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2012年10月15日 (月曜日)

【製造業】加工貿易と円高

2012/10/15

前回(10/4)の記事で、「最近の会計は損を早く出し過ぎる」という批判に対して、時代が変わったのでその批判は当たらないと書いた。時代の何が変わったのだろうか。それは、加工貿易というビジネス・モデルが円高によって破壊されたことだ。特にコモディティー化された製品、即ち、新興国でも製造できるような製品は、日本国内で製造しても価格・コスト的に太刀打ちができない。為替相場の変動に関係しないような強い製品力を持った製品を製造するのでなければ、日本に工場は残れない。

 

「それを言っちゃあ、お終いよ」と思われた方が、もし、いらっしゃれば、もう一度冷静に現状を眺めてみて欲しいと思う。そして「ここから始めなければ、始まらない」と考えるべきだと思う。現実を認めて早々に減損すべきものは減損すべきだ。

 

 

ところで、みなさんは、ご子息の経済的な将来を踏まえた時に、どんな教育をお望みだろうか。

 

・1つ以上の外国語でのコミュニケーション能力

・他人と違う能力・技能を持つ

 

我々世代の親は、「みんなと同じことをやれる」とか「学校教育にお任せ」、或いは、「提示されたメニュー(高校の種類)の中からの選択」などといった感じの教育方針だったように思うが、今は違うのではないだろうか。ほとんどの方が、知識偏重で、同質人材の大量生産方式の教育だけでは、これからの時代は良い暮らしができない。そして英語を含め、現在の学校教育では満足できないと思われているのではないだろうか。(僕も、中学から大学までの10年間、英語の勉強に費やした時間を返してくれ、と思っている一人だ。)

 

我々の時代、「大企業に入れば良い暮らしができる」というイメージは、大卒だけでなく高卒にもあった。メーカーでは、高卒の新入社員は、主に工場に配属される。しかし、今、その工場は、国内から海外へ移転している。事務職になる人もいるが、派遣社員に置き換えられている。そんな現実をご覧になっているみなさんの考え方が変わっても少しも不思議はない。

 

 

こんな環境の変化をもたらした直接的な原因は「円高」だ。僕が大学を卒業してメーカーに就職すると、直ぐにプラザ合意があり急激な円高が始まった。そしてバブル経済と冷戦の終結とともに会計士になり、円高と戦う企業を見てきた。会計士になりたての頃は販売拠点を海外に持つ企業は多かったが、生産拠点を海外に持つ企業はまだ少なかった。日本企業は、国内の雇用を減らしてまでの生産拠点の海外移転には慎重だった。しかし、円高が進むと背に腹は代えられず、最初は国内の工場を維持したまま、そして徐々に国内雇用を減らしても生産拠点も移すようになった。もう、日本企業の投資は、国内より海外の方が多いようだ。

 

しかし、「円高」による影響の大きさは、日本企業の対応、即ち、「生産拠点の海外移転」を超えている。それは、新興国が工業力をつけて、日本企業の強力なライバルとなってきたためだ。しかも、新興国のメーカーは、安く作るだけでなく、日本企業がやってこなかった工夫もしている。車や家電では、より市場にマッチした製品を開発し提供している。日本製品は技術的には高機能だが、その機能が顧客に満足を与えるものかどうかが問題と言われている。

 

日本企業が直面している環境変化の主原因は「円高」だから、それを是正できれば日本企業はまた復活できる。そういうイメージを持っている人もいると思うが、本当に「円高」を是正できるだろうか。一企業の力では無理だし、政府・日銀の政策で変えられるかも確証はない。また、より顧客志向の経営に転換することは簡単だろうか。海外顧客のニーズを理解することは、日本語によるコミュニケーション能力だけで可能だろうか。

 

 

僕は最近「デフレの功罪」について考えることがある。それは最近インフレ待望論をよく聞くからだ。

 

インフレ待望論は、ざっとまとめると、日本に於ける2%のインフレが、同じく2%を政策目標に掲げるドル・ユーロに対する円相場の(長期的な)安定につながるメリットと、名目GDPの増加による税収増で国債償還が進むメリットがあるという話だ。このほか、インフレが経済を活性化させるという話もあるが、貯蓄率が先進国でも最低レベルに下がってしまって、今消費するか、将来消費するかなんて選択をしている余裕のない日本でそうなるか疑問だ。それとも庶民を借金漬けにする気か? 一方で、高齢者の金融資産はインフレで減価し、名目金利の上昇による国債利払いの増加というディメリットもある。

 

高齢者の金融資産の減価が、若い世代の所得の増加に繋がればよいが、円相場が今の水準で安定しても、工場の海外移転は止められないし、それだけで顧客志向の経営が実現するわけでもない。すると、若い世代の所得の減少を止められないまま高齢者マーケットだけが縮小する。

 

日本のインフレを3%にしてドルやユーロより高くすれば、円相場は円安方向に動くが、同時に名目金利も3%上昇するから、一千兆円の借金は、短期のものから順番に利払いが増えていく。10年後には現在より年間30兆円増えるかもしれない。一方で、500兆円のGDPが40~50兆円の税収を生むとすると、インフレによる税収自然増はその40~50兆円の3%しかないから、果たして利払いの増加を賄えるのだろうか。そして、現在国債・地方債を大量に保有している金融機関は、名目金利上昇による国債価格低下で発生する損失(恐らく兆単位)に耐えられるだろうか。(今の金利が異常に低いので、2%~3%の上昇は、国債等の相場にかなりインパクトがあると思う。)

 

それに、インフレ率は本当にコントロールしきれるだろうか。もし、コントロールできずに4%、5%と上がってしまえば、国債等は暴落して金融機関の経営は不安定化し、円相場も暴落するかもしれない。石油やLNGの円貨ベースの購入価格が急騰し、貿易収支も急激に悪化し、経常収支も赤字になるかもしれない。給料が増えないままインフレだけ進めば、庶民の暮らしに与える影響は最低だ。これらの結果、もしかすると、国債等は国内に買い手がおらず、海外資金が買い手となるかもしれない(買い叩かれて金利が上がる。国債等の利払いも増加する)。これでは借金が多い分、イタリアよりもっと質が悪くなる。

 

上記は、間違っているかもしれないが、要するに僕には、インフレ率を操作することのリスクや収支の見通しが良く分からない。即ち、「円高」に企業業績悪化の責任をなすりつけて、「円高」を攻撃しているだけでは、解決につながらないのではないかと恐れる気持ちが強い。

 

だが、日本企業が収益を拡大することは税収増につながるし、若い世代の所得増に結び付く可能性もないわけではない。そして、それが現在の問題を解決できる最も確実な方法ではないかと思うのだ。だから、日本企業、特に製造業は、「円高」を前提としたビジネス・モデルに転換する必要がある。そして、従業員、特に若い世代は、そういう日本企業に求められる人材になるよう(自己)投資をする必要がある。とりあえず英会話をやればよい、などという簡単なものではない。英会話もやりながら、現状の仕事の在り方について、自身が関わっている事業のやり方について、さらには会社の在り方についても、経営理念に立ち返って白紙からどうあるべきか、自分の考えを持てるようになる努力が必要だ。

 

 

この話題は、このブログの枠をはみ出すだけでなく、僕の能力を遙かに超えているが、要するに、過去を前提としない大胆な発想の転換が必要な時代になったと言いたかった。「成功するまで止めない」は、松下幸之助氏やスティーブ・ジョブズ氏が語ったような精神論としての面は今もなお重要、というより、今だからこそさらに重要になってきている。だが、企業が人材育成のために不振事業を「成功するまで止めない」のは、もはや時代が許さなくなっている。過去に目を向けるのではなく将来を予測し、顧客のニーズを深く研究し、既成概念による制約を打破して対応することで、成功の確率を高める努力にこそ、この本当の日本経済復活の成否がかかっている。企業による人材育成も、そういう局面において、その流れに沿って行われるべきだ。

 

そんな日本企業において過去の取引を集計するだけのトライアングル体制下の取得原価主義に戻ったら、何が起こるだろうか。多分、経理業務はコンピュータと派遣社員で置き換えられるだろう。そんな会計は経営に貢献しないから、コストを掛けられない。見積りに恣意性が入るといわれるが、会計上の見積りは、企業の将来を真剣に考えて、経営機構と一体になって将来のシュミレーションを繰返し、その結果として出てくるようなものになっていくことが求められていると思う。経営のツールになっている会計こそが、見積りの根拠を持ち得るのだと思う。

 

 

 

ところで、前回から随分間が開いてしまったが、気持ちの良い季節に浮かれて怠けていたわけではないことを最後に付け加えたい。実はこれが5つ目の原稿で、前の4つはボツにした。こんなことは初めてだ。日本経済全体に関わるような話は、僕には専門外で荷が重いと改めて感じた。しかし、今の延長線上に日本の未来はないのではないかという僕の危惧は、以前から、いつか、どこかで書かなければいけないような気もしていた。

 

繰返しになるが、円相場をコントロールできる根拠がない限り、我々世代が小学校時代に習った「加工貿易」はもう日本のビジネス・モデルではなくなったと考えざるを得ない。日本企業は、改めて「思い」に立ち返って、「思い以外は何でも変えていいんだ」というところから事業を見直すことが求められていると思う(「思い」については前回10/4の記事を参照)。

 

その中で、顧客満足を高める日本らしさ、我社らしさを再発見し、高価でも競争力のある製品を国内で製造するのか、それとも、安価な製品を原料の調達、生産地、販売地のすべてをデザインし直すのが我社らしさの表現になるのか、顧客目線で考えていく時代が来た。日本人従業員は、マーケットとの対話、海外生産拠点のコントロール、製品開発、そしてこれら全体のデザインにもっと関わるようになる必要がある。既に始めている会社もあるが、始めてない会社は急ぐ必要がある。そして、会計は、このような経営活動に貢献できるものであって欲しいと思う。

 

IFRSは投資家の会計基準で製造業に合わないと言う人達がいる。しかし逆に、日本の製造業がもっと「思い」を持った『投資家』になってよいのではないか、と僕は思う。

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