« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »

2012年5月

2012年5月31日 (木曜日)

【2011進行基準】原則主義の観点から

4/18のこのブログの記事で、僕は次のように書いて、この2011進行基準シリーズを始めた。

 

----------

・・・大事なのは、単に会計原則や規程に合わせることではなく、経営にとって役立つこと、会社の価値を高めることに役立つように、会計原則や規程をどう意味づけをするかではないだろうか。これができるなら、説明に手間がかかることなど安いものだと思えると思う。

 

ということで、単純な例で恐縮だが、次は収益認識の公開草案から、ソフトウェア開発が工事進行基準の対象になるか否かを題材にして、この「意味づけ」を考えてみたい。

----------

 

果たしてこの企画を全うできたか自信はないのだが、2011年公開草案を見てきて、いくつか従来の(日本の)会計基準のイメージとは異なるものが見えてきた。

 

① 支配概念は概念フレームワークと繋がっていること。

概念フレームワークでは、資産は将来キャッシュフローの流入で定義されており、それに関連する説明で、顧客満足を得ることが企業にキャッシュフローをもたらす旨記載されている。即ち、顧客満足が収益認識で重要な役割を果たすと考えることが可能だ。

 

② 収益認識をERPシステムのように受注からのプロセスとして捉えていること。

みなさんがこの公開草案を読むときは、ERPシステム(販売システム)の基本設計書を読むつもりでいると分かりやすいかもしれない。受注、或いはその前の段階から、収益認識に至る過程が、契約の識別、履行義務の識別、履行義務の充足といったプロセスで捉えらえ、それに対価測定や原価測定の考え方が示されている。

 

③ 抽象的な概念を規定するのみで、数値など具体的ルールはない。

これは、よく言われることなのでみなさんもご存じ通りだと思う。会計基準として具体的ルールは示されないので、システムの詳細設計に当たるもの、ないし、マニュアルに当たるものは、企業が直面している経済実態に合わせて自分で作成することになる。そしてそれは必要に応じて開示される。

 

④ 進行基準も完了基準も同じコア原則によっており、例外を設けていないこと。

コア原則は「収益の認識は、財・サービス(の支配)が顧客に移転したときに、その移転の状況を描写するように行われる」というもので、一定の期間で移転する場合に進行基準、それ以外の場合は一時点で認識される。移転は支配概念で説明されており、「発送」とか「検収」といった一断面、イベントを捉えたものではない。顧客満足の観点から、いつ移転させるべきか企業が顧客との合意に基づいて企画・設定する履行義務の内容と、顧客とのコミュニケーションが重要だ。

 

以上から、原則主義と言われるものの一つの形が見える。上位にある概念フレームワークとの関係を保つことと、例外を作らないためにビジネスの実態に寄り添える「器」或いは「基本形」を持っていて、企業が自らの実態に合わせてそれをカスタマイズすることを可能にしている。まるでERPパッケージ・ソフトのようだ。

 

見方を変えれば従来の会計基準以上に経営の見方に近づいている。経営に影響を与えるものとなっている。それを良しとするか否かは、もっとIFRSを理解してから判断したいと思われる方が多いと思うが、僕は間違いなく従来の会計基準より経営に利用できる、有効活用できるのがIFRSだと感じている。ただその効果をどれぐらい引出せるかは企業の姿勢次第。その点でもERPシステムに似ている。

2012年5月29日 (火曜日)

【2011進行基準】ソフトウェア-意外に重要な顧客とのコミュニケーション体制

財務数値ばかり気にすると、進行基準が適用できるか否か、カットオーバーはしっかりできるか、といったところに注目しがちだ。2011年公開草案でいえば、履行義務の充足や支配の移転の部分(前回の5)に当たる。しかし、経営として事業を成功させる、事業からキャッシュフローを生み出すという視点から見ると、それに至るプロセスこそが重要だ。2011年公開草案でいえば、契約や履行義務の識別のプロセス(前回の1や2)、そして進捗率を測定する体制だ。だが、会計的にはあまり明示的に取扱われない顧客とのコミュニケーションが、経営上も、会計上も重要だ。

 

(受注とプロジェクト体制構築)

受注が重要なのは言うまでもない。この時点で「得意先の要望又はニーズを満足させる」アイディアがなければ受注できないが、同時に「得意先の要望又はニーズを満足させる」履行義務の内容を企画・計画できなければならない。だがそれと共に顧客満足のために重要なのは、顧客とのコミュニケーション体制の企画・構築だ。これがなければ顧客は安心しないし、開発が始まってからプロジェクトの価値を伝え続ける必要もある。顧客がこれに関心を示さないとすれば、そのプロジェクトはリスキーだ。受注できても黄信号(注意して止まれ)。

 

顧客を満足させるアイディアや実現力は、人材開発、採用、情報収集、パッケージベンダーを含めた協力企業との関係などに依存すると思う。これらへの経営資源の配分は経営者の役割だ。

 

履行義務の企画・計画は、アイディアへの実行可能性を担保する。そして、顧客の信用リスクと共に、企業のリスク管理機能を働かせて受注可否を決める重要ポイントだ。そしてここで識別した履行義務が原価集計や取引価格算定、取引価格配分(前回の3と4)の単位となっていくし、進捗率を管理する単位にもなる。顧客とのコミュニケーションのベースにもなっていく。

 

しかし、注目すべきは顧客とのコミュニケーション体制だ。これについての企画・構築は、顧客側の経営トップ層、開発担当者ベースの両方について検討が必要だ。また、企業側の担当者に任せきりにせず、担当者とは別に企業側の管理者が顧客のトップ層に評価をもらう機会や仕組みも必要なことが多い。プロジェクトの価値を顧客に理解してもらい、関心を惹き続けることが、顧客の協力と良い評価を引出す。そのために、プロジェクトの進行状況に合わせたイベントの設定(より深いシステムの説明や関連する話題の提供、そのときどきの課題についての議論、プロジェクトの進捗状況の確認)が必要だが、このベースには日常的な現場での進捗管理と担当者レベルでの顧客とのコミュニケーションがある。

 

このような検討の結果、この契約が一定期間にわたって支配が移転するものか、それとも一時点で移転するものかが見えてくる。人事や予算に十分な権限を持ち、関連部署もほぼ配下に持つ経営陣がプロジェクト・オーナーになり、顧客側の優秀な人材がプロジェクト・リーダーになって、日常的な進捗管理や情報管理を行い、企業側がそれをサポートする体制ができれば、進行基準の対象となってくるだろう。顧客が、成果物を支配する気満々だからだ。

 

一方で、顧客が「協力はするができたものを持ってこい」といったスタンスなら、とても「プロジェクトの進行のつど支配が移転する」状況ではない。よほど簡単な、定型的なものなら良いが、そうでなければ、結局顧客の協力が得られずトラブルになることが見えている。納品さえ覚束ない。進行基準どころか、受注を請けてもよいか見直しが必要になるかもしれない。

 

顧客に期待と満足を提供し、プロジェクト・オーナーとしての意識を持たせられたか、それが契約内容(著作権の所在、開発場所、プロジェクト・オーナー、リーダー)にどのように反映させられたか、十分遂行可能な履行義務か、顧客の関心を惹き続けられそうか。経営としてプロジェクトの成功率が高いと確信できる体制ができれば、受注時点で、プロジェクトの進行の都度成果物の支配が顧客に移転する条件が整ってくる。

 

しかし、プロジェクトを成功させるに足る顧客の協力を得られる見通しは立ったが、結果として、開発体制が成果物を顧客がその都度支配する体制には至らない場合も出てくると思う。この場合は、プロジェクトの進捗管理と顧客とのコミュニケーションは、顧客の満足を得るために一層難易度があがる。会計上は進捗率を計算する必要はないが、経営的には関心を高めなければならないので、この点は会計と経営の目線が離れてしまう。注意が必要だ。

2012年5月26日 (土曜日)

【2011進行基準】IFRSの目線と経営の目線

IFRSは、会計基準の基礎となる概念フレームワークにおいて、顧客を満足させることが企業にキャッシュ・イン・フローをもたらす旨の記載をしていて、2011年公開草案「顧客との契約から生じる収益」では、「履行義務を充足」することで企業が提供する財・サービスの「支配」が顧客へ移転し、収益を認識することを見てきた。このように見てみると、顧客を満足させるところが企業経営と共通の基礎となっていることが分かるが、それならIFRSを経営に利用できないか、というのがこれからの趣旨だ。

 

この観点から、改めて2011年公開草案の特徴を挙げてみよう。

 

①プロセス重視(履行義務の識別)

今まで進行基準を見てきたため触れてこなかったが、この公開草案で収益の認識は次の5つのステップで行われる。

1.顧客との契約の識別

2.履行義務の識別

3.取引価格の算定

4.取引価格の履行義務への配分

5.収益の認識(履行義務の充足)

まるでERPシステムのように、顧客との取引を一連のフローとして把握することになる。

 

②企業が提供する財・サービスの(支配の)移転を描写するように収益を認識

財・サービスの支配の移転は、その財・サービスを顧客が使用または処分することができ、生み出す将来キャッシュフローを顧客が獲得できる状況になった時に実現する。進行基準は、この支配の移転が次々に起こる場合に実態を適切に描写するものとして(完了基準に優先して)採用される。支配の移転が次々と起こっているかが問題となる。

 

③進捗率の管理

進行基準を適用する場合は進捗率を信頼性を持って計測できなければならないので、実行予算と実績の管理を適切に行う必要がある(趣旨は現行の日本基準も同じ)。では完成基準を適用する場合に、進捗管理は不要だろうか。ケースバイケースだが、単に会計上の進捗率を算定できれば経営上の問題がクリアできるわけではない。むしろ、進行基準であろうが完成基準であろうが、経営上の必要性で進捗管理を行う必要がある。

 

顧客は発注したものについて、企業の提供する財・サービスに期待し、満足している限り、それを自ら進んで支配しようとする。するとIFRS上は、②の時点での顧客満足の状態が、支配の移転状況を把握する前提として重要視されやすいと思う。しかし、経営としては、引き合いがあって提案する時点から履行義務を充足するまで、各段階に応じた満足を顧客に感じてもらい続けることが目標となる。実際はIFRSにおいても、1~4のステップはほぼ受注確定までに行われ、その後は状況の変化を拾い、最後に(受注通り)履行義務が充足されたかを確認するので、顧客満足の状態が一連のフローを通して重要になる。したがって、経営の目線とIFRSの目線は意外と近い。

 

さてここからは、今まで通りソフトウェア受託開発にフォーカスして検討していきたい。

2012年5月23日 (水曜日)

【2011進行基準】IFRSは経営に役立つか

5/21の早朝は、みなさんの中にも金環日食をご覧になった方が多いと思う。マスコミも世紀の天体ショーとして盛り上げたので、僕も近所の南東側の開けた標高300Mの山に登って観察した。しかし、この日食も、昔は不吉なものとされていたそうだ。今は、仕組みやその希少性、学問的価値、そして我々の生活に特に悪い影響がないことなどが明らかになっており、肯定的にとらえられている。

 

IFRSも実態を理解している人が少ないなか、イメージで色々語られることも多い。しかも、それらの中で企業経営を理解している人はさらに少ないだろう。僕も理解できていない一人だが、IFRSの中に幾筋かの光明を見出している。その一つが次の一節だ。

 

4.9 企業は,通常,得意先の要望又はニーズを満足させることが可能な財貨又は役務を生み出すために資産を使用する。それらの財貨又は役務は,得意先の要望又はニーズを満足させることができるので,得意先はそれらに対して支払を行い,したがって当該企業のキャッシュ・フローに貢献することとなる。・・・

 

これは、概念フレームワークの資産の説明の一部だが、IFRSは「顧客満足」が企業にキャッシュ・イン・フローをもたらすことを前提にしていると読み取れる。みなさんは会計基準の根底にドラッカーの経営哲学のような思想があると想像されていただろうか。「会計基準が企業経営を間違った方向へ導くようでは困るのだから、会計基準も企業経営と基礎を共有すべきだ」と思われている方は多いと思うが、日本の会計基準、例えば企業会計原則を見ても、そのような表現は出てこない(前文には「我が国企業の健全な進歩発達」という政策目線の表現はあるが、この文脈にいう経営哲学、経営論には当たらない)。

 

企業会計原則を引き合いに出したのは、概念フレームワークと位置づけが少し似ているからだ。概念フレームワークは、既存のIFRSの個別規程と矛盾する場合はその個別規程が優先されるとしているものの、新しいIFRSを開発する際に参照され、IFRS全体の整合性を取るための基礎となり、IASBだけでなく各国の会計基準設定主体、財務諸表作成者、利用者、監査人の助けになるものと位置づけられている。企業会計原則も、かなりくたびれてはいるものの、各個別の会計基準の一般原則的な位置づけにある。

 

過去9回にわたって、2011年に公表された公開草案「顧客との契約から生じる収益」の進行基準に関連するところを見てきた。その結果僕は、もはやこの公開草案を昔の人が日食を見るように気味悪がることはなくなったが、残念ながらそこに「顧客の満足」という表現は見られなかった。だが失望したわけでもない。「履行義務」や「支配概念」に、その一端が現われているように思うからだ。

 

従来の日本の売上計上基準だと、発送とか検収などといった「イベント」、即ち、顧客を満足させるための企業の努力のほんの一断面で、会計処理のタイミングをとらえていた。しかし、この公開草案では、企業が受注し、顧客に約束した履行義務(財・サービスの提供)を充足して、その財・サービスから得られる将来キャッシュフローを顧客が自分のものにできたとき、支配が移転し収益が実現したと考えている(対応する原価も同時に費用計上)。即ち、顧客と企業との関係を断面でなく一連の流れとしてとらえている。

 

IFRSも会計基準に過ぎず、企業経営に直接役立たせようとしたものではない。しかし、企業と顧客の関係をリアリティを持って、とまでは言えないが、より重層的にとらえることで、経営に役立たせやすくはなっていると思う。IFRSを経営に役立たせるかどうか、どのように利用するかは、企業の自主的な努力にかかっている。このシリーズの冒頭に記載したように、次回はこのシリーズの締めくくりとして、僕の考える「顧客満足基準」について書きたいと思う。果たしてみなさんのお役にたつかどうか自信はないが・・・。

2012年5月19日 (土曜日)

【2011進行基準】結論の根拠から~支配の移転4「第35項(b)」への当てはめ

35項は(a)(b)に分かれていて、(a)は支配の移転が明らかなもの、(b)は明らかではないが、移転していると推定できる条件を規定している。前者の典型をソフトウェア受託開発でいえば、成果物の著作権が特に制約なく顧客にあることが契約上で明示され、顧客のコンピュータ処理環境下でのみ開発作業が進められ、顧客から開発用PCの貸与を受け、顧客側のプロジェクトメンバーが進捗状況をしっかり把握できている状況だと思う。成果物が顧客の施設下の顧客の記憶媒体に保管され、かつ、その状況を顧客が理解し管理できているからだ。プログラム等の成果物は、顧客が著作権を持つと契約書に記載されることが多いが、それとこの実際の開発体制が整合しているので、進捗するごとに支配が移転することが明らかと判断できると僕は思う。

 

では、契約上の著作権に制約はないが、顧客の開発への関与が薄く、顧客が開発状況をあまり理解していないケースはどうだろうか。契約上の著作権の扱いに問題がないのであれば、法的に成果物はどんどん顧客に移転するので(a)と考えて問題ないという考え方もあるかもしれないが、支配概念を固く捉える僕はそう考えていない。このような顧客は、完成後のシステムには関心を持っているが、仕掛中の成果物には価値を感じず、中止までに要した企業側のコスト及び利益を負担しようとしない可能性が高いからだ。

 

(b)項(参考として一番下に5/9の記事に記載したものを再掲した)に当てはめてみると・・・

(b)項本体要件:契約上で転用が禁止されていればクリアできるとされている。制約なく著作権が顧客にあるとされていれば大丈夫だろう。あとは、()()のいずれかに該当すればよいことになる。

 

()要件:顧客かその代理人がプロジェクト管理していればこれに該当する可能性があるが、このケースでは顧客の関与が薄いので該当しない。

 

()要件:ソフトウェアの特質で、他企業に残りの開発を引継ぐには相当手戻りが発生するので、これにも該当しない。

 

()要件:上述したように開発プロジェクトの内容を把握できてない顧客が、進捗分に相当する請求額を満額支払うと推定するのは難しい。

 

ところで、()は、()にも()も該当しない場合の助け舟のような位置づけだという(BC100)。()をもっと優先順位の高い条件にしない趣旨は、あくまで支配の移転が実質的に起こっていることを推定する条件をこの(b)項で挙げているのであって、支払を受ける権利の確定では固すぎる、或いは筋が違うとIASB(とFASB)が考えているということだ(BC101BC103)。

 

しかし、()()に該当する取引はあまり多くないのではないだろうか。結局()まで来てしまうことが多いと思う。()で救われるには、プロジェクトが中断したとしても顧客がそれを引継いで完成させたいと思える状況になっているか、企業側の履行義務を果たす努力が正当に評価されていることが必要で、それは開発に顧客を巻き込んでいるということだと思う。

 

顧客にITの知識が不足しているとか、優先順位が低いなどとして、顧客が開発に積極的に関わろうとしないことがあるが、これはリスクの高いプロジェクトといわざるえない。開発体制をいかに構築するかは、プロジェクトを成功させる重要な要素だ。顧客とのコミュニケーションの在り方、開発場所の選定、成果物の管理方法といった面で、顧客と共にプロジェクトを推進していく体制をいかに整えるかが、()を考えるうえでも重要になってくると思う。

 

なお、企業が履行義務を充足できる(開発を完成・納品できる)と見込んでない場合は、このような想定はできないから、()には該当しないことになる。

 

=ご参考 第35(b)の概略=

(b)(どんどん支配が移転しているか明確でない状況で、かつ、)成果物が他の用途、他の顧客向けへ転用できないときに、次の3つのいずれかに当てはまれば進行基準が適用される。

()企業が提供する都度顧客が受領し消費するサービス

()顧客がプロジェクトの途中で他企業へ発注を切替えてもやり直しや手戻りがない。(発注の切替禁止という契約上の制約は無視して考えるが、切替時点で企業の支配下に仕掛品等が残っている場合は、他の企業がそれを引継げずやり直しが発生すると考える。)

()顧客がプロジェクトの途中で他企業へ発注を切替えても、企業は終了した部分に対応する適正な対価を受領できる。

2012年5月16日 (水曜日)

【2011進行基準】結論の根拠から~支配の移転1

=見直しは終了しました(修正しませんでした 5/16)=

=以下については見直し中です(5/11)=

------------------------ 

みなさんは「支配」という日本語からどんな英語を想像されるだろうか。webiloに掲載されている研究社 新和英中辞典によれば、「支配」に対応する英単語には以下のものがある。

 

〈管理〉 control; 【形式ばった表現】 superintendence

〈統治〉 rule; government; 【形式ばった表現】 sway

〈運営〉 management

〈指揮〉 direction

 

たくさんある。そして日本語の「支配」の意味のなんと広いこと。IASBの原文は「control」となっている。「支配」のままではイメージが固まらないので、僕は仮に「支配」を「管理下に置くこと」と考えることにした。すると「支配の移転」は、「(顧客に)管理を移すこと」となる。だが、収益実現の要件としては、どうも“軽い”感じがしないではない。

 

もともと、売上基準としては速やかに所有権が移転されることを前提に発送基準や検収基準が考えられてきた。それが「資産の所有に伴うリスクと経済価値の(大部分の)移転」に変わり、そして今回は「支配の移転」と変遷してきた。一体何が変わったというのか。

 

「資産の所有に伴うリスクと経済価値の移転」という考え方が導入されたのは、法律上の所有権が移転されてなくても収益が実現するケースがあるからで、例としては割賦販売が挙げられる。割賦販売は、割賦を払い終わるまでは所有権が売主に残るが、販売(引渡し)時点で売上計上されるので、所有権の移転を収益実現の要件にすると合わないことになる。

 

さらに今回「支配の移転」という考え方になったのは次の理由があるという(BC83)。

 

 ①資産の認識やその中止の定義にも「支配」を用いているので、整合的になる。

 ②リスクと経済価値の(大部分の)移転だと、その大部分を量的に判断することが難しい。

 ③支配の方が、別個の履行義務を識別しやすい(契約を履行義務単位に分けやすい)。

 

①については、概念フレームワークで、資産の相手勘定として収益を認識する考え方(まず資産・負債が定義され、それに従属して収益・費用が定義されている)と整合する。売上債権が成立することで、売上も認識される。認識の中止とは、資産をB/Sから取り除くこと(売却、相殺、除却など)だ。

 

②と③は抽象的で分かり難いので、ソフトウェアの受託開発契約で例を挙げてみよう。

 

②についてはカットオーバー後のサポートが顧客との間で(暗黙でも)約束されているときに、リスクと経済価値の移転で考えると、カットオーバーによってその契約の大部分のリスクと経済価値が顧客に移転したと判断するのが難しいことがある。「大部分」っていくらだ?ってことになるが、単純に金額の大きさで解決できる問題ではないはずだから。

 

③については、支配の方が、ソフトウェアの開発業務とサポート業務を別個の履行義務として認識する(別々に売上を計上する)ことがスムーズに発想でき、実態に合った整理がしやすい、といったことだろうと思う。(但し、カットオーバー後のサポート業務を別個の履行義務として認識できるかどうかは別の検討が必要になる。)

 

②については、ちょっと分かり難いと思うので、もう少し僕のイメージを書き加える。

例えば、カットオーバー後も、大きなバグが見つかってトラブルが起こった場合に備えて顧客に要員を待機させるとすると、それはリスクと経済価値の大部分を顧客に移転したといえるだろうか。直感的には「念のため」のレベルなら収益が実現したと考えて良いと思うが、それと「大部分」という量的な概念がうまく噛合うだろうか。「大部分」だと、例えばプロジェクト全体コストの何パーセント以内などと発想しやすいが、実際には企業側の要員が抜けると、当初の想定に反してシステムの安定稼働に合理的な不安があるとすれば、その金額的な比率が小さくてもまだその時期ではないと思う。まだ顧客がシステムを支配している、支配できているとはいえないからだ。

 

ところで冒頭で支配を「管理下に置くこと」と書いたが、読み進めていくとこの基準案における支配の定義が、次のように書いてある。(BC85

 

「約束した財又はサービス(すなわち、資産)の支配とは、顧客が当該資産の使用を指図して当該資産からの残存する便益のほとんどすべてを得る能力である」

 

ポイントは、使用の指図便益の享受能力という3つの構成要素だという。使用の指図と便益の享受は、その資産から得られる将来キャッシュフローを顧客が獲得できる状況を示しているので、概念フレームワークの資産の定義と合致する。法律上所有権の移転の有無に関わらず、リスクと経済価値の移転も行われた状態とみることができる。これなら顧客の実質的な所有物になった状態と考えられる。「管理下に置く」というよりは「(顧客が)所有している」イメージだ。したがって、冒頭に記載した支配のイメージは修正が必要だ。

 

ところが問題は「能力」だ。「能力」とは現在の能力をいい、将来獲得する予定の能力ではないとしている。この考え方も概念フレームワークの資産の概念に整合している。即ち、仕掛品からは現時点で便益を享受できないから、仕掛品の状態では支配にならない(但し契約による)という。

 

これは進行基準にとっては難物だ。事実、2010年公開草案に対しても、この点について懸念が提示されたという。「建設業界の多くのコメント提出者は、収益認識の方針を工事進行基準から工事完成基準に変更することを要求されることになると懸念した」と記載されている(BC87)。ソフトウェア業界の方々も同様の懸念を持たれただろうと思う。2011年公開草案はそれを改善したとしているが、これはなかなか理解が難しそうだ。「一定の期間にわたり充足される履行義務(=進行基準の適用)」か、それとも「一時点で充足される履行義務」かを判断するときの「支配」は、もっと突っ込んで考える必要があるようだ。だが、今回記載した「支配」とは、一部違うもののような気もする・・・。それは次回検討しようと思う。

【2011進行基準】結論の根拠から~支配の移転2「第35項(a)」

 =見直しは終了しました(赤字部分が修正で、進行基準が適用可能な範囲は狭くなっています。その他、不適切な表現を修正しました。5/16)=

 =以下については見直し中です(5/11)=

------------------------------------
今回はいよいよ核心部分だが、その前にざっとおさらいをしてみよう。

 

 

僕は2011年公開草案で進行基準がどのように扱われているかが知りたくて、そしてそれが概念フレームワークに整合しているのかが知りたくて読み解いてきた。収益認識の一般基準(コア原則)は、企業(供給者)の財・サービスの支配が顧客に移転したとき(移転を描写するように)収益認識するというものだったが、その支配とは、簡単に言えば顧客のものになっている状態、顧客の資産になっている状態ということで、英語ではControlだった。その資産(やサービス)を顧客が利用したり、販売したり、担保に入れたりすることができ、それから生み出されるキャッシュフローを顧客が獲得できる状況だ。

 

ところが、建設業界などから、このコア原則では工事契約(設備の建設、物品の製造、又は買手の仕様に合わせた関連するサービスの提供も含む)に進行基準が適用できず、完成基準になってしまうという懸念が寄せられた。IASBとFASBは、工事契約に進行基準の適用を禁止する意図はなかったために、公開草案へ今回のテーマとなる35項を追加した。

 

企業の財・サービスが顧客に移転することで収益を認識するというコア原則は、概念フレームワークの資産の定義とイメージが合っていた。その資産から生み出されるキャッシュが顧客に帰属するのだから、その資産は顧客のものになっており、顧客は企業に対し対価を払う義務がある。即ち、企業は金を生む資産である売上債権を獲得したことになる。ならば、企業は売上債権を資産計上し、その相手勘定を売上とすることに合理性がある。だが、進行基準はまだ仕掛中のものを売上計上しようというものだ。仕掛中のものについて支配が移転しているといえるのだろうか。

 

ということで、基準案の第35条を概観してみよう。

 

35条は(a)(b)に分かれていて、(a)はプロジェクトの成果物がどんどん顧客に移転していくもの、(b)はどんどん移転していかないいくか不明だが、実質的に一定期間にわたって移転されていると考えられる3つのケースを規定している。(b)については、成果物が他の顧客へ転用できないものであることが前提となっている。今回はそのうち、下記の(a)について検討する。

 

(a) 企業の履行により、資産(例えば、仕掛品)が創出されるか又は増価し、資産の創出又は増価につれて顧客が当該資産を支配する。企業は、第31 項から第33 項及び第37 項の支配に関する要求事項を適用して、資産が創出又は増価につれて顧客が資産を支配しているかどうかを決定しなければならない。

 

これを見ると、支配が顧客にどんどん移転するのだから収益を認識するのに問題はないと思われるかもしれないが、一体どんなケースがこれに当たるのだろうか。僕に思い浮かぶのは、例えば、ビルなどの建築工事で、下の階から順に納入される配管など水回りの工事や空調設備機器の据付、内装工事などは、供給業者から元請けへどんどん支配が移転する。しかし、ビルの本体工事は、1階ごとに顧客(施主)へ支配が移転されるわけではないので、進行基準は適用できないことになる。では、(b)で考えるのか? いや、そうではなく、本体工事もこの(a)で考えるに該当するものがあるようだ。ここで結論の根拠を見てみよう。

 

結論の根拠の第BC91項は、仕掛中のものに対して、企業と顧客の両方が権利を持っているといっている。この場合の権利とは、究極的には、その資産を利用したり、売却したり、担保に入れたりして資金化する権利のことだと思う。しかし、ここではその前の段階のことをいっており、顧客は、これらの契約において特定作業の履行を企業に強制する権利を持っているから、その履行の結果はその都度顧客に移転すると解釈できるというのだ。通常、仕掛中のものは企業の管理下、支配下にあるが、そこに顧客の支配も及んでいるという。いや、むしろ法的には顧客に所有権があり、企業には先取特権があるだけというのが一般的ではないかといっている。確かに言われてみればそういうケースが多いかもしれない。そして、このような工事契約は(a)に該当する(可能性が高い)。このBC91の要約は、アメリカの状況が記載されたものと思われるので、日本でも同様の法律関係にあるか確認が必要だ。また、契約書に企業の利益保全のために、顧客の権利を制限する条項がある場合があるが、これはその都度支配が顧客へ移転することを否定することになるかもしれない。

 

しかし、すべての工事契約が(a)に該当すると断言しているわけではないので注意が必要だ。顧客が所有権を持っていないと判断されるものもあるし、顧客に所有権があると契約書に明記されていても、それがあまりに形式的なもので実態を伴っていない場合は進行基準の適用が否定されるかもしれない。

 

プロジェクト期間中に、顧客がその進捗を確かめて、それに応じた中間払いをするような契約は、(a)に該当すると考えてよさそうだ。しかし、日本流の着手時3割、中間3割、竣工時残額といった進捗に関連しない支払条件は、(a)に該当する証明にはならないと思う。(否定するものでもないが。)

 

さて、ソフトウェアの受託開発契約は、この(a)に該当するだろうか。僕は、これも該当する場合もあれば、しない場合もあると思う。大規模プロジェクトの多くは、(仕掛中でも)著作権が顧客にあることが契約書に明記され、顧客が節目でテストを行ったり、顧客が開発作業に参加していたりと、顧客が契約通りに進捗していることを確かめながら進行しているケースが多いと思うが、こういうものは該当する可能性が高いと思う。一方で、途中経過を顧客が確認するステップがなく、いきなり完成品かそれに近いものを納入する契約は、該当しない可能性が高い

 

また僕は、成果物(プログラムなど)の著作権が仕掛中であっても顧客側に帰属すると契約に明記されている場合も少なくない。ただ、僕はこれこと(a)に該当する決定的な要因にはならないと思う。建設工事と異なり、無形物のソフトウェアは、契約通りの進捗をしているかどうかを簡単に判断することができないからだ。顧客にとって価値のある資産になっているかを顧客が確かめていることがより重要だと思う。この辺りについては、あとで改めて記載したい。

 

次回は第35項の(b)について記載し、そのあとで僕が考える収益認識基準を経営に役立てるための考え方、顧客満足基準について記載したい。

【2011進行基準】見直し終了~支配概念

前回(5/12)の記事に記載した通り、2011進行基準シリーズの一部の記事を見直していたが、その作業を終了した。下記に記載した通り、「支配」について固い考え方を採用することにした。

 

「支配する」とは、人や組織に対しては「相手の意思決定を思い通りにする」とか、「誰かに異を唱えられることなく相手の処遇を決められる」ことだと思うが、「財・サービスを支配する」とはどういうことだろうか。「支配」は、普通は「もの(財・サービス)」に対してあまり使わない言葉だと思うが、あえていえば、「他人に異を唱えられずに、自由に使用し処分できる」ということではないだろうか。

 

当たり前じゃないか、と突っ込まれそうだが、このように「支配」を狭く固く考えると、前回記載した通り、進行基準を現状のまま適用したいと期待している会社にとっては厳しい結果となる。

 

しかし、最初からゆるく考えると、それが外れた場合はあとで大慌てをすることになる。だから、いずれ確定基準となったときに、速やかにそこへ注意が向けられるように、今は固く見ておいた方が役に立つ。また、今年(2012年)3月にIASBへ提出された日本公認会計士協会(JICPA)の2011公開草案に対するコメントを見ても、進行基準の適用範囲は狭く捉えられている。(それもあってJICPAはその部分に同意しないとコメントしている。)

 

繰返しになるが、両審議会(IASBとFASB)は、2008年のディスカッション・ペーパーと2010年の公開草案に対する建設業界からのコメントを考慮して、2011年の公開草案に第35項を追加するなど進行基準が工事契約に適用できることを示そうとした。僕はその結果、支配概念が柔軟に拡大されたのではないかと期待した。実際、2011年公開草案の公表に対し、FASB側の一人が反対票を投じたが、反対理由の一つはこの第35条の(b)ⅲ項が、コア原則の例外になっているという理由だった(結論の根拠AV4~)。だから公開草案を読み進めていくうちに、「支配」が拡大され、緩く考えられていることが分かるに違いないと思った。しかし、いくら読み進めても、僕にはたいして拡大されたように思えない。結局両審議会は、コア原則を大きく変えないまま、詳しい説明を追加しただけのように思える。

 

まったくの想像だが、両審議会の他の委員は、第35条の(b)ⅲ項が例外にはなっていないとか、多少は例外的かもしれないが概念フレームワークの資産の定義を踏み外すほどではないと考えているのではないか。だから反対があっても議論を打ち切って、この2011公開草案を公表したのではないだろうか。

 

ここで、現状の会計処理に対する影響という観点から離れて、企業の財務実態を忠実に表現するという本質論へ観点を戻してみよう。

 

僕は、やはり収益の認識は、コア原則に従って、財・サービス(の支配)が顧客に移転したときに、その移転の状況を描写するように行われるべきだと思う。そして実際の移転のパターンについて、進行基準の方が実態に即した描写になるのか、それとも完成基準の方が適切なのかという点にこそ、注意を払うべきだろう。従来、長期大型工事を完成基準で会計処理すると、業績変動が大きくなって経営実態が表現されないと言われてきたが、それは進行基準の方が財・サービスの移転の状況を素直に描写している場合に限られるのではないだろうか。完成まで顧客へ財・サービスが移転されない取引について進行基準で収益認識すると、実態と乖離することになるのではないだろうか。

 

企業も本来やるべきことは、いかにスムーズに顧客に財・サービスを移転するかに神経を集中させることだ。そういう目で、自社の財・サービスを顧客に提供するプロセス(履行義務)や標準的な契約条項を見直してみてはどうだろうか。その結果、一定の期間にわたって財・サービスを移転するのが適切なのか、一時点で移転するのが良いのかが見えてくる。

 

初めから進行基準適用を目的化して、会計基準の要件に合うよう(履行義務ではない)管理や作業を積み上げると余分なコストになるし、顧客目線からも外れるので、経営にとって悪い影響がある。これについては、このシリーズの最後に、ソフトウェアの受託開発を例にして、もう一度考えてみたい。

2012年5月12日 (土曜日)

【2011進行基準】見直しの理由~支配概念

5/11現在、以下の記事については見直しを検討している。

 

 4/24 2011進行基準】結論の根拠から~支配の移転

 5/ 2 2011進行基準】結論の根拠から~支配の移転2「第35(a)

(ついでに5/ 9の記事については、タイトルの「支配の移転」を「支配の移転」へ変更した。)

 

まだどの程度修正するか(或いは修正しないで別の記事を書くか)は決めてない。見直ししようと思ったのは、5/9の記事に書いた「意外とIASBとFASBの両審議会は固い」に気が付いたからだ。固いというのは「支配」のイメージに対してだが、支配を柔らかく(広く)考えると、進行基準の対象となる取引が広がるが、固く(狭く)考えるとなかなか進行基準が適用できないことになる。影響が大きい。そして「支配」は概念フレームワークや他のIFRSとこの公開草案を繋ぐ重要な考え方で、IFRSの原則主義が具体的に表れた一つの形でもある。さらには日本基準との差を理解するためにも重要なポイントになる。

 

支配概念をもっと正確に理解することの重要性、その影響の大きさを理解するために、日本の「工事契約に関する会計基準」との相違を見てみよう。日本基準ではどのように表現されているのか。結論からいうと、日本の進行基準には一定期間にわたって履行義務の充足する、とか、支配が移転するといったことに相当する要件が見当たらず、取引の種類(と進捗度の信頼性要件)で進行基準適用の範囲を定めているので、この公開草案が修正されずに適用された場合は、進行基準が適用される範囲に違いが生じる可能性を否定できない(進捗度の信頼性要件はIFRSにもある)。

 

「工事契約に関する会計基準」の「範囲」という見出しがある第4項、第5項。

4. 本会計基準は、工事契約に関して、施工者における工事収益及び工事原価の会計処理並びに開示に適用される。

本会計基準において「工事契約」とは、仕事の完成に対して対価が支払われる請負契約のうち、土木、建築、造船や一定の機械装置の製造等、基本的な仕様や作業内容を顧客の指図に基づいて行うものをいう。

5. 受注制作のソフトウェアについても、前項の工事契約に準じて本会計基準を適用する。

 

日本基準では、特注品の生産・供給に関する請負契約が進行基準の対象となる。

一方、公開草案では、一定期間にわたって履行義務が充足されるもの、どんどん顧客に支配が移転するものが進行基準の対象になる。支配を広く解釈できるのであれば、例えば「請負契約なら支配がどんどん移転すると考えて良い」と解釈してよいのであれば、日本基準と公開草案は同じことになるが、そうなるだろうか。そこが問題だ。なにしろ影響が大きそうだ。

 

ということで、支配についてもっとじっくり考えてみようと思う。

 

なお、公開草案の第35(a)は、特注品の限定をしていないので、汎用品も進行基準の対象となるケースが出てくる(進行基準適用の要件に合致する場合は、進行基準の適用対象となり完了基準は採用できない)。しかし、その場合P/Lへの影響はそれほど大きくなさそうな気がするのだが、注記での扱いについては検討が必要になると思う。

2012年5月 9日 (水曜日)

2011進行基準】結論の根拠から~支配の移転3「第35項(b)」の概要

35項は(a)(b)に分かれていて、(a)はプロジェクトの成果物がどんどん顧客に移転していくもの、(b)はどんどん移転しているかはっきりしないが、実質的に一定期間にわたって移転されていると推定できる3つのケースを規定している。但し、(b)については、成果物が他の顧客へ転用できないものであることが前提となっている。今回はその(b)を概観する。次回以降、もっと詳細に検討する。

 

前回、第35(a)の「どんどん移転している」とは、成果物の実質的な所有(即ち、支配)がプロジェクトの進行にしたがって顧客に移転すると考えられる状況のことで、その判断は、単に契約関係がそうなっているだけでなく、進行状況を顧客と確認し合い、共有していることが決め手になると、僕の意見を書いた。ソフトウェアの受託開発については、この(a)の他、(b)を理解しなければ進行基準適用の判断ができないことがあると思う。それは、どんどん移転しているか明らかでない状況が、ソフトウェア開発には見られるからだ。

 

(b)項を簡単に下記に記載する。正確には、末尾に原文を転記してあるのでそちらをご参照いただきたい。

 

(b)(どんどん支配が移転しているか明確でない状況で、かつ、)成果物が他の用途、他の顧客向けへ転用できないときに、次の3つのいずれかに当てはまれば進行基準が適用される。

()企業が提供する都度顧客が受領し消費するサービス

()顧客がプロジェクトの途中で他企業へ発注を切替えてもやり直しや手戻りがない。(発注の切替禁止という契約上の制約は無視して考えるが、切替時点で企業の支配下に仕掛品等が残っている場合は、他の企業がそれを引継げずやり直しが発生すると考える。)

()顧客がプロジェクトの途中で他企業へ発注を切替えても、企業は終了した部分に対応する適正な対価を受領できる。

 

この(b)項で、なぜ進行基準適用の可否が判断できるかだが、意外とIASBとFASBの両審議会は固い。この(b)項は、どんどん支配が移転していると「推定」できる状況かどうかを判断するための条項であり、結局、「支配」概念から離れていない。よって(b)項で救われて進行基準の適用となるケースは限られるように思われる。詳細は次回以降に検討することになるが、その原因は、両審議会が収益認識のコア原則である「支配」の考え方をそれほど広げようとしてないためだ。広げ過ぎれば概念フレームワークの資産の定義や、他のIFRSと整合しなくなる。(僕は4/26の記事の最後で『今回記載した「支配」とは、一部違うもののような気もする・・・。』と書いたが、気にしなければならないほどには広げていないと思い直した。)

 

まず、(b)項は、()()のいずれの場合であっても、特注品であることを条件としている。この意味は、標準品は誰に販売されるか分からないが、特注品であれば販売先が見えているので、その分、製作期間中であっても支配の移転を推定しやすいためだと思う。

 

()については、企業がサービス提供する場合を想定している。物であれば、物が顧客の支配下にあるかどうかで、移転の状況を理解しやすいが、サービスは形がないため分からないケースもある。それを救うために、顧客がどんどんサービスを消費することも支配の移転に当たることを明確にした。だが、これは当たり前のことを確認したに過ぎないと思う。

 

()については、上記のカッコ内の「切替時点で企業の支配下に仕掛品が残っている場合はやり直しが発生する」という点に注目してほしい。基本的に、製作・製造・建設が顧客の支配下で行われないと、()には該当しない。

 

()については、プロジェクトが顧客都合で中断されても、顧客がその時点の成果物を引取ってその対価を支払うなら、顧客に支配が移転していると推定できるということだが、ポイントは、プロジェクトの「進捗状況に応じた対価」を受領できるかどうかだ。実際に成果物を顧客が引取らなくても構わないが、企業がその成果物を他の顧客へ転用するための追加コストや遺失利益を顧客が補填するだけの契約なら、支配が移転されているとはみなされず、この条件には該当しないことになる。

 

以上の概略で、両審議会が(b)項でもあくまで支配の移転にこだわっていることがご理解いただけるだろうか。その結果、ソフトウェア開発の場合は、例えば顧客のコンピュータ処理環境下で、顧客からPCの貸与を受け、顧客側のプロジェクト・メンバーと一緒に開発しているような場合は問題ない。しかし、その正反対の状況だと、(b)項によったとしても、支配が移転されていると推定することが困難で救われない(進行基準が適用できない)のではないだろうか。

 

次回は、細かく検討していきたい。

 

=基準案第35(b)の原文=

(b) 企業の履行によって、企業が他に転用できる資産(第36 項参照)が創出されず、かつ、次の要件のうち少なくとも1つに該当する。

(i) 企業の履行につれて、顧客が企業の履行による便益を同時に受け取り消費する。

(ii) 他の企業が顧客に対して残りの義務を履行するとした場合に、当該他の企業は、企業が現在までに完了した作業を実質的にやり直す必要がない。この要件を評価する際に、企業は、契約の残りを履行する別の企業は、企業が現時点で支配している資産(例えば、仕掛品)の便益を有さないものと仮定しなければならない。さらに、企業は、残りの履行義務を別の企業に移転することを妨げる潜在的な制約(契約上又は実務上の)を無視しなければならない。

(iii) 企業が、現在までに完了した履行についての支払を受ける権利を有しており、契約を約束のとおりに履行すると見込んでいる。現在までに完了した履行についての支払を受ける権利は、固定金額に対するものである必要はない。しかし、企業は、たとえ企業による約束の不履行以外の理由で顧客が契約を終了できる場合であっても、少なくとも現在までに完了した履行に対して企業に補償することを意図した金額に対する権利を得ていなければならない。現在までに完了した履行に対する補償には、契約が解約された場合の企業の潜在的な利益の喪失のみに対する補償ではなく、現在までに移転した財又はサービスの販売価格に近似する支払(例えば、企業のコストに合理的な利益マージンを加えた額の回収)が含まれる。

« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »

2023年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ