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2012年8月 1日 (水曜日)

アジェンダ協議2011~ASBJの個別項目のコメント

2012/08/01

サムライ・ブルーのオリンピック代表チームは、スペインに続きモロッコも破り2連勝。早々に本選トーナメントへの出場権を獲得した。中国や韓国のメディアも大注目の快進撃だ。さて、会計界の日本代表たるASBJのアジェンダ協議2011のコメントは、前回(7/27)記載した通り、当面は既存のIFRSの維持管理にIASBの勢力を向けるべきとしているが、具体的にどういう問題に対処するよう求めているだろうか。個々の問題を見てみよう。

 

なお、ASBJはこのコメントの中で主語を、ASBJとわが国市場関係者の2つを使い分けている。下記はそれを意識してお読み願いたい。わが国市場関係者が誰かについては、7/24の記事をご覧いただきたい。

 

aOCIとリサイクリング

OCIとは「その他の包括利益(Other Comprehensive Income)」のこと。包括利益は、期首B/Sと期末B/Sの純資産の増減額として求められ、一方、当期純利益は(従来の)損益計算書によって計算される。「その他の包括利益」は、両者の差額だ(包括利益=当期純利益+OCI)。リサイクリングとは、一旦その他の包括利益に計上したものを当期純利益に振替え、B/Sの純資産内の組替を行うことだ(その他の包括利益から利益剰余金と少数株主持分への組替)。

 

この項目でASBJは、現状では不明確になっている、なにがOCIで、何が当期純利益かを明確にすべきという主張をしている。

概念フレームワーク改定プロジェクト(フェーズB)のなかで取扱われるよう主張しているが、それに時間がかかるようであれば、リサイクリングが行われたり行われなかったり、現状の個別IFRSが不揃いになっているので、取敢えずその扱いを統一するプロジェクトを始めたらどうかと提案している。

また、退職給付会計基準(IAS19)における数理計算上の差異等の再測定部分についてリサイクリングを認めない取扱いを特に取上げ、退職給付のそもそもの性質や、原価計算にこれらを反映させられないこと等のわが国市場関係者の懸念を憂慮し、リサイクリングすべきと主張している。

 

なお、リサイクリングしない取扱いは、会計実務(作業)としては楽だ。しかし、個々のIFRSの取扱いが不揃いになると当期純利益の性質が不明確になり当期純利益の開示を廃止する主張に繋がりやすいほか、公正価値評価を絶対視する主張と親和性がある。

 

b)公正価値測定の適用範囲

IFRSでは公正価値評価する資産と償却原価(≒取得原価)による資産があるが、公正価値で評価する資産の範囲が広すぎるというのがASBJの主張だ。対象資産としては、わが国市場関係者が憂慮している4項目、有形固定資産、投資不動産、農業、非上場株式が挙げられており、ASBJ及びわが国市場関係者は、概念フレームワーク改定プロジェクト(フェーズC)のなかで、上記の利益概念の整理と共に優先的にこの検討を進めるよう提案している。

 

このうち、有形固定資産と投資不動産については、公正価値評価する方法と取得原価ベースで測定する方法のいずれかを選択適用することがIFRSでは容認されている。代替処理を認めないIFRSにしては珍しいことだ。これに対して、どういうときにどちらの処理が適用されるのかを明確にするよう求めている。

非上場株式を公正価値で評価する規程(IFRS9)については、測定の信頼性、実務上の実行可能性の観点から、その規程が有効に機能しているかどうかの調査(適用後レビュー)を求めている。

 

なお、非上場株式の評価についてIFRSはガイダンスを設けて「取得原価が公正価値の最善の見積り」になる場合を認めている(IFRS9 B5.5~)。わが国市場関係者はそのガイダンスが機能しえるものかどうかを疑っているようだ。これは面白い材料なので、IFRS9のこの規程について、後日、改めて記載したい。

 

c)開発費の資産計上

IFRSでは、研究局面の支出は費用処理、開発局面では一定の要件を満たすものを資産計上することとしている(IAS38)。ASBJのコメントが問題視しているのはこの「一定の要件」だ。この基準開発からすでに10年以上経過しているので、IFRS採用地域や企業数の増加、環境の変化を反映させて見直すべきだとしている。

 

ASBJの調査では、企業によって「一定の要件」の運用にばらつきがみられるとされ、また、わが国市場関係者には、比較可能性に問題があるとか、判断に恣意性が介入している懸念があり、開発局面でも米国同様費用計上の方が適切と思われているようだ。そこで、開発費の処理を適用後レビューの対象へ含め、基準の改正の必要性を検討することを求めている。

 

d)のれんの非償却

ASBJ及びわが国市場関係者としては、IFRSののれん非償却、減損のみという処理より、定額償却&減損の方が適切と考えている。根拠は、定額償却により収益費用が対応すると考えられることだ。一方IASBは、のれんの耐用年数や減価のパターンの予測は不可能で、償却しても有用な情報にならないとし、非償却で減損のみの処理をIFRSへ採用している。

 

この基準ができたのは2004年なのでだいぶ古いし、当時の公開草案に対するコメントでも反対意見が多かった。すでに実務に定着したと考えるのではなく、見直しが必要、即ち、適用後レビューを実施し基準の改正を検討することを求めている。

 

ちなみに、のれんを非償却とすることは、減価償却より減損テスト(将来キャッシュフローの見積りを割引く計算)に信頼を置くことであり、公正価値を絶対視する考え方により近い。

 

e)固定資産の減損の戻入れ

日本では固定資産をいったん減損すると簿価を切り離し戻入をしない。一方、IFRSでは減損の原因がなくなれば戻入を行い簿価を元へ戻す(減損していた期間の減価償却分は小さくなる)。ASBJは戻入禁止の立場を取るが、その理由は上記(b)と同じとされているだけで具体的に記載しされていない。

 

b)は上記のように、再評価モデル(公正価値評価する場合)と原価モデル(取得原価ベースで測定する場合)は、どのような場合にどちらが使われるかを明確にするよう求めているだけなので、減損の戻入れについても、どのようなときに戻入をするかが明確でないということだろうか。でもそれなら「反対の立場」とまでは言わないだろう。。。良く分からない。

 

わが国市場関係者は手間がかかると懸念としている。戻入処理は、減損前の簿価に戻して減損期間の減価償却を実施するので、面倒だ。だから、それは良く分かる。確かに現状を前提にすると手間がかかる。(現状の管理方法を換えたらどうだろうか? いずれまた突っ込みたい。)

 

この点については、例の7/2企業会計審議会の中間的論点整理で「固定資産の減損の戻し入れについて、理論上、実務上の懸念がある。」とされていたので、実務は分かるけど理論的な懸念とはなんだろう、と思って注目していたのに残念だ。諦めきれずにネットで検索してみたが、それらしき資料は見つからなかった。それどころか、ネットで検索された無形資産に関するASBJの審議資料には、IFRSのような「兆候、即、減損」なら戻入が適切で、日本基準のような「兆候、割引前キャッシュフローによる試算、そして減損」なら戻入禁止が適切という趣旨の記載がある。戻入が理論的におかしいとはされていない。

 

結論としては、残念だが、理論的に問題があるとされる根拠は良く分からなかった。もしかしたら、わが国市場関係者の実務上の懸念を記載するために、理論上も問題があると書いておこう、というだけかもしれない。

 

f)機能通貨

この項目のコメントはちょっと毛色が違っている。上記の5つのうち、のれんの償却を除く4つとは、明らかに方向性が違っている。即ち、上記の4つは「ルールが抽象的だからもっと明確にしてくれ」という話だが、これは「ルールが固すぎるからもっと自由にやらせてくれ」という話だ。

 

外貨建て取引の換算というと、日本基準では日本円と外貨という2つの通貨間の換算だ。出てくる通貨は円ともう一つということになる。ところがIFRSでは、表示通貨、機能通貨、そして外貨の3つが出てくる。外貨から機能通貨への換算、機能通貨から表示通貨への換算と2種類の換算がある(機能通貨から表示通貨への換算は、日本基準の在外子会社の財務諸表項目の換算に似ている)。

例えば、日本企業の子会社が中国にあって、その子会社は通常元建て取引を行って元建てで決算を行っている。そして、たまに韓国への輸出もあるからウォン建ての取引もあるという場合を考えると、元が(子会社にとっての)機能通貨、ウォンが外貨だ(表示通貨はどの通貨でもOK)。IFRSではこのように事業体(支店を含む)ごとにそれぞれ1つの機能通貨を一定のルールで決めなければならない。この一定のルールが不自由というのだ。なぜか。

 

例えば、(ちょっと極端な例で恐縮だが、)仮にその中国子会社は日本企業の製品を円建て50円で輸入し、円建ての販売価格100円、若しくは、円相場に連動して100円に相当する現地通貨で中国国内や韓国で販売していたとする。このような子会社の業績を分かりやすく表示できるのは、所在地国通貨の元ではなく円だ。円ベースで販売価格が決められ、利益が見込まれているからだ。この場合IFRSの上記一定のルールによれば、この子会社の機能通貨は円ということになるから、中国子会社であっても円建てで帳簿に記帳し決算を行うことになる。するとP/Lの為替差損益はウォン建ての取引以外は出てこない。しかし、もし元建てで記帳していれば、円建ての買掛金からそれなりの為替差損益が出て利益に影響しているはずだ(機能通貨である円から、表示通貨の元へ換算した場合、その為替差損益部分はP/Lを通さず純資産へ直接振替えられる)。要するに機能通貨を円にするか、元にするかで利益が変わる。さて、その状況で中国当局への財務諸表の提出、納税、中国人株主への報告・配当が果たして行えるだろうか。中国の法律や当局に受け入れられるだろうか。もしダメだとすると円建ての帳簿以外に元建ての帳簿も記帳して決算を行い、かつ、両者の整合性を維持しなければならないことになる。現状の実務を前提にすると手間が増える。

 

毛色が変わっていて、もっと自由にやらせてくれと言っているが、その理由は(現状を前提にすると)手間がかかるということで、わが国市場関係者の懸念として記載されている。だが、ASBJの意見としても、もっと自由に(=総合的な判断で)機能通貨を決めるべきとしている。

 

以上の他に、「IASBのリソースに余裕があればプロジェクトを進めて欲しい」項目、即ち優先順位の低い項目として「共通支配下の企業間の企業結合」が挙げられ、されに「アジェンダから削除すべき項目」、即ち優先順位が低いどころか計画に含めることも不要とされた項目として「引当金、偶発債務及び偶発資産」に関する改定、即ちIAS37号の改定プロジェクトが挙げられている。加えて、IASBはキャッシュフロー計算書を直説法で作成・開示することも検討中だが、これについてはわが国市場関係者が反対していると記載されている。

 

以上を読んでみて分かるのは、このコメントは、実務上の懸念については「わが国市場関係者」を主語に記載し、理論上の懸念についてはASBJを主語として記載していることだ。さらに言うと、公正価値を絶対視すること(=当期純利益を軽んじること)につながりそうな項目は、ASBJが理論面から反対意見を表明し(適用後レビューを実施して基準を見直す必要性を検討すべきとし)、実務が煩雑になる項目については、わが国市場関係者の懸念を記載したうえで、(手間がかかるとか、実施可能性に問題があるという理由だけでは、すでにIFRSを多数の国が採用している状況ではIASBに対して説得力がないので)ASBJが理論面から補足するという形になっている。みなさんもそういう目で読んでみると読みやすくなると思う。

 

僕の感想としては、理論面、即ち、公正価値絶対主義は行き過ぎで、当期純利益を投資家の意思決定に重要な指標として残していくべきという点には賛成だが、個々の意見については賛成しかねるところもある。日本経済をもっと盛んにするために、とか、失われた20年から脱するためには、日本企業はもっと海外に出なければいけないとか、日本企業はガラパゴス化しているからもっと海外に目を向け、海外に対してオープンになるべきだと言われている現状で、現状の実務を維持するためにIFRSに注文を付けるのはどうかと思う。日本の経営は海外の良いところをもっと取り込むべきと思うからだ。経理、企画、さらには経営システム、経営指標(利益から将来キャッシュフローへ)の変革と合わせて、上記の問題をひとつひとつ掘り下げて考える必要があると思う。

 

 

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