【東電2012/3有報】災害特別損失①~3千億円は前期の修正!? まさかねぇ~
2012/07/05
東電は、災害特別損失(P/L科目)について、2012/3期の第1四半期から第3四半期まで、連続して1千億円、合計で3千億円の追加損失を計上した。しかし、第4四半期については殆ど損益は出ていない。原子力発電への依存度低下による収益構造の悪化を主要因とする営業損失27百億円(6/15の記事に記載)、支払利息13百億円、そしてこの災害特別損失3千億円を合わせれば8千億円となり、2012/3期の当期純損失78百億円を超えるから、この追加計上された災害特別損失の重要性は極めて大きいことが分かる。(ん~、支払利息もこれほど巨額とは・・・。)
しかも、災害特別損失(対応するB/S科目は災害損失引当金)は見積りによるものであり、その確からしさの程度は一般の見積りほど合理性が高くないと東電が自ら、そして7/3の記事で見たように監査人も開示している。したがって、単に金額的に大きいから注目するというだけでなく、その内容面にも注目し理解できなければ、東電の財務分析はできないと言ってよいと思う。という観点で見てみると、2012/3期の有報の開示では、この3千億円の中味が良く分からない。もっと書いてほしい情報がある。それを今回と次回に分けて記載する。
(1.見積りと実績の差か?3千億円の内容)
追加で損失を計上したということは、東電の想定を超えた支出を余儀なくされたということだが、その想定越えの内容を知ることで、東電の見積りの”堅さ”を推し量ることができる。以前も書いたが、この見積りは非常に難しいので、ピッタリ予想することはもともと不可能だし、そんなことまでを要求してはいけないと思う。監査も受けているのでいい加減ということもないと思う。それでも読み手にしてみれば、どちらの方向へどれぐらい振れる可能性があるかを考えざるえない。見積もりと実際を比較した情報は、それを推し量るために非常に重要な情報だ。
第1四半期や第2四半期のころは、原子炉の冷却水(高濃度汚染水)を浄化・循環させる装置を導入し、それが漏水するなど稼働が上がらないことが頻繁に報道されていた。しかし、それで各四半期1千億円もの追加支出が発生したのだろうか。その装置が安定稼働を始めていた第3四半期の1千億円の追加はなんだったのだろうか。循環に使えない大量の汚染水の保管設備か。とにかく何も分からない。3千億円もの見込み違いは、特別損失に計上されただけで具体的な説明はない。特別損失に関するP/L注記でも、災害損失引当金の見積りのベースとなるロードマップが2011/12/21版の「中長期ロードマップ」へ変わったと、会計方針の注記と同様の内容が記載されているだけだ。
それから、第4四半期はこの追加損失がなかった。これ自体は幸いなことだが、それはなぜか。理由が分からなければ本当に喜べない。
しかし、一つご注意いただきたいのは、東電以外の会社でも、このような見積りと実績の差異に関する情報が開示されたのを見た記憶がない。したがって、東電だけにこの情報開示を求めるのは酷、というのはもっともな意見だ。一方で、このように質的にも量的にも極めて重要な見積りも珍しい。したがって単純に他社例がないと切り捨てることも適当でない。僕は、上述した決算上の重要性に鑑みて、読み手が見たがり、知りたいと思うのは自然だと思う。あとは東電が、開示制度で直接要求されてなくても、読み手の意図を酌んで開示するかどうかだ。
(ちょっと寄り道~不思議なことが・・・)
以上は、特別損失に計上された3千億円の発生理由について、2011/3期決算時点で想定されてなかったことが、2012/3期の第1四半期から第3四半期の間に起こったために追加支出を余儀なくされたから、と考えている。しかし、引当金の見積りに対し追加で損失が計上される場合は、このようなケースの他に、見積り方法を変更した場合も考えられる。だが、ここではそれを想定していない。その理由は、この3千億円は第1四半期から第3四半期に1千億円ずつ計上されたものだが、その間、この引当金の見積もり方法が変わったという開示が四半期報告書になされていないからだ。見積りに重要な変更があれば四半期財務諸表に説明を記載しなければならない(四半期財務諸表に関する会計基準19(4))。1千億円の追加損失は誰が見ても重要だから、それが見積もり方法の変更によるものであれば当然開示が必要だ。見積もり方法が変わらないのに追加で損失計上されたのは、想定外の要因、想定を超える要因による支出があったから、と考えたのだ。
しかし、視線を有報のP146にある引当金明細表(単体)に移すと、別の姿が見えてくる。
期首に82百億円の残高があったこの災害損失引当金は、期中に3千億円増加し、目的使用による取崩しが35百億円、期末残高が78百億円となっている。期中増加額の3千億円は、上記特別損失の3千億円との関連が連想される。一方、戻入(目的使用)の35百億円は、この期に見積りが予定通り実行されて取崩されたものだ。
要するに、この明細表は、次のことを表わしていると読める。
◆期首残高の82百億円のうち1年間で35百億円は想定通りに使用された。
◆2年目以降の作業に対して引当てられていた残り47百億円については、2011/3期の決算以降にそれでは足りないことが分かったので、3千億円追加して2年目以降の用意を78百億円に増額した。
即ち、この1年間(2012/3期)は想定外のことなどなく順調に推移したが、2013/3期以降の費用については不足していることが分かったので、増加額3千億円(≒特別損失の3千億円)を追加したもののように見える。
みなさんは、「いいじゃないか、たいしたことはない」と思われるだろうか。僕は不思議でならない。
これは、この明細表を見る前の僕の見方と明らかに矛盾する。だが、ここは一歩引いて、東電がこれらの一連の開示によって暗に主張していることを考えてみよう。それは以下のように見える。
「高濃度汚染水対策などの試行錯誤も含めてすべて、2011/3期決算の災害損失引当金の見積りに織り込み済みだった。だから、2012/3期中に大きな見込み違いは生じていない。一方、第1四半期から第3四半期にかけて翌期以降の不足に備えて1千億円ずつ引当を積み増したが、それは見積もり方法の変更によるものではない。翌期以降に影響すると判明した新たな事実をその都度反映したら、たまたま1千億円ずつになったのである。その結果、第4四半期決算、即ち、2012/3期決算では、見積りのベースとなるロードマップを12/21に開示された中長期ロードマップへ変更したが、それによる影響は第1四半期から第3四半期までに織り込み済みであった。」
(非常に美しいストーリーだ。だが、そんな素晴らしい見積りだったのか。まあ、それがそうだったとしても「5/21公表のロードマップをベースに見積る」という見積方法がそのままなのに、第3四半期までに翌期以降のことについて3千億円も追加計上されるのか? 見積り方法の注記は実態に合っているか?)
しかし、こんな想像も・・・
「高濃度汚染水対策の必要性は分かっていて2011/3期決算に織り込んでいた。しかし、仏アレバ社や米キュリオン社の設備の稼働率や性能を上げるのにあれほど苦労し、費用がかさむとは思わなかった。しかし、これらは6/17に稼働を開始したので第1四半期決算のころには概ね全容が見えていた。そこで追加でかかりそうなコストを四半期決算の開示対象となる第1四半期から第3四半期に3分割して1千億円ずつ計上することにした。」
(分かっていたなら3分割しないで第1四半期にすべて計上すべきでは?)
さらには、こんな邪推も・・・
「昨年5/20の2011/3期決算発表には間に合わなかったが、仏アレバ社や米キュリオン社の装置の技術的な問題、実際の運用上の問題は予め概ね分かっており、東芝のサリーで補完できるなど対策も考慮して総会前には費用を見積もっていた。その結果、決算発表数値より3千億円損失計上額が膨らむことは判明していたが、開示せず、2011/3期決算も修正せず、2012/3期の第1四半期から第3四半期に1千億円ずつ分割して計上した。」
(これだけ重要な修正後発事象なら2011/3期決算の修正でしょう!?)
段々、性質の悪い四方山話になってきたので、憶測・妄想はこの辺で止めにする。しかし、これも追加計上された特別損失3千億円の具体的な説明がないことが原因だ。せっかく、透明性や信頼性の向上、意識改革を掲げていることだし、今後同様なことがあれば災害損失引当金の見積りと実績の差異分析を開示されるようを望みたい。
実は、「特に重要な見積り項目(経営者の判断に依存する項目)については、実績との差異分析情報を注記すべき」というのが僕の願望だ。監査法人にいたころ、IFRSではこういう注記があると聞いたような気がしたのだが、いまIFRSを探しても該当規程が見つけられない。残念だ。しかし、内部統制報告書制度では、見積りと実績の差異を分析し、見積り方法を改善することは重要な内部統制だし、それを開示するとなればさらに緊張感が増すから見積りの精度アップにつながる。開示する企業の方々にとっては厳しいかもしれないが、見たいものだけ見る、とか、知りたくない情報を拒絶するとか、ローマ帝国の英雄カエサルが警鐘を鳴らした人間の性癖を減ずる効果があるから、経営にとっても悪くないはずだ。
さて、みなさんはいかがお考えだろうか。
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