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2012年11月 2日 (金曜日)

【製造業】退職給付~不思議な誤解

2012/11/02

開発費の次はのれんを期待された方が多いかもしれない。しかし、のれんを飛ばして退職給付の数理計算上の差異の検討をしたい。のれんは人件費項目が終わってからにしたいと思っている。オックスフォード・レポートでは、従業員給付の新基準(IAS第19号「従業員給付」-2011/6改定、以下新19号と記載)について、2つのテーマが問題提起されている。

 

 1.退職給付債務の数理計算上の差異が原価計算の対象から外れること。

 

 2.企業が、確定給付年金を廃止して、確定拠出年金に移行せざるをえなくなる可能性。

 

結論からいうと、いずれも、具体的に検討してみると、オックスフォード・レポートに記載されている懸念に誤解があることが分かる。1の方は指摘自体が的外れ、2の方は指摘の趣旨は理解できるが、会計基準をいじったところで実態が変わるわけではなく、本質的な問題(将来の不確実性)が解決、若しくは改善されるわけではない。

 

結局、この程度の関連性と影響度合いで、IFRSが日本の製造業を危機に落し入れるとは思われない。以下で、その理由をみていくことにする。

 

 

<1.退職給付債務の数理計算上の差異が原価計算の対象から外れること>

 

まず、オックスフォード・レポートの記述を詳しく見てみよう。

 

P116117からの転記)

・・・もっとも多く指摘されたのは「従業員給付」についてである。退職給付債務の数理計算上差異については、従来は残存勤務期間等の合理的な期間で配分して製造原価に算入する方法がとられていたが、IAS 第19 号(2011 年6 月改訂、2013 年1 月適用)によると、即時に OCI(その他の包括利益)に計上し、リサイクリングを行わないために純利益計算に反映されないこととなる。多くの企業でこの処理は従来の原価計算、投下資本コスト回収、利益性評価という体系を崩すものとして経営管理に資さないものとして理解されている。企業によってはその際の処理が相当金額(多くの会社で200-600 億円単位)に上り、原価計算、財務諸表、および価格設定への不都合が指摘された。

 

しかし、新19号の規程を読むと、「退職給付債務の数理計算上の差異」は、原価計算の対象に含まれる。だとすれば、「この処理は従来の原価計算、投下資本コスト回収、利益性評価という体系を崩すものとして経営管理に資さないものとして理解されている」は誤解ということになる。OCIに計上されるため、原価計算の対象から外れるのは、販売費および一般管理費に相当する部分だ。だが、これはもともと原価計算の対象ではないために、原価計算には影響がない。

 

確認してみよう。新19号の日本語訳があれば良いのだが、残念ながら僕は入手できていない。そこで、下記のホームページの記載を参考にしているが、次のように記載されている。

 

改訂IAS第19号「従業員給付」の解説(第6回)税務研究会『週刊 経営財務』 2011年9月26日号

 

他のIFRSが(A)~(C)の費用を資産の原価に含めることを要請または許容している場合は、退職給付費用の一部を資産の原価に含めることを規定しています。

 

要するに、IAS第2号「棚卸資産」が、退職給付費用(数理計算上の差異を含む)を原価計算の範囲に含めなさいと規定していれば、それを優先しなさいということだ。一応、新19号の原文に当たってみよう。

 

 Components of defined benefit cost(給付費用の構成要素の範囲)

120項では、日本でいう数理計算上の差異も、退職給付費用に含めて定義している。)

121  Other IFRSs require the inclusion of some employee benefit costs within the costof assets, such as inventories and property, plant and equipment (see IAS 2 and IAS 16). 
Any post-employment benefit costs included in the cost of such assets
 include the appropriate proportion of the components listed in paragraph 120.

(この121項が上記のホームページから抜き出したところに該当する。背景色は僕が加えた。)

122項では、退職給付資産と負債のネットの再評価額の変動額(≒日本でいう数理計算上の差異)のうち、その他の包括利益で認識したもののリサイクリングを禁じている。)

 

ということで、リサイクリングを禁じられているのは、資産の取得原価に含められなかった数理計算上の差異等であり、棚卸資産(および販売済みで売上原価に計上されたもの)や自家建設の固定資産の取得原価に含めるべき退職給付費用(数理計算上の差異等を含む)は、いったん資産に計上され、その後売上原価や減価償却として純損益に計上される。

 

むしろ注意すべきは、上記のホームページにも記載されているように、数理計算上の差異等を一時認識することで、原価計算に含まれる退職給付費用が大きく増えたり減ったりすることだろう。これを原価管理や売価決定プロセスでどう扱うかが問題だ。

 

IFRSでは、日本基準(原価計算基準)と異なり、製造間接費の配賦を正常生産力に基づいて行う(IAS第213項)など、棚卸資産の原価をその時々の生産状況(操業度の高低)で変動させないようにする規定がある。そのイメージで考えると、棚卸資産原価と関連の薄い数理計算上の差異等の影響を最小限にとどめる工夫ができないこともないように思うが、その原価変動を減殺させる直接の規程はない(ただ、上記121項では、さりげなく「include the appropriate proportion of the components of ...(“適切な比率の”退職給付費用の構成要素が含まれている)」と表現されている)。原則主義のため、具体的に定められていない事項をどのように解決していくかは、各社で工夫するようになると思う。

 

ちなみに、日本基準(原価計算基準)では、原価差異は原則として売上原価へ賦課することになっているから、労務費を予定単価で直課・配賦している場合には、数理計算上の差異等の影響による変動額は原価差異となり、全額売上原価にすることができる。異常であれば、原価から外すこともできる。しかし、実務では税法の影響が強く、期末に原価差額を売上原価と期末棚卸資産へ按分する方法が普通だ。したがって、なにも工夫せずにIFRSを適用すれば、この税法規程を前提とするので、一時認識された数理計算上の差異は、棚卸資産へ配賦されることになるだろうと思う(棚卸資産の減損会計があるので、販売見積額から販売費用を控除した正味実現可能価額が上限だが)。

 

以上によって、上記の懸念は誤解であり、それは、新19号を読めば簡単に分かることだとご理解いただけたと思う。注意すべきはもっと他にある。

 

 

ところで、新19号の規程は、数理計算上の差異等が棚卸資産の原価に含まれること(121項)と、OCIに計上された数理計算上の差異がリサイクリングできないこと(122項)が、隣に書いてある。加えて、この121項の規定と同種の規程(IAS第2号等を優先すること)は、改定前(2011/6以前)から上記の背景色を含む形で、旧19号の複数個所に記載されている。だから、学者などの専門家であれば、数理計算上の差異が原価計算の対象から外れるなどという誤解をするはずがない。それなのに、なぜ、こんな誤解が広まり、的外れな懸念が「もっとも多く指摘され」る事態に至ったのだろうか。一斉に多くの人が同じ誤解をするだろうか? それとも誰かが広めたのか? 

 

また、このような懸念があったとしても、新19号が2011/6に確定して払しょくされたはずだ。しかし、9カ月も経過した2012/3に提出されたこのオックスフォード・レポートに、的外れな懸念が、的外れなまま記載された。おかしい。実に不思議だ。だが、学者らしからぬうっかり者が、調子に乗って言いふらしたとしたら・・・。そしてそのうっかり者とは・・・。

 

 

<2.企業が、確定給付年金を廃止して、確定拠出年金に移行せざるをえなくなる可能性>

 

さて、話題を次へ移そう。確定給付年金制度は、年金をもらう従業員にとっては将来の給付額が確定しているのでありがたい制度だ。その代り、企業が将来の不確実性に対するリスクを負う。一方、確定拠出年金制度は、従業員が将来もらえる年金額が変動するが、企業の負担額が確定しているので企業にありがたい制度だ。将来の不確実性を企業が負担するのか、従業員が負担するのか、この違いは大きい。そこで、オックスフォード・レポートでは次のような懸念が表明されている。

 

P117 大手電機メーカーの経理部幹部の懸念として、下記が紹介されている)

退職給付のフェーズⅡで、IASB はキャッシュバランスプランについて、金融商品のように毎期末に公正価値評価して、退職給付債務の期首と期末の差額をP/L に計上するか、OCI に計上することも検討するようである。

OCI に計上する場合は、上記の問題が増幅するだろう。P/L に計上することになると企業の損益のボラティリティが大きすぎることになり、企業は、キャッシュバランスプランのような確定給付年金を廃止して、確定拠出年金に移行せざるをえなくなる可能性もある。

 

「退職給付債務を満額貸借対照表へ計上すると、企業側が将来の不確実性の負担を負えなくなりそうだ。だから、従業員へ負担を移させてもらうかもしれない。」という内容だ。しかし、純損益ではなくOCIに計上することで、業績(損益計算書)への影響は少し緩和されそうだ(「増幅する」というのは良く分からない)。ただ、財政状態(貸借対照表)には容赦なく反映される。

 

ポイントは、確定給付年金制度があまり企業にリスクをもたらさないのに、会計処理が適切でないために、業績や財政状態に大きな変動を与えてしまうのか、それともリスクを反映して変動しているかだ。そして、実際にリスクがあるならやむを得ないのではないか。そのリスクを負担しきれないのなら、確定拠出年金へ移行せざるを得ない。それがゴーイング・コンサーン経営だし、従業員にとっても結局幸せなのではないだろうか。

 

例えばもし、経営者が思いは熱いが数字に弱い人で、「従業員に優しい経営者でありたい」などと言って、財務的な備えもなく確定給付年金制度を採用したら、困るのは従業員だ。会社が倒産しても、確定給付年金は約束だから満額もらえる、などと思っていたら大変だ。一方で、確定拠出年金の外部積立分(+運用損益)は、従業員が確実に受け取ることができる。

 

企業経営者も銀行も、貸借対照表を見ながら投資額をいくらにするか、融資をどうするかを考える。もちろん、投資から得られる見込みの事業収益が最も重要だが、見込みは不確実性が高いから、財務的な体力を示す現時点の貸借対照表が重要な判断材料になる。そこに退職給付債務が満額記載されているのと、過去勤務債務や数理計算上の差異が簿外債務になっている場合では、意思決定の内容が変わってくる。退職給付債務が満額記載されていれば、その分慎重になることを期待できる。いざという時でも、その方が従業員への配当をより多く期待できる。

 

上記の経理部幹部の懸念のほか、全国レベル労働組合関係の幹部の証言も記載されていて(P117)、やはり満額負債計上に対する懸念を述べている。気持ちは分かるが、その面だけを見るのでなく、負債計上することで、従業員の債権者としての立場が強くなると考えたらどうだろうか。

 

ただ、確定拠出して、従業員自身が運用する制度は危険が一杯だ。「円高+デフレ」の環境だと、相場で儲けるのは難しい。積極運用するとほとんどの人が損を抱えるのではないだろうか。いくら低利でも、何もせずに預金かMMFにしておくのが一番良さそうだ。楽だし、儲けは少なくてもデフレだから損はしない。そして「円安+インフレ」に変わるタイミングで、積極運用を始めると成功率が高いかもしれない。多くの相場、銘柄の名目価格の上昇が期待できる。しかし、それがいつかは分からない。なぜなら、将来のことは分からないから。不確実性が高いから。

 

いずれにしても、本質的な問題は将来の不確実性であって、それは会計処理では解決できない。精々会計は、見る人に実態(に近いと思われる姿)を知らしめることしかできない。しかし、実態を理解しないまま意思決定が行われ、その結果を押し付けられるのは、従業員にしても、債権者にしても、株主にしても、そして顧客にとっても願い下げではないだろうか。だから、経営者が実態を理解できるような会計処理を勧めた方が良いと思う。満額負債計上するのは厳しいのだが、本当に厳しいなら仕方ない。それを前提に経営したもらった方がみんなのためになる。

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