【Oxford Report】この「序」の意味するところは?
2012/08/03
暫く前に金融庁のHPに掲示されて気になっていた「オックスフォード・レポート」なるものを読んでみることにした。200ページ以上あるが、すべて読んでからまとめて分かりやすくみなさんに報告するのが良いと思ったが、「序」に引用されている欧州会計学会創立者・会長の故・アンソニー・ホプウッド教授の言葉を読んで、一読するより熟読するようが良いと感じたので、読みながら途中途中で記事を上げていこうと思う。
なぜ熟読する方が良いと感じたかというと、次の下りに興味を感じたからだ。
IFRSはビジネスそのものにかかわる、・・・オペレーション、企業統治、サプライチェーン、物づくり、顧客との関係、ペンション、従業員関係、税金、粉飾もあれば、農業や、エネルギー産業、その他いろいろな関係があるはずだ。
公正価値の良し悪しとか、統計的手法がどうだとか、包括利益か当期純利益かとか、そういう議論を見ていると、そこで議論されている会計が、経営の現場から乖離しているような気がしてならない。そういう議論が重要であることは分かるが、それには、大前提として「会計は企業の実態を表現するためにある」、即ち、「会計は、経営者が企業の実態を把握するために頼りになる財務情報を産出しなければならない」という共通認識が必要で、その上で投資家や債権者などの利害関係者に提供する情報の内容が議論されなければならないと思うのだ。
もう少し具体的に書くと、例えば、非上場株式に公正価値評価を適用するのは、経営者が企業の実態を把握するのに必要だからであり、もし経営者が不要と判断するのであれば「取得原価(&減損)が公正価値の最良の見積りである」と主張すればよいということだ。(但し、これは経営者が非上場株式の評価にリスクがあることを知りながら、それを隠すために取得原価を付すことを許容することでは当然ない。)
どういう時に非上場株式の公正価値評価が必要となるかというと、例えば、非上場株式を一杯持っている(ビジネスモデルと関連して非上場株式を保有している)とか、過去からの経緯で非上場株式を保有しているが、今は環境が変わって保有するメリットよりディメリットが上回っているかもしれないが、それに気づくのが遅れる。或いは、その非上場会社は、株式を取得したときとまったく変わって超優良企業になっているが、それが経営者に認知されず協力会社政策に反映されないとか、金融機関に担保価値の正当な評価を主張できないといった問題がないか。
なければ取得原価が公正価値の最良の見積りだと主張すればよい。もしかしたら、単体財務諸表では重要な子会社株式について、持分法による評価額が公正価値の最良の見積りだと主張できるかもしれない。IFRSはそれを経営者に認めている。経営者が自信を持って判断すればよい。(もちろん監査人がその経営者の判断を監査する。単に手間がかかるからという理由で取得原価を主張するなら容認されないと思う。)
確かに、非上場株式を公正価値評価することが技術的に可能か、信頼の高い測定が可能か、それを検証できるかという心配はある。例えば教科書的には、中長期の事業計画を入手しないと公正価値を算定できない。しかし、それを入手できるのはむしろ稀だ。入手できても信頼できるかどうかは極めて疑問だ。だいたい、金融機関から求められて作成したとか、投資を受けたくて明るい未来を表現したというケースが多く、また、金融機関等に提出したものと同じものを入手できたか確かめようがないし、実は金融機関は楽観的なところを修正して利用しているなどという情報は、企業には分からない。中長期の事業計画を入手できたとしても、それをそのまま使えることなど考えられない。
中長期の事業計画を公正価値の見積りに利用できるケースは、親会社がきちっと作成や(予算)統制過程を指導できるとか、営業成績を支配できるグループ会社の場合に限られる。しかし、中長期の事業計画を脇に置いて単なるサポート情報として扱い、直近の期末B/Sの情報から作成した評価で、公正価値の見積りと主張できる可能性はある。一番大事なのは企業自身がその方が取得原価より実態に近いと思えるかどうかだ。だが、その必要のない企業にそこまでやらせる意図はIFRSにはないと思う。
改めてIFRSの規程を見てみよう。
「資本性金融商品に対する投資及び資本性金融商品に関する契約は,すべて公正価値で測定しなければならない。(IFRS9 B5.5)」と書いてあるから、非上場株式も(教科書的な)公正価値で評価しなければならないと単純に主張するのは、経営の実態から乖離している議論だと思う。
公開草案に対するコメント等により追加された次の規程を、企業の実情に照らして理解することが重要だ。
「しかし,限定的な状況ではあるが,取得原価が公正価値の適切な見積りとなる場合がある。公正価値を算定するのに利用できる最近の情報が十分でない場合,又は,可能な公正価値測定の範囲が広く,当該範囲の中で取得原価が公正価値の最善の見積りを表す場合には,そうなる可能性がある。(IFRS9 B5.5)」
「限定的な状況」と書いてあっても、ある地域のある業種・業態ではそれがむしろ一般的な状況であることがあり得る。
しかし、一方で、これが「限定的な状況」となっている地域、業種・業態もある。どういう場合がそれに当たるのだろうか。
「それらの状況は,金融機関や投資ファンドのような特定の企業が保有する持分投資には決して当てはまることがない(IFRS9 BC80)」
総合商社なども同様だと思うが、プロの投資家にはこの「限定的な状況」はあり得ないのだ。また次のようにも書いてある。
「当審議会は,基本的な株主権により,評価を行うのに必要な情報を企業が入手することが一般的に可能となっていることに留意した。(IFRS9 BC79(b))」として、小規模のIFRS適用企業に内部システムや専門知識がないという懸念に反論している。
基本的な株主権で入手できる情報は、B/S、P/Lなど限られたものだし、それさえ信頼してよいかという問題がある。それにIASBが、小規模のIFRS適用企業に、そういう財務資料を正しく修正して、中長期の事業計画を投資先企業に代わって作成し、将来キャッシュフローを見積もるなどという能力を期待してるはずがない。ということは、公正価値の算定といっても相当に幅が許容されていて、必ずしも教科書に載っているような手法でなければダメということはないと考えて良いのではないか。それはIASBが経営の実情というものを踏まえて基準が解釈されることを期待していると考えることだ。「公正価値」という馴染みのないテクニカル・タームに踊らされて、妙に固く解釈してはいけないと思う。
むしろ、過去取得した株式が放置されて生かされていないのではないか、生かすなら投資先企業に財務的な関心も持つべきではないか、そう問題提起しているように僕には思える。そういう関心を持っていれば、いまの帳簿価格が適切かどうかについても、企業が継続的な関心を払い、野心的ではない控えめの、もし買い手がつくならこれぐらいだろうとか、これなら買い手に値段の説明ができるという、それなりの公正価値がイメージできるようになるのではないかと思う。
さて、話が非上場株式の評価に逸れてしまったが、実はIFRSはそういう経営の実情を当然の前提として基準作りがされているのではないかと僕は期待している。原則主義は、国ごとの特殊性を基準に吸収する仕組みであるとともに、企業の経営の状況の違いも吸収する。上記の序に引用された故・アンソニー・ホプウッド教授の言葉は、IFRSに関する議論がそういうレベルから乖離して、格好の良い理論とか技術論とかに偏っているという警鐘と僕には思われたのだ。
そういう観点で、というか、その観点を忘れずに、これからオックスフォード・レポートを読んでその都度みなさんにご報告したい。でも、そういう内容でないと分かった場合は、途中で打ち切るかもしれない。それはご了解ください。
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