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2012年10月26日 (金曜日)

【製造業】原価計算~嗚呼、勘違い

2012/10/26

みなさんには申し訳ないことになってしまった。前回(10/23)の記事で、IFRSの原価計算の問題について「原価の範囲が不安定、変動する」とまとめたうえで、のれんや開発費は別途扱うことにして、固定資産や棚卸資産の減損について検討すると記載した。しかし、この問題設定の仕方は不適切だったようだ。

 

僕は、オックスフォード・レポートの「毎期の原価計算の基礎が不安定になる」(P116)という記述から、IFRSの原価計算に関する規定(IAS2号「棚卸資産」)に、原価の範囲を不安定にするような不適切な規定があると早合点してしまった。僕の勘違いのようだ。原価計算の基礎の問題とは、次の3つの問題に限定されると読むのが素直なようだ。

 

  1. 「のれん」の非原価化(償却されなくなるため)

 

  1. 「開発費」の裁量に基づく費用化・非費用化(資産計上額を操作すると費用を増減させることができる)

 

  1. 「退職給付債務の数理計算上の差異」の扱い(一括負債計上してOCIに含めると非原価化される)

 

僕は、これら3つは代表例であって、IAS2号に問題があるなら他にも同種の問題があると思ってしまった。例えば、IFRSになると特別損失区分がなくなるので、減損損失が原価かどうかが問題になるのではないかと思って、固定資産や棚卸資産の減損を検討するとした。ところが、IAS2号を読んでみると、そんな懸念は起こりようがないことが分かった。(IAS2号はA4サイズで7ページしかないシンプルな基準。末尾におおよその内容を書き出したので、イメージを掴んて頂けると幸いだ。)

 

そこでもう一度オックスフォードレポートのP116の記述を読みなおし、勘違いしないよう丁寧に記述を追ってみることにした。すると、上述のように原価計算上問題は上記の3つに限定して考えて良いと考えなおした。ただ困ったことに、「のれん」と「開発費」については、P116には「既に触れた」としてあまり細かく説明がされていない。

 

そこで改めて「のれん」と「開発費」の懸念について記載されている『2.「のれん」の非償却というメリット』(P108P113)と、『3. 開発費の資産計上という懸念』(P113P115)を読んでみた。しかし、原価計算のことなど何も触れてない。どういうこと?

 

これを卒論にしたら、大学教授からひどく怒られそうだ。だが、これは大学教授が書いたレポートなので、何かあるに違いないと思い、もう少し突っ込んでみることにする。(ただ、3の退職給付債務の数理計算上の差異については、予定通り、後日、退職給付債務のところで検討する。)

 

 

1.「のれん」が原価計算に及ぼす影響について

 

IFRSでは、のれんを償却しない。では、減損したら原価計算に影響を及ぼすか? しかし、減損損失は異常項目でIFRSでも期間費用処理だ(正常生産能力に対応しないため。末尾参照)。したがって、原価計算の対象にならない。すると、いずれにしても、IFRSではのれんは原価計算と関連しない。

 

それに対して日本ではのれんの償却費は原価計算の対象に・・・? あれっ、日本で、のれんの償却費が製造原価に計上されることがあるだろうか? もしあるなら、IFRSと日本基準の相違で、原価計算に影響することになるが、ないなら原価計算とIFRS導入は関係ないことになる。

 

「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針(企業会計基準委員会)」の76項(3)には、「のれんの償却額は販売費及び一般管理費に計上すること」と記載されているので、のれんの償却費が製造原価に計上されることはなさそうだ。

 

すると、この問題提起はなんだ? 大学教授の勘違いか。

 

 

2.「開発費」が原価計算に及ぼす影響について

 

「のれん」と異なり、「開発費」の償却費は原価計算の対象となる。基本的には、特定の製品や製造工程などに関連する無形資産の償却費は製造固定費に集計され、関係する製品に配賦されるはずだ。これは日本基準でもIFRSでも考え方は同じだ。だが問題は、日本基準では支出時に費用処理されるものの一部が、IFRSでは開発費(無形資産)としてB/Sに計上され、その後償却されていく。

 

その結果、製品原価は、開発費の償却費分だけIFRSの方が大きくなるので、売上金額が同一なら売上総利益が減少する。だが、これには上限がある。開発費が過大であれば、採算の合うところまで減損されるからだ(減損損失自体は、上記のれんの減損と同じで原価計算の対象にならない)。減損後は少ない償却費しか計上されなくなり、日本基準の原価に近づくことになる。したがって、原価計算に影響があるといっても、限られたものになるはずだ。それに、関連する原価を集めて製品原価を計算するという原価計算の趣旨に照らして、製品に関連付けられる開発費を原価計算の対象にすることは、好ましいともいえる。だから、日本の製造業に悪影響を及ぼすというほどのものではないし、むしろ、改善しているように思うが、いかがだろうか。

 

開発費(B/S)計上額に恣意性が入ることで、次のようなことが起こる可能性については、前回予告した通りの区分で、後日検討したいと思う。

 

  • 一定限度を超えて多額の開発費がB/Sに計上され、製造業を営む企業の経営、財政基盤を揺るがすような影響をもたらす可能性があるか。(保守主義)

 

  • ある企業は開発費を多めに計上し、別の企業は少なめに計上するという会計処理の相違が生まれることで、比較可能性が低下するか。(比較可能性)

 

なお、オックスフォードレポートでは、開発費を資産計上するか否かが、製品価格の決定に影響を及ぼす可能性もあるように表現されている。だが、成果が出るか不明で、どんな製品になるのかの具体的なイメージもない研究費とは異なり、開発費は、収益を上げられる見込みが立つ段階で、かつ、既に成果の出た研究を製品化するプロセスで発生した費用であるため、特定の製品(群)との関連性は濃厚だ。常識的に考えて、開発費を資産計上しようがしまいが、この段階の支出を回収できるように製品価格を決めるのは当然のように思う。したがって、価格決定には全く影響を与えない可能性も十分考えられる。そうでない場合でも、製品価格を決める際のマークアップ率(原価に上乗せされる利益部分の率)に開発費が一般的な比率として上乗せされるので、実際の影響は軽微なのではないかと思われる。

 

それに、そもそも、販売価格はメーカーが一方的に決められるものではない。顧客が受入れる価格でなければならない。すると、IFRS導入が製品価格の決定に影響を与える可能性なんてことは、問題提起されるほどの重要性があったのだろうか。これも大学教授の勘違いか?

 

 

というわけで、原価計算については、僕の勘違いで、みなさんを混乱させてしまい申し訳ないが、大学教授の方も勘違いしてるようで、それほど重要な問題はなさそうだ。

 

 

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(ご参考)

以下は、IAS2号の主な内容を書き出したものだ。IAS2号は「棚卸資産」というタイトルがついていて、実は原価計算だけの基準ではない。しかし、A4でたった7ページというコンパクトな基準だ。一方、日本の原価計算基準は、財務会計上のB/S計上額を計算するだけのものではなく、原価管理や価格決定にも配慮された総合的で詳細な基準で16ページもある。しかし、決算期末の在庫評価方法や評価基準、開示までについてまでは記載されていない。それらは企業会計原則や他の会計基準で定められている。

 

一応下記のIAS2号の概略では、両者のカバーする範囲が相違することを示すために、日本の原価計算基準に相当する部分を「---」で挟んでみた。また、日本企業の実務と若干異なる可能性のありそうなところ、注意した方が良さそうなところを赤字にしてみた。興味を持たれた方は、IAS2号の原文を当たられたい。

 

  • 農林業、鉱業関係の棚卸資産の測定と開示、商品取引の棚卸資産の測定は、IAS2号の対象外。(3項)
  • 棚卸資産は、原価と正味実現可能価額のいずれか低い額により測定。(9項)

------------------

  • 棚卸資産の原価は、購入原価、加工費、及び棚卸資産が現在の場所及び状態に似たるまでに発生したその他の原価のすべてを含まなければならない。(10項)
  • 購入原価は購入対価に付随費用を加えたもので、値引きや割戻し等は控除される。(11項)
  • 加工費には、直接労務費等の生産単位に直接関係する費用の他、製造間接費(変動・固定)の規則的な配賦額を含む。(12項)
  • 固定製造間接費の配賦は、生産設備の正常生産能力に基づいて行うが、実際の生産水準が正常生産能力に近い場合は実際生産水準を使うことができる。配賦されなかった固定製造間接費は期間費用。(13項)
  • 変動製造間接費は、実際使用量に基づいて配賦する。(13項)
  • 連産品や副産物など個別に原価を認識できない場合は、販売価格比に基づくなど合理的かつ一貫した方違法で配賦する。重要性のない副産物は正味実現可能価額で測定し、製品原価から控除する。(14項)
  • その他、特定顧客のために発生する非製造間接費、設計費用、借入費用(IAS23号)など、原価に含むことが適切な場合がある。(15項、17項)
  • 仕損じ品に係る原価、製品保管費用、一般管理費用、販売費用は期間費用。購入対価の資金調達のための利息費用は利子費用(期間費用)。(16項、18項)
  • 標準原価法及び売価還元法等は、その適用結果が上記の原価と近似する場合にのみ、簡便法として認められる。(21項)
  • 個性の強い棚卸資産、特定プロジェクトによる原価で他の棚卸資産から区分されているものは、個別法によって配分しなければならない。個性の弱い棚卸資産(代替の利くもの)は個別法を適用しない。(23項・24項)

------------------

  • 23項以外のものは、先入先出法か加重平均法(総平均法から都度法までOK)によって配分されなければならない。異なる性質又は使用方法の棚卸資産で、その理由が正当化できる場合を除き、性質及び使用方法が類似する棚卸資産は、同じ原価算定方法を使用しなければならない(製造場所が異なるとか税法が異なるだけでは正当化できない)。(25項~27項)
  • 資産は販売又は利用によって回収できる額を超えて評価すべきでないため、正味実現可能価額が原価の上限となる。(28項) その他正味実現価額の見積りに関する注意事項(29項~32項)
  • 正味実現可能価額は決算期ごとに見積もりなおす(洗い替えのため戻入が発生する可能性があるが、当初の原価を上回ることはない)。(33項)
  • 棚卸資産が販売されたときは、関連する収益が計上された期間に費用計上する。(34項)
  • 開示(詳細省略)(36項~39項)

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