【製造業】トライアングル体制のころの取得原価主義
2012/09/25
先週末の深夜に放送された、NHKBS1スペシャル「1972年“北京の五日間”こうして中国は日本と握手した」は、少々視聴しにくい時間帯だったので、ご覧になった方は意外と少ないかもしれない。しかし、非常に見ごたえのある番組だった。
番組は、日中国交正常化宣言に至る外交交渉の舞台裏を辿ることで、日本側の田中角栄首相、大平正芳外相と、中国側の毛沢東主席、周恩来首相などの両国指導者たちが、意味は違えどお互いに日清戦争から第二次世界大戦という重い負債を背負いながら、なぜ「小異を残して大同につく」ことができたかを浮き上がらせた。当時中国を取巻く絶望的な国際情勢が日中国交正常化を後押ししたといっても、文化大革命の失敗、江青女史ら4人組の存在、そして旧日本軍に強烈な恨みを持つ国民感情など、中国側指導者が乗り越えなければならない壁は非常に高かった。
だが、僕は中国側だけでなく、田中角栄氏、大平正芳氏ら日本側にも、あの第二次世界大戦を繰返してはならない、そのために両国の戦争状態を早く終結させ、友好関係を発展させていかなければならない、それが日本の平和と繁栄の基礎になるんだという強い意志を感じた。日本側にも同様に壁があったのだ。
双方が壁を乗り越えられて良かった。だが、問題はそのあとだ。両国とも当時の指導者の意思を引継げていない。(この番組があと15年早く放送されていたら、政治家も国民も違う対応ができたかもしれない。)
9/11の記事では、当時の政治家が尖閣諸島問題を先送りしたことについて軽く扱ってしまったことを、今は後悔している。しかし、先送りが智恵となるには、その問題を解決するための戦略がなければならない、先送りするだけなら放置になってしまい問題を悪化させるだけ、という趣旨については、撤回するどころか、さらに強調したいぐらいだ。
例によって前置きが長くて申し訳ないが、漸く本題に入ることにする。今回は、取得原価主義について、理論的な検討というよりは、僕の経験を記載したい。そうすれば、取得原価主義に戻れとか、トライアングル体制を復活させよ、などと唱える人達に、僕がそれに賛成できない理由を理解していただけると思う(読まれないか?)。即ち、取得原価主義が問題先送りに繋がってしまい、結局誰のためにもならないことを示したい(失敗を隠したい人以外)。
僕のスタッフ時代(1990年代前半)、僕の所属していた監査法人では、分厚い「言訳の調書」が毎期繰越されていく会社(被監査会社)が時々あった。もちろん、スタッフの僕が監査法人の全関与先の調書を閲覧するわけはない。自分が関わったほんの一部を見ていたに過ぎない。しかし、ほんの一部なのにそういう監査調書にいくつか出会っていた。その「言訳の調書」とは、実態論からいえば、資産性がないとか簿価が高過ぎるのだが、当時の(緩い?)会計基準に照らすと「絶対に損失計上せよ」とはいえない、会社も嫌だと言って損失計上しない、大雑把に言えばそんな内容のものだった。それがスッと消えていったのが、金融商品会計や減損会計などでトライアングル体制が崩壊した会計ビックバン(2000年以降)の頃からだ。
今もそうかもしれないが、当時僕のいた監査法人のスタッフの多くは、時間的にも精神的にも余裕もない毎日を過ごしていた。それに、そういう調書があることを教えられもしなかったから、見ない人が多かったと思う。しかし僕は、そういう調書があることに気付いてしまい、面白がって勝手に読んでいた。読み始めると止まらない。1時間、2時間と貴重な時間を費やしてしまうから、増々自分の首を絞めた。今では情報管理の観点から考えられないが、当時は会社の資料や監査調書を家に持ち帰って、睡眠時間を削って補った。
当時の上司たちの中には、スタッフごときにその監査業務の恥部を見られるのは嫌だと、いい顔をしない人もいたようだ(間接的に耳に入ってきた)が、面と向かって怒る人はいなかった。だから、できる限りそういう調書を読むようにしていた。(今なら、もし今でもそういうものがあるなら、監査チームのキックオフミーティングなどで、上司や先輩から詳しく説明され、監査でどう検証するかディスカッションするはずだ。)
経験年数が上がり、主査(現場管理者)になっていく過程では、そういう調書を読む機会を与えられる。だが、その時点では、主査とパートナー、会社の方などの会話や態度が横目に入ってくるから、何かあるなと気付いていることが多く、それなりに心の準備もできる。が、いよいよ、それと正式に対面すると、みんなそれなりにショックを受けたのではないだろうか。
全部の会社にあるわけではないし、会社の屋台骨を揺るがすようなものは滅多にない。しかし、中には酷いものもあった。実際、僕はそれで主査になるのを拒んだことがある。
僕は、その会社の監査チームの主要メンバーではなく、人数の足りない時のお助けマンだったが、会社の女子社員との飲み会には欠かさず参加していた。しかし、それが主要メンバーであるとの誤解を招いたようで、あいつを次期主査にという話になったようだ。
しかし、そんなお助けマンでも、時々、ただならぬ雰囲気を感じたし、監査チームの上の方からコソコソ漏れてくる話も耳をダンボにして聴いていた。時にはこっそり独自取材もした。そして、その異常さに恐れおののいていた僕は、その「言訳の調書」を読むこともなく、主査の話を断った。詳しいやり取りは忘れたが、「こういう経験をして会計士は成長するんだ」みたいなことも言われた気がする。
でも、感覚がおかしくなりそうだった。これを資産と呼ぶなら、なんでも資産じゃないか。そんな資産だらけじゃないか。巨額だし。確かに条文上は損失を免れる解釈が可能なのかもしれないが、それで納得していては監査人としての感性、直感が狂う。この仕事を続けられなくなるのではないか、そんな気がした。
この会社は非上場会社だったし、実質的な親会社がいたので、その後、増資等の援助を受けて立ち直っていったようだ。もし、その話を受けていれば、そういうプロセスに主査として立会えて、確かに良い経験になったのかもしれない。だが実際は、主査の話を断って程なく、その監査チームを首になっていたので詳細は知らない(飲み会には相変わらず出ていたかもしれない)。しかし、緩い?会計基準の下で、親会社の方は、その後の会計制度改革が始まるころまで損失を出していなかったのではないだろうか。
首になる前のことだが、なぜ会社は損失計上しないんでしょうねと聞くと、まあ、いろいろ話が複雑で僕には良く分からなかったが、とどのつまりは、親会社から来ている経営幹部に汚点をつけないため、みたいな話だったように思う。でもそうしている間にどんどん資産は劣化していったようだ。なぜなら、「言訳の調書」が増えてきていたから。中は読まないが、調書を出したり片付けたりはスタッフの役目だから目に入ってくる。
さて、もう1社例を挙げよう。上の会社は助かったのでまだよかったが、こちらの会社は、会計ビックバンから暫くして、事実上経営破綻した。僕は、この会社でもお助けマンで、しかも、2度目のお助け時に大失敗をやらかして、監査チーム、特に当時の主査に非常に大きな迷惑をかけてしまった。仕事の手順が悪く、大量の仕事をやり残したのだ。それだけでなく、手順同様、頭も悪かった。
そういう事情があったので、この会社の「言訳の調書」を大きな顔して読むわけにはいかなかったが、やはり、漏れ伝わってくる話は聞いていたし、時折、監査部屋や飲んだ席での異常な緊張感を感じていた。この会社の場合は、パートナーと主査の関係、特に会話の態度が異常だった。とにかく部下である主査が、上司のパートナーをドツキまくっている(会話で)。なぜドツイているのかは分からない。徹底して僕のようなお助けスタッフに内容を知らせないように気を付けていたのだろう。しかし、パートナーは血まみれ、ノックダウン寸前で、タオルを投げ入れて欲しい様子だが、立場上退くわけにもいかない。完全にサンドバック状態で、ノーガードで撃たれまくって、主査の気が静まるのをひたすら待つ戦略のようだった。「◯○(主査の名前)~、頼むからもう勘弁してくれ~。」とパートナーが言うのだが、逆にそれが火に油を注いでしまうようで、主査は納まらない。「そんなこと言ってるから、アンタはダメなんだ。」 普通は逆でしょ?
他で仕入れた話も総合すると、この会社は次のような状況だったのではないかと思う。
この会社は、多数のグループ企業を持つ会社で、買収した会社も多かったし、多角化もしていた。買収や新規事業が成功する場合もあったが、むしろ、失敗が多かった。特に土地は必ず値上がりするという土地神話が生きていたころ、いや、神話が死んでからも、土地目当てで会社を買ってしまうようなこともあったようだ。会社として買収した方が土地だけ切り出して買うより安い、そんなこともあった時代だ。どこかの会社で損失が出ると、含み益のある会社を時価評価しなおして合併して合併差益を出して、その損失と相殺するみたいなことが行われていた。その際、繰越欠損金を存続会社に残すようにして税務上のメリットもとる、という話だった。
逆に、土地に含み損が出ているような状態、株式に含み損が出ているような状態があっても、損失計上には消極的だった。連結財務諸表上も、複雑な持分関係が構築されていて、かなり多くのグループ会社は連結子会社ではなく持分法適用会社だった(実態は子会社だ)。したがって、事業の損失も合併差益も持分法投資損益一本で計上される。そうしていくうち、取得原価主義の下で含み益は枯渇し、含み損ばかりが残っていったのだろう。そうなると経営の手は縛られていく。タイムリーに有効な手が打てない(打とうとすると含み損に触れてしまい、つるべ式に損失が表に出てしまう)。そしてついに・・・。
これら(2社)の事例は、すべてトライアングル体制時代に容認されていた会計処理、取得原価主義の結果だ。特に、含み益を実現させる(益金計上する)チャンスはあるが、含み損は実現させてもらえない(損金にできない)税務規程が実質的な会計基準として機能しており、これが厄介だった。税務規程は、基本的に保守的ではない。
上記の例に見るように、含み損や含み益を実現させるタイミングは、経営者の裁量に依っていた。例えば、外部に売却すれば実現できるし、含み益は経営者が何かアクションを起こすことで、実質的に保有したまま実現できる場合がある。そういうこと利用して、上手に損失と利益をタイミングよく出せる方法を立案・提案できる経理マンが良い経理マンと呼ばれることもあった。非常に恣意的だ。だから、いま、会計上の見積りを経営者の裁量が介入すると批判する人は、それはその通りだが、この当時よりはマシと考えるべきだと僕は思う。遙かにマシだ。そして、「ゴーイング・コンサーン経営」が、このような「含み損は発生時に損失計上するのではなく、経営者の裁量に任せて長期的に解決できる余地を残す」という意味ではないことを切に望む。
というのは、含み損のまま先送りにしているうちに、2番目の会社のように手遅れになる可能性があるからだ。2000年の直前に経営破綻した旧長期信用銀行2行、北海道拓殖銀行、山一證券、日本リース。僕が強烈な印象を持っているこれらの会社はみな金融機関だが、完全に手遅れとなってしまった。その他の業種でも、助けてくれ~と手が上がったので行ってみたら、不良資産だらけでどうにもならなかったという例はたくさんある。というか、2000年以前、会計ビックバン以前の企業倒産は、多かれ少なかれ、皆そうだ。含み損、不良資産を経営が放置していた。そういう意味では、オリンパスがギリギリ手遅れにならなかったのは、幸運だった。でも、1990年代初頭の営業特金廃止の時に損失処理していれば、損失額は数分の一だったはずだ。
損失計上すれば、経営は動かざるを得ない。いや、通常は損失の可能性を察知した段階で動き出す。損失の責任者にも相応の処分がなされるが、額が膨らみ問題が大きくなるほど、再起不能となる。早く動けば選択肢は色々あるはずだ。だが、経営者の裁量に任せて含み損を許容すると、ずるずる問題解決が先延ばしされる。それで得をするのは、先送りして損失を隠し、その間に引退した経営者と、たまたま表ざたになる前に株を売ることができた投資家ぐらいのものだ(インサイダー?)。そして破綻して明るみに出る。
そうなれば、その他の色々な関係者が損失を被るが、従業員は悲惨だ。生活の収入基盤を奪われる。転職しても元職の看板がついてくる。今は年金資産を外部拠出したり、年金債務もかなり積んでいるが、その当時は自己都合要支給額の40%という税法基準が生きていた。労働債権が優先されるのはいまも昔も変わらないと思うが、財務的な引当が不足しているなら、十分な退職金が得られないなど、何らかの不利な影響は被っていたのではないかと思う。
さて、長くなって申し訳ないが、もうひと盛り上がりさせていただきたい。
企業会計審議会でのIFRS否定派の発言、オックスフォード・レポートなどに出てくる「トライアングル体制の復活」、或いは「トライアングル体制の存続」の主張が、時々、この時代への回帰を志向したり、この時代への郷愁を覚えてなされているように感じられる。例えば、オックスフォード・レポートでいえば、会計上の見積りを批判した箇所、商法から会社法へ変わって会社法が会計処理を規定しなくなったことを批判した箇所などが正にそうだ。これらの批判通りに会計上の見積りを止め、会社法が会計規程を復活するようになれば、単体の財務諸表本体は、ほぼ1990年代へ逆戻りする。その単体財務諸表を前提にした連結財務諸表も、連結の実質支配力基準など一部の項目を除き、同様だろう。
多分、IFRS否定派は、細かく分けると次のような考えの方々の連合だと思う。そして、AやBの方は、時と場合によって、都合よくCの主張を自らの主張に滑り込ませている。そうすると実際はC派なのかと疑ってしまう。
- 日本基準堅持派(IFRSやUS-GAAPと影響しあいながら独自の進化)
- 現状の日本基準で十分派(EUの同等性評価をパスしたレベル)
- 会計ビックバン以前に戻れ派
- IFRS導入を拒ばむためなら、どれでもよい派(開示コスト節約派?)
例えば、オックスフォード・レポートは、要約を見る限り当面はIFRSの任意適用で、Aのスタンスが良いと主張していると思うが、上述のように個別の検討項目にCの主張をすべり込ませている。上記以外に情報開示スピードが速すぎるとか、マネジメント・アプローチは企業秘密だから開示しないという企業関係者のコメントを肯定的に扱っているスタンスにも、その臭いを感じる。含み損の処理は経営者の裁量、経営者のペースでよいではないかと、言外に言っていると考えられなくもない。
そのため、オックスフォード・レポートは、企業開示制度をどうしたいのか将来像が見え難くい。作成者はそれを示す意図はないというかもしれないが、僕は、その概略でもイメージできないままでは、賛意を示すことができない。僕以外でも、Cが含まれるのであれば賛成できないと考える人が多いと思う。「含み損」と呼んで損失先送りが容認されていたこの時代に戻ることには、嫌悪感さえ感じる。
昔会計士をしていた鈴木智英氏や、取得原価主義への回帰を主張したり、シンパシーを感じている会計学者が、どれぐらいこういうことを知っているか分からないが、Cの主張は会計の役割(社会的な役割、経営における役割・機能)を自ら否定するのに等しいと僕は思っている。当時、そういう恥部について被監査会社の方と議論すると、「本当は直したい。でも上が・・・、現場が・・・。」という話になることが多かった。もし、損失計上すると経営として問題解決へ対応を図らざるを得ず、それを避けて先送りしていたわけだ。会計制度を戻せばまたそうなるに違いない。だが、問題解決への戦略なき先送り(=放置)は、結局、会社のためにならない。誰のためにもならない。歴史に学ぶべきだ。
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