東電の財政状態とリスクについての一つの見方(まとめ)
5回にわたって、東電の2011/3期から2012/12基準日の第3四半期までの有価証券報告書及び四半期報告書を見てきた。いまこれらの記事を読み返してみると、我ながらなんと分かり難い文章かと自分で驚くが、なんとか気を立て直して分かりやすくなるように、もう一度努力してみた。順番に読んでこられた方にはくどいかもしれないが、改めて以下に要約した。
=資金繰り、財務的な負担について=
- 原子力損害についての賠償は、被害者への賠償も除染費用も東電が窓口になって支払うが、資金繰りのサポートを国(機構)が行う。
- 1の費用の最終負担は、東電が負担しきれない分を国が負担する。
- 1、2の国(機構)のサポートや最終負担には、特別事業計画の主務大臣(経産大臣)の認可が前提。
- 法律上は、株主や金融機関の負担も含めて、原子力発電を国策として進めてきた政府負担の在り方を検討するよう求めている。
- 東電が震災から受けた損害(福島第一原子力発電所1~4号機の維持・廃止費用を含む)は東電の負担なので、債務超過の原因となりうる(資金繰りは上記に含めて国(や機構)が考慮するものと思われる)。
- 震災後一年間の社会的議論の中で顕在化されてきた原子力発電のリスクによって、国の政策が方向転換しようとしている。それについてどういう財務的な影響があるかを開示するタイミングが来ている。
=開示に関するコメント=
以下は、今までの開示に不備があると指摘するものではない。ただ、今まで一般には意識されてこなかった、或いは、意識が薄かったリスクが震災から1年たって顕在化され、今春を目途に提出される総合特別事業計画を一つの契機として、(たとえ総合事業計画が認可されなくても)状況が大きく変わると思われるので、前期末の混乱の中で考案された開示の骨格を、2012/3期決算では見直すのではないかと期待してのものだ。
(継続企業の注記)
機構法の成立によって資金繰りが破たんする可能性は大きく低減された。唯一あるのは、株主や金融機関の責任を問う東電の破たん処理を国の政策として選択する場合だが、その場合であっても、損害賠償の窓口、電力の安定供給という機能を維持するために、会社の形は変わっても事業は継続され存続する。その会社が上場廃止にならない方法もある。よって継続企業の前提に関する重要な疑義はあるかもしれないが、重要な不確実性が存在しているとはいえない。よって第2四半期以降は継続企業の前提に係る注記は不要だったかもしれない。
一方で、直接電力供給に関連しない資産・事業の売却や発送電分離といった企業の形を大きく変えるような改革の可能性や、損害賠償に多くの人的資源を割くことや、電力料金の設定(値上げ)が従来以上に困難になるといった経営上の負担については、事業上のリスク等など適当な個所でより具体的な情報開示が必要ではないか。
(引当金、偶発債務の注記)
損害賠償費や除染費用に関しては上記のとおり国のサポートがあるので、財務的にはリスクではないが(但し、経営に与える影響も、プラス・マイナスの両面で大きい。企業の形を変えたり、多くの人的資源を割くことになる)、財務面に関連した多くの注記や文章による開示が行われている。一方、東電が直接被災して発生した損害については、債務超過の原因になりうるのに四半期報告書に注記がないなど開示が不足している。また、見積もれない、或いは概算計上しているものについて、定量的なイメージを持つのに参考になる情報が開示されていない、或いは情報の更新がされていない。また、特別事業計画に盛込まれていない費用を引当金に含めても、会計上は差支えない、というか、B/S、P/Lで全体像を見られることが理想なので、なるべく盛り込んでほしい。
(事業上のリスクなど)
脱原発(依存)政策は、既存の原発関係資産の減損に結びつくので、財務的な影響は非常に大きい。これだけで債務超過になりえる。また、核燃料サイクルの技術的或いは制度的な実現可能性は疑われており、これによる財務的な影響も大きい。これらについて、長期間原発が停止するリスク、核燃料サイクルの追加コストについての記載はあるが、従来はこれで良くてもこの一年間の社会的議論を踏まえれば、今後は十分とは言えない。国の政策・制度が変更されることの影響を具体的に記載すべき時が来ていると思う。
また、「使用済燃料再処理等積立金」を被害者の賠償へ流用するという話は、あまり実現性のある良いアイディアとは思えないが、議論の進展によっては開示が必要になるかもしれない。
=僕の見方=
以上は、内実をよく知らない第三者(僕)が、開示制度に照らして考えたことだが、どうももう少し何かありそうな気がする。実は、僕が(財務的な)リスクがないとした損害賠償をサポートする国の仕組みに東電は、本当に、大きなリスクを感じているのかもしれないとも思うのだ。継続企業の前提の不確実性には当たらないものを注記をしてきたとか、資金繰りはサポートされ財務的なリスクはない項目に詳しい説明をし、その一方で自らが被災した被害の見積りの情報は更新してこなかったなどといった指摘は、内実を知らない者の形式論なのかもしれない。東電にしてみれば、素直に怖いと思っているものについて、一生懸命説明していただけかもしれない。そこで、もう少し東電の側に立って、なぜこのような開示をしてきたかを考えてみたい。
東電が、四半期報告書で詳しく情報開示をしていたのは、主に、損害賠償費に関連する部分で、しばしば今春策定される総合特別事業計画策定に関連するリスクを強調していた。第3四半期報告書では、以下の6か所で繰返し記載している。尋常ではない。
・「事業等のリスク」の継続企業の前提
・「財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」の対処すべき課題
・同じく、事業等のリスクに記載した重要事象等についての対応策
・継続企業の前提に関する事項の注記
・追加情報の注記
・偶発債務の注記
一つには、損害賠償責任を果たす姿勢を強調したいという思いもあると思うが、それは財務情報としては主役ではない。やはり特別事業計画に関連することだろう。特別事業計画は、機構と一緒に策定して経産大臣の認可を受けるわけだが、東電は、そこに重要な不確実性があると言っている。特別事業計画がどのようなものになるかその内容に不確実性を感じているということか、それとも計画が策定されても認可されずに資金の支援がなされない可能性を感じているのか。いずれにしても政治と関わる部分、政策変更のリスクを感じているらしい。
今回の大震災では、今まで隠れていた色々なリスクが震災を機に顕在化したと言われる。リスクはもともとあったのに意識していなかったのだ。公益企業といえば、いままで業績が安定しているイメージがあったが、公益企業にも隠れていたリスクがあって、それが今回顕在化したということだろう。それは、政治による政策変更のリスクだ。いままでは国の政策と一体で事業を進めてきて、安定した利益を得ていた。ところが、それが変更される可能性が高まったということだ。
国の政策は国民のためにあるもので、特定の組織のためのものではない。だが、長期間一貫した政策が行われると既得権益が生まれる。既得権益を持った者は勘違いしてそれが権利だと思ってしまうが、たまたま幸運だったに過ぎない。国の政策に協力してきた、との思いもあるだろうが、それで安定した事業基盤が維持されてきたのだから、ちょうど相殺だ。変化を拒むのではなく、みんなと同じに変化に対応することを考える必要がある。
東電が、国と長い間二人三脚をしてきたとしても、早くそういう整理が付けられれば、この2012/3期の開示は変わるはずだ。国の政策を代弁するとか、国と共同歩調を取るようにとか、そういう感じではなくて、国を第三者と同様にちょっと突き放して冷静に眺めてみれば、政策変更の方向性と財務的な影響評価の重要性に思いが至るはずだ。そして自分を客観視できるのであれば、どれだけ恩恵を受けてきて、また、失おうとしているかも分かるはず。株主や債権者にとっても、具体的にそういうリスクを見ることが、国や東電にどういうスタンスで臨むかの意思決定に役立つ。これがIFRSの概念フレームワークでいうところの、目的適合性のある開示ということになるのだと思う。
そう考えると、やはり、脱原発(依存)や核燃料サイクルの実現可能性は率直かつ具体的にリスクを書いた方が良いだろうと思う。また、特別事業計画に盛込めないと引当が積めないなどと考えず、むしろ財政状態がどうであるかをしっかり把握する目的で数字を計算してみて、なるべくB/S、P/Lに載せられるようにすべきだと思う。どうしても載せられない項目について、定量的なイメージが持てるような注記を記載してほしい。
というわけで、やはり上記のコメントと同じ内容になってしまった。これをお読みのみなさんも、こういう観点を持って当事業年度の東電の決算を読んでもらうと、少し退屈せずに読めるかもしれない。
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