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2012年9月18日 (火曜日)

【製造業】マーフィーの法則と保守主義

2012/09/18

みなさんはマーフィーの法則というのをご存じだろうか。聞いたことがある人は多いのではないだろうか。Wikipediaによれば日本でも1990年代にブームになったそうだ。将来が不確実なので、安易な期待は裏切られることが、ユーモラスに表現されている。基本形があって、それに様々な応用形の“法則”が創作され、付け加えられている。

 

(基本形)

失敗する可能性のあるものは、失敗する。

 

(発展形)

1. 見かけほど簡単なものはない。

2. 何事も、思っているより時間がかかる。

3. 失敗する可能性がいくつかあるとき、最悪なダメージをもたらすひとつが、うまくいかない。

4. 4つの問題点を見つけて対処すると、すぐに5番目の問題が発生する。

5. 悪い状況は、放置しておくと、なお悪くなる。

6. 何かしようとすると、先にやらなければならない何かが現れる。

7. すべての解決は、新たな問題を産む。

8. 誰でも使えるものは作れない。なぜなら、バカは思いもよらない使い方をするからだ。

9. 母なる大地は性悪女だ。

 

なお、上記は下記HPから転載させていただいたが、このHPにはもっと多くの、思わず吹き出しそうになる具体的な事象を対象とした応用形がたくさん掲載されている。(これらの出展は『「マーフィーの法則」(アスキー出版局 1993) 著:アーサー・ブロック 訳:倉骨彰』とされている。)

 

http://www.geocities.jp/fukunopage/murphy2.htm

 

これらの法則は、「なんて悲観的なんだ」という驚きや皮肉の強烈さと同時に、「でもそれ、あるなぁ~」という共感も覚えるので、妙に可笑しい。上記のアスキー出版の本は絶版になっているらしいが、その後も関連若しくは発展形の本が出版されていて、例えば、アマゾンの『マーフィーの法則―現代アメリカの知性 アーサー ブロック (著), 倉骨 彰 (翻訳) 』の商品説明には次のように記載されている。

 

=内容(「BOOK」データベースより)=

「失敗する可能性のあるものは失敗する」というあまりに有名な法則から始まる本書の内容は、この十数年の間に、確実にアメリカ人の生活思想の中に根をおろした。すべてのビジネスマン、研究者、技術者、学生、医者、乞食、政治家、プログラマ、その他の人々に本書をお勧めする。

 

さて、なぜ、こんな悲観論者のぼやき集のような本が、「確実にアメリカ人の生活思想の中に根をおろした」のだろうか。そして、なぜ「すべてのビジネスマン、研究者、技術者、学生、医者、乞食、政治家、プログラマ、その他の人々に」お勧めなのだろうか。そして、我々日本人には関係するのだろうか。

 

日本には、「泣きっ面に蜂」とか「弱り目に祟り目」といったマーフィーの法則に先行した諺がある。こういうものが洋の東西を問わず、そして一部の職業の人だけでなく広く一般的に知られ、根付いているというのは、楽観を戒め、そこまで慎重に考えてやっと物事が予定通り成し遂げられるという共通体験があるためなのだろう。例の「予測された危機」を防ぐことの難しさ、人間の楽観体質の根深さを示しているように思う。

 

さて、前置きが長くなったが、僕は既に、9/4の脱線4の記事で、企業会計原則にある保守主義は、このような楽観的な態度を戒め、もっとリスク管理をしっかりやりなさいという意味ではないかと書いた。そして、そうだとすると会計基準に保守主義を位置づけるのが難しいとも記載した。このように書いたのは、IFRSの概念フレームワークから保守主義とか慎重性という質的特性が削除されたことを意識してのことだが、今回はこの点について、概念フレームワークの「結論の根拠」(付属文書やPART Bとも呼ばれる)を詳しく見ていこうと思う。

 

 

では早速、結論の根拠(BC3.27)より

 

3章では、慎重性又は保守主義を忠実な表現の要素として含めていない。いずれかを含めることは中立性と矛盾するからである。

 

即ち、IASBは保守主義より中立性(中立的な描写)を優先した。企業の財務状況を忠実に表現するには、楽観的でもなく悲観的でもなく中立な態度が必要という主張だ。この結論の根拠では、この主張に関連する公開草案段階でのコメントを次のように紹介している。

 

  1. 彼らは、偏りが必ずしも望ましくないものと想定すべきではなく、特に、偏りが(彼らの考えでは)一部の利用者にとって目的適合性の高い情報を生み出す場合には、そうであると述べた。BC3.27

 

  1. 中立性は達成が不可能であると述べた。彼らの考えでは、目的適合性のある情報は意図がなければならず、意図のある情報は中立的ではない。言い換えれば、財務報告は意思決定に影響を与えるための手段なので、中立的ではあり得ないというのである。BC3.29

 

1では、偏り(保守的な方向への偏り)の必要性を主張したコメント提出者が、そして2では、IASBが保守主義より優先させた中立性は、そもそも達成不可能と考えるコメント提出者がいたことを明らかにしている。

 

 

まず、1について考えてみよう。

 

ここでいう「彼らの考え」は上記の文章では分かり難いが、要するに、資産価値を見積もる場合に、保守的な数字がちょうど良いと主張する人たちがいたということだ。保守的な数字こそが、その資産から企業が将来獲得できるキャッシュフローを読み手が予測するのに役立つと。例えば売掛金の回収可能額が1億円か2億かで迷っていたら1億円を選択しようという意味だ(1億円余分に損失となる)。将来の不確実性が高い見積り項目では、このような判断を迫られる場面がよくある。

 

それに対してIASBは、1億円がちょうどいいなら1億円が中立性のある数字だといっている。(IASBは段落番号BC3.28で、過大なリストラ引当金のように、ある期に業績が過小表示されたものが、その後の期で過大表示されるケースを例に、保守主義より中立性を優先する根拠を説明している。)

 

この両者の主張の差はなかなか埋まらないような気がする。なぜなら両方の言い分はそれぞれ正しいが、立ち位置が違うように思うからだ。「彼ら」にとっては、中立的な数字が分からないから保守的な方を選ぶと言っているのだろうし、IASBはちょうどいい数字(彼らが言うところの保守的な数字)があるならそれが中立的だと言っている。これでは議論がかみ合わない。僕はこれを読んで次のように思った。

 

人間の楽観性 + 保守主義 = 中立性

 

即ち、人間の本能的な部分で企業財政に悪影響を及ぼす過度な楽観主義を、人間の知性・知恵である保守主義でコントロールした結果、会計上の見積りは最善のものになる。最善のものとは即ち、その時点で将来キャッシュフローの流入額に最も近いと考えられる数字だ。そして「彼ら」の方は、保守主義は会計をする人の機能だと考えていて、IASBは保守主義までが経営者とか事業責任者の機能と考えているのではないだろうか。

 

即ち、マーフィーの法則は、経営者や事業部こそが教訓とすべきと考えているのがIASBで、経営者や事業部は信用できないからマーフィーの法則は経理部門に任せよといってるのが「彼ら」ということではないだろうか。さて、理想はIASBだが、現実は・・・?

 

改めて記載するが、僕は保守主義とはリスク管理をもっとしっかりやりなさいという意味だと思う。即ち、IASBと同じだ。なぜかというと、今までの監査人としての経験から、決算上の引当を積み増したとか、決算上子会社株式を減損したなどとしても、必ずしも事業部、現場レベルの行動に結び付かず、問題が放置されるケースを何度も経験しているからだ。むしろ、「決算で落としたからもう解決」みたいなイメージのことさえあった。会計はまずは企業経営のためにある。しかし、保守主義は経理部で、としたとたんに事業の現場と決算が分かれてしまう。

 

それより、事業部等の現場が投資が回収できるように日常的な管理を行い、その結果上手くいかなければ減損等の会計処理へ結び付くというのが最も好ましい。結果として、このパターンが最も減損を回避できる、或いは減損損失を最小化できるに違いないと思う。

 

確かに、日本の減損会計基準と企業で行われる業績管理は合わないかもしれない。それには日本の減損会計が細かい規定を置く細則主義的な作りになっているという事情もある。しかし、減損会計導入以前は、有形固定資産は除却するまでほぼ減価償却するだけで簿価を維持するのが普通だったから、企業も監査人も細かく規定してもらわないと、いつ、いくら減損を行うべきか分からない状況だった。だから細則主義的な規定もやむを得なかった。

 

しかし、もし企業が独自に投資と回収を管理していて、それによって出退店や設備投資・廃止等々の意思決定を適切なタイミングで実施しているのであれば、減損会計もそれに合わせるのが合理的だ。IFRSの減損会計は、原則主義なのに日本基準の倍近いページ数となっている(結論の根拠を含む)が、IFRSの方があるべき企業の経営管理と整合的だろうと思う。もちろん、企業にそのようなリスク管理機能があることが前提だ。単なる損益管理では、IFRSで想定されている投資の回収管理というキャッシュフロー思考のリスク管理の実現は難しい。

 

さて、というわけでIASBは、保守主義は経営者や事業責任者のレベルで働かせるものだ、その方が望ましいと考えていると僕は思う。そして、経営者や事業責任者のレベルで適切な保守主義が働いていないと考えられる場合があれば、残念ながら決算上の取扱いとして、経理部等で減損損失を計上することになる。しかし、それは決して保守的な数字を開示しているのではなく、過度な楽観主義を排除し、適切なリスク管理が行われた状態、即ち中立な状態にするために保守主義を適用し、結果として中立的な描写をしていると考えるべきだろうと思う。

 

 

次に、2のコメント提出者の主張だが、これも上記の結論の根拠の文章は難しい。僕の解釈では、『企業は「我社に投資してください」という意図を持って財務報告をしているので、そもそも財務報告が中立的になることはない。』と言っていると思う。

 

これは保守主義や慎重性に対する直接のコメントではないが、それらが実現しようとしている「中立性」自体が幻ではないか、という指摘なので、この保守主義の話題に関連する。これに対してIASBは結論の根拠に次のように記載している。

 

・・・財務情報が事前に決められた行動をとるか又は避けることを利用者に促すような方法で偏っている場合には、その情報は中立的ではない。BC3.29

 

要するに『「我社へ投資してください。」という意図を持って、偏った情報提供をしたなら、中立的とは言えない。』とバッサリ切り捨てている。IASBは素っ気なさ過ぎるのではないか・・・。ただ、これは返って「忠実な表現」を支える中立性という質的特性のデリケートさを表しているような気がする。

 

即ち、上場会社は投資をしてもらうために財務情報を公表しているし、銀行には融資を受けるために財務情報を提供する。したがって、意図を持っているのは確実なのだ。だが、意図を持っていることと、実際に実態を歪めた報告をすることは同じではない。中立的でなければ失敗の元を作りますよ。そんなことするとマーフィーの法則で結局企業経営が失敗しますよ、とIASBは言っている気がする。

 

 

ということで、IFRSに保守主義の記載があろうがなかろうが、人間に(特に企業経営者や事業責任者に)過度に楽観的となる本能がある限り、企業経営に保守主義が必要というのが僕の意見だ。会計の世界に留めず、もっと経営の中に広げた方が良いと思っている。保守主義はなにもやらないことではなく、むしろ、新しいことに挑戦したり、新しい環境に挑戦する時にこそ必要なものだ。みなさんの会社にも、その方が改善されそうな状況はないだろうか。あれば、そう考えればよいのであって、IFRSにないから保守主義はなくなったなどと考えない方が良いと思う。

 

今回は、【製造業】というタイトルの割には一般論に終始したが、将来に不確実性があるのは製造業ばかりではない。製造業により関係が深いのは個別の論点になってからになると思う。もう少々お待ちください。

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