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2012年11月 6日 (火曜日)

【製造業】引当するなら有給休暇を買取って!

2012/11/06

日本の有給休暇の完全取得率(使い切る人の比率)は、ロイター等が調査した結果33%で、その調査の対象国24カ国中最下位だったという(Wikipediaの「年次有給休暇」より)。だから、有給休暇引当金で有給休暇の未消化分(未取得分)をコストとして認識し、有給消化率を上げて行こうというのは、良いアイディアかもしれない。

 

しかし、その前にやることがあるのでは? という気がしないでもない。やることとは、未消化のまま失効した有給休暇を企業が買取る制度を設けることだ。だが、このような意見は、労働基準法と厚生労働省からの通達で違法とされているらしい。その理由で一般的に言われているのは・・・

 

・買取ってもらう方が有利と判断する労働者が現われるので、返って有給休暇の取得を妨げる。

・買取ることを理由に休暇を与えない使用者が現われる。

・買取ることを予定した低い賃金設定がなされる。

 

ん~、もっともらしくも思えるが、本当にそうだろうか。本当にそうなら、なぜ日本の有休取得率はこんなに低いのだろうか。上記の通達は昭和30年当時のものだそうで、その当時は人手不足だったので、このように考えられていたかもしれないが、いまもそれは正しいのだろうか。むしろ、期限切れ未消化分は企業が買取らなければいけないとした方が、消化が進むと考えられないだろうか。買取費用という具体的に利益を減少させるリスクを企業側に認識させることこそ重要ではないか。なぜなら、有給休暇を取りづらい雰囲気を作っているのは企業や職場であり、その雰囲気を変えるのは、有給休暇を消化した方が企業や職場にとってよいと具体的に認識させることが一番効果的だから。

 

もし、有休消化を進めることが世の中のためになると考えるなら、過去の法律や通達を引継ぐだけでなく、いまの世の中にあっているのか見直すことも必要だと思う(これは会計方針と全く同じだ・・・2/29の記事など今年2月の記事)。ルールは継続して守っていくことが重要なのではなく、ルールによって達成したかった目的を本当に達成することこそが重要だ。有給休暇の取得という労働者の権利を守るために、労働基準法第39条は買取制度を否定した。そして通達も出した。だが、その結果、上記のように大量の有給休暇が失効している。これは、制度やルールが目的を果たしていないということだろう。発想を変えた見直しが必要ではないだろうか。

 

 

なぜこんなことを書いたかというと、オックスフォード・レポート(P118)に、「ある洗練された投資家」の証言として次の記載があって、一方で、前回の記事に登場した「全国レベル労働組合関係の幹部」の証言には、この話題が出てこなかったからだ。

 

もしね有給引当金の話をすれば、これはきちんと従業員が有給休暇の消化をするようなインセンティブになるわけでね、

 

有給休暇引当金が必要になるという話は、IFRS導入の影響としてかなり有名な話だから、組合幹部氏も知っていたのではないだろうか。だが、投資家氏のように、有給消化のインセンティブになるといった発想が生まれなかった。いや、(前回も書いたが、)この幹部氏は鋭いので、これから僕が記載するようなことやその他のことから、「IFRSの有給休暇引当金にその効果はない」と既に思われていたかもしれない。

 

 

相変わらず長い前置きで申し訳ないが、これからが本題だ。日本の実情に照らして、この引当金がどうなるか考えてみよう。この有給休暇に関連するIFRSの規程は概ね次のようになる。(以下、IAS第19号「従業員給付」11項~17項を勝手に翻訳してラフに要約。)

 

・企業は、提供された勤務の見返りとしての支払いを短期従業員給付として会計処理する(11項)。

・勤務の見返りには有給休暇が含まれる(12項)。

・累積型有給休暇(日本の年次有給休暇など)は、その予想コストを勤務の提供に応じて認識する(13項)。

・累積型有給休暇には、退職時などに従業員が企業に買取らせる権利があるものと、その権利がないものの両方がある(14項)。

・企業は、累積型有給休暇の未使用分に起因する予想追加支払金額を負債計上する(16項。これが引当金)。

・通常、有給休暇は重要性があるものとして扱われる。例えば未使用の有給疾病休暇を有給休暇へ振替えられる正式な、或いは慣習上の合意があれば、その有給休暇は、通常、重要性ありとされる。(17項。なお、「結論の根拠」を読むと「多くのケースで重要性がないことを述べた」としているが、規程ではそう読めない。)

・未使用の有給休暇から、予想追加コストを見積もる設例。(17項。これは意外と重要で、これをしっかり理解しないと誤解するので、下記に詳述する。)

 

さらにポイントを要約すると、有給休暇を付与することに起因する予想追加コストを、勤務に応じて認識する。通常、有給休暇の追加予想コストには重要性があり、有給休暇買取制度がない場合でも会計処理の対象になる。

 

そうすると日本の場合も会計処理(負債計上)せざるを得ないのではないか。いやいや、そうではない。

 

有給休暇制度は労働基準法で定められた使用者側の義務、労働者の権利だから、必ず各企業に制度があり、通常は重要性ありと判定され会計処理の対象になる(17項)。また、買取制度がない場合も例外扱いされていない(14項)から、免れようがない。

 

でも、予想追加コストとは何か? 

16項は次のように表現している。「the additional amount that the entity expects to pay as a result of the unused entitlment」。即ち、権利未使用のために企業が支払うと予想する追加金額

 

17項の設例は、未使用で繰越される有給休暇の総計200日のうち、従業員が有効期間内に取得するであろう12日分の支払い(疾病手当)予想額のみを、負債計上するとしている。この設例は、労働契約の内容が説明されていないので分かり難いが、買取制度がなく、かつ、月給ではなく時間給の労働者、即ち、日本ならパート・アルバイトを想定していると思う(派遣社員は、基本的には派遣元企業が労働契約に基づいて考慮すべきだが、企業が有給休暇に相当する支払いを派遣元企業と契約しているなら、実質的に時間給の労働者と同じ扱いになると思う)。この点(=時間給労働者を対象にしている点)が、一般的に誤解されているように思う。

 

即ちこの設例は、企業は有給休暇を買取る義務がないので、総計200日分の負債計上する必要がないことと同時に、12日分は従業員が休んでいて本来無給なのに、有給休暇を請求されて疾病手当の追加支出が発生するから、それを「予想追加コスト」としている。

 

要するに、「予想追加コスト」は、具体的な支出を伴うものだ。日本の場合は、法定内の有給休暇については買取制度はないから、この設例同様、未使用の有給休暇全体を負債計上することはない(但し、法定以上に付与される有給休暇については、買取は違法ではないため、買取制度があるかもしれない)。しかし、時間給の労働者については、本来無給で良いはずの休暇分の賃金の支払いが追加で必要になるので、それを負債計上する。

 

そして重要なことは、日本企業の多くの正社員が該当する月給制では、従業員が有給休暇を取得することで、企業に追加の支出が発生しないこと。即ち、未使用の有給休暇があっても、その取得によって追加の支出が見込まれないから、負債計上(引当計上)されないことだ。いくら有給休暇制度が重要性ありと判定されても、「負債額がゼロ」では会計処理できない。・・・と僕は思う。この考え方は、概念フレームワークの負債の定義にも合っている。負債には、具体的な将来キャッシュフローの流出が必要だ。

 

しかし、次のような反論があるかもしれない。

 

・月給制でも、有給休暇を取得する本人以外の誰かに重要な支出が発生する場合がある。例えば、誰かが有給を取得するたびに、代替要員としてアルバイトを雇わなければならないなどの支出が発生するケース。

 

このケースは、日本では考えにくい。少なくともあまり一般的ではない。

日本では、使用者側が「時季変更権」なるものを持っており、労働者の請求通りに有給休暇を与えると事業の正常な運営を妨げる場合は、有給取得を別のタイミングに変更してもらえる(労働基準法第39条第5項但書)。代替要員が確保できない場合は、この「時季変更権」を行使できる。

また、海外、特に欧米人は休暇をまとめて数週間も取るので、代替要員が必要なケースが日本より多いのかもしれない。しかし、日本では残念ながら休暇が短いし、比較的長期の休暇は、業務に支障がないように一斉にまとまって取ったり、逆に計画的に分散させて取るので、代替要員にコストがかかるようなケースは少ないだろう。あるとすれば、レストランや居酒屋などの比較的小さくて、人のやりくりが厳しい小売店舗ぐらいか・・・。

製造業なら、予定外に急激な生産量の増加があったような場合でも、まずは管理職がラインに入ったり、或いはライン間で、ラインと間接部門で、場合によっては工場間で遣り繰りする体制があるのが普通だと思う。誰かが有給休暇を取得したからといって、そのために簡単に新規のアルバイトや派遣社員を採用するなどの支出を増やすものではない。

 

・代替要員までは不要だが、他の労働者の残業代が増える。

 

これは程度問題だろう。残業代は設例でも触れられていない。設例にないから会計処理の対象にならない、と単純に考えるわけにはいかないが、残業代のような一般的に発生するもの、即ち、設例の企業でも当然発生しているはずのものが記載されていないということは、通常はそこまで考慮する必要はないと考えてよいだろう。ただ、隣の人が休むごとに、8時間も残業するというなら、アルバイトを確保するのと同じなので、予想追加コストを計算して負債計上すべきだ。だがその前に、勤務体制や有給休暇申請の仕組みなどを見直した方が良い。

 

このほかに、買取や時間給労働者の有給休暇に匹敵するような、追加の支出が必要となるケースはあるだろうか?

 

結局、IFRSの規定に沿って有給休暇引当金を計算しても、有給休暇買取制度が禁止されて、月給制が採用されている日本の多くの企業にとってはたいした金額にならず、有給消化のインセンティブになどならないと思う。時間給の労働者にとっては、買取制度がないために有給休暇取得は企業にとってコスト増にしかならないから、この引当金は逆インセンティブだ。組合幹部氏はそれを分かっていて、この話題に触れなかったのかもしれない。

 

そしてなにより、本当にこの引当金の計上が、多くの日本企業の実情に照らして必要だろうか? いらないのでは? 「有給休暇は重要」としている17項は、「In many cases, an entity may not need to」とか「is likely to be material」という表現で、例外があり得ることを表現している。日本の場合はどうだろうか。少なくとも、ケース・バイ・ケースではないだろうか。(一般的には“必要”とされていることは知っているが・・・)

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