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2012年9月11日 (火曜日)

脱線6~事業性の見積り

2012/09/11

この夏に政府が主催したエネルギーに関する国民的議論は実に興味深い結果となった。各地で行われた意見聴取会、ホームページで募集したパブリックコメント、討論を繰返すことによる意見の変化を知る討論型世論調査の3つの手法などにより、政府が国民の意識を調査した。その結果、政府が用意した3つのシナリオのうち、いわゆる0シナリオ(2030年までに原発依存0にする)の支持が多かったようだ(但し、新聞社やテレビ局の世論調査では15シナリオも多い)。

 

その中で特に注意を惹いたのは、討論型世論調査によるもので、ステップが進むごとに0シナリオを最も支持した人の割合が増えている(電話調査→討論前の調査→討論後の調査;34%42%47%)。その理由だが、意外なことに政府のホームページに掲げられている資料ではドンピシャな記述がない。なんのための討論型世論調査か! と思ったのだが、資料を読んでわかったのは、例のオックスフォードレポートで批判されていた統計的手法による調査だったのだ。要するに最初から決められた質問に対して選択肢を選ぶだけというやつだ。そして、意見を変えた理由を聞く質問も用意されていない。自由に意見を書くスペースもあった気配がない。

 

政府のホームページ(国家戦略室)の僕が読んだ資料

http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20120822/sanko_shiryo3.pdf

(概略だけ知りたい方は、もっと簡単な資料が用意されています。)

 

ただ、0シナリオを選択した人は、安全・安定供給・地球温暖化・コストの中で安全を最も重視し、核放射性廃棄物の最終処分の問題に関心の高いという分析が示されていた。国民が最終処分問題の先送りに「No.」を突きつけたということかもしれない。

 

「解決の難しい問題を将来に先送りする」というのは、一つの知恵かもしれない。だが、どうも良い結果を得られることが少ないような気がする。尖閣諸島などの領土問題でも使われていたようだが、何故「先送りしよう。」という周恩来氏の申し出に、当時の日本の政治家(田中角栄氏?)が「いや、それははっきりしています。日本の領土です。」反論しなかったのか。40年後の今、この対応を正当化できる説得力のある説明ができる人はいるだろうか。当時は日中国交正常化の方が重要と考えたのだろうが、今や日本は、強大な中国の力にびくびくしながら対応している。問題解決を先延ばしにしたのは、明らかに中国の戦略勝ちではないか。

 

どうやら、「解決の難しい問題を将来に先送りする」という知恵は、「問題を放置する」ということではなさそうだ。「問題を有利に運ぶ努力をするための時間を稼ぐ」という戦略なのだ。だからこそ、「知恵」となるのだろう。戦略にはPlan Do Check Actionのサイクルが必要だ。日本にはそれがなく、中国にはそれがあったということか。中国は改革開放で経済力、軍事力、国際政治力もつけたが、日本は運を天に任せて楽観的に問題を放置した。これは、核廃棄物の最終処分問題も似ている。

 

核燃料サイクルの技術開発も、最終処分の技術的問題や処分場の選定問題も、尖閣諸島が問題になった頃から将来に先送りされ続けてきた。事業計画があって、それが大きく立ち遅れているにもかかわらず、将来に楽観的な期待を持ち続け、根本問題を解決してこなかった。そして、東日本大震災をきっかけに、予測された危機が顕在化しようとしているというわけだ。きっと、仕組みはあってもリスク管理意識の高い人が少なかったのか。少しも保守主義ではない。自民党は本当に保守政党だったのか?(僕は民主党の支持者ではありません。)

 

さて、そういうわけで原子力発電事業は明らかに環境変化があるが、どの段階で減損の兆候と考えるか、慎重な判断がこの先どこかの時点で行われるに違いない。減損の兆候に当たるとされれば、将来キャッシュフローで簿価が回収できるか否かのテストが行われる。そのために、耐用年数到来後も原子炉を使い続けられるか、とか、定期点検後に速やかに再起動できて一定の稼働率を確保できるか、追加の安全対策に係るコストはどれぐらいか、核廃棄物の最終処分や原子炉廃止コストは従来の見積りで良いかなど、色々な前提条件を整備していく必要がある。そうなってしまうのはやむを得ないが、事は減損すれば済む問題ではない。

 

問題の本質は、リスク管理、保守主義、重要性だ。こういう事業としての致命的な状況に至る前に、変化を察知し、それが重要かどうかを判断し、重要な問題を徹底的にリスク管理してこなければいけなかった。そこの反省がないと、減損会計だけやっても前進がない。そこを改善しないと、廃炉や最終処分の問題も解決に至らないのではないだろうか。(その先の発送電分離問題も。)

 

というわけで、減損会計は、減損に至る前のPlan Do Check Actionのサイクルが重要であり、減損する時には、撤退するのか、転用するのか、ほそぼそと事業継続するのか、その先のプランまで考えてあるというのがあるべき姿だ。

 

 

という長~い前置きのあと、いよいよ、脱線シリーズ最後の会計上の見積りだ。会計上の見積りは、会計の税務離れを決定的なものとなるきっかけとなった。なぜなら、恣意性が入り過ぎるとか、手元資金が増える前に見積りによる利益に課税すると金利負担など余分な企業負担が発生するなどとして、税法が追随してこなかったためだ。

 

僕は“事業性の見積り”と何度か記載してきたが、そんな分類見たことないといわれる方が多いと思う。実は僕も見たことがない。そこで、僕が想定している主なものを下記に記載する。上述の会計上の見積りに対する批判に関しては、前者については後述するが、後者の批判については、下記の見積り項目は利益を増やさないから該当しないと、特に説明なしにご理解いただけると思う。

 

=事業性の見積り=

  • 市場性のない有価証券の減損処理額
               典型的なものは、子会社や関連会社株式の減損処理額の見積りだ。子会社や関連会社の
    事業計画の評価が重要になる。

 

  • 棚卸資産の減損処理額
                    販売価額が下落するなど、販売利益が見込めなくなったものが減損される。販売利益が見込めるかどうかの見積りは、棚卸資産の滞留状況、販売価格の推移など、
    事業計画作成の基礎データと関連する。

 

  • 繰延税金資産の計上額
               将来の課税所得を見積り、将来税金支出が見込まれる範囲で繰延税金資産を計上する。将来課税所得の見積りは、
    事業計画に基づく。

 

  • 固定資産の減損処理額
               収益やキャッシュフローの生成単位ごとに、将来キャッシュフローで簿価を回収できない部分が減損される。将来キャッシュフローは基本的には
    事業計画に基づいたり、関連した見積りとなる。

 

  • M&Aなどの取得資産・負債(負ののれんとなる場合を除く)
                    会計基準としては、個別の資産・負債の時価の見積りが取得価額となるが、取得企業の投資の意思決定のベースになるのは、被取得企業や事業の将来キャッシュフローの見積りだ。その基礎になるのは、やはり
    事業計画だ(基本的には買収される会社のものだが、シナジー効果を強調する場合は買収する側のものも)。

 

一応、「事業計画」のところを太字にしたが、事業計画に関連するものが事業性の見積りというわけではない。企業が社会に提供し、社会からキャッシュフローを得ようとする活動に直接関連する見積り項目をリストアップしたつもりだ。そこでは、企業が将来の不確実性に積極的にチャレンジし、解決策を見出し、だからこそ社会に存在意義を知らしめることができ、企業やその経営者が尊敬を集める。成功など約束されていない、不確実性の大きな分野に関連する。

 

しかし、上記を見ると“減損”の文字が目につく。その文字のない繰延税金資産も、計上する時より取崩す時に大きな話題になるから、ネガティブな項目ばかりと思われるかもしれない。成功すれば賞賛を集めるが、失敗すれば“減損”では、“事業性の見積り”のイメージは暗い。

 

だが、不確実性の高い困難なチャレンジをしているのだから、失敗があるのは当然だ。問題は、それが致命的にならないことと、それをその後の糧にできることであり、それがリスク管理であることはすでに9/3の脱線3の記事等でも触れている。そして、事業を成功させるのが社会から尊敬される、プラスの評価を受けるというのは、それが社会と行う緩い約束を果たすことになるからで、その緩い約束が果たせないのであれば、理由をしっかり説明することで、社会からの信用を維持できる。この理由づけもリスク管理が提供する。この辺りのことも、9/1の脱線1の記事で触れている。

 

会計上の見積りといっても、事業を行っている現場と独立して経理部だけで作成したものでは意味がない。投資額の回収に失敗しそうなときにのみ表面にあらわれるのでイメージが悪いが、その会計処理の前、リスク管理の精度を上げる保守主義や重要性の判断を含めたリスク管理の予測と実績のギャップ分析とその対応こそに、減損会計などの事業上の見積りの本質がある。

 

もしかしたら、「減損は監査人から指摘されるまで上げないもの」という不文律をお持ちの企業はないだろうか。さすがにこれでは内部統制監査で重要な不備の指摘を受けてしまうが、「減損は経理部が言い出すもの」という暗黙のルールでもよい。要するに事業責任者が減損に対して受け身の意識しかない状況だ。

 

くどくて申し訳ないが、事業は、社会に貢献することで投資額以上のキャッシュフローを獲得し、正味のキャッシュフローを産み出すために行われる。それが、現状の延長線上では達成できない見通しとなった時に減損の問題が出てくるから、事業責任者にとっては本来は本質的な問題だ。それを受け身でいては、リスク管理(仕組みも重要だが、むしろ保守主義や重要性の判断を含めたリスク管理“意識”)に問題があるのかもしれない、ということになると僕は思う。(ちなみに、損益管理、P/L項目ばかりで日常管理、予算管理をしていると、キャッシュフローで投資額を回収するという感覚は育ちにくい。)

 

見積りは恣意性が入りやすいというが、もともと不確実な事業を相手にしているものだから、いつも予測と実績が一致するわけではない。恣意性云々は、受け身の事業責任者がとって付けたような説明をするからで、決算のためでなく、日常的に行われているリスク管理から導き出されたものであれば、説得力が出てくるものだと思う。

 

しかも日本の減損会計基準では、2期連続赤字という“時間稼ぎ”も用意されている。事業の種類によっては、或いは、新規事業の場合は、もっと余裕が設定される場合もあるだろう。リスク管理しながら試行錯誤を繰り返して結論を導く時間はある。もし、その間に問題が放置されていれば(解決できなければ)、撤退するのか、転用するのか、細々続けるなど、その後のプランに応じた減損はやむをえまい。

 

そう考えると、普通であれば、事業上の見積りに恣意性が入る余地は意外とない。それでも恣意性が入るとすれば、そもそものリスク管理に問題があるか、事実を捻じ曲げようとする意図がある場合が多いのだろうと思う。ただ、意図的にやってしまうと、日常のリスク管理と密接なだけに、経営に与える悪影響が大きい。せっかく育てたリスク管理意識を破壊してしまう可能性もある。確かに、監査人や財務諸表の読み手は注意が必要かもしれない。

 

というわけで、脱線しまくった脱線シリーズはこれでお終い。

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