17日)に含まれている)。
廃炉が決定された福島第一原子力発電所第1号機~第4号機以外の原子炉の廃炉費用(原子力発電施設解体費)については、資産除去債務に含められている。原子力発電施設解体費については、「原子力発電施設解体引当金に関する省令」(経産省令)により、2010/3期までに福島第一を含め、5,100億円が計上されている。福島第一の今回の事故による1号機~4号機の見積り増加額は「災害特別損失」及び「災害損失引当金」に含まれているとされている。だが、福島第二原子力発電所の取扱いは未定であるため、これについては廃炉を前提とされた処理はされていない。
また、使用済み核燃料の処分費用としては、「使用済燃料再処理等引当金」が1兆1900億円、「使用済燃料再処理等準備引当金」が550億円が計上されている(いずれも2011/3期)。前者が再処理計画が具体的な使用済み核燃料、後者が同計画がないものを対象にしているとされている。被災した福島第一の1号機~4号機の核燃料もこの550億円に含めているというが、前期から180億円しか増加していない。それは、メルトダウンした燃料を取出す費用は、上記の「災害特別損失引当金」に見積り計上されているためだ。(これらはいずれも割引かれているので(前者は1.5%、後者は4%)、再処理予定時期の想定も具体的になされているのだろうだが、果たして再処理自体、できるのか。)
これらの見積りは、東電が公表した「事故の収束へ向けた道筋」に沿って行われているので、ある程度具体的な工程が明示されているステップ1、ステップ2についてはそれなりの精度の見積りが行われ、かつ、すでに「冷温亭状態」にまでこぎつけている。しかし、その先の中期的な課題については概算額の計上に留まっているという(2011/3期の災害特別損失の注記)。気を付けるべきことは、当期に入って3,100億円も追加計上されていることから、ステップ1、ステップ2についてもかなり想定以上のコストがかかったことになるが、その先の中期的な課題についての概算額は大丈夫か。甘くなってないか。
(まとめ)
- 国の支援の内容
1と2については国が支援するというが、単に資金繰りをサポートするだけなのか、資金を提供するのかが、東電の財政状態を判断するうえで重要になると思う。
- 災害特別損失の見積り精度
3については、どこまで十分に引当てができているかがポイントだ。
- 原発再稼働
上記のほか、原発が定期点検を終えても再稼働せず、このまま廃止になるようなことがあれば、上記以外の資産(発電設備や核燃料など)に相当の金額が計上されているので、これらの評価や廃棄も深刻な問題となる。
これらについて、さらに深掘りしていく必要がありそうだ。
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