脱線5~重要性の本質はリスク管理?
2012/09/07
今回の記事のタイトルを見て、「なんだ、前回の保守主義の二番煎じか」と思われた方は鋭い。ただ、今回は例を挙げて検討してみたい。
重要性という言葉も一般に使われる用語であり、会計独自のものではない。保守主義の場合は、何を守ろうとしているか、どうやって守ろうとしているかに着目したが、重要性の場合は、目的に着目することになる。即ち、目的に役立つものは重要だし、役立たなければ重要性がない。
早速、企業会計原則の記載を見てみよう。重要性の原則は、一般原則の2つ目の正規の簿記の原則、4つ目の明瞭性の原則などの注解として、次のように記載されている。
〔注1〕重要性の原則の適用について(一般原則二、四及び貸借対照表原則一)
企業会計は、定められた会計処理の方法に従って正確な計算を行うべきものであるが、企業会計が目的とするところは、企業の財務内容を明らかにし、企業の状況に関する利害関係者の判断を誤らせないようにすることにあるから、重要性の乏しいものについては、本来の厳密な会計処理によらないで他の簡便な方法によることも、正規の簿記の原則に従った処理として認められる。
重要性の原則は、財務諸表の表示に関しても適用される。
重要性の原則の適用例としては、次のようなものがある。
(1) 消耗品、消耗工具器具備品その他の貯蔵品のうち、重要性の乏しいものについては、その買入時又は払出時に費用として処理する方法を採用することができる。
=省略=
以上、目的は「企業の財務内容を明らかにし、企業の状況に関する利害関係者の判断を誤らせないようにすること」であり、当たり前の話だから、今回の記事はなんの盛上りもなく終了しそうだ。しかし、実は一つだけ難しい問題がある。それは、この目的に役立つかどうかを一律に測れないことだ。
例えば金額的には重要性の乏しい消耗品、例えば組立工場でネジを購入時に費用処理することは可能だ。だが、生産現場では部品展開表で必要とされていたネジ1本が使われずに余っていたら、製品の品質に問題をきたすので大騒ぎになることがある。このネジは重要なのか重要ではないのか。
この工場では、ネジも他のより高価な部品と同様に、仕入時に検品・検収したものをコンピュータへ登録し、所定の棚に格納する。そして、生産計画表からブレイクダウンされた部品展開表に従って、他のより高価な部品と同様に適時にピックアップし、組立の現場へ払い出す。また、仕入検品時や棚卸時に個数は数えないが、重量を計って個数を計算し、購入量と払出量から推定した在庫量と比較される。要するに生産管理上、他のより高価な部品と変わらない扱いなのだ。
そこへ、例えば、若い会計士が来て「ネジは重要性ありませんね。資産計上する必要はないですね。」と言ったとする。「重要性の原則が適用できますよ。それにその方が保守主義にも合ってます。」などと言い添えるかもしれない。
もし、重要性の原則を適用し、このネジを資産計上対象から外すと、コンピュータ処理上、それ用のプログラムを開発しなければならない。即ち、消耗品かどうかを識別するフラグを設け、マスター登録する必要が出てくる。生産管理の帳票では他の部品と同様に扱われるが、会計上のみ別に集計される。でなければ、手作業でそれをやるか。だが、そもそも重要性がないもののために、プログラム開発したり、手作業でコストを掛けるのか?
そういうネジのようなものが総額で10億円あれば、10億円資産が減って費用が増加するから億単位で節税になりますみたいな説明もあるかもしれない。(節税できるのは最初の一年分だけだが。)
以上は、全くの空想話だが、なんか、おかしな話だ。生産現場の感覚と会計処理が違ってよいのだろうか。経営者としても、ネジ一本までの厳格な品質管理を現場に求めているとすれば、違和感を感じるだろう。
また、次のようなケースもあるかもしれない。
2期連続大赤字を出して、監査人と継続企業の前提に重要な疑義・不確実性があるかないかを議論した時だ。とりあえず、当期末の時点では重要な不確実性はないという結論になったが、当座貸越契約の未実行残高の注記の集計について、突然監査人から注文がついた。少々集計作業が面倒になりそうだ。だが、そもそもこれは、金融商品会計基準実務指針の311-2で「将来の借入余力を示すキャッシュ・フロー情報として有用であるところから、・・・注記するのが望ましい。」とされている任意開示項目を、自発的に開示したものだ。あまり集計作業に手間を掛けたくない。
もう少し詳しく書くと、監査人は「当座貸越契約には会社の申込で自動的に借入できるものと、銀行側で審査を経ないと借りられないものがあるから、調べて自動的に借入できるものだけを注記の対象にしてください。」と言った。そこで、なぜ集計内容を変えるのか理由を尋ねたところ、「重要性が増したのです。」と言われた。ピンとくるものがなかったので、「任意開示項目だから開示を省略します。」と言ってみたが、ダメと言われてしまった。何の重要性だ?
社長にこの経緯を報告したところ、「それは本当か。あれはすべて自由に借りられるのではなかったのか。すべて確認して金額を正確に押さえなさい。」と言われた。そうか、やはり重要なのか。
これも空想話で、あまり厳しい資金繰りを経験していないCFOを主役に、もともと注記金額の集計内容が注記の趣旨に相応しくないことに気が付いていたが、重要性が低いと見直しを見送っていた監査人、そして金融機関の厳しさを理解している経験豊かな社長を想定した。
ポイントは、任意開示項目となっているので、会計基準上も重要性が低いと扱われている当座貸越契約の未実行残高の注記が、なぜ、監査人と社長によって重要と認識されたかだ。殆どの方が、「2期連続大赤字を出した」点に着目されたと思う。当期末時点では重要な不確実性はないとの結論に至ったことから、資金繰りが急に困る状況ではないが、今後の業績によっては金融機関の融資姿勢が変わることは十分想定される。そういう時の金融機関は本当に厳しい。そのときこそ、借入余力が重要になる。そうなると、もはや今の時点では、任意開示項目ではないし、正確に押さえる必要性のある数字となった、というストーリーになっている。
さて、この2つの空想話の共通点は、重要性を会計処理や開示の基準からではなく、経営面から光を当てたことだ。僕はこのような話に仕立てたが、みなさんの感想はどうだろうか。やはり節税できる方が良いと考え、そして、会計基準が任意開示項目の扱いだから開示を省略してよいと考えるだろうか。
日本の会計基準は、数値基準で重要性を判定させる項目が結構ある。もしそれが強制規程であれば、それに従わざるえない(或いは、準拠か説明かの「説明」を選択する余地もあるかもしれない)。しかし、重要性を企業の判断に委ねている項目も多いし、会計基準に定めのないレベルの処理に関しても、簡便的な方法が採用されていることがある。その重要性の判断は、「財務諸表の読者、企業の利害関係者にとって重要かどうか」によることが建前だが、現実にはすべての読者、利害関係者の関心など多様過ぎて分からない。細かく考えていくとすべてが「重要」になりかねない。それをどんな考え方で整理し、判断すればよいだろうか。
様々な利害関係者がいるといっても、やはり財務情報の提供先として意識するのは、会社全体に関心を寄せる人々だ。この借入金さえ返してくれればいいとか、労働債権にしか興味がないとか、会社の一部分しか見ない人達との利害調整が必要であれば、別に考えた方が良い。(できれば、そういう人達とは付き合わない方が無難だ。Win-Winの関係になりづらい。) 会社全体に関心を持ってもらえる人々が相手であれば、経営面から重要性を考えれば、おおよそ問題ないはずだ。
僕の経験では「経営にとって重要かどうか」で判断しているケースが実際に多いと思う。ただ漠然と「これは重要性が高い(或いは、低い)ですね。」「そうですね。」と言う会話が、会社と監査人でやり取りされていても、その根底には、「そこに注目すると改善につながる(或いは、つながらない)」という経営上の価値判断があるように思う。しかし、漠然とした会話で留まって掘下げられないと、経営上の気付きのチャンスでありながら、それを逃してしまうことになる。
本来であれば、何について簡便的な会計処理や開示を採用していて、何を正規の方法でやっているかは、見直す機会を設けた方が良い。そんなことをやっている時間もないし、コストもかけられないと言われるかもしれないが、事業環境は常に変わっているのだから、従来の方法を継続していれば問題ないと考えるのは危険だ。むしろ、どこかに扱いを変えられるものはないか、ぐらいの姿勢が良い。そこにリスク管理の観点から光を当ててみると、事業内容や会計基準の理解をより深めるきっかけにすることができる。
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