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2012年8月20日 (月曜日)

【OxRep】第三節: 「投資家のための財務報告」の歴史、論理、影響~なるほど!でも・・・

この第三節のタイトルから察するに、いよいよIASBのレトリックに具体的に迫る箇所に辿り着いたようだ。ちょっとワクワクしてくる。今回はP51P102までが対象だ。

 

と書いた後に一挙にその範囲を読んでみた。前回までに何度も記載した通り、これはある立場(IASBのレトリックの裏を暴こうとする立場)からIFRSに光を当てたレポートなので、その点を理解しながら読まなければならない。例えば、時には誘導尋問的なインタビューもある。だが、インタビューのやり取りは面白く、確かにそういう回答もあるだろうなあ、なるほど、と思わせる箇所も多い。

 

ではまず、この範囲の最後に「小括」というセクションがあって、そこに3つの「IFRSの基本問題」が提起されているので、それから紹介する。下記は、その基本問題の内容を最も表していると僕が判断したところを、僕がタイトルをつけて転記したものだ(青字)。次にこの「小括」に至るプロセスの中の主な話題を要約し、最後に僕の感想を少し書いた。

 

 

P98:第一基本問題)原則主義の下の公正価値会計では透明性や比較可能性が損なわれる

 

いわゆる洗練され注意深い投資家からは公正価値や資産負債アプローチ、包括利益への批判的な見解が提示されている。これは、企業担当者からは原則主義の下の公正価値会計では透明性や比較可能性が損なわれるであろうことを示唆する証言が圧倒的に多かったことと整合的である。我々は今後、この点を「IFRS の第一基本問題」とラベリングし、原則主義の下のIFRS が想定する公正価値会計が財務諸表の透明性や比較可能性を実質的な意味で高めるかどうか、更なる論理と証拠をもって確認してゆく必要がある。これまで繰り返されてきた表面的なレトリックによる透明性と比較可能性に対する支持は否定されるべきである。

 

 

 

P99:第二基本問題)今後も他のステークホールダーの便益を犠牲にしてまでIFRS による世界統一を推し進めるべきであるのか

 

ここでの問題の本質は、会計基準の改良やコンバージェンスなどを通じて一定限度の透明性と比較可能性が確保されている現時点で、今後も他のステークホールダーの便益を犠牲にしてまでIFRS による世界統一を推し進めるべきであるのか、という問題である。さらにいえば、個別の投資家にとってのベネフィットが必ずしも明確ではない場合に、レピュテーションの問題も含め、果たして市場全体におけるベネフィットがどれほど存在するのだろうか。こうした点については今後さらに検討を行う必要がある。今後の会計改革は誰のために進められてゆくべきなのか、多くのステークホールダーとのコンサルテーションが重要になる(「IFRS の第二基本問題」)

 

 

P100:第三基本問題)ハイパーリアリティーやテクノロジカル・ディターミネーションの危険を形成している可能性

本来(ミクロ的には)経営実態を忠実に表象せしめることによって慎重で詳細な経営分析を可能にする会計が、(マクロ的には)かえって表層的で安易な経営分析と投資を促進しかねないという、合成の誤謬、パラドックスを起している可能性がある。

会計制度や資本市場の調査を専門としているインタビュイーの多くが「、、、会計数値と株価のポジティブな関係が増してきたとしても、、、これが長く会計士や規制団体が目指していた資本市場の姿なのか」と疑問を呈する[ e.g., Int. Inv.(Nomura, One of senior managers, anon.)-B-Tokyo, Aug.,2011]。数値を見ていち早く投資意思決定が出来る(または見ずともコンピューターが機械的に処理できる)会計と、企業の実態を深く分析させて効率的な投資判断をさせる会計とは異なりうる。IFRS が作り上げている新しい資本市場は、理論が想定していたような効率的な市場ではないかもしれない。そうして作られた新しい証券市場の影響を受けて、更に新しい経済事実が作られてゆき、累積的なテクノロジカル・ディターミネーションの危険を冒す可能性が指摘されるだろう。このような市場が、安定的で経済社会の厚生を高めるような制度なのか注視してゆく必要がある。(IFRS の第一基本問題と非常に関連性が深いが、透明性や比較可能性を超えて、ハイパーリアリティーやテクノロジカル・ディターミネーションの危険を形成している可能性を重視して「IFRS の第三基本問題」とする。)

 

 

改めて、僕が理解した範囲で上記の3つについて説明する。

 

P98:第一基本問題)原則主義の下の公正価値会計では透明性や比較可能性が損なわれる

 

ここで印象に残ったのは、原則主義では各社ごとの会計基準(細則レベル)が策定されることになるという主張だ。従来は各国ごとの会計基準の差異を考えればよかったが、IFRSアドプション後は各社ごとの会計基準の相違を意識する必要がある、という。だから本当の透明性や比較可能性は高まらないと。

 

 

P99:第二基本問題)今後も他のステークホールダーの便益を犠牲にしてまでIFRS による世界統一を推し進めるべきであるのか

 

ここでは、ファンドマネジャーへのインタビューから、実は多くの場合、どの国の企業へどの程度投資資金を振り分けるかは、どんな会計基準を採用しているかはあまり関係なく、例えば経済が成熟していて成長が見込めない日本にはこれぐらい、という具合に枠が決まっており、それをどの企業に配分するかは財務諸表ではなく企業のビジネスを見て決めるという話が出てくる。したがって、会計制度の統一に手間暇・コストをかけて、果たしてそれに見合うベネフィットがあるのか、ということが主張されている。ちなみに、19993月期から数年の間、日本企業の財務諸表につけられたレジェンド(警句)の問題についても、ファンドマネジャーは投資先の選定にあまり影響なかったと証言したことが紹介されている。即ち、IFRSへアドプションしても日本株へ投資される金額は変わらないよ、という主張だ。他の利害関係者が強いられている犠牲については、一般論として標準化が特定の利害関係者のために行われるもので、他の利害関係者の利害を損ねている可能性があるとしているだけで、具体的に書かれていない。次の第4節あたりに出てくるのかもしれない。

 

 

P100:第三基本問題)ハイパーリアリティーやテクノロジカル・ディターミネーションの危険を形成している可能性

 

ここでは、IASBの宣伝から表面的な透明性や比較可能性を信じ込んで、注記をしっかり読まずに投資意思決定をする投資資金の割合が増加すれば、長期投資を続けてきた投資家でさえ短期投資へ改宗替えしかねない。さらにその宣伝はITテクノロジー(XBRL等も含む)の進化により機械的に短期投資されることや、投資家を惑わす流行の投資理論に正当性を与えたりして、それが株式相場を変動させ、それがまた企業業績に影響を与え、もはや企業実態と合わない財務諸表と株式相場が形成されていくとしている。この問題提起は、いわゆるプロシクリカリティの問題にも繋がっていくのかもしれない。

 

 

上記の「小括」に至る過程で、色々な話題が提供されている。例えは・・・

 

(アドプション)

米国、カナダ、中国、インド等の対応だ。各国ともIASBの透明性の向上や比較可能性を高めるといったレトリックを無条件に信じてはおらず、自国企業や経済への影響を考慮し対応しているとしている(P52P53)。

 

また、これら各国の対応を見て、IASBはアジェンダ・コンサルテーションやDue Process Handbookの改定などを行った。その結果、デュー・プロセスにおいて各国の経済的影響などを注意深く検討したうえで基準設定が進められる方針が打ち出されたという。今後、アドプションやコンバージェンスを進めることが困難になり、会計基準の相互承認という形式で、国際的な会計基準が運営される可能性が高い(と予想している)(P53)。

 

IASBは会計基準のグローバライゼーションについて「調和化」→「コンバージェンス」→「アドプション」と主張を変化させてきたが、これらについて利害関係者の反応を聴取しようとすると、IASBが「投資家のための会計」と言っている割には、投資家やアナリストの意見が収集しにくいという。これは日本だけでなく世界的な傾向だそうだ。その理由として、長期保有を志向せず、制度の欠陥を利用して稼ぐような投資家が多いからで、そういう人たちにとっては透明性も比較可能性も高まらない方が良いし、意見を発しないという(P61)。(これは上記第三基本問題につながる。)

 

(公正価値)

IFRSの概念フレームワークでは、公正価値が必ずしも絶対的な評価基準とされていないにもかかわらず、そのように誤解されているのは2つ理由があるという。一つは一部のIASBのメンバーが実際にそう公言していたこと、もう一つは「Historical Cost」より「Fair Value」の方が、各国・地域で、詳細な会計知識を持たない政治家や担当官僚、ジャーナリスト、国際機関の代表者へのロビー活動に有効に作用するからだという(言葉の印象が良い)。実際には、今ではそういうIASBメンバーもすっかりいなくなった(退任した)ということらしい。但し、公正価値会計について理論的不整合がある、投資家やアナリストが無関心、恣意性の広がりという点から批判を展開している(P63P72)。公正価値は外部専門家の鑑定を入手するケースもあるが、「透明性を金で買える」という証言を記載している(P68)。

 

この議論の中でIAS41号(農業会計)が、農産物に公正価値を適用していることを例に挙げて批判している。パームヤシは植林して1年目に公正価値で評価され多額の利益が計上されるが、その後25年~40年の間は微々たる利益か、9年目からは赤字になるという。ロンドン証券取引所には、こうした事業を主体とする会社が4社実際に上場しているが、適用されている割引率は5%20%とバラバラで、投資家に有用な財務情報を提供しているとは考えにくいという(P68)。

 

(原則主義)

「原則主義による会計基準の統一」を「標準化」という言葉に置き換えて、標準化が役に立たないケース(アップルとオレンジの比較)を例にするなどして、日本基準と米国基準による利益が相違してもよい、と主張している。アップルとオレンジは「糖度」、「食感」、「ビタミンC含有量」などを基準として比較されるが、その価値を測る方法をどれか一つの基準に統一すべきだろうか、と問い、その答えを「もちろん否」としている。可能な限りすべての基準で総合的に価値を評価すべきで、「価格」もその基準の一つに過ぎないとしている。アップル等に対する価値判断は、日本と米国で存在感が違うのだから異なってよい。だから会計基準も日本と米国で違って構わないという(アップルやオレンジは個別企業の例え)。

また、標準化は政治的に特定の利害関係者(ここでは投資家)のために行われるため、他の利害関係者の利益が阻害されている可能性があるとしている(P73P74)。

 

(透明性と比較可能性)

一言でいえば、「UNIASプロジェクトでは本質的な意味での透明性や比較可能性は明らかに低下するとの証言が圧倒的に多いことを確認している」(P80)ということだ。個々の証言に興味のある方は直接ご確認願いたい。大雑把に言って、細かい相違を注記まで読んで理解しようとする投資家がいない(少ない)ということと、企業に自由裁量の余地があって企業によって結果が異なる可能性が高まるという理由だと思う。そういう問題を意識せずにIASBの透明性と比較可能性が高まるというレトリックを信じてしまうと、低コストで短期間で投資判断を下す必要があるという投資家・アナリスト側の経済環境の変化を合わせて考えると良いことはない、と主張している。むしろ会計基準が国ごとに異なって手間暇かけて分析するのが当たり前という状況の方が良いと思っているようだ(P75P81)。

 

(投資家の多様性)

投資家にも色々な投資家がいて、注記もしっかり読む洗練された投資家から、読み込んでいないという投資家、さらにはアルゴリズム取引などITを駆使した自動売買を基本とした投資家もいる。それぞれに対し、企業が提供する情報を変えることを想定する必要があるという。注記までXBRL化が進むなどによって、今後更に短期的な投資家の投資環境が改善されるとプレゼンスを増し、洗練された投資家が不測の不利益を被ることも考えられるとしている(P81P95)。

 

上記の中で日本株の場合、売買高の6~7割が外国人投資家なので、海外投資家の証言を載せている(P83P93)。これらの証言については上述した第二基本問題のところをご覧いただきたい。要するに会計基準がIFRSであろうがなかろうが、日本株への投資に影響はないという証言、注記まで読み込まれていないことを示唆する証言が集められている。

 

(透明性、スピードの程度)

透明であればあるほど良い、早ければ早いほど良い、という考え方に対する疑問を呈した証言を記載し、「適切なスピードとか半透明性」という概念が必要としている(P96P98)。

 

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なるほど~って思いながら読んだが、改めて振り返ってみると・・・。

 

僕は思うが、多分、IFRSがあろうがなかろうが、株式売買の自動化は進むのではないだろうか。IT技術の進歩とIFRSは関係ないから。せっかく注記を書いても読まないというが、会計基準が違っていてどこに何が書いてあるかわからない状況より、会計基準が統一されて、読もうと思えば記載場所の当たりはつくし、実際に書いてあるという状態の方がまだマシではないだろうか。そうしておかないと増々読まれなくなるのでは? もし読まれない状況を前提に開示制度を考えるとしたら、どうなるのか? それは会計基準ではないところから解決策を考えた方が合理的なのでは?

 

どうも、すべての問題をIFRSに関連付けてIFRSがその原因だとしている感じ。制度論として原因と結果の区別が整理されてない気がする。そして、アップルとオレンジの例えが会計基準が相違してよいという説明に合っていると思えない。但し、IAS41号(農業会計)の公正価値の話は詳しく知らなかったが、驚いた。お陰でIAS41号にも興味が湧いた。

 

原則主義でいう透明性と比較可能性については、細則主義でいうところとちょっと意味が違う気がする。それを一緒に(細則主義でいうところで)考えているので、上記のような批判になるのでは? これは具体例に基づいて議論したい項目なので、また機会があれば書きたいと思うが、実は、比較可能性については2/29の「有用な財務情報とは~「忠実な表現」と「比較可能性」(売上基準を例に)」で既に少し触れている。僕が読み取ったエッセンスのCがそれに該当する。比較分析する際の単位が異なると思っている。

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