東京電力への政府出資と財務情報
このところのニュースでは、福島第一原子力発電所の事故対応に追われる東京電力が債務超過にならないために、株主総会での議決権の2/3を握りたい政府(経産省)と、政府の経営介入を阻止するために1/3程度に抑えたい東京電力側が対立していると報道されている。
東電はすでに債務超過だ、多くの人がそういう印象を持っていると思う。ただ、B/Sを見ると資産超過だが、それは原発事故の損害賠償などの見積もりを合理的に算定できないために引当金が未計上になっているからだ。したがって、B/Sの資産超過は会計技術上そうなっているだけで、本当に資産超過だと思ってはいけない。
しかし、そうなるとすでに債務超過の東電に対し「東京電力が債務超過にならないために」という政府の言い分もおかしいし、債務超過の東電が政府の出資に条件を付ける姿勢も理解できない。実は債務超過ではなく本当に資産超過なのではないか。実は政府も東電も、債務超過だと思っていないのではないか。そんな疑問を持ったので、東電の有価証券報告書(有報)や四半期報告書(四半期)を改めて読んでみようと思う。
次回から以下の観点で東電の会計処理や開示について分析してみたい。
- 原発事故賠償債務は東電の債務か、政府債務か。
- 原子力損害賠償支援機構はこの債務を引受けたのか。
- 原子力損害賠償引当金はいつ満額計上されるのか。
以上の結果、東電の会計処理や開示はその財務状況を適正に表示しているだろうか。
ちなみに、財務諸表の読み手は、東電から開示された財務情報のみに依存すればよいわけではない。IFRSでも、財務情報の受け手は、自らが独自に入手した情報も合わせて意思決定すると想定されている。上記の分析に当たっては、原発事故損害賠償関連の仕組みを別途理解しておく必要があるかもしれない。
だが、だからといって、財務諸表作成者が重要な間違いや書洩らしをしてよいわけでもない。日本の制度では金融商品取引法第二十一条の二において、重要な間違いや書洩らしのある開示書類の提出会社に無過失の賠償責任を設けている。また第百七十二条の四においては課徴金の納付命令について、さらに第百九十七条においては刑事罰を含む罰則が規定されている。
さて、とりあえず今回は東電の第三四半期報告書を概観しておこう。
まず、営業利益は前第三四半期より4,700億減少し、1,400億円の赤字となっている。節電の影響などで1,500億円以上売上が減少しているうえ、原発停止による化石燃料の購入増などで売上原価が3,100億円も増加している。経常利益は、営業利益の減少を受けて4,900億円減少し、2,200億円の赤字になっている。特別利益には原子力損害賠償支援機構交付金1兆5,800億円が計上され、特別損失の原子力損害賠償費1兆6,400億円とほぼ見合っている。これ以外に特別損失として大きなものは災害特別損失が3,100億円計上されている。この科目は、前期末から計上され始めたものであり、前期の有報によればその内容の主なものは福島第一原発の冷温停止対策や廃炉費用等の見積りが8,800億円あるほか、総額1兆200億円が計上されている。当期に入って追加で支出される見込みとなったものが3,100億円あったということだろう。かなり大きい(結果として前期の見積りが過小だった)。以上の結果、前第3四半期では1,300億円の純利益だったものが、6,200億円の赤字となっている。純資産は、期首(前期末)に1兆6000億円だったものが、6,200億円減少し9700億円となっている。
要約すれば、節電や化石燃料コストによる事業採算の悪化で4,900億円、原発事故対応の追加コストが3,100億円、税金費用が500億円減少したものの、前第三四半期より7,600億円業績が悪化し、純資産は期首から6,200億円減少している。気を付けなければいけないのは、被災者に対する損害賠償費は機構交付金として補填されているので、業績にはあまり影響してないということだ。やはり、損害賠償は債務超過と関係ないのか・・・。
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