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2012年7月

2012年7月27日 (金曜日)

アジェンダ協議2011~(ASBJ)今後3年間は維持管理を

2012/07/27

アジェンダ(agenda)というと、会議やプレゼンテーション、研修などで人が集まった時に提示される議事一覧か行動予定のリストのことだ。IASBは、今後3年間にIASBが取組むべき課題リストの原案に対して意見をしてほしいと言っている。戦略レベルと個別検討項目レベルの2つのレベルの意見が求められているが、今回は戦略レベルの方向性を紹介したい。ASBJ(企業会計基準委員会)は、それに対して、新しい課題に取組むより現状の維持改善に努めてほしいと意見している。

 

 

(IASBの現状認識と原案)

 

IASBは2001年発足以降の10年間のIFRSを取り巻く環境の変化を以下の3点にまとめて捉えている。

 

  1. 多様化したIFRS共同体

 

 IFRSを採用する国が増加しているので、それに合わせて課題も多様化するとしている。

 

  1. 複雑化した市場環境

 

 通常IFRSで市場というと資本市場のイメージが強いが、この場合は、株式や社債市場だけではなく、もっと広く関連したCDO(Collateralized Debt Obligation)、CDS(Credit default swap)などのデリバティブやその他の金融商品市場の発達も含めていると思う。

 

  1. 適用を要する数々の変更

 

 FASBとの協議、金融危機(リーマンショックなどの一連の危機)、G20(主要8か国+新興国11か国)からの提言などへ対応した結果、利用者や作成者の労力が過大となっているとしている。G20からの提言には、金融商品評価に関連した景気循環増幅効果(pro-cyclicality)や非連結特別目的会社に関する会計・開示の基準の改善、IASBのガバナンス強化、単一の質の高い世界的な会計基準を実現するための努力を倍増することなどがあげられている。

 

そして、昨年のIFRS財団評議会の戦略レビューの結果、次の2つの課題も認識している。

 

  1. 基準の品質と目的適合性を立証する必要性

 

「基準の品質」が何で測られるかは残念ながら僕にはわからない。目的適合性については、基準により開示された情報が投資家等の利害関係者の意思決定に役立っているかどうかであり、それを調査(コスト便益又はインパク評価等)することだと思う。

 

  1. 適用と採用に関する実務が不統一となるリスク

 

「適用と採用」は「implementation and adoption」の訳であり、意味としてはアドプションとかコンバージェンスなどという形で各国がIFRSを国内基準化する行為を指していると思われる。IFRS財団評議会の戦略レビューでは、IFRSを採用したとしている国が、本当にIFRSを丸ごと(Pure IFRS)受入ているのかを問題視していた。

 

以上の現状認識から、戦略レベルの方向性として「財務報告の開発」と「既存のIFRSの維持管理」の2つの区分と5つの戦略領域を設定することと、2つの区分へ力点を置くバランスについて、IASBは意見を求めている。

 

 ① 財務報告の開発

  • IFRSの首尾一貫性の強化(概念フレームワークの見直し作業の完成、表示と開示のフレームワークの開発)
  • 調査研究と将来への戦略分野の整理
  • 新規分野のIFRSの開発、大きな修正

 

 ② 既存のIFRSの維持管理

  • IFRSの運用上の論点についての適用後レビュー
  • IFRS適用の首尾一貫性と品質の改善(比較的小さなIFRSの修正)

 

ちょっと横道にそれるが、将来への戦略分野ということで、IASBは統合報告(Integrated reporting)というものを強く意識しているようだ。「統合報告とは、企業の戦略及び財務的・非財務的業績の全体的かつ統合的な会計である」と脚注されている。統合報告は「国際統合報告委員会(the International Integrated Reporting Committee: IIRC)」という組織が中心となって制度化を目指しているもので、ラフだがイメージしやすく表現すれば、例えば環境報告書、CSR報告書といった財務報告と別に任意で公表されているものを、財務報告とベースを共通にして有価証券報告書へ統合するイメージだ。ちょっと頭の片隅に置いておくと良いかもしれない。

 

 

(ASBJのコメント)

 

これに対してASBJは、2つの区分と5つの戦略領域の設定は妥当としたうえで、力点の置き方について次のように述べている。

 

我々は、IASBが識別した2つの区分(「財務報告の開発」及び「既存のIFRSの維持管理」)のうち、今後、3年間は、「既存のIFRSの維持管理」に重点を置くべきと考える。

 

その理由となりそうな部分としては下記がある。

 

今後、IFRSが変わり続けることは、特にこれからIFRSを適用しようと考えている企業にとって、IFRS採用の重大な障害となり得る。

 

日本の状況をIASBに認識させようとするコメントだ。そして具体的な力点の置き方は以下の通り。

 

  • 既存の優先プロジェクト(収益認識、リース、金融商品、保険)の開発を進め、その他のアジェンダについては、限定的とすべきであると考える。

 

維持管理の内容としては・・・

  • 適用後レビューの範囲の拡大と充実

 

  • IFRSの解釈に関する取組みの充実

 

  • 概念フレームワークの改善(基準間の整合性を促すような堅牢な基礎)

 当期純利益の概念とOCIリサイクリング

 慎重性(・・・保守主義を質的特性に復帰させるという意味だと思う)

 

  • 開示フレームワークの確立、全体的な開示内容及び量の見直し

 

中長期的観点からの戦略的研究も行うべきだとしているが、ASBJも資源の提供を申し出ている。

 

 

さて、世界のサッカーをリードするスペインをイギリスの地で破ったサムライ・ブルー・オリンピック代表。会計の世界の日本代表であるASBJのコメントも、彼の国のIASBの議論に強烈に良い影響を与えることを期待している。

2012年7月24日 (火曜日)

アジェンダ協議2011の概要

2012/07/24

2011/7にIASBから意見募集を呼びかけられた「アジェンダ協議(アジェンダ・コンサルテーション)2011」は、今後の3年間のIASBの活動の方向性を決めるためのものだ。2011/7/31の記事から数回にわたってこのブログでも取り上げた「戦略レビュー(IFRS財団評議会)」は今後10年間の長期計画策定のための意見募集で、IASBやIFRS財団の目的、統治システム、IFRS適用(アドプションか否かや適用状況を確認する仕組み)に関する分野も含まれていた。それに対しこのアジェンダ協議は、その中期計画版とでもいうべきものかもしれない。或いは戦略レビューが目的や統治といったIFRSを生み出し、運用する器を扱っているのに対し、このアジェンダ協議はIFRSの内容自体、中身を扱っている。

 

IASBからは、大雑把にいって、次のような問い掛けが行われた。

(a)今後の方向性、「新しい基準開発」と「既存の基準の維持管理」のバランス

(b)財務報告のニーズ・・・どの項目の優先順位が高いか

 

これに対してASBJは、「アジェンダ・コンサルテーション協議会」を設置し、主要な市場関係者との協議の結果として2011/11『意見募集「アジェンダ協議2011」に対するコメント』を公表した。7/2に公表された企業会計審議会の中間的論点整理、或いは2011/12の企業会計審議会の議事録にも出ている。中間的論点整理では、主要な市場関係者との協議の結果、日本代表の意見としてIASBに発信されたことがたびたび触れられていた。

ちなみに、主要な市場関係者とは中間的論点整理によれば「財務会計基準機構、企業会計基準委員会、日本経済団体連合会、日本公認会計士協会、日本証券アナリスト協会、東京証券取引所、金融庁、法務省、経済産業省」だ。

 

その意見発信の概要は、これも中間的論点整理から転記すると、以下のようなものだ。

 

  • 今後三年間は、新規の基準開発よりも、既存のIFRSの維持管理に重点を置く必要がある。

 

  • 当期純利益を概念フレームワーク等で定義づけるべきであり、リサイクリングが必要である。

 

  • 公正価値測定の適用範囲について、現状の基準には見直すべき点がある。

 

  • 開発費の資産計上、のれんの非償却処理及び機能通貨の決定について、現状のIFRSの規定に問題がないか適用後レビュー(実態調査)をすべきである。

 

  • 固定資産の減損の戻し入れについて、理論上、実務上の懸念がある。

 

このほか素晴らしいことに、ASBJは、基準に関連する研究・開発の協力や人材提供の申し出も行っている。僕はとても重要なことだと思う。

 

これから数回をかけて、これらASBJのコメントの内容を紹介していきたい。今回は、IFRS財団評議会やIASBについて、こういう意見募集が行われることについて僕の感想を記載したい。

 

IFRSは全面時価主義、製造業無視の金融資本主義の手先、アングロサクソンの陰謀などといわれるが、もしかしたら、IFRS財団評議会やIASBもそういう評判を気にしているのかもしれない。というのは半分冗談だが(日本でしか言われていないらしいこともあるらしいから)、IFRS財団評議会やIASBは「手続」、即ち、「民主的な運営」を非常に重視していることが見て取れる。日本でも財務諸表規則や会計基準等について公開草案が提示され、このような意見募集が行われるが、ガバナンス面や運営方針にまで及ぶものではない。

 

IFRSは完成した基準ではないし、IFRSの適用を監視していく体制の整備はこれからだ。会計基準の中味に焦点が当たりがちだが、こういうガバナンス面、運営面も注目し評価する必要がある。こればかりでなく英語さえ読めれば(僕には無理)、IASBのホームページには実に様々な議事録や資料(動画も含む)が掲示されている。登録すればメールも毎日といっていいほど送られてきて、動きを知らせてくれる(僕には豚に真珠)。そういう評価が外部から行いやすい体制になっている。

 

「外国で会計基準が決められてしまうことのリスク」などと言われるが、国内で決まっていれば安心だろうか。国内では「審議会方式」に対する問題の指摘(官僚による恣意的な運営、特定の利害関係者や既得権者と官僚の癒着など)も多い。現在の企業会計審議会がそうだと言うつもりはないが、いずれそのような運営がなされないとも限らない。また、ASBJでも議事録の公開などが行われているが、内容が恐ろしく分かり難く(「専門的」というべきだが…)、このブログのネタにもできない。

 

ただ、IFRSを全面導入したあとでも、それを中断・離脱できる体制を準備をしておくことは、日本の選択肢を確保する意味で重要だ。そのためには企業会計審議会やASBJは引続き必要だし、そのガバナンス面や運営面を外部から見えやすくしておいた方が良い。IFRSを止める事態にならなくても、ASBJは、今回のアジェンダ協議のように日本代表としてIASBへ意見発信したり、開発協力や人材提供をする重要な機能が期待される。企業会計審議会も(監査部会以外に)IFRS財団評議会に対して評議委員となる人材を選出したり、日本代表としてIFRS財団評議会や諮問委員会へ意見発信をするような、日本の会計面での対外戦略を提案したり、決定するような機能が期待できるかもしれない。

 

ということで、IFRSを導入するか否かという議論に目途がつけば、IFRSを導入した場合の企業会計審議会やASBJの役割、運営体制等々の検討も必要になると思う。

2012年7月19日 (木曜日)

【中間的論点整理】監査人への要請~監査人は会社の実態のプロセスを理解できるか

2012/07/19

昨日(7/18)は、米国SECがIFRS導入の判断を大統領選の後へ先送りするというニュースが飛び込んできたが、このブログは引き続き、企業会計審議会の中間的論点整理について記載していきたい。監査人への要請のところは、主に2/29の企業会計審議会で議論されたところと思うが、そこにもあるように原則主義を機能させるにあたって、実質的にそれを運用する監査人の果たすべき役割は非常に大きい。委員のうちに、会計士がその任を果たせるのか、と疑問を呈している方もいるが、素直にそれに頷けてしまうほどだ。

 

IFRSは原則主義ゆえに、考え方は書いてあるが、各社が直ぐ使えるような具体的にルールの記載がない。その部分は各社がIFRSの考え方と各社の実態に合った社内規定、マニュアル等を作成し対応することになる。監査人は、それが適切であるか否かを判断する。したがって、監査人はIFRSは当然として、会社のビジネスの実態までを深く理解することが必要となる。

 

会計士及び監査法人がその任を果たすためには、次の2点がポイントになると思う。

 

◯ ビジネスの実態を踏まえた判断

◯ 現場判断の尊重

 

監査人に対する要請には、「現行の会計処理のほとんどはIFRSの下でも継続可能と考えるべきであり」との記載があるが、実際には見直しが必要な項目は多いと思う。従来税法の影響が大きかった分野、例えば収益認識(売上基準)や減価償却などについては素通りできない。事業の根幹に関わる部分だけに、改めて見直してみることは、企業にとっても重要なことであると思う。

 

そして、監査人が実態を理解できるかという問題提起もされている。自分自身の反省も踏まえ、上記の2点について記載したい。恐縮だが、これは長文になる。最後まで読んでいただけるだろうか。

 

 

◯ ビジネスの実態を踏まえた判断

 

・顧客はなぜこの企業(の製品・サービス)を選ぶのか(この企業がそれをどう考えているか)

・企業はそれをいかに実現しようとしているか

・経営者を含むキーマンの性格、組織風土

 

IFRSは顧客の満足が顧客から売上債権が回収できる根拠と考えている(5/23の記事)から、売上基準については顧客側の意思表示と連動する検収基準が連想される。しかし、個々に見ていくと、事業内容によっては検収の種類が色々あるし、単純にすべて該当するとも言いきれない。もしかしたら、発送時点での収益認識が合理的と判断されるレアケースもあるかもしれない。しかし、顧客からの返品やクレーム、検収の遅れなど、顧客の満足が満たされていない兆候に敏感な企業ほど、単純な発送基準は採用しないと思う。

 

また、業界慣行による特殊な会計処理というのはなくなっていくのではないだろうか。もし特殊なものが残るとしても、それは同業者の会計処理の影響ではなく、顧客の満足が特殊であるケース(ビジネスモデルに特徴があるケース)に限られると思う。即ち、同じ業界に属していても、ビジネスモデルが異なれば売上基準は変わってくる。形式的に比較可能性を考える人には違和感があるかもしれないが、実態を忠実に表現する観点からは、これが自然だ。

 

いつ売上に計上するか、という問題の他に、売上の分割(提供する製品・サービスの種類によって履行義務を区分する)という問題もクローズアップされてくる。どのように分割するか、売上額や売上原価の配分をどうするか、値引きはどうか。そして分割されたそれぞれの履行義務をいつ売上計上するか。これらもその企業のビジネスモデルと密接に関連してくる。

 

顧客の満足は、事前のその企業のビジネスモデルや製品・サービスに関するプレゼンテーション、顧客とのコミュニケーションで変わってくる(参考;5/29の記事)。その企業がなにを売りにしているか(それが多くの顧客に支持されているか)を理解せずに、取引形態等で形式的に会計処理を決めることは正しい業績測定に繋がらない恐れがある。

 

しかし、一方で、企業と顧客とのコミュニケーションの内容とは異なるビジネスの実態が見られることがある。

 

例えば、既に広く知られているように、百貨店の売上高はIFRSの導入で大きな影響を受ける。形式にとらわれず、誰が商品を販売しているのか、百貨店が顧客へ提供しているのは物ではなく付加価値ではないか、といったビジネスの本質を突き詰めて理解することが求められる。(一方で、現在の売上高に相当する情報は百貨店の財務情報として依然として重要だ。どのような形で開示をしていくかを検討する必要があると思う。)

 

通信会社が提供する携帯電話やスマートフォンの販売・サービスは複雑だ。様々な料金プランがあって、機器代金が携帯等の使用料として、まるで割賦販売かファイナンス・リースのように回収されている。そして売れ行きの悪い機種にインセンティブを与え値引きをショップに指示し、さらに売れ残った機種をショップから引取ったりもする。通信会社はもちろん、ショップを運営する会社も、IFRS導入を機会に、取引形態ではなく本当のビジネスモデルと取引実態に応じた会計処理への見直しが必要ではないだろうか。

 

減価償却は、単に税法に規定されているから行うのではなく、いつまでに何によって投資を回収するかという経営課題そのものであり、位置づけを大きく変えていくのが自然だ。例えばP/Lだけの事業計画しか持たない会社は、本来、重要な投資の回収計画も経営上必要だと思うのだ。それに連動して、減価償却方法や耐用年数、資産除去債務の見積もりなどが決められ、減価償却が行われることになる。

 

このように収益認識などの事業系のIFRSの適用には、その企業の事業内容を深く理解することが重要だ。当然、これは現場監査チームの役割となる。一方で、金融商品系のIFRSは、金融商品の内容の理解が重要だ。しかし、日本では見られない取引を対象にしている規程も多いので、日本でそういう取引に直面した監査人・監査法人はグローバルなネットワーク、或いは海外事例の収集が必要となる。

 

ということで、事業系のIFRSの適用は、基本的には国内の雰囲気、慣行の中で判断していけばよいと思う。海外事例を参考にすることは有用だが、外国人に判断させることはないというのが僕の意見だ。

 

 

◯ 現場判断の尊重

 

前置きが長くて恐縮だが、実は問題はこれからだ。そのきっかけとなったのは、「当局への要請」の中にある次のような一文だ。

 

「監査法人が会社の実態のプロセスを理解することが重要だが、その実現性がないのであれば、・・・」

 

これは、日本でのガイダンス作成の必要性について記載された部分だが、監査人には上記のような実態を理解する能力がないという疑いがかけられている。僕は、プレクリアランス制度やガイダンスの作成に反対するつもりはない。しかし、それを当局に要請する根拠として「その実現性がない・・・」と記載されたのには少なからずショックを受けた。単に表現上の問題と片付ければよいのかもしれないが、僕には引っかかるものがある。

 

これにはオリンパスや大王製紙のような問題の影響もあるかもしれない。監査人は不正の実態を見破れなかったではないかと。不正とIFRSでは問題が違うという人も多いと思うが、僕は違うけど共通する部分も一杯あると思っている。

 

監査意見は監査証拠を積上げて形成するものだが、その監査証拠を一杯万遍なく集めるために、やたらとたくさん取引をサンプルして契約書や請求書などの証憑と突合する監査手続が横行している。会社の内部統制を理解し不正リスクを識別するためと称して、監査法人事務所に閉じこもり定型化された様式の大量の監査調書作成を余儀なくされている様子も見てきた。いや、他人事ではない。僕もそれを去年までスタッフにやらせていたのだ。

 

契約書や請求書等の証憑突合は、証憑があることを確認するのではなく、証憑を見ながらそこで起こっていることを想像するために行う手続だ。その想像によって取引の異常を感知する。ところがあまりにたくさんサンプルがあると調書は立派に見えるが、時間に追われ想像せずに証憑があればよい、という形式的な手続に成り下がってしまう。

 

監査を受けている企業の方の中には、監査人に依頼された証憑を提出すれば監査人は満足すると思っている方も多い。しかし、実は本番はそこからで、監査人は契約書にはこうあるのになぜ検収日がこうなんでしょうか、とか、請求書がこのタイミングなのに入金したのがなぜこの日なんでしょうか、この製品とこちらの製品の納入日がこんなに違ってしまったのはなぜでしょう、或いはなぜ同じ日に納入されたのでしょうなどと追加の質問をするし、追加の資料も依頼する。企業担当者は自分で回答できなければ担当部署に聞くか、担当部署の人を連れてくる。そのやり取りの中で監査人は取引現場を想像し、顧客が何を重要と思っているか、企業の担当者が何に気を付けているか、セールストーク、企業の製品やサービスの特長、納入方法、競合先とその企業のビジネスモデルの違いなどを色々理解する。監査対応をしている企業の担当者も同じで密かに興味津々だ。サンプルが多過ぎると、こういう監査で本来行うべき重要なプロセスが失われることになる。

 

会社の内部統制はビジネス・プロセスの上にあるのであって、ビジネスを理解せずに監査法人事務所でいくら頭をひねっても不正リスクは見つからない。まず理解すべきは、企業はどのように顧客を満足させようとしているのかということ。そしてそれにそって内部統制がある。内部統制には4つの目的があって、そのうち財務報告の信頼性を担保する目的を持つ内部統制のみが内部統制報告制度の対象、監査の対象というが、実務として実態を把握しようとすれば、もっと根底のビジネスを実現していくプロセスから理解しなければならない。

 

そして“人”が大事だ。目標達成のためには一線を超えるような無理をする人か。無理をさせる人か。特に中小規模の大企業ではビジネスモデルより、経営者や管理者の個性や考え方が重要である場合も多い。そういうことが、どういう会計処理が適切かという判断に影響を与えることもある。それは経営者や管理者と直接話をする中で聞き出したり、感じとることも多いが、その部下の様子から分かることも多い。だが、そういう話を上手に調書にまとめるのは難しい。「監査調書が作れなくてもよいから現場(企業)へ行って人と話をしてきなさい」と、僕は言えなかった。

 

訴訟、会計士監査審査会の検査、日本公認会計士協会のレビュー、監査法人規程による事後チェック(内部監査のようなもの)など、調書の存在が物を言う場面は多い。そして調書があれば監査チーム内での情報共有、翌期の監査での情報利用ができる。どこまで調書を作るか(≒どういう監査手続を計画するか)、その兼ね合いが難しい。そして、僕はそのバランスを間違えてきたのではないか。

 

僕はどこまで調書を作るかについて、一律にこうすればよい、というルールを作るのは無理だと思う。その監査業務ごとに現場を預かるパートナーが判断していくしかない。だが、僕以外のパートナーもできているだろうか。上記の「その実現性が・・・」というのは、パートナーにその判断ができるか?という疑いの裏返しのように思える。しかし、これは個々のパートナーの自覚と能力の問題であると共に、パートナーにその権限を与えているかという検査を含む仕組みの問題でもあると思う。

 

この問題は長くなるので、機会を見つけて後日続きを記載したい。だがひとつだけ書いておきたいのは、監査法人本部の現場への関わり方だ。本部は金融庁等のプレッシャーもあって、現場を管理したいと思っているが、現場には現場の戦いがある。その最中に後ろから、あれもやれ、これもやれとか、あーでもない、こーでもないと、現場の監査人の背中に剣を刺すような仕打ちがないようにしてほしいと思う。本部には本部の言い分があって、現場が頼りないと思っているかもしれないが、そうであれば、パートナー全員をもう一度再審査して、頼れる人だけをパートナーに残したらよい。パートナーの数が減り過ぎてしまうというなら規模を縮小したらよい。そうしたうえで審査部門以外は、現場をサポート、後押しすることに徹してほしい。

 

 

なお、監査人への要請には、中小の監査法人のIFRSへの対応が遅れるという危惧が垣間見られる。これは、IFRSが導入される範囲が上場会社の一部に留まる場合、日本基準の監査業務しか行わない監査法人が多数になる可能性があるためだ。もしかしたら、大監査法人においてもIFRSの監査業務に関わらない監査人が多数出てくるかもしれない。すると、確かにそういう監査人の中には、日本基準のコンバージェンスは継続されるのだから、あえてIFRSを勉強しなくてもよいと考える人も出てくるかもしれない。

 

しかし、日本基準がコンバージェンスを続けるといっても、日本基準とIFRSの相違は埋まらない部分が残る。それは恐らく欧米企業の経営システムと日本企業の一般的な経営システムの相違に起因するものだと思うが、そこに日本企業の経営改善に役立つこともあるのではないだろうか。例えば、IFRSが投資回収計画を含む事業計画をベースにした経営を前提としているように見えるのに対し、日本基準には決算のためだけに経理部で見積りができればよいというスタンスが見える。減損会計基準などにその相違が垣間見られる(参考:2011/12/5の記事)が、大監査法人ほど基準に書いてあることのみに集中し、その前提や趣旨を突っ込んで考えようとしない気がしないではない。むしろ、中小監査法人の方が、クライアントも規模がほどほどで経営に近く接しており、同じ基準を読んでも経営の実態に鋭く感性を働かせながら深く理解できるところがあるのではないかと思う。そういうメリットをクライアント・サービスに生かすチャンスがあると思うので、逃さないでほしいと思う。税理士も同様だが、会計を単なる過去実績の集計値として利用するのではなく、将来に向けた経営の道具として有効活用するために、IFRSのエッセンスを読み解いてほしい。

2012年7月17日 (火曜日)

【中間的論点整理】7.原則主義への対応等

このタイトルは、次の小見出しに分かれているが、最後のまとめ部分には、実務的な取組みを積上げ、関係者が連携していくことの必要性、特に任意適用企業による経験を活かしていけることへの期待が述べられている。

 

 ① 原則主義と比較可能性

 ② 作成者に対する要請

 ③ 監査人に対する要請

 ④ 関係者間の連携

 ⑤ 当局に対する要請

 

そしてどうやら当局は、プレクリアランス制度(企業と監査人の意見の相違についての事前審査制度)やガイダンス(明確な強制力のない教育的文書)の策定を行っていく方向性のようだ。

 

ところで、このような小見出しがついたのは、「2.国際会計基準の適用」とこの原則主義だけだ。「2.国際会計基準の適用」の方は、実にバラエティ豊富な意見を系統づけるための苦心の小見出しという感じだが、こちらの小見出しは一つ特徴がある。「~に対する要請」というパターンでも分かるとおり、特定の関係者を想定していることだ。ただ、①の「原則主義と比較可能性」は、財務諸表の利用者を想定して原則主義による比較可能性の特徴を説明しているとも読めそうだが、もう一つ、原則主義がうまく機能しない場合の弊害を最初に印象付けることで、②以降の要請を名指しされた関係者に受入れやすくするための導入部とも読める。いずれにしても、「論点整理」の段階で関係者に要請されるというのは、新しい会計制度にとって重要な事柄に違いない。

 

このうち、以下の監査人に関連する要請について、次回に深掘りしてみたい。

 

(監査人に対する要請)

○ IFRSを適用する場合はもちろん、日本基準においても、今後わが国の公認会計士はIFRSの知識が必須になってくる。

○ 監査とセットで考えないと、会計基準が原則主義か細則主義かだけでは決着がつかないのではないか。監査のあり方、監査人がどのぐらい原理原則に基づいて判断できるのかという、監査の成熟度に密接にかかわる問題ではないか。

○ 現行の会計処理のほとんどはIFRSの下でも継続可能と考えるべきであり、監査人においても、費用対効果を踏まえたスムーズな導入を考えていただきたい。

○ 中堅上場企業においてもIFRSの準備が必要になってくるとすれば、中堅監査法人も、対応を十分行っていく必要がある。

○ 監査において会計処理の妥当性を判断するためには、取引の内容、その背景を適切に理解し、また、財務諸表の作成者の考え方についても理解することが重要である。監査法人においては、そうした対応ができるような人材を育成するための研修も行っている。

○ IFRSに基づく財務諸表監査は、日本基準に基づく財務諸表監査と同様の枠組みで監査意見を表明しており、監査意見形成は基本的に日本の監査法人の中で完結している。

 

(関係者間の連携)

○ 何らかの形で適切な判断基準が共有されるべきであり、作成者と監査人などの関係者が一体となって共通理解を形成していくような取組みを行っていただければありがたい。

○ 作成者と監査人で合意した、実務に照らしたベストプラクティスのようなものが必要になってくるのではないか。

 

2012年7月13日 (金曜日)

【中間的論点整理】4~6の要約…国内制度の方向性

2012/7/13

今回は、中間的論点整理の4~6、即ち、単体の取扱い、中小企業等への対応、任意適用について、それぞれのまとめのところを要約してお伝えしたい。

 

4.単体の取扱い

(方向性)連単分離が現実的。単体開示については会社法の開示の活用などにより作成者負担の軽減を検討。

 

5.中小企業等への対応

(方向性)非上場の中小企業へはIFRSを影響させない(従来方針の維持)。

 

6.任意適用

(方向性)任意適用の実例を積上げ、IFRSのメリット・ディメリットを把握し対応する。

(注意点)対外的にピュアなIFRSを任意適用していることをアピールする。

 

更に要約すると、20116月以前よりIFRS導入の進め方を穏やかにし、なるべくIFRS導入の影響を直接受ける範囲を狭める、ということのようだ。

 

「連単分離が現実的」といっているが、これは、会社法や税法との調整が大変だから、ということだと思う。但し、会社法については、以前(2011/6月より前)に、法務省の方が企業会計審議会で、IFRSが導入されて会計基準が変わればそれに合わせて配当可能利益の計算を変えるだけなので、会計基準が変わること自体についてコメントはないというようなことを言われていたと思う。だから、会社法との調整は実は関係ない。実態は、税法との調整が非現実的と言っている、即ち確定決算主義を温存したいということなのだろう。変化を嫌っていた税務関係者は安堵したに違いない。

 

単体開示の省略も検討のテーブルには載っている。ただ会社法の開示の活用がなにを意味するのかはよく分からない。いまでもEdinetには、招集通知が掲示されているから、単体を有価証券報告書から省略するということで良いのか? それともXBRLの利用のため、会社法の開示をそのまま有価証券報告書に載せることになるのか?

 

 

全体的な感想としては、All Japanの人材を集めて、根本的なところから幅広く議論をやり直してきたという割には、古い体制を維持してただ会計基準が変わるだけという結果に落ち着きそうだ、と言ったら怒られるだろうか。IFRS導入が、中小企業も含め企業の事業計画の精度を上げるなどより合理的な企業経営に繋がったり、税法とのしがらみから解き放たれたり税効果項目が削減されたり、開示制度の意味を深く考えるきっかけになってくれればと思っていたが、それほど劇的な変化は起こらないようだ。だが、そういうことは、これから時間をかけて、関係者の地道な努力で勝ち取っていくべきものかもしれない。

 

しかし、今は、中小企業が海外進出を迫られていたり、起業を盛んにすべきことが社会的な課題として求められている。会計はもっと経営環境の変化に合わせて、経営に密接にリンクするよう変化していく必要がある。僕も中小企業にIFRSをそのまま導入した方が良いとは思わないが、IFRSはかなり変化に対応しているから、そういうエッセンスを取り入れていく必要があると思う。税制もそれをサポートするように、制度変更していくべきだろう。税制が変わらないと税理士も変わらない。今のままでは、中小企業は昭和に形作られた会計・税制の枠組みに取り残されてしまう。

 

そして会計教育についても検討が必要と思う。既存の簿記論とか会計学は、研究者育成の初歩にはいいかもしれないが、社会の変化やニーズに合っているだろうか。経営者育成の観点から、コンプライアンスをベースに事業計画や予算統制を含め、もっと生々しく実践的・横断的な会計教育ができるように、大学教育はその在り方を見直す必要があると思う。IFRSという会計基準は、そういう変革に活用できる側面を持っている。

 

 

さて、次回は「7.原則主義への対応等」を見ていくが、これについては書き振りがちょっと異なっていて、作成者、監査人、当局など関係者に対する要請が記載され、これまでよりは具体的だ。何かを勝ち取るには、特にそれが自由や裁量、判断する権限のようなものの場合は、即ち原則主義を生かすには、それぞれのプレーヤーが自立し、積極的に責任を負っていける能力を獲得することが大事だと思うが、そういう観点で眺めてみたい。

2012年7月12日 (木曜日)

【中間的論点整理】1~3の要約と日本の意見発信の後押し

僕の勝手な解釈で恐縮だが、1~3(会計基準の国際的調和、国際会計基準の適用、わが国としての意見発信)は、日本とグローバルとの関係がテーマとなっており、4~7(単体の取扱い、中小企業等への対応、任意適用、原則主義への対応等)は、国内制度をどう作っていくかが論じられているように思う。今回は、このうちの前者について考えてみたい。

 

中間的論点整理では、1~7のそれぞれのテーマごとに、冒頭はテーマについての説明(背景、経緯、現状認識等)が行われ、次に企業会計審議会での主な発言要旨がリストアップされ、最後にまとめが行われるというパターンで記載されている。発言要旨に目が行きがちだが、まとめの部分が注目だ。そこは、中間的論点整理をドラフトした人の苦労が現われているが、まず方向性を示し、次にわが国の活動目標というか、注意点のようなものを記載する形になっている。そのまとめの部分を僕の理解で以下に要約してみよう。

 

1.会計基準の国際的調和

(方向性)日本基準のIFRSへのコンバージェンスを継続する。

(注意点)当期純利益の位置づけ、公正価値の適用範囲の整理等は、日本の視点を大事にしていく。

 

2.国際会計基準の適用

(方向性)諸外国のように各国の制度や経済状況を踏まえた適用方法を模索・検討し、日本がIFRSを適用するかどうか、立場を明らかにする。

(注意点)IFRSの受入れが難しい部分を基準・考え方のレベルで整理し、IASBとコミュニケーションしていく。

 

3.わが国としての意見発信

(方向性)IFRS財団に対する資金的、人的貢献を継続していく。今秋設置されるIFRS財団の東京サテライトオフィスの有効活用をしていく。

(注意点)欧米だけでなく、アジア・オセアニアと連携する。国内関係者が一丸となって意見発信する。

 

というわけで、この中間的論点整理を個別の発言要旨まですべて読むとまるで方向感がつかめないが、まとめの部分だけでみると、だいぶ様子が分かってくる。

 

日本基準のコンバージェンス作業も、この議論の開始とともにちょっと止まっていた感じだったが、退職給付などが最近動き出した。そういう意味では1は現状の追認だ。2のIFRSの日本への適用については、時期や範囲など具体的なことは望めないとしても、方向性を示す時期も示されなかった。そういう質問や要望を委員がしても、事務局がこれからの進展次第などとかわし続けたので、示しようもなかったのだろう。ただ、基準や考え方のレベル、即ち、具体的レベルでの検討を継続する方針が示されたのは、「日本伝統の」とか「風土」、「文化」といった抽象論ではもうダメよ、という意思表示かもしれない。3については、資金や人材面での貢献と、東京サテライトオフィスの活用が挙げられたが、それは誰がどこで検討していくのだろうか。それが知りたいところだ。

 

そういう中で、昨年12月の企業会計審議会で報告された「IASBが行ったアジェンダ・コンサルテーションへの対応」(ASBJ)が何度も、各テーマで取り上げられていたのが目を惹く。この内容については次回以降に取り上げるとして、今回は、3の「国内関係者が一丸となって」という言葉について少し記載したい。

 

なぜこのような言葉がここに?とみなさんは不思議に思われなかっただろうか。それとも、国際社会に日本の意見を反映させようというのだから当たり前だ、と思われただろうか。みんなが同じことを言う国では全体主義国家みたいで気味が悪くないか?と思われた方もいるかもしれない。僕には結構意味深な言葉に思えた。

 

直接的には、アジェンダ・コンサルテーションへの対応、即ち、関係者の協議を経て日本の意見としてまとめられた事例を見習おう、と言っているのではないかと思われる。例えば、もしIASB関係者に対し、現在の企業会計審議会の委員が個別に持論を述べたら、あまりに多様な意見があって混乱してしまうだろう。そういう意味でアジェンダ・コンサルテーションへの対応は素晴らしい事例だ。ただ、僕はこの言葉からあと2つ思い浮かんだ。

 

一つは、IASB等と交渉する当事者への後押しをお願いします、という各委員へのお願い。もう一つは「日本の特殊性(風土とか文化とか)」という言葉を安易に使わないで議論することの重要性だ。

 

一つ目は分かりやすいけど、二つ目がなぜ「一丸となって」に関係するか疑問に思われた方が多いだろう。僕はこの言葉「日本の特殊性」を、日本の意見が通り難くなる邪魔な言葉だと思っている。

 

みなさんがアメリカ人と議論をしているときに、アメリカ人が「それはアメリカの特殊性だ」と言ったら「なるほど!」と思うだろうか。良く分からないけどここは分かった振りをするしかないな、議論打切りの宣言だな、と思うのではないだろうか。日本人同士の議論でも、「君も日本人なんだからいちいち説明しなくても分かるだろう」みたいなニュアンスがあって、その先を聞きにくくなる。だから、外国人がその言葉を聞くと、その日本人の意見に良いイメージは持たないと思う。そういう経験を繰返した外国人がもしIASBメンバーやスタッフになれば、日本の交渉当事者はきっと苦労するに違いない。

 

また、日本国内の議論で「日本の特殊性」が多用されると、いざ外国人との交渉になった時にその部分を説明することが困難になる。だから、国内の議論をもっと具体的に、理論的にしておく必要がある。

 

企業会計審議会では、日本の意見をもっと反映させよ、という意見が繰返し、時に声高に語られるが、交渉当事者となる人々にとっては大変なプレッシャーだろう。平素から「日本の特殊性」などと言わずに、外国人にも説明しやすい議論を心掛けることが、交渉当事者たちへの後押しになる。

2012年7月10日 (火曜日)

【中間的論点整理】自見氏の問題提起を振返る

2012/07/10

今日(7/9)は、梅雨明けを思わせるような強い日差しだが、僕の在所では風は意外に涼しい。しかし、今年も日本は竜巻や豪雨など相変わらず異常気象の連続で、そのうえこの夏は電力不足のために、昨年に引続き節電が必要だ。果たして夏は今日のように過ごしやすいか、それとも猛暑になるか。確実なことが分かるなら良いが、分からないならそれなりに複数案を持ちながら、状況に対応していくしかないだろう。

 

さて、企業会計審議会から7/2に公表された「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方についてのこれまでの議論(中間的論点整理)」は、2011/8/25に金融庁事務局から提示された11項目についての議論を、下記の7項目にまとめている。

 

1.会計基準の国際的調和

2.国際会計基準の適用

3.わが国としての意見発信

4.単体の扱い

5.中小企業等への対応

6.任意適用

7.原則主義への対応等

 

これらは、方向性の出ているものもあるが、両論併記的なものも多く、始めて1年経ったが、議論はまだまだ続きそうだ。

 

振返ってみるとこの議論は昨年6月、当時の自見大臣の政治主導により始まったもので、自見氏の会見で配られた資料は、次のように述べている。「この議論に当たっては、会計基準が単なる技術論だけでなく、国における歴史、経済文化、風土を踏まえた企業のあり方、会社法、税制等の関連する制度、企業の国際競争力などと深い関わりがあることに注目し、さまざまな立場からの意見に広く耳を傾け、会計基準がこれらにもたらす影響を十分に検討し、同時に国内の動向や米国をはじめとする諸外国の状況等を十分に見極めながら総合的な成熟された議論が展開されることを望む。」 今さらだが、改めて考えてみると、この問題提起の仕方に問題があったような気がしてならない。

 

もし、異常気象を防ぐ方法があるのなら、それを議論する価値がある。だが、異常気象を防げないのであれば、起こった場合の対応を検討するしかない。自見氏の問題提起の仕方は、この簡単な問題の切り分けができていない。会計基準を鳥瞰的に見下ろしたのは良いが、視界に入ったものをやたらに羅列したので、かえって会計基準がなんであるかが見えなくなった、そんな問題提起のやり方だ。

 

例えば「国における歴史、経済文化、風土を踏まえた企業の在り方」と会計基準に深い関わりがあるという。それはそうだ、会計基準が企業の財務的な姿の見え方を決める。経営者はその姿を参考にしながら経営する。金融機関や投資家も、融資や投資の意思決定に利用する。それを見ずに経営し、融資し、投資したら、デタラメと非難されるだろう。でも、関係があるといってもそれだけだ。

 

会計基準が、終身雇用制や年功序列制を日本に定着させたわけではない。逆に、会計ビックバン以降の新しい会計基準が、成果主義の人事制度やリストラを企業にもたらしたわけでもないし、派遣社員を増やしたわけでもない。為替レートの変動、新興国製造業の成長、退職年金制度の普及・充実による企業の財務的負担の増加、日本企業のマーケット対応力の低下などが、日本の企業や経済社会に変化をもたらしたものであって、会計基準がこれら諸問題の原因ではない。だから、会計基準を変えたからといってこれらの問題が解決するわけではない。会計基準は企業の実態を経営者に見せて、問題を突きつけ、対処を促すだけだ。異常気象は会計基準では防げないし、会計基準がどうあろうと異常気象は起こる。それを会計基準に絡めて論じてもしょうがない。だが、異常気象が企業に与える影響を経営者に早く認知させるにはどうしたらよいか、ということなら、それは会計の役割だ。昔の会計基準に戻せば見えなくなる問題がある。だが、見えないだけで問題が解決したわけではないのだから、放置すれば、落とし穴に転落するような恐ろしい結果を生む。問題を隠すための会計基準など、皮肉か冗談にしかならない。そんな方法で日本企業がグローバル競争に勝てるはずがない。一部の会計学者は推奨しているが。

 

課税負担も(隠れた)重要論点として意識されていると思う。しかし、課税負担が増えて企業の研究開発力が削がれるというのは、会計の問題ではなく税制の問題だ。会計は、開発費が将来キャッシュフローを生むと見込まれるのであれば資産と認め、そうでなければ費用処理する。将来キャッシュフローを見込む技術をもっと高められないかと企業に問題提起している。それは経営に役立つ。投資家や金融機関の意思決定にも役立つ。会計の問題はそこまでだ。企業の課税負担を政策的に減らしたいのであれば、税制の問題として議論すればよいのであって、会計基準で論じてもしょうがない。

 

グローバルに活躍する企業と中小企業では会計の目的が違うから、会計基準が違ってもよいという。それなら、企業会計と税務会計も目的が違うから違ってもよい。だから確定決算主義など放棄すればよい。だが、課税の負担能力や公平性という観点から、そしてそれを実現するための社会的なコストを最小化するという観点から、企業会計を前提として課税所得の計算をしたいというのであれば、会社法の配当規制のように、税制の目的に合わないところを部分的に修正すれば済むことだろう。しかし、企業会計で費用処理しないと税務上損金に認めないなどと、税制のために会計基準を歪めるようなことは、企業の実態が見えにくくなって困る。税制は、会計基準に相乗りしてきて、勝手に行先を指図してはならない。この順番を誤ってはいけない。

 

企業の外部環境は劇的に変化するものだから、企業自身も絶えず変化すべきものを変化させることを求められている。企業にとって問題となりそうなことを、なるべく早く見つけられるように企業実態を見えやすくする、それが会計の役割だ。会計基準も企業環境が変われば絶えず変化していかなければならないが、過去の日本の会計基準の歴史は、欧米の後追いだった。日本企業がより適切な経営戦略を採用できる土壌を作るために、情報インフラの一つとして、会計制度が企業をどうサポートすればよいのか、それがうまくいけば、そうでない場合より、企業の、そして社会の変化は穏やかで済む。そして、経営に有用な情報であれば、開示する価値も高い。こういう観点で問題提起がなされればシンプルだった。この役割にはIFRSが良いのか、日本独自の道がいいのかと。

 

会計は、人でいえば目や耳に相当するとても重要なものだが、直接問題解決を図る道具ではない。しかし、自見氏は、会計という道具では果しえない役割までもごっちゃ混ぜにして問題提起した。それで議論がまとまるはずがない。

 

というわけで、1年間の議論でまとまりきらないのは、そもそもの問題提起の仕方にも(大きな)一因があったと思う。特に、「2.国際会計基準の適用」、「4.単体の取扱い」、「5.中小企業等への対応」、「6.任意適用」にはその影響が大きいようだ。次回からもう少し踏み込んで各分野を見てみたいと思う。

 

ところで、前回「自分のことも反省しながら中間的整理のこの先を読み進めていきたい。」と書いたのに、早速今回他人の揚げ足を取ってしまった。だが、「7.原則主義」のところに「監査人に対する要請」という項目があるので、いまのところ、そのあたりでは反省ができそうな気がしている。お待ちいただきたい。

2012年7月 8日 (日曜日)

企業会計審議会の中間的論点整理(7/2付)の概括的整理

2012/07/08

社会保障と税の一体改革に関する三党協議に自民党と公明党を参加させるために行われた内閣改造で、金融担当大臣が、自見庄三郎氏から松下忠洋氏へ変わった。そしてこのタイミングで、IFRSの検討項目もちょうど一巡したのだという。そこで6/14の企業会計審議会では「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方についてのこれまでの議論(中間的論点整理)(案)」なるものが配布され、その正式版が7/2に公表された。今回は、その注目点について簡単に記載したい。

 

(ポイント)

 連単分離、中小企業等には適用しないことは、ほぼ確定。

 当面はIFRSの任意適用を進める(強制適用しない)。

 日本の会計基準は、主体性を持ってIFRSへのコンバージェンスを進める。

 IFRS適用の目的、日本の経済制度への影響についての検討を進める。

 IFRSの開発には積極的に参加・貢献していく。

 

以上は、冒頭の概括的整理を箇条書きに直したものに過ぎないが、ここが大事なところだ。しかし、これが1年間の議論の成果ということになると、IFRSの導入について再検討を要望した産業界等は満足したのだろうか。

 

僕の理解では、経団連等はIFRS導入に全面的に反対していたのではなく、導入の仕方(スケジュールの明示や導入範囲)や開示制度の再設計(単体開示の省略)を考えて欲しい、企業負担の軽減を考慮してほしいということだったはずで、全面的に反対したのはIFRSを良く理解していない労働界や税理士会の代表だった。

 

しかし、導入スケジュールはますます不透明になり、企業は準備して良いものやら良くないものやら、ますます分からなくなったし、単体開示の省略は事務局に軽くあしらわれた感じだ。連単が分離されたことで、IFRSによりコストがかかるようになったし、IFRSを単体の経営に役立たせるための余計なコストもかかる見込みとなった。どこに企業負担の軽減があるのだろうか?(いやいやそれは言い過ぎで、少なくとも市場をIFRSと日本基準で分ける、その選択権を企業が持つというアイディアは良いかもしれない。)

 

それにしても、IFRSは企業を短期売買の対象にするアングロサクソン流の証券資本主義の手先だとか、IFRSは日本企業風土、文化であるゴーイングコンサーン経営と合わないだとか、会計基準・会社法・税法のトライアングル体制は絶対でIFRSだとそれに合わないないだとか、良く聞いてみると、時代を昭和40年代50年代に逆行させたいのかと思うような、日本国内だけでしか通用しない情緒的な主張で、多くの人にIFRSを誤解させ、議論を混乱させ、社会の会計に対するニーズの変化を無視し、存在感が薄くなっていた日本伝統の会計理論の延命を果たさせた(一部の?でも主流の?)会計学者は喜んでいることだろう。(という僕の文章も非常に情緒的です・・・)

 

IFRSであろうがなかろうが、会計は、経営の道具としての価値が最重要だ。だからこそ、外部の利害関係者に開示する意味がある。そして課税所得計算や配当可能利益の計算に流用できる。その順番を間違えてはいけない。せっかく管理会計と開示用の制度会計の融合の度合いが増し、経営に良い影響、良い緊張感を与えようとしているのに、そして、それこそが会計基準が日本経済に与える影響の本源的なものであるのに、それをネガティブにとらえた議論ばかりで盛り上げるのは、会計を社会に役立たせる使命を負っているはずの日本の会計学者の怠慢ではないだろうか。いや、会計学者だけでなく、現場で企業関係者と接しながら十分そういうメッセージを伝えきれていない会計士も同罪かもしれない。自分のことも反省しながら中間的整理のこの先を読み進めていきたい。

2012年7月 7日 (土曜日)

【東電2012/3有報】災害特別損失②~見積もりの変更?~

2012/07/07

災害特別損失や災害損失引当金は極めて重要なので、もっと情報開示してほしい。ということで、一つは前回の記事に記載した3千億円の具体的な内容、見積りと実績の差異分析の情報だ。今回も(結果として)この3千億円の内容を角度を変えた別の側面から見ていくことになる。

 

前回は、特別災害損失に追加計上された3千億円が、見込み違いや見積りに想定できなかったものだろうという前提の下に、少々強引に、見積りと実績の差異分析を開示してほしいという僕の願望につなげた。今回は、素直に東電が(暗に)主張しているストーリーに沿って、予定通り見積もり項目が進捗したにもかかわらず、3千億円の追加計上が必要になったということで進めていきたい。そこで前回記載した東電のストーリーを改めて下記に記載する。

 

「高濃度汚染水対策などの試行錯誤も含めてすべて、2011/3期決算の災害損失引当金の見積りに織り込み済みだったから、2012/3期中に大きな見込み違いは生じていない。一方、第1四半期から第3四半期にかけて翌期以降の分の不足に備えて1千億円ずつ引当を積み増したが、それは見積もり方法の変更によるものではない。翌期以降に影響すると判明した新たな事実をその都度反映したら、たまたま1千億円ずつになったのである。その結果、第4四半期、即ち、2012/3期決算では、見積りのベースとなるロードマップを12/21に開示された中長期ロードマップへ変更したが、それによる影響は第1四半期から第3四半期までに織り込み済みであった。」

 

そこで、僕がもっと知りたいと思ったのは、新しい見積もりのベース、即ち、中長期ロードマップ(新しく判明した事実)が見積もりに与えた影響だ。前回は、会計基準や財規で開示を要求されていないが気を利かせて開示してほしいという願望を書いた。しかし今回は、開示が要求されているはずなのになぜ書いてないか、或いは、その程度の開示で十分か、という検討になる。

 

 

(2.中長期ロードマップ(2011/12)が見積りに与えた影響)

 

重要な会計方針の注記によると、災害損失引当金は、2011/3期は2011/5に公表されたロードマップ(以下「5月のロードマップ」と記載する)をベースにしていたが、2012/3期は2011/12の中長期ロードマップ(以下「中長期ロードマップ」と記載する)をベースにしている。引当金残高は微減程度だが、実際には2012/3期に目的使用され取崩された引当金が35百億円あったため、新たに3千億円追加計上されているから、見積もりに大きな影響を与えている。

 

これに関連する開示規定は、次のものが考えられる。なお、財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則は、慣例に従って以下「財規」と称する。

 

もし、これを見積りの変更と考えるなら、財規第8条3の5「会計上の見積りの変更に関する注記」が必要となる。しかし、上記のストーリーに見られるように、東電は見積りの変更とは考えていないようなので、その注記はない。参考までに財規の規程を記載する。

 

会計上の見積りの変更を行つた場合には、次に掲げる事項を注記しなければならない。ただし、重要性の乏しいものについては、注記を省略することができる。

一  当該会計上の見積りの変更の内容

二  当該会計上の見積りの変更が財務諸表に与えている影響額

三  次のイ又はロに掲げる区分に応じ、当該イ又はロに定める事項

イ 当該会計上の見積りの変更が当事業年度の翌事業年度以降の財務諸表に影響を与える可能性があり、かつ、当該影響額を合理的に見積ることができる場合 当該影響額

ロ 当該会計上の見積りの変更が当事業年度の翌事業年度以降の財務諸表に影響を与える可能性があり、かつ、当該影響額を合理的に見積ることが困難な場合 その旨

 

見積り方法は変更してないが、見積り対象に新たな会計事実が加わって、大きな影響があったと考えるなら、財規第15条「追加情報の注記」が必要で、その際も結局、上記の財規第8条3の5の規程に準じた開示がなされる。しかし、その記載はない。ただ、会計方針の災害損失引当金の注記の内容が前年度の記載と変わったのと、災害特別損失のP/L注記にその引当金の会計方針と同様のことが記載されているのみだ。東電にしてみれば、会計方針の注記の記載が前の期と変わったのだから、それで読み手は判断できるだろうと判断したのだろう。あまり親切ではないが、こういうパターンもないわけではない。(しかし、この重要項目に普通はこういう軽い対応はしない。)

 

では、それで十分なのか、その記載ぶりを見てみよう。

 

前の期の見積りのベースになっていた5月のロードマップは、冷温停止状態になるまでのステップ1及びステップ2までは工程・作業が明示されていたものの、それ以降は概略のみの記載であった。それを受けて東電は、低温停止状態になるまでについては個別に見積りを積み上げ(=通常の見積り)、それ以降については海外原子力発電所事故を参考に概算を見積もったと2011/3期に開示している。これに対して新しく中長期ロードマップをベースに見積もった2012/3期の開示は次のようになっている。

 

原子力発電所の廃止措置の実施にあたっては予め原子炉内の燃料を取出す必要があるが、その具体的な作業内容等の決定は原子炉内の状況を確認するとともに必要となる研究開発等を踏まえての判断となる。従って、中長期ロードマップに係る費用または損失については、燃料取出しにかかる費用も含め今後変動する可能性があるものの、現時点の合理的な見積りが可能な範囲における概算額を計上している。

 

これは、前回記載した監査人の強調事項と同じだ(監査人は企業の開示と同じ内容を繰返し記載して強調する)。このほか、以下の記載もある。

 

なお、中長期ロードマップに係る費用または損失のうち、工事等の具体的な内容を現時点では想定できず、通常の見積りが困難なものについては、海外原子力発電所事故における実績額に基づく概算額を計上している。

 

中長期ロードマップについては、すでに行われている冷温停止状態の維持を超える作業については、対象物の状況を確認しながらその都度次の具体的な作業が決めたり、研究開発の状況によって実施時期が変わるといった非常に不確実性の高いものになっているようだ。よって、すでに実績のある作業以外は、海外原子力発電所事故を参考に概算していると読める。さらに中長期ロードマップも参照しながら注目点を取出してみよう。(ただ、中長期ロードマップは門外漢の僕には良く分からない。)

 

(参考にした海外事例)

その海外原子力発電所事故については、中長期ロードマップを見ると米国スリーマイルアイランド原子力発電所の事故のことらしいと推定できるが、有報では明示されておらず断定することはできない。なぜ有報に書かないのだろうか。ちなみにスリーマイルアイランドの事故では、メルトダウンは格納容器内に留まったのに対し、福島第一は格納容器に7cmとか10cmの穴が開いて建屋内に漏出した(東電は否定)などとも言われる状況や水素爆発が起こるなど、重要な相違がある。もちろん、福島第一の方が深刻だ。

 

(原子炉内の確認、研究開発)

2011/3期の注記に記載がなく、2012/3期から登場した象徴的な言葉に「原子炉内の確認」と「研究開発」がある。原発を廃止するには、使用済核燃料プールからの核燃料の取出し、核燃料(燃料デブリ)の原子炉からの取出し、原子炉設備の解体と30年から40年かけて進んでいくわけだが、まだ建屋施設内や原子炉内の状況が分からないので、核燃料を取出す工程を具体化できない。また、既存の技術だけでは廃止措置が実現できないので、研究開発をしながら進めるということだ。恐らく、スリーマイルアイランドで実績のある作業を超えた部分(ほとんどのような気がする)に研究開発が必要になるのだろうが、研究開発項目はかなり多そうだ。

 

ということだが、果たしてどの部分が新しく判明した事実なのだろうか。これぐらいなら2011/3期決算時点でも概略は分かっていたのではないか。何に伴って3千億円が追加計上されたのだろうか。東電の有報の開示を見ても分からないし、中長期ロードマップを見ても分からないのだ。株主や債権者はこれらの情報を知らなくてよいのだろうか。アナリストは知りたくないだろうか。

 

そもそも、引当金残高78百億円は本当に30~40年の困難を極める活動を賄うに足りるのだろうか。2012/3期は1年間に35百億円を費やしたのに対し、割引かれていることを想定して78百億円を倍にして30年で割っても、平均で1年あたり500億円程度にしかならない。この先5年間は平均8千名ほどの要員が必要とされているが、福利厚生等を含めて年間一人1000万円かかるとそれだけで毎年8百億円が必要だ。もちろん、その他に多額の研究開発費や様々な機材の購入等々が必要になるはずだ。ちなみに35百億円使った2012/3期は14千名体制ぐらいだったらしい(但し、ネットの情報だとアレバ社のシステムだけで500億円以上したらしい。いくらかは分からないが、高濃度汚染水対策に要した設備費などは、初年度の特殊要因として割引いて考える必要がある)。人数についての正確な情報は中長期ロードマップP24をご覧いただきたい。

 

そんな不安を払しょくするためにも、第1期(使用済燃料の燃料プールからの取出し開始までの2年間)、第2期(第1期終了後、原子炉からの燃料デブリ取出し開始までの8年間)、それ以降の第3期のそれぞれについて、そして特にこの先数年間については年単位の見積り額を開示するとか、どの期にいくら増額したら3千億円になったかを示すとか、もっときめの細かい開示が必要ではないだろうか。それが追加情報の開示として必要と思われる。もし、それが開示できないほどの概算でしか見積もられていないのであれば、スリーマイルアイランドが参考にされたという概算値は、あまりに楽観的で、兆規模で過小である可能性さえ疑われる。(しかし、それでは東電は現時点で債務超過だ。監査もあるわけだし、さすがにそれはないだろうと思うが。)

 

改めて東電の開示を見ると、昨年の混乱の中で作った注記パターンをそのまま今年も使っている。1年経って改善した様子は見受けられない。実態を伝えよう、というより、昨年の枠に当てはめよう、という感じがしてならない。昨年は凄いと思ったが、今年はがっかりした。

2012年7月 5日 (木曜日)

【東電2012/3有報】災害特別損失①~3千億円は前期の修正!? まさかねぇ~

2012/07/05

東電は、災害特別損失(P/L科目)について、2012/3期の第1四半期から第3四半期まで、連続して1千億円、合計で3千億円の追加損失を計上した。しかし、第4四半期については殆ど損益は出ていない。原子力発電への依存度低下による収益構造の悪化を主要因とする営業損失27百億円(6/15の記事に記載)、支払利息13百億円、そしてこの災害特別損失3千億円を合わせれば8千億円となり、2012/3期の当期純損失78百億円を超えるから、この追加計上された災害特別損失の重要性は極めて大きいことが分かる。(ん~、支払利息もこれほど巨額とは・・・。)

 

しかも、災害特別損失(対応するB/S科目は災害損失引当金)は見積りによるものであり、その確からしさの程度は一般の見積りほど合理性が高くないと東電が自ら、そして7/3の記事で見たように監査人も開示している。したがって、単に金額的に大きいから注目するというだけでなく、その内容面にも注目し理解できなければ、東電の財務分析はできないと言ってよいと思う。という観点で見てみると、2012/3期の有報の開示では、この3千億円の中味が良く分からない。もっと書いてほしい情報がある。それを今回と次回に分けて記載する。

 

 

(1.見積りと実績の差か?3千億円の内容)

 

追加で損失を計上したということは、東電の想定を超えた支出を余儀なくされたということだが、その想定越えの内容を知ることで、東電の見積りの”堅さ”を推し量ることができる。以前も書いたが、この見積りは非常に難しいので、ピッタリ予想することはもともと不可能だし、そんなことまでを要求してはいけないと思う。監査も受けているのでいい加減ということもないと思う。それでも読み手にしてみれば、どちらの方向へどれぐらい振れる可能性があるかを考えざるえない。見積もりと実際を比較した情報は、それを推し量るために非常に重要な情報だ。

 

第1四半期や第2四半期のころは、原子炉の冷却水(高濃度汚染水)を浄化・循環させる装置を導入し、それが漏水するなど稼働が上がらないことが頻繁に報道されていた。しかし、それで各四半期1千億円もの追加支出が発生したのだろうか。その装置が安定稼働を始めていた第3四半期の1千億円の追加はなんだったのだろうか。循環に使えない大量の汚染水の保管設備か。とにかく何も分からない。3千億円もの見込み違いは、特別損失に計上されただけで具体的な説明はない。特別損失に関するP/L注記でも、災害損失引当金の見積りのベースとなるロードマップが2011/12/21版の「中長期ロードマップ」へ変わったと、会計方針の注記と同様の内容が記載されているだけだ。

 

それから、第4四半期はこの追加損失がなかった。これ自体は幸いなことだが、それはなぜか。理由が分からなければ本当に喜べない。

 

しかし、一つご注意いただきたいのは、東電以外の会社でも、このような見積りと実績の差異に関する情報が開示されたのを見た記憶がない。したがって、東電だけにこの情報開示を求めるのは酷、というのはもっともな意見だ。一方で、このように質的にも量的にも極めて重要な見積りも珍しい。したがって単純に他社例がないと切り捨てることも適当でない。僕は、上述した決算上の重要性に鑑みて、読み手が見たがり、知りたいと思うのは自然だと思う。あとは東電が、開示制度で直接要求されてなくても、読み手の意図を酌んで開示するかどうかだ。

 

 

(ちょっと寄り道~不思議なことが・・・)

 

以上は、特別損失に計上された3千億円の発生理由について、2011/3期決算時点で想定されてなかったことが、2012/3期の第1四半期から第3四半期の間に起こったために追加支出を余儀なくされたから、と考えている。しかし、引当金の見積りに対し追加で損失が計上される場合は、このようなケースの他に、見積り方法を変更した場合も考えられる。だが、ここではそれを想定していない。その理由は、この3千億円は第1四半期から第3四半期に1千億円ずつ計上されたものだが、その間、この引当金の見積もり方法が変わったという開示が四半期報告書になされていないからだ。見積りに重要な変更があれば四半期財務諸表に説明を記載しなければならない(四半期財務諸表に関する会計基準19(4))。1千億円の追加損失は誰が見ても重要だから、それが見積もり方法の変更によるものであれば当然開示が必要だ。見積もり方法が変わらないのに追加で損失計上されたのは、想定外の要因、想定を超える要因による支出があったから、と考えたのだ。

 

しかし、視線を有報のP146にある引当金明細表(単体)に移すと、別の姿が見えてくる。

 

期首に82百億円の残高があったこの災害損失引当金は、期中に3千億円増加し、目的使用による取崩しが35百億円、期末残高が78百億円となっている。期中増加額の3千億円は、上記特別損失の3千億円との関連が連想される。一方、戻入(目的使用)の35百億円は、この期に見積りが予定通り実行されて取崩されたものだ。

 

要するに、この明細表は、次のことを表わしていると読める。

◆期首残高の82百億円のうち1年間で35百億円は想定通りに使用された。

◆2年目以降の作業に対して引当てられていた残り47百億円については、2011/3期の決算以降にそれでは足りないことが分かったので、3千億円追加して2年目以降の用意を78百億円に増額した。

 

即ち、この1年間(2012/3期)は想定外のことなどなく順調に推移したが、2013/3期以降の費用については不足していることが分かったので、増加額3千億円(≒特別損失の3千億円)を追加したもののように見える。

 

みなさんは、「いいじゃないか、たいしたことはない」と思われるだろうか。僕は不思議でならない。

 

これは、この明細表を見る前の僕の見方と明らかに矛盾する。だが、ここは一歩引いて、東電がこれらの一連の開示によって暗に主張していることを考えてみよう。それは以下のように見える。

 

「高濃度汚染水対策などの試行錯誤も含めてすべて、2011/3期決算の災害損失引当金の見積りに織り込み済みだった。だから、2012/3期中に大きな見込み違いは生じていない。一方、第1四半期から第3四半期にかけて翌期以降の不足に備えて1千億円ずつ引当を積み増したが、それは見積もり方法の変更によるものではない。翌期以降に影響すると判明した新たな事実をその都度反映したら、たまたま1千億円ずつになったのである。その結果、第4四半期決算、即ち、2012/3期決算では、見積りのベースとなるロードマップを12/21に開示された中長期ロードマップへ変更したが、それによる影響は第1四半期から第3四半期までに織り込み済みであった。」

 

(非常に美しいストーリーだ。だが、そんな素晴らしい見積りだったのか。まあ、それがそうだったとしても「5/21公表のロードマップをベースに見積る」という見積方法がそのままなのに、第3四半期までに翌期以降のことについて3千億円も追加計上されるのか? 見積り方法の注記は実態に合っているか?)

 

しかし、こんな想像も・・・

 

「高濃度汚染水対策の必要性は分かっていて2011/3期決算に織り込んでいた。しかし、仏アレバ社や米キュリオン社の設備の稼働率や性能を上げるのにあれほど苦労し、費用がかさむとは思わなかった。しかし、これらは6/17に稼働を開始したので第1四半期決算のころには概ね全容が見えていた。そこで追加でかかりそうなコストを四半期決算の開示対象となる第1四半期から第3四半期に3分割して1千億円ずつ計上することにした。」

 

(分かっていたなら3分割しないで第1四半期にすべて計上すべきでは?)

 

さらには、こんな邪推も・・・

 

「昨年5/202011/3期決算発表には間に合わなかったが、仏アレバ社や米キュリオン社の装置の技術的な問題、実際の運用上の問題は予め概ね分かっており、東芝のサリーで補完できるなど対策も考慮して総会前には費用を見積もっていた。その結果、決算発表数値より3千億円損失計上額が膨らむことは判明していたが、開示せず、2011/3期決算も修正せず、2012/3期の第1四半期から第3四半期に1千億円ずつ分割して計上した。」

 

(これだけ重要な修正後発事象なら2011/3期決算の修正でしょう!?

 

 

段々、性質の悪い四方山話になってきたので、憶測・妄想はこの辺で止めにする。しかし、これも追加計上された特別損失3千億円の具体的な説明がないことが原因だ。せっかく、透明性や信頼性の向上、意識改革を掲げていることだし、今後同様なことがあれば災害損失引当金の見積りと実績の差異分析を開示されるようを望みたい。

 

実は、「特に重要な見積り項目(経営者の判断に依存する項目)については、実績との差異分析情報を注記すべき」というのが僕の願望だ。監査法人にいたころ、IFRSではこういう注記があると聞いたような気がしたのだが、いまIFRSを探しても該当規程が見つけられない。残念だ。しかし、内部統制報告書制度では、見積りと実績の差異を分析し、見積り方法を改善することは重要な内部統制だし、それを開示するとなればさらに緊張感が増すから見積りの精度アップにつながる。開示する企業の方々にとっては厳しいかもしれないが、見たいものだけ見る、とか、知りたくない情報を拒絶するとか、ローマ帝国の英雄カエサルが警鐘を鳴らした人間の性癖を減ずる効果があるから、経営にとっても悪くないはずだ。

 

さて、みなさんはいかがお考えだろうか。

2012年7月 3日 (火曜日)

【東電2012/3有報】監査報告書の強調事項~見積もりの限界

2012/07/03

当初、決算短信で始めたこのシリーズは、もう株主総会が終わってしまい、有報も提出されたので、前回の記事から有報が対象となっている。当初掲げた会計的なテーマは2つで、一つはGCの注記、もう一つが災害特別損失の注記だ。前回でGCが終わったが、今回は次の災害特別損失へ行く前に、監査報告書の強調事項へ寄り道したい。

 

一般に、監査報告書は意見の種類(適正意見、不適正意見、意見不表明、限定意見)には注目が集まるものの、その他の部分が脚光を浴びることは少ない。しかし、オリンパスや東電など特別な状況においては、意見の種類以外に監査人から情報提供が行われる(企業が開示した内容のうち、特に重要な部分を強調する)。これは、財務分析をする際などに、間違っても見落としてはならない重要情報なので、もっと注目されても良いところだと思う。

 

例えば、オリンパスでは、裏ファンド関係の取引に関連した海外捜査機関の調査のリスクが記載されていた。そして今回の東電では5項目、「1.GCに関する追記」、「2~4.引当金等の見積りの限界」、そして「5.1兆円増資の総会決議」についてが記載されている。1と5はGC関係で前回触れたので、まだ僕が触れていないのは、引当金等の限界に関する2~4の記載についてだ。これらについてもう少し具体的に何が記載されているか見てみよう。

 

2.原子力損害賠償引当金の見積りについて(下記は要約)

・農林漁業や観光業以外の風評被害、間接被害及び一部の財物価値の喪失や減少等については、合理的に見積ることができないため計上していない。

・放射性物質による汚染を除去による廃棄物の処理や除染費用についても、具体的な実施内容等を把握できないため計上していない。

 

3.災害損失引当金の見積りについて(中長期ロードマップ関係)

原子力発電所の廃止措置の実施にあたっては予め原子炉内の燃料を取出す必要があるが、その具体的な作業内容等の決定は原子炉内の状況を確認するとともに必要となる研究開発等を踏まえての判断となる。従って、中長期ロードマップに係る費用または損失については、燃料取出しにかかる費用も含め、今後変動する可能性があるものの、現時点の合理的な見積りが可能な範囲の概算額を計上している。

 

4.原子力発電施設解体費の見積りについて(福島第一の1号機~4号機)

福島第一原子力発電所1号機~4号機の解体費用の見積りについては、被災状況の全容の把握が困難であるため、今後変動する可能性があるものの、現時点の合理的な見積りが可能な範囲の概算額を計上している。

 

2については、何度も記載して恐縮だが、機構による資金的、損益的なサポートを受けるため、引当金が計上されていないとしてもまだ財務情報の価値を毀損する程度は低い。しかし、B/Sに計上された債務の網羅性に欠けること、しかもそれが巨額になることは問題だ。

 

そこで僕は、昨年7/6の記事で、計上できない金額がどれほどの規模になるかをイメージできるような情報を注記すべきと書いた。昨年は大混乱の中での決算だったので、そこまでやれないのはやむを得ないと思うが、いまだにそういう工夫ができないのは残念だ。「できないものはできない」ではなく、読者が見たいものをできる限り工夫し、読者が実態に近づけるよう努力する姿勢が重要ではないだろうか。社内的には目安の数字は持っているだろうし。それが目的適合性のある情報だと思う。

 

3については、2とは異なり、東電が自ら負担する費用だ。2012/3期は、2011/3期に見積もった金額が足りずに3千億円弱追加の損失を計上している。見積額の大きな変動は、株主にとっても債権者にとっても重要な影響をもたらす。GCにも直撃する。そこで次回にもう少し詳しく検討したい。

 

ただ、3の見積額が妥当かどうかについては「中長期ロードマップ」の理解が前提になるが、このロードマップ、正式には「東京電力㈱福島第一原子力発電所1~4号機の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ」(平成23年12月21日)は、原子力や土木建築関係の門外漢である僕には、理解が難しい。したがって、金額が過大とか過小とか、そういうことは分からない。ここではあくまで引当金計上額ではなく、「注記を開示する姿勢」を考えてみたいという趣旨なので、その点をご了解いただいたうえで、次回お読み願いたい。

 

4については、何故ここに記載されるのか、僕には良く分からない。「原子力発電施設解体費」というのはP/L科目で、会計方針を見ると相手勘定のB/S側は資産除去債務になるようだ。そして、資産除去債務は、将来の資産除去時の支出額を見積り予め負債計上したもので、同時にそれを資産にも計上して減価償却(や利息計算)の対象にし、資産の使用期間にわたり資産除去債務を費用配分する。ところが、今回のような災害による損失が、資産計上されたり、減価償却の対象となることなど考えられない。一時に損失計上すべきだ。よって、災害による損失は、資産除去債務には関係ないはずだから、被災状況次第で見積りが変わるような損失や費用は、3の災害損失引当金(B/S科目)や災害特別損失(P/L科目)で扱うもので、「原子力発電施設解体費」ではないように思われるからだ。

 

しかし、もしかしたら、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」や「原子力発電施設解体引当金に関する省令」の規程に基づくと、被災状況により変動するような損失・費用についても、原子力発電施設解体費に含まれるのかもしれない。このあたり、僕はこの法律や省令を知らないのでなんとも言い難いが、強調事項として追記するような重要項目なら、会計方針等の記載をもっと分かりやすくしておいて欲しかったという気はする。

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