【OxRep】第1節:背景~戦後の日本の会計制度(トライアングル体制)構築からこのUNIASプロジェクト依頼までの経緯
2012/08/11
まず、なでしこJAPANの銀メダル、サムライブルーの4位、おめでとうございます。一時は男女ともに金メダルなんて夢まで見させてもらいましたが、この結果も正に快挙です。特に男子は韓国に敗れたのは残念ですがここまでやってくれるとは。ありがとうございます。
それでは、ざっと今回の記事の対象となる「第1節:背景」の内容を概観してみよう。そのあと僭越にも僕の意見を記載したい。
「第1節:背景」は、「1.経済・社会のための会計」と「2.投資家と証券市場のための会計」の2つから成っており、前者では米国占領統治下での戦後の会計制度構築(いわゆる商法(会社法)、税法とのトライアングル体制のこと)の過程を、企業会計というプライベートな事象を社会制度に昇格させるため、というか、社会経済システムに組込むという他国ではやりたくてもできなかった大図面を描いたとして評価している。ところがIFRSは、投資家と証券市場のための会計という小さな図面であり、折角の大図面をそこに押込めて良いのか(投資家と証券市場以外に関する機能を捨てて良いのか)と疑問を提起している。
後者の「投資家と証券市場のための会計」とは、即ち、IFRS(やその前身のIAS)のことを指している。ここでは、このUNIASプロジェクトの目的である「単一で高品質の会計基準」とか「比較可能性や透明性を高める」というIASBのセールストークに対する日本や米国の姿勢の変遷や中国やインドの反応を紹介している。その中で次の指摘が目を惹く。
- 会計のグローバライゼーションは当初は各国会計基準の「相互承認」から始まり、それがIFRSへの「コンバージェンス」、そして「アドプション」と変遷していったのが不可解。
- 2009年1月に米国SEC委員長にシャピロ氏が就任してからIFRSアドプションへ慎重になっているのに、日本は2011年6月まで積極的なままだったのが不可解。
(これらは、第5節で一定の検討をするものの、基本的には将来の検討課題という扱いにするそうだ。要するにこのレポートでは結論的な見解を述べないということ。)
そしてこの節の最後をみると、2011年10月の当時の自見大臣の訪英がきっかけで、UNIASプロジェクトへレポートを依頼することになったことが記載されている。UNIASプロジェクトの学術的スタンスを了解したうえでの依頼だった。したがって、最初から「IASBのセールストークの裏を暴く」レポートが期待されていたことになる。
さて、僕が驚いたのは、このレポートの現状追認型の姿勢だ。僕がGoogleで「Oxford Report」を検索したときには、学術的な価値の高そうな国際法のデータベースや各国のエネルギー政策へ抜本的な変革を迫るような凄いタイトルと並んで、僕のブログが表示されたのが恥ずかしかったと既に記載したが、この第1節を読む限り、少なくとも日本に於いてはそれほどのことでもなさそうだ。ただ、いち早くIFRSを採用したEUの、IASBが置かれているイギリスのOxford大学がこのレポートを出すというところには価値があるのだろう。では、なぜ日本ではそれほどのことはないと感じたかを下記に記載する。
(トライアングル体制)
トライアングル体制にについては2点ある。
会計・税法・商法のトライアングル体制は、もともと日本に官尊民卑という風土があったうえに、戦時中の国家統制経済で民が極端に弱くなっていた当時の日本において、民の立場を代表する会計の背中を押すための理屈だと思っていた。もう少し書くと、「税」があまりに強すぎるので、会計が商法の力を借りて「税」に対抗する仕組みだと思っていた。民間経済の発達と会計のグローバライゼーションのおかげで、会計は独り立ちできるようになった今、そろそろ形を変える時期が到来している思っていた。ところが、このレポートはトライアングル体制を構築した当時の「世界最高のシステムとの自負」を思い出せと言っている。環境変化にどう対応しようかという議論の中で、60年前は良かったなあ、と言われてもピンと来ないのだ。
もう一つは、その「世界最高のシステム」の根拠は、「日本の確定決算主義にはマクロ的には経済を自動的に安定させる機能がありますし、商法の会計にはいろいろな利害関係者の間を取るというか、コンセンサスを得るというか、所謂利害調整機能が働いています。」というところにあるとされている。しかし、その機能のすべては「会計が企業の財務実態を忠実に描写している」という前提の上に成り立っていることが忘れられていることだ。
経済環境、経済取引の内容が変われば、それを忠実に描写するための会計基準も変わらなければならない。しかし、特に税法の足かせがきつくて損失計上に消極的になり、過去随分含み損が放置されて、それが企業経営と株式市場、ひいては日本経済に悪影響をもたらした。オリンパスの損失隠しだって、きっかけの一つはそういうところにあったと思う(特金解消時に含み損を損失計上しなったことが巨額の損失隠蔽へエスカレートしていった)。バブル崩壊時にも、含み損を抱えたまま企業は過大な税金を払い続け、実質的に事業を行えなくなった企業が幽霊企業として存続し、日本経済に大きな影響を与えた。
だから、会計は企業の財務実態を忠実に描写することに専念し、その結果を税法や会社法がそれぞれの立場で調整しながら利用するという、単なるトライアングルではなく、会計が上位にぴょんと飛び出した二等辺三角形になるべきという認識が広がり、それが会計のグローバライゼーションの動きと合っていたと僕は思っている。
実は僕は、この二等辺三角形は、日本でも支配的ではなくてもかなり一般的な認識だと思っていて、企業会計審議会の議論もそこへ収斂していくのではないかと予想していた。ところが議事録をみていると、今もトライアングル体制を守ろうとする人が意外に多いので驚いている。
さて、このレポートは、終戦直後の環境において3つのバランスは素晴らしかったんだから、いまもそれを忘れるな、と言おうとしている。イギリスでは革新的な研究かもしれないが、日本では超保守的ではないか? みなさんはどう思われるだろうか。
(投資家と証券市場のための会計)
ここでは、IFRS財団評議会(IASBの監督機関)副議長の藤沼亜起氏の「多くの国が、IFRSが比較可能性や透明性を高めるというビジョンに賛同している」という趣旨の発言、即ちIASBのセールストークをまず引用し、そのあとはそれを否定することに費やしている。即ち、
- 会計ビックバン以降の日本の会計基準の改正一覧や、2008年10月にEUの会計基準の同等性評価にパスしたことを記載したうえで、会計基準の改良はもう十分という趣旨のコメントを紹介
- 米国、中国、インドのIFRSアドプションへの足踏みや限定的な対応を紹介
- IFRSに対する批判コメント(例の英米の陰謀説)、日本国内のIFRSアドプションへの懸念の紹介
そして上述の指摘、「総合承認→コンバージェンス→アドプションへの変遷はなぜ起こったのか」、「日本だけがなぜアドプションも視野に入れた対応を2011年6月まで継続していたのか」と疑問を呈した(但し、それについての検討は将来の課題とした)。
しかし、足踏みをする米国がIASBと主要な会計基準の摺合せに精力を費やしていることには触れないし、中国がIFRSを適当だがコンバージェンスし、インドも除外分野はあるが基本的にアドプションしていることの評価はない。IFRSに対してポジティブな発言・対応は批判の対象とし、ネガティブな面から発言・対応を眺めてIFRS批判の根拠としている印象だ。
だが、この節は「背景」というタイトルだ。ここで早くも「IASBのセールストークはNGだ」と書いてしまって良かったのだろうか? もう少し、「公正な立場でバイアスはありません」という振りをした方が良かったのではないか。
或いは、この程度に留まらないもっと深い話がこの先に出てくることを暗示しているのだろうか。
というわけで、今朝はサッカーの応援疲れもあり、これでお休みなさい。
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米国の動きに興味のある方のために、このレポートに引用されていたSEC委員長シャピロ氏の上院銀行委員会での証言を転記します。
Well, I would proceed with great caution so that we don’t have a race to the bottom. I think we all can agree that a single set of accounting standards used around the world would be a very beneficial thing, allowing investors to compare companies around the world. That said, I have some concerns about the road map that has been published by the SEC and is out for comment now and I have some concerns about the IFRS standards generally. They are not as detailed as the U.S. standards. There is a lot left to interpretation. Even if adopted, there would still be a lack of consistency, I believe, around the world in how they are implemented and how they are enforced. The cost to switch from U.S. GAAP to IFRS is going to be extraordinary, and I have seen some estimates that range as high as $30 million for each U.S. company in order to do that. This is a time when I think we have to think carefully about whether imposing those sorts of costs on U.S. industry really makes sense. Perhaps, though, my greatest concern is the independence of the International Accounting Standards Board and the ability to have oversight of their process for setting accounting standards and the amount of rigor that exists in that process today. I will tell you that I will take a big deep breath and look at this entire area again carefully and will not necessarily feel bound by the existing road map that is out for comment. (Shapiro, 2009, pp. 21-22).
拙い訳ですがだいたい次のように言っていると思います。間違ってたらごめんなさい。あくまで参考に。
え~、悪い競争をしないよう気をつけたい。一組の会計基準が世界中で使われることは、投資家が世界中の企業を比較できるので非常に便利だと思う。でも、SECのロードマップには心配もあるし、IFRSにも懸念がある。IFRSはUS-GAAPほど細かくない。色々解釈が必要になる。アドプションといっても、実際の制度化の方法も固まっていない。US-GAAPからIFRSへ移行するのも大変なコストだ。ある試算だと1企業当たり30百万ドルにもなる。果たしてそれだけの価値があるのかじっくり考えないと。だが、一番心配なのはIASBの独立性と、その会計基準設定プロセスをどうやって、どれだけ厳格に監視するか。深呼吸してもう一度すべて目を通さないと。必ずしもロードマップに捉われないで。
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