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2012年10月 2日 (火曜日)

【製造業】減損会計への批判と投資回収計画

2012/10/01

今年は10月になってもまだ暑い。台風17号の台風一過であるせいもあるが、窓から見える雲は入道雲のようにも見える。「暑さ寒さも彼岸まで」はもう古い言い伝えになってしまったかもしれない。一方、1日に日銀短観が発表され、大企業製造業の業況判断(DI)は6月に比べ2ポイントのマイナスとなって悪化したという。残念ながら、こちらは一足早く冷えてきたようだ。

 

さて、IFRSが日本の製造業に合うかというテーマだが、ここまで、放置主義の取得原価主義会計は、戦略なき問題先送りの会計であり、(製造業であるか否かに関わらず、)企業経営に役立たないと書いてきた。もちろん、経営者が見て役に立たないものは、一般的な企業の利害関係者にも役立たない。現存する問題の所在は明らかにされず、将来を映す要素もなく、単なる過去の取引の集計に過ぎないのでは情報不足だ。(9/25の記事

 

一方、取得原価主義会計でも、減損会計等の将来キャッシュフローの見積りを行う場合は、主に資産評価の観点から企業が抱える問題を棚卸し、必要に応じて財務諸表に明らかにする(減損損失を計上する)。企業のリスク管理がしっかり機能している限り、それが企業の問題解決の努力を促進させるから、問題が放置されずに早期に問題解決に向かうことができる。(9/28の記事

 

ここまで書いてきて、ふと思い出したことがある。それはトライアングル体制下の取得原価主義の頃に、損失計上を勧めた会社から言われた言葉や、減損会計が入った当初に良く聞かれた減損会計への批判だ。

 

  1. ここで損を出せば事業を縮小・リストラせざるえず、それがまた損失を生み、悪循環に陥る。

 

  1. この先環境が良くなって将来キャッシュフローが増加するかもしれないのに、減損して経営資源の配分を絞れば、それを獲得するチャンスを失う。

 

  1. 減損が怖くて、新規事業を行ったり、新機軸を打ち出すといったチャレンジができなくなる。

 

上記をまとめると、「企業経営のツールである会計が、逆に経営の手足を縛って良いのか」となる。だが、いずれも、経済実態の描写を行う会計への批判としては筋違いではないだろうか。

 

言うまでもなく、投資は投資額以上のキャッシュフローを回収するために行う。通常、大きな投資をする場合は、その意思決定の根拠にするためにDCFなどの手法による採算シュミレーションを行う(投資回収計画)。最も不確実性が高いのは需要予測だから、決め打ちせずに色々なパターンが検討されるだろう。そして、今の環境では重要な前提が崩れた場合の対応まで考えておく必要があるだろう。重要な見込み客が獲得できなかった場合、為替レートが大きく不利に動いた場合、予想より早く競争相手が革新的な新製品を投入してきた場合等々。そのときになって考えるのでは遅すぎる。複数シナリオを描いて準備を勧め、いざという時の時間を稼いでおくことが必要だ。

 

そして、これらのシナリオと採算シュミレーション(投資回収計画)は、事業開始後も、環境の変化に応じて更新を続けていく必要がある。投資額回収のための対応策は、きっとどんどん変わってくるだろう。圧倒的な製品力、マーケット支配力があれば別かもしれないが、こういう複数シナリオの準備をしていかないと、スピード感のある意思決定は難しい。その代り、投資額以上のキャッシュフローを回収できる確率が高まる。月次の損益実績は、政策が予想通りの効果を上げたかを確認をするだけの役割しかない。

 

減損会計基準(特にIFRS)を読んでいると、僕にはこんなリスク管理が前提にあるような気がしてならない。また、以前書いた創業経営者の頭の中をのぞき見たせいかもしれない(2011/9/30の記事)。日本企業の場合、製造業でも投資回収計画を更新していく企業は少なく、損益管理がメインになっていると思う。しかし、損益管理だけでは発想が狭く、大胆なアイディアが出にくいと思うし、投資額を回収しなければならないという最重要ポイントが抜け落ちる可能性が高い。

 

この点について、上記の3つ批判について考えてみよう。

 

例えば1については、損を出しても梃入れのために追加投資することもできるし、悪循環に陥る可能性が高いような事業なら、やはりその時点でしっかり損失を出して撤退した方が、トータルの損失は少ないかもしれない。複数シナリオの投資回収計画を更新していれば、結論は出やすいだろう。

 

2は環境が良くなる証拠があるならその分の減損は不要だし、証拠がないままに資金投入し続けるのは経営として合理的でない。しかし、それでも資金投入し続けるという経営判断なら1と同様に損失を出しても、説明責任を果たした上で、そうすれば良い。これも、投資回収計画が管理のベースにあれば説明しやすい。

 

3は減損の問題でなく、よい事業計画にするためのアイディア不足、事業の研究不足というシュミレーション時点、投資回収計画立案時点の問題だ。

 

即ち、いずれも経営で解決すべき問題であり、会計は現時点の最善の見積りを提供し、経営に情報提供するのが役割だ。実態の描写を歪めて、経営問題をないことにしてしまうのは、本末転倒だ。しかし、今でもこのような感覚が一部に残っているような気がする。そして、これが最近の会計は短期志向だと批判される根拠にされてないだろうか。しかし、もし、今でもこういう感覚が残っているなら、企業のリスク管理をより充実する必要がある兆候だと僕は思う。僕の言うところの保守主義(リスク管理)をもっと経営や事業部責任者、そして事業の現場に浸透させないと、この環境変化の激しい時代にはアバウト過ぎて、いずれ企業の存続が危なくなるかもしれないとも思う。

 

ただ、上記と異なる根拠で次のように言われることがある。「日本企業は、もっと事業を長い目で育てるのだが、最近の会計は損を早く出し過ぎる」と。これは簡単に否定してよい問題だろうか。もっと深く考える必要があるような気がする。

 

特に製造業は、3つの投資がある。在庫投資(生産活動)、生産設備投資、研究開発投資だ。在庫投資については会計上短期として扱われるが、それ以外はいずれも長期項目だ。長期になればなるほど、将来キャッシュフローの見積りは難しくなる。さらに人材投資もある。オックスフォード・レポートでは、全国レベル労働組合関係の幹部が、IFRSが人材価値を会計の対象にしてないことを批判した証言が載せられていた。他の会計基準でも人材を会計処理の対象にする話を聞いたことがないので、実際には無理な話だが、「企業は人なり」という言葉もあるぐらいで、企業経営にとって人材育成とか人材評価は、非常に重要な問題だ。

 

実は僕は、「日本企業は、もっと事業を長い目で育てるのだが、最近の会計は損を早く出し過ぎる」というのは、人材の成長・育成に関係しているのではないかと思う。これは、9/22の記事で、僕が日本的経営の特徴として「共同体意識の強さ」を抽出したことと関係するが、次回としたい。

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