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2012年6月19日 (火曜日)

【東電2012/3決算短信】継続企業の前提に関する注記の趣旨

もう20年も前のこと、監査法人に入社してほんの数年だった僕は、当時所属していた部署の一角に、どうもいつもと違う雰囲気があるのを感じた。僕が勤務していた事務所は、他部署との垣根もない大部屋で、パートナー席でもマネジャー席でも、精々、胸のあたりまでのパーティーションがあるだけだった。さすがに会議室は壁で仕切られていたので会議室の中の様子までは分からないのだが、その一角にある会議室からは、大部屋の大机で仕事をしている僕の耳に、聞き慣れないでかい声が時々漏れてくる。でかい笑い声も聞こえてくるのだが、どうも異常な緊張感に包まれているようだ。

 

そこで事情通の先輩に聞いてみると、倒産しそうな上場会社のクライアントがあって、その監査チームは大幅に増強され、さらに隣の部署の非常に優秀なベテラン会計士が編入されてきたという。そのでかい声はその人のものだった。日本に継続企業の前提の注記の制度が導入されたのは2002年度からだが、その10年ぐらい前のことだ。

 

「会計士を殺すには刃物はいらぬ、クライアントが倒産すればよい」などという言葉を僕は大学時代に受けた講義で聞いていた。なんでも、倒産した会社からは会計士が把握していない不正が、しかも大きなものが出てくるので、会計士はあとから粉飾決算に適正意見を付けたと責められ自殺するのだという。この業界に入ってから、会計士がたくさん自殺したとは聞かないので、みんながみんなそうではないのだろうが、1970年代にそういう人がいたらしい。

 

それは大変だとは思ったが、一方で不正さえなければクライアントが倒産しても問題ないのだろうと思った。当時初々しかった僕は、自分が就職先として選んだ監査法人の能力を信じて疑わなかったから、あまり心配にならなかった。きっときっちり監査をやるから、資産の実在性や簿外負債のないことが確かめられ、不良債権などの不良資産が落とされるなどして、適切な会計処理と開示が行われれば問題ないんでしょ、と先輩に言った。ところがそれだけでは済まないという。倒産する可能性があることを監査報告書に書くかもしれないというのだ。

 

その話の中で、その当時「会計士が監査して適正意見を付けた会社がなぜ倒産するんだ」という批判があることを知った。僕は、監査はそこまで期待されているのか、そして、パートナーや主任はそこまで会社を理解しているのか、そんな予言者のような能力があるのか、と驚いた。そして、将来自分がそんな判断ができるようになれるのかと不安になった。もっとパートナーや主任を尊敬しなくては、と反省の念すらも浮かんだ。

 

しかし、そうではないという。パートナーや主任にも分からないのだ。なぜなら、金融機関が金を貸し続ける限り企業は倒産しないから、倒産するかどうかを予測することは、金融機関の意思決定を予測することになる。当時はバブルの後処理が始まっていたが、金融機関が貸し渋りとか貸し剥がしと批判されるほど融資姿勢が厳しくなるのはその後のことだったと思う。まだ自己査定も債務者区分もなく、金融機関の意思決定も今に比べれば「勘」に頼っていた時代だったので、監査人にそんな予測ができようもない。危ないことは分かっても、いつ倒産するかまでは分らない。

 

過去に実例はあるのか、と僕は聞いた。すると物知りの先輩は、ない、少なくとも日本には。でも外国の実務にはあるらしい、という。それに会計理論上も必要だと言った。ここでまた驚いた。会計理論のことなら、当時の僕でも(旧)会計士二次試験には合格していたので、そんな理論があるなら知らないわけはないはずだが知らなかった。すると、それは会計公準に関することだという。企業会計原則を始めとして、会計基準はすべて会計公準を前提に作成されている。その一つが「継続企業の前提」で、会計基準はすべて企業が近い将来倒産しないことを前提にしているという。したがって、倒産が確実な企業にはこの会計公準が当てはまらないので、会計基準は適用できないのだという。例えば、減価償却という会計処理は、少なくとも残っている耐用年数の期間、企業が存続していないと適用できない会計処理だ。悲しいかな、当時の僕は「会計公準」という言葉は知っていたが、中身を知らなかった。僕はこの辺りで沈没した。僕には理解不能、頭はオーバーフローしていた。

 

そして、そのクライアントの監査報告書には注記(特記事項)が付けられた。倒産するか否かではなく、そのリスクがあることを示唆したのだ。まだ日本の監査基準に、継続企業の前提に関する注記の概念はなかったが、倒産するリスクがあることは、投資家や株主に重要な情報なので、監査報告書の情報提供機能を利用して開示した。恐らく、これが日本で最初の継続企業の前提に関する注記だと思う。

 

当時は沈没したが、もちろん今は分かる。倒産確実の会社の財務諸表を作成する会計基準がないということは、会計処理及び開示が適正であるという監査人の判断ができないということだ。監査は、会計基準に照らして会社の会計処理等が妥当かどうかを判断するのだが、その会計基準がないのだから、倒産確実な会社が通常の会計基準で財務諸表を作成したら、不適正にするしかない。倒産することが確実ではないとしても、近い将来にその可能性がある程度高ければ、会計基準が正しく適用されていない可能性も同程度高い。継続企業の前提という会計公準が成立していないかもしれないと開示をすることで、倒産するリスクを表現している。

 

さて以上が、継続企業の前提に関する注記の制度の趣旨だが、次回は、どういう時に適正意見、不適正意見、意見不表明となるのかについて記載する。そして、東電の決算はどれに当たるかだ。

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