のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(5)IFRSの考え方
2012/11/23
今日は勤労感謝の日。日本は休日だが海外市場ではまた円安が進むのだろうか。先週の突然の衆議院解散をきっかけに、為替相場が大きく円安に振れた。すると、これからは円安方向の相場が続くとの観測が増えた。折角のれんをテーマにしたのだが、円安になると海外企業に対するM&Aが萎む可能性もあるし、円安になるだけで製造業が元気になると誤解している人が安心してしまう。しかし、経済成長も、企業の成長も、基本的にはイノベーションによってもたらされるものだし、依然としてM&Aは、企業にとってその良い機会であることに変わりはない。また製造業は、従来の枠組みや既成概念を超えて、顧客を喜ばせるその企業らしさを製品/サービスに込められるよう革新を続けていかなければならない。そういう努力の積上げがのれんなので、のれんを詳しく見ていくことは、依然として時宜にかなっているともいえる。
ということで今回は、コアのれん(=①積上げた企業価値+②シナジー効果…11/17の記事を参照)を資産計上するIASB(とFASB)の考え方を理解するために、IFRS第3号の結論の根拠の記載を追ってみていこう。(IFRS第3号の改正は、両審議会の共同作業で行われたため、FASBがたくさん出てくるのでそのつもりでお読みいただきたい。)
(検討の概要)
結論の根拠では、まず、IASBとFASBのそれぞれが、コアのれんについて、それぞれの概念フレームワークの資産の定義の要件を満たすかどうかを検討したとしている(BC318)。その際に問題となったのは、下記の2点だ。
- FASBでは、「のれんが交換や決済手段として使用できないし、のれんが(単独で)将来の経済的便益を生まないこと」(BC320)、
- IASB(とFASBの共通問題)では、「買収した側の企業が、のれんを支配したといえるかどうか」(BC323)。
これらの問題の意味と、両審議会がこれらをどう乗り越えたかを、以下に紹介する。IASBとFASBは、検討の結果、コアのれんは、資産の定義を満たすと判断した。即ち、のれんは資産計上される。
(FASBの検討事項)
資産とは、ざっくり言えば「金を生むもの」だが(2011/11/01の記事)、FASBは、それなら資産は、交換したり決済したり、収益を生んだりする形で企業の役に立つものであるはずだと考え、それを概念フレームワークの資産の要件にしていた(正確には「将来の経済的便益」(≒将来キャッシュフロー)の説明として記載している(米国財務会計概念書第6号の172項))。しかし、のれんはそのどれにも当たらない。のれんは、交換されないし、決済にも使われないし、他の資源との組み合わせで将来の経済的便益を生むのであるが、のれん単独で生まない。果たして、のれんは「金を生むもの」といえるのか?
これについてFASBは、一般に、バラバラに個別項目を購入していくより、企業買収のように事業ごとまとめ買いした方が、買い手が喜んで支払いをすることに着目し、この問題をクリアできると判断したという。「喜んで支払いをする(is willing to pay)」という表現は、より高額の支払いに応じる(=のれんが生じる)ことを指していると僕は解釈した。実際の企業買収取引を観察する限り、のれんに経済的な価値あると一般的に考えられているという現実を指摘したのだと思う。
なにやら、のれんの資産性を検討しているのに、のれんを根拠にしたのでは、議論が一周回って根拠になっていないような気もする。ただ、ポイントは、一般にそのような価値が認められて取引されている“事実”にある。それを会計が否定するには相応の理由が必要だが、それはないとFASBは判断したのだと思う。
(IASBの検討事項)
IASBの方はというと、買収した側の企業は、買収された企業ののれんを支配したことになるか、という点を検討している(FASBも検討している)。“支配”については、4/21からの進行基準シリーズでも重要論点だったが、ここでもやはり重要だ。というのは、ある資産によって生み出されたお金が、もしその企業に帰属しない(≒支配していない)のであれば、その資産はその企業の資産であるとはいえない。いう意味がない。生み出されたお金をその企業に帰属させるためには、その企業が資産を“支配”している状況が必要だ。ところが、IASBは、次のような指摘を受けていたようだ。
のれんの構成要素と思われる従業員や顧客(から得られる将来キャッシュフローの期待)について、「買収した企業は、従業員が辞めたり、顧客が去ることを止めることができないので、のれんを支配しているといえない。」
これについてIASB(とFASB)は、“支配”は、買収した事業の方針及び経営に関する指示ができる力があれば十分と考えた。それはそうだ。買収された企業にも、従業員や顧客を引き留める強制的な力はなかったが、企業価値(のれん)はあった。したがって、僕も上記の指摘まで求める必要はないと思う。特に①(積上げた企業価値)の評価に関しては。
以上から、コアのれんは買収した側の企業にとって金を生むものであり、その企業(=買収を行った企業)の資産であると、IASBとFASBは判断した。以上が、結論の根拠に記載されたのれんの資産性に関するIASBとFASBの議論だ。
(将来キャッシュフローを生み出す期待)
しかし、前回(11/21の記事)に僕の意見として記載した「買収するという経営判断を尊重し、将来キャッシュフローが期待できることにしよう」という考え方は全く見当たらない。ただその代り、FASBの議論の中に次のような記載がある。
・・・したがって、のれんに関連する将来の便益は、通常はより不透明であり、ほとんどの他の資産に関連する便益よりも不確実かもしれない。それにもかかわらず、のれんは一般的に将来の経済的便益を提供する。(BC320)
この文章の趣旨を、分かりやすくより具体的に書けば、次のようになると思う。
例えば、企業買収で取得した生産設備は、製品の製造に役立つことが見込めるが、それに比べると、のれんは本当に将来キャッシュフローの創出に役立つのだろうか。こういう疑問がありながらも、一般に事実を観察すると、のれんは将来キャッシュフローを生み出している。
上述したことと同様に、FASBは、実際の状況を根拠にしたということのようだ。米国でも個別の事象を見れは、失敗例も数多くあるに違いない。しかし、引いて全体像を眺めた時には「のれんは一般的に将来の経済的便益を提供する」と言い切れる状況にあるらしい。IASBもそれを受入れているから、IASBのボードメンバーも違和感を持たなかったのだろう。
ただ、僕には少し違和感がある。特に、日本と欧米では企業買収の成功率が違うのではないかと思うのだ。もしそうなら、その成功率に見合った期待の仕方をするのが本来の在り方ではないのかと思う。すると、国や地域によっては期待が低すぎて、のれんを資産計上できないこともありえる。その国や地域の状況によって、のれんの資産性を判断させるような会計基準とするのが、正しい国際基準の在り方になるはずだ。
しかし、IASBは、国や地域に関わらず、「のれんは資産」という結論を出した。ということは、IASBは、国や地域による差が、資産か否かの判断に影響を与えるほど大きくないと考えたか、企業買収を行う際の経営者の判断に暗黙の信頼を与えたかのどちらかだと思う。僕の直感では、企業を買収し、期待通りに相手を支配し成果を上げるには、非常に高度なマネジメント・スキルが要求されるので、どの国も地域も大差なく実現できているとは思えない。特に海外企業を買収するようなケースでは顕著にみられることだ。すると、経営者が行けると判断したことなので、それを尊重したと思えなくもない。
それともう一つ、米国財務会計概念書6号の173項には「将来の経済的便益の最も明白な証拠は市場価格である」という趣旨の記載がある。それに続けて「売買されるものは何でも・・・企業買収を含む」とくる。企業買収は個性が強いので、買収額を簡単に「市場価格」といい得るのか疑問ではあるが、これは実際の取引額(買収額)に対する信頼の表れとみることができる。経営者がその価格で買収すると決断したのだから、取敢えずそれを「将来の経済的便益の証拠」として受入れよう、ということだと思うのだ。
これらが、前回の僕の意見の根拠になっている。(このように書くと、IASBやFASBは経営者に優しいな、と思われるかもしれない。しかし、あとでそれは早合点であることが分かる。)
しかし、一つ注意が必要だ。この経営者の判断は、あくまで企業買収の目的が、将来キャッシュフローをより多く獲得すること、企業業績を向上させることにある場合に該当するのであって、その他の目的による企業買収やその買収額の受入を容認したものではない。即ち、オリンパスの海外子会社や国内3社の買収のように、不正の目的で行われる企業買収は、はなからこの議論の対象ではない。
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