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2012年8月15日 (水曜日)

【OxRep】第二節: 目的・方法・構成~UNIASプロジェクトのセールストーク?

2012/8/15

日本はオリンピックが終わったところでお盆を迎えた。メダル数38個は史上最多という素晴らしい成績だった。サムライブルーの仇もバレー女子が討ってくれた形になったが、それでも残るもやもや感は是非2014年W杯ブラジル大会で晴らしたい。一度ブラジルへ行ったことがあるが、愛煙病の僕は機上での禁煙24時間が辛くて2度とブラジルへは行かないと心に決めた。しかし、W杯は行かざるえないかもしれない。

 

さて、今回のテーマは方法論である「レトリック分析」で、このレポートのP26P49までだ。だが概要は、すでにUNAIS手法への期待」(8/9の記事)で、「要約」(P3~)に記載された範囲でみなさんに報告済みだ。僕は、このレポートのIFRSへ否定的な結論は別として、統計的な手法ではない、長期的な定点観測もできるインタビュー等によるアナログな研究手法に期待を持ったことを記載した。今回はもう少し掘り下げて、というか、僕にも難しい学術研究の方法論は分からないので、僕が読み取ったより直感的なイメージをお伝えできえるよう努力したい。ということで、いつもはまずレポートの概要を記載してから自分の意見を書くパターンだが、今回は初めに僕の意見を記載したい。

 

(統計的な手法の欠点について)

みなさんもご存じのように、統計的な手法は学術研究のみならず色々なところに利用されている。僕が「統計的手法」と言っているのは、やたらに「母集団は正規分布(釣鐘状のグラフで表現される分布のこと)である」と仮定して、一部を調べて母集団の全体の傾向を定量的に推定する手法のことだ。母集団が正規分布だと、関連する確率や分散などの計算が非常に楽になるためか、当たり前にその仮定が置かれる。検証対象となる母集団という最も基本的なところにそんな安易な仮定を置くものだから、そのプロセスの中でもさらに色々な仮定が置かれ、段々実態と乖離していく、というか、限定的な結論しか得られなくなる。ところがその限定が明確にされず、或いは忘れ去られて、結果だけが独り歩きする。僕は統計的手法に対してそんなイメージを持っている。

 

最近では、例のサブ・プライム・ローン問題の時に、CDO(合成証券)の組成が問題になった。CDOの組成や運用には高度な投資理論、金融工学(これらの基礎に統計理論がある)を理解する必要があり、そのために当時の金融機関は、数学的能力の高い優秀な理系の学生をはこぞって採用した。しかし、安易な仮定が現実との乖離を生み、机上の空論(だが、理論としては美しいのだそうだ)でゴミのような債権がトリプルAの最高信用格付けの債券に生れ変わっていった。それが現実と乖離していることが明らかになって、リーマンショックに至る一因になった。(と僕は理解している。)

 

実は監査の世界にも統計的な手法が随分前から入ってきている。監査自体、母集団の一部を抜き取ってチェックする「試査」という方法で行われるので、その検証結果を如何に母集団全体に拡張するか、それを監査人の「勘」ではなく論理的説明するか、という問題の解決に利用されている。また、例えば売上の検証を行うのに、過去の実績の推移データを統計的に加工して期待値を求め、それと実績の乖離幅で異常の有無を判断するといった実務もあった。

 

お分かりいただけると思うが、会計監査が検証するのは財務諸表なので、上記の母集団とは「合計残高試算表残高の全金額」ということになる。しかし、合計残高試算表は様々な性質の異なる科目があるので、そこに虚偽記載が発生するリスクが正規分布しているなどという仮定を置くのは現実的ではない。したがって、監査手法の理論的な説明として統計的な発想が利用されるのは良いが、それが過度に監査実務を縛ると問題が起こる。売上の検証にしても、過去にはなかった事象、例えば東日本大震災が発生したのに、それを考慮しない統計的分析は役に立たない。或いは、過去にないヒット商品が生まれたとか、営業エリアの拡大・縮小とか、色々な状況を加味して利用するというのが現実的な対応だ。

 

しかし、得てして、仮定や限定は置き去りにされて、結論だけが独り歩きしてしまう。統計的手法は価値あるものだが、利用するのは難しい。

 

やや、本筋から逸れてしまったが、このレポートでは一般に利用されているアンケート分析について、例えば「設問」の設定の仕方が回答を歪めてしまうなどいった例を挙げながら、問題点をリストアップしている。アンケートは全員に配られるものではなく、一部の人の回答を全体の傾向として推定するもの(或いは読み手にそういう印象を与えるもの)だから、基本的には上記と同じ構造を持っている。一部の人の回答が全体の傾向を表すようになるような「設問」の設定は難しい。その結果を分析することも難しい。このレポートでは、アンケート調査のような従来の手法でIFRSに関する調査を行うことは特に困難で、調査結果の解釈には読み手の留意が必要として、その問題点を次の3点にまとめている。

 

  • 研究者の側に、各国・地域の文化・習慣や会計知識を備えたものが少ない(国際的な研究)。逆にIFRSやIASBに関する知識が欠けているものがある。
  • 回答者の側に、IASBやIFRSに関する知識が絶対的に欠如している。
  • 調査企画者の期待と異なる結果が出た場合に公表されないことがある。

 

 

UNIAS手法の優位性)

次に、上記の従来手法の調査の欠点を補うという文脈で、UNIASプロジェクトの手法が紹介されている。

これについてもまず僕の意見を書くが、ちょっと頭を抱えている。このレポートではIASB等の使っているセールストーク(レトリック)を、「背景」や「目的・方法・構成」といった本来まだ結論を記載すべきでない節から徹頭徹尾批判しているのだが、どうやらそれは調査の結果批判するに至ったのではないようなのだ。最初から批判するための仮説を立ててインタビューを行い、インタビューする側が持つIFRSやIASBに関する圧倒的な知識量を駆使して、その知識のない回答者の証言を引出す、極端に言えば回答者の証言を、UNIASプロジェクトの目的に合うように誘導しているように思えてきたからだ。以下にレポートの内容を紹介させていただくので見ていただきたい。

 

過去12年、3期(2000-2006ぐらい、2006-2009ぐらい、2009以降)にわたって行われてきたUNIASプロジェクトの手法については、従来の統計的手法による調査の欠点を補う利点として、次の5つの説明をしている。

 

  1. 先験的な予想や定量的方法ではとらえられない、さまざまな論点の洗い出しと整理を重視
                   「先験的な予想」とは、具体的にはIASBのセールストークである「高品質な唯一のグローバル基準が、比較可能性や透明性を高めることに役立つ」みたいなことを指していて、定量的な方法は、上述の従来手法のアンケート調査など統計的手法を指していると思う。そして様々な問題点の洗い出しというのは、IASBの「投資家のための会計」とか「証券市場の効率化」というシンプルなレトリックで見えなくなっている様々な問題を現場から拾い上げるということだと思う。(例のトライアングル体制維持の主張もこの問題意識からきているものと思う。)
             
  1. 個々の重要なケースを詳しく分析できる
              例としては、IFRS採用第
    1号の会社である日本電波工業を2006年から調査対象にしていることを紹介している。これら(任意適用が予想されている会社数社への個別ヒアリング)から大衆メディアで一般に報道されているものとは異なる意見、状況を聴取できたという。
             
  2. ほとんどIFRSの知識のない人たちを対象にでき、質的重要性に注目して日本全体のデータを収集できる
                   IFRSの知識のない人からアンケートの回答を受取っても、意味のある分析は難しいが、インタビューなら知識を授けながら質問ができるし、業種等を考慮してバランスよく調査対象を決められる。
             
  3. 不合理な行動(意見)を不合理のまま記録できる
                   総論賛成・各論反対のような、不合理・無理解・あやふやな理解をそのまま記録でき、その結果IASBのレトリックに踊らされている構図が観察されたそうだ。また、「IFRS導入により経営者は短期業績主義に陥りやすい」という仮説を否定する研究が多い中、実際にそれを危惧する企業の様子が観察できたという。
             
  4. IFRSを推進する理由(ドライビングフォース)の変遷を明らかにできる
              「投資家のために」といった建前でなく、実際に何がIFRSを推進しているのかを長期間にわたり観察できるとのこと。
             

そして、今回のレポートで十分検討し解決することはできなかったテーマだが、次のような重要な視点をインタビューデータが与えてくれたという。

 

  1. 「透明性」レトリックへの企業の疑問
              透明過ぎるとイノベーションを起こしにくいという企業側の疑問が存在すること(が、インタビューによって判明)。
             
  2. 「情報開示スピードアップ」への要請に対する経営者の疑問
                   企業のみならず、証券市場運営者、政府官僚も、インタビューによって、投資家・株主の多様性を想定した会計・財務報告を考案する必要性に気付かされるのだという。(僕の勉強不足で、これと情報開示のスピードがどう関係するかは良く分からなかったが、プログラム売買するような投資家の存在について言及しているので、それが何か両者を結び付けるのかもしれない)
             
  1. 世界万国のための会計基準という目的(レトリック)と矛盾する人選・資金・サテライトオフィスの設置の要求
                   恐らく、万国のための会計基準に関連して、国益丸出しの主張がなされるような状況を言っているのだと思う。インタビュー形式でこの矛盾点の批判論を展開すると、関係者に「反道徳的側面があることが分かる」とのこと。恐らくここでいう関係者とはそういう国益丸出しのような主張をしている人々のことだろう。
             
  2. 不十分な情報下で国際的な課題に対処する際の日本の無理解、無策、戦略的柔軟性の欠如
                   「日本はまじめ過ぎて・・・」という証言が引用されているが、これは日本の良識や美徳の否定にもかかわることなので、この手のことは、文書形式の調査よりインタビュー形式の方が有効だという。

 

そしてこの節の最後に「4.主目的:コミュニケーションの促進」というタイトルの文章がある(P47P49)。白状するが、実はこの文章には、良く理解できない箇所が一杯ある。特に色々な学者の名前が出てくる最初の部分(P47)は本当に分からない。だが、どうやらここは、研究手法の特徴として次の2点を言いたいのではないかと一応理解した。

 

  • 研究者がバイアスを持つことは避けられないし、バイアスを持っていないと装うべきではない。
  • この研究の目的はコミュニケーションの促進にあるのであって、何らかの絶対的な真実を発見しようとするものではない。

 

この2点が要約されていると僕が感じたのは、次の記述だ(P47)。

 

すなわち、我々は実際に言語的コミュニケーションのできる主体が相互に意見や感情を表現し、その表現を聞き手が了解することでコンセンサスとしての真理を構築していこうとするものである。

 

研究客観性はその一時的な結論たる著作物の中に求められるものではなく、継続的に啓発される問いと批判の過程の中に求められる。

 

研究者側が用意した問いについてディスカッションすることで、回答側との間にコンセンサスが得られたと研究者が判断したものを、研究成果として取上げる。これがこのプロジェクトにおけるインタビューの姿だが、用意された問いは、IASBのレトリックを批判するためのもので、かつ、回答者側に知識がないのでディスカッションの過程で研究者側がそれを提供する。研修者側はIASBのレトリックを批判する証拠集めをしているので、回答者側からそういう証言を引き出せるように問いや知識を提供する。だが、だから研究客観性が損なわれていると批判するのは不当で、こうやって集めた証拠で得られた結論も研究客観性の評価の対象ではない。なぜなら、研究客観性は対象物を真摯に批判するその姿勢にこそ求められるものだから。

 

ということだと思うのだが、みなさんは理解されただろうか?

 

僕は少し分かるような気がする。僕が監査法人にいた時、クライアントに新サービス、例えば内部統制構築のサービスを売込む目的で、クライアントとディスカッションしたときの心境を思い出したからだ。

 

まず、僕が「御社にはこういう問題がありますね」と問いを発する。そして、「今度内部統制報告書制度というのができますよ」などと内部統制に関する知識を提供しながらクライアントとその提起した問題についてディスカッションする。すると、「なるほど、やはりそれは改善が必要ですね」とのコンセンサスに繋がり、そこから「こういう方法でポイントを絞って対策を立てていけば効率的に改善できますね」と新サービスの内容の話へ移っていく。

 

僕には新サービスを売込もうという動機があるので、その問題を大袈裟に主張するかもしれない。そういうインセンティブのある僕の立場は、一見、客観的な立場とは思われない。しかし、それがクライアントの経営改善に役立ち、かつ、監査リスクを減らすんだという確信・信念があれば、いささかも後ろめたいことはない。その姿勢こそが重要なのだ。その姿勢で問題提起し、ディスカッションし、コンセンサスを得られたのだから、どんなサービスを提供しようと問題はない。(実際には「監査人の独立性」という制約があって、提供できないサービスもあるのだが。)この構図とUNIASプロジェクトの構図が良く似ているような気がしたのだ。

 

しかし、これでは下心がある監査法人のセールストークとこのレポートが同じレベルになってしまう。即ち、UNIASプロジェクトだって自分たちの主張を売込みたいという下心を持って問題提起し、ディスカッションをやりながら、相手とのコンセンサスを得ていく。するとレポートを公表したときに素直に受入れてもらえる。即ち、自分たちの主張が世の中に認められやすくなる。・・・だが、これはあまりに下世話な解釈ではないだろうか。本当にこういう解釈で良いのか? と頭を抱えてしまったというわけだ。

 

ただ、とりあえず、僕の能力ではこのように考えるしかない。

 

すると結局大事なのは、受け手(読み手)が賢くなければならないということか。監査法人のサービス売込みでも、UNIASプロジェクトのレポートでも、そしてIASBのセールストークでも、相手の立場や背景を理解したうえで利用の程度を判断しなければならない。しかし、その判断のためには相手に対する知識が必要だ。IASBのセールストークについて判断をするにはIFRSの知識が欠かせない。このレポートでもそういう知識が欠けていると指摘されていて、その点は僕も全く同感だ。IASBは「IFRSの解釈はIASBやIFRIC以外がやってはいけない」などといっているが、「使えるIFRS」として導入するためには、世の中で草の根のIFRS論議がもっと盛んにならなければいけない。

 

であるとすれば、勝手な解釈を書き散らしているこのブログも少しは世の中のためになっているかもしれない。もしそういうことなら、僕も若干心を強くできる(とニヤついているのだが、これは少し我田引水か?)。

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