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2012年11月 5日 (月曜日)

【製造業】人の評価の資産計上

2012/11/0511/13

今回は、会計の根本や本質に迫る重要なテーマだと思う。「企業は人なり」と言われるのに、なぜ(IFRSばかりでなく)会計は、人を資産計上しないのか。これは、会計実務の世界では全く想定外で、普通はここまで掘り下げて問題提起されることはない。しかし、オックスフォードレポートでは、全国レベル労働組合関係の幹部の証言(P117)として、次のように問題提起されている。

 

公正価値会計でね、退職給付に関する負債が認識されてそれを一時に処理させられるわけですけどね、それは一方的なわけですよ。負債は認識されるけど、日本の優れた労働力を長期に確保することによる利益、すなわち資産は認識されないわけですよ

 

そして脚注46で、この幹部の証言をさらに詳しく紹介している(以下はコピペではなく要点のみ)。

 

・近年の企業の人的資源管理では、人をコストではなく資源として捉えているが、IFRSでは資産計上されない。

・優秀な人材は将来キャッシュフローを産出す経済資源で、工場の事業用資産などと同じである。

・そもそも、長期雇用を前提とすれば、会社は強固な職場共同体であり、その好例として、3.11の原子力発電所事故の対応を行った東京電力福島第一原発の従業員が挙げられる。

 

そのうえで、「ある洗練された投資家」の次のような証言を紹介してこの話題から離れている。

 

まあ、日本の長期雇用というのが日本の強みであった時期はありましたけどね、今は逆に弱みでもあるわけですよ。

 

そもそも、オックスフォード・レポートは、このテーマ「人を資産計上するか?」を積極的に取り上げてはいない。前回(11/2の記事)のテーマだった退職給付を問題提起したついでにこの問題に触っただけだ。しかし、このテーマは、僕が以前から気になっていたことだった。例えば、2011/11/01の記事で、「スティーブ・ジョブズ氏でも資産計上されない。」と書いたが、書きながら、何故だろう、もし資産していたらどうなっていただろう、という気持ちを持っていた。だから、オックスフォード・レポートのこの労働組合関係の幹部の証言が、強く印象に残った。

 

人を資産計上しないのは会計の常識だ。だが、何故だろう?

 

本来計上すべきだが人を金額評価する実務上のハードルが高過ぎて計上しないのか、それとも、本来計上すべきものでないのか。結論から書くと両方だと思う。もし、人を完璧に評価できてそれを資産計上したら、人以外の資産と価値がダブってしまう。だから、人を完璧に資産計上するなら他の資産を貸借対照表から外す必要がある。しかし、誰もが分かる通り、そんな人の評価は実現不可能だ。

 

では、具体的に検討してみよう。意外なことに、このテーマは、公正価値会計と取得原価主義会計に関連している。

 

実は、人に関係する価値が資産計上されている例は既にある。例えば自家建設の固定資産がある。建設に関係した労務費が、固定資産の取得原価に含まれて計上されている。また、製品の製造原価も然りだ。次に社内開発のソフトウェアも「研究開発費等に係る会計基準(企業会計審議会 1998313日)」以降は資産計上されるようになった。ただ、価値を評価したというより、コストを集計したイメージだが。

 

それからもう一つ、「のれん」だ。のれんは後日扱う予定のテーマだが、ちょっと先取りすると、企業買収等の際に、個々の資産・負債を評価して積上げた値段と、実際の買収額の差がのれんになる。IFRSや今の日本基準では識別可能なあらゆる資産・負債を公正価値評価して、それでも評価しきれない部分がのれんになるが、その「あらゆる資産」には「人」は含まれていない。したがって、もし買収額に「人」の価値が含まれていれば、その価値は、のれんに含まれることになる。こちらは、コストの集計ではなく人の価値が計上されている。

 

前者の例は、コストを集計して資産計上するという特徴があり、いわゆる取得原価主義会計だ。後者の例は、実際の取引価額(公正価値)から、個々の資産・負債の公正価値を引いていった残りだから、その残り部分も公正価値と考えることができる。即ち、取得原価主義会計の世界では、人をコストで集計し資産計上するが、公正価値会計だと人の価値が公正価値評価され、資産計上される。

 

すると、上述の労働組合関係の幹部氏は、このことを直感的に理解されていて、「IFRSは、公正価値会計と言いながら、なぜ人を資産計上しないのか」と批判したわけだ。ここまで考えてみると、これは鋭い指摘だ。

 

だが、残念ながら「IFRS=公正価値会計」は、オックスフォード・レポート(P63)も指摘しているように誤解だ。部分的には公正価値会計だが、別の部分は取得原価主義会計であり、この両者をつないでいるのは減損主義会計だ(2011/11/29からのいくつかの記事(IFRSの資産シリーズ)を参照していただけるとありがたい)。したがって、この幹部氏の批判をより正確に記述するなら、「金融商品関係の資産・負債(退職給付関係を含む)は公正価値評価されるのに、人の評価が関係する棚卸資産や固定資産の多くは、なぜ取得原価主義の評価なのか。人はコストでなく資産なのだから、棚卸資産や固定資産も公正価値評価しなさい。」となる。

 

さて、面白くなってきた(僕だけ?)。なぜ、一方は公正価値なのに、もう一方は取得原価なのか。

 

みなさんは既に想像がついたかもしれないが、棚卸資産や固定資産は「公正価値評価する実務上のハードルが高過ぎて計上しない」のだと思う。そして、その実務上のハードルを作っているのは「将来の不確実性」だ。金融商品は、外部との約束事があって、基本的にはそれが果たされるという前提を置くことができる分、不確実性が削減されている。しかし、棚卸資産が原価以上で売れるかどうかは顧客が決めることで、事前に確実性を持ってわかるものではない。作っても売れないこともある。作れないことさえある。それが事業の難しさであり面白さだ。固定資産も、それを利用して行われる事業が成功すれば原価以上のキャッシュフローをもたらすが、そうでなければ減損が待っている。即ち、棚卸資産や固定資産に由来する将来キャッシュフローは、不確実性が高い。公正価値評価するには実務上のハードルが高過ぎるのだ。

 

だが、将来、何かの科学技術の進歩によりこのハードルが低くなって、金融商品等と変わらなくなった時のことを想像してみよう。すると、棚卸資産や固定資産はいつ公正価値評価されるだろうか。いや、そもそも棚卸資産や固定資産は資産計上されるのだろうか?

 

将来の不確実性が低減し、顧客に受け入れられる商品を思った値段で提供できる可能性が高まれば、製品ならそれが完成した段階で公正価値評価できる。さらに言えば、生産設備を購入した段階で、その生産設備によって獲得される将来キャッシュフローを完璧に予想し、生産設備を公正価値評価できるかもしれない。或いはその事業を着想した段階で、事業全体を公正価値評価できるようになるかもしれない。さらに究極の完全合理性の成立つ世界では、人が入社したらその人が、何を事業化し、退職までにいくら将来キャッシュフローを生むのかを予測できる。その場合は、その人を公正価値評価することになる。このような世界では、従業員および経営者を公正価値評価すれば、その企業の価値は分かってしまうので、それとは別に製品や生産設備を資産に計上することは不要になる。それをすると資産価値が二重に計上されてしまう(これは一般的な意見ではない。下記11/13追記を脚注参照)

 

即ち、企業を評価しようと思えば、人を評価するか、“人以外のもの”を評価するかのいずれかであり、現状では現実的に実行可能な“人以外のもの”を評価することが行われている。そのために、将来の不確実性が高く、取得原価主義(+減損会計)で評価されるものが出てくる。そして、既述したように、金融商品などの契約で相手の行動を予測しやすく、将来キャッシュフローを客観的に見積りやすい項目については、その分将来の不確実性が低いので公正価値評価が行われる。退職給付の将来キャッシュフローの流出額は、企業と従業員の契約に基づいて見積ることができるため、事業による将来キャッシュフローの流入額より確実性を持って見積もることができる。したがって、公正価値評価が行われる。仮に、それが事業による将来キャッシュフローの流入額と同程度に不確かなもの、退職給付を受ける従業員の権利が不確かなものでよいなら、取得原価主義会計で処理されることも考えられるかもしれない。

 

ということで、幹部氏が指摘されたように、人の評価は本来会計処理の対象となって、資産計上されても不思議はない。しかし現実には“人以外のもの”を会計処理の対象としているため、人の評価を貸借対照表に計上すべきではないというのが結論だ。

 

 

ところで、上記では、「のれんは公正価値」と書いたが、それは買収時のことに限られる。いったん資産計上されたのれんは、その後、取得原価主義会計で処理される。そのために、償却するかしないかが問題になる(もし、公正価値会計であれば、毎期公正価値で評価替えされるので、償却も減損も問題にならない)。のれんのこの問題については、恐らく次々回で取上げる。そのまえに、次回は、(一般的には必要と考えられているが、)日本に於ける有給休暇引当金の要否について検討する。

 

11/13追記)

この辺りに関するIASBの見解は、IFRS3号「企業結合」の結論の根拠『集合的な人的資源(BC176~)』に記載されている。そこでは、集合的な人的資源が、資産の定義に合うかどうか(無形資産を認識する要件に当たるかどうか)の観点から、資産に計上しないと判断したとしている(結論は上記と同じだが、根拠は異なる)。詳細は、現在進行中の「【製造】のれん」シリーズの中で触れる予定。

この追記は、もし、上記を一般的な見解と誤解する人がいたら申し訳ないので、念のために付け加えることにした。上記の「人の評価を完全にできれば、企業価値が算定できる」とか「企業を評価するには、人を評価するか、“人以外のもの”を評価をするかのいずれか」などといった意見は、僕の感覚的な意見に過ぎず、何か根拠のあるものではない(が、僕はそう思っている)。

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