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2012年9月28日 (金曜日)

【製造業】放置志向でない取得原価主義

2012/09/28

前回は、トライアングル体制時代の取得原価主義が、長期志向というより放置志向だという話を書いたつもりだ。放置すれば問題はより大きな問題へ変容していくし、その結果会社が破綻することもある。したがって、その時代の取得原価主義に戻れ、という主張には賛成できない。では、どういう取得原価主義なら賛成できるのか。

 

その前に、そもそも取得原価主義が何かについておさらいをし、そして、日本の会計基準の変遷もざっと振り返ろう。まずは取得原価主義についてWikipediaから引用すると、次のように定義されている。

 

取得原価主義(しゅとくげんかしゅぎ、acquisition cost basis, historical cost convention)とは、資産の評価基準として、資産を取得した原価を基準として採用する会計手法である。

 

資産は、購入に要した支出額で帳簿に記帳される。資産を使用すればその状況に応じて費用化される。例えば、棚卸資産であれば払出数量に応じて、固定資産であれば減価償却によって費用化される。このため、資産の評価額が取得価額を上回ることがないというのが取得原価主義の特徴だ。即ち、評価益が計上されることはない。

 

もう一つ大きな特徴がある。それは、具体的に発生した取引を記録することだ。具体的に発生した取引だから、それは過去の取引だ。過去の取引記録が累積・集計されて、貸借対照表や損益計算書になっていく。例外は減価償却で、これは、具体的な取引はないが、固定資産等が一定のパターンで減価すると仮定して、各会計年度に毎期規則的に費用配分する。

 

「取得原価主義は、評価益は計上されないし減価償却も行うので、保守的な会計だ」と思われるかもしれないが、前回も記載した通り、評価損が計上されにくいので含み損が発生し、温存される。したがって、決して保守的な会計手法ではない。例外的に低価法が有価証券や棚卸資産に認められていたり、著しく価値が下落した場合に評価損が必要とされていたが、トライアングル体制が生きていた会計ビックバン以前は、低価法は会計方針による選択適用が認められていたに過ぎず、採用していない企業が多かったし、著しく価値が下落した場合の評価損も、何を持って著しい価値の下落とするかが明確でなかったために、評価損を計上せずに含み損を維持することが可能だった。「取得原価主義なんだから、原価のままでいい」というのが大原則だったわけだ。税法で認められない損を出しても意味がない、なんて言い方をされることもあった。だが、これでは経済実態を見る目が甘くなる。これが「甘い会計基準」の本質だ。

 

これに対して、会計ビックバンによって、金融商品会計が導入されると、金融商品について時価のあるものは評価益も計上されるようになったが、評価損も計上されるようになった。時価のないものについても、著しく価値が下落した場合が明確になり、やはり評価損が計上されやすくなった。また減損会計では、固定資産の価値の下落、即ち、「収益性の低下により価値が下落した場合」が明確になったため、やはり減損損失という一種の評価損が計上されるようになった。

 

みなさんの中には、金融商品会計基準が、時価のあるものについて評価益の計上をやめれば一番保守的になると思われる方がいるかもしれない。しかし、現実には損失ばかり計上していたら、逆にバランスを欠き、企業の財務成績を適切に表さなくなる。だから、税効果会計も合わせて導入され、一定の場合には、損失を相殺する効果のある繰延税金資産の計上が認められるようになった。実際に、税効果会計が導入されたことで胸をなでおろした企業も多かったのではないだろうか。例えば、金融機関はバブル時代の不良債権に対して多額の貸倒引当金を積み増すことが多かったから、税効果会計には助けられたに違いない。メーカーだって同じだ。全体として利益を出せる能力があるのに、一部の事業が不調なために多額の減損の計上を強いられて、もし、税効果会計が導入されてなければ一挙に赤字になるような会社も多かったと思う。

 

ということで、トライアングル体制の頃より、ビックバン以降の方が保守的な会計になっていることがご理解いただけたと思う。だが、もう一つ重要な変化を挙げておきたい。ここで大きなパラダイムシフトが起こっていた。取得原価主義なのに、具体的な取引事実のない「資産価値の下落」を、また、過去ではなく「将来」を見込んで見積り、記帳することになったことだ。即ち、上述した2つ目の特徴が失われた。

 

トライアングル体制の頃は、すでに発生した取引を記帳し、集積していけば財務諸表ができた。ビックバン以降は、それに加えて、現金以外の各資産について、評価損を計上する余地がないか、即ち、含み損が発生していないか、金融商品会計基準や減損会計基準などを使って棚卸をするようになったわけだ。そしてその評価損を計上するために行われる会計上の見積りとは、現時点で判明している将来のリスクを決算に織り込むという作業に他ならない。それが将来キャッシュフローの見積りだ。

 

 

さあ、ここで冒頭の問いに戻ろう。放置志向でない取得原価主義とはどういうものか。

 

それはやはり、将来のリスクを見せる機能を会計が持つことだ。そういう取得原価主義があるなら賛成できる。会計は、企業の実態を経営者に見せるものだから、取得原価主義であっても将来のリスクを経営者に見せられるものでなければならない。そうして経営上のアクションに結び付けなければならない。それなら放置を避けられる。経営者に見せようとすると、それは将来のことだから、やはり見積らねばならない。すると取得原価主義であっても「見積もり」はもはや避けられないというのが、僕の意見だ。

 

なんとそうするとIFRSになってしまう。上述のとおり、現行の日本基準もそうなっているが、経営と融合させやすいのは原則主義で骨太のIFRSの方だと思っている。だが、オックスフォード・レポートでは、IFRSは公正価値会計で、見積りが恣意的になるので、保守的でないと批判されていた。IFRSが公正価値会計という批判は、「公正価値会計の部分もある」ということに過ぎないのは、上記の、会計基準の国際的調和やコンバージェンスという旗の下に行われた日本の会計ビックバンの状況を見ても分かっていただけると思う。細かく見ると「時価」は色々なところに出てくるが、引いて全体を見てみると、上記のとおり保守的だし、取得原価主義がベースだ。そして、見積りが恣意的になるという批判については、次回に検討してみたい。僕はこれが「長期志向の経営」に関係してくると思っている。

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