のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(11)資産と費用の境界~FA費用
2012/12/13
11/23に日経新聞が「M&A会計基準、改正へ FA費用を一括計上」と報じた。FA(Financial Advisor)費用は、現行の日本基準では、結果としてのれんに含まれ償却される。改正後は、M&Aを行った期の費用となる(強制適用は2015/4/1以降が有力)。しかし、個別財務諸表上は、引続き付随費用として子会社株式の取得原価に含まれるため、個別財務諸表と連結財務諸表で処理が分かれることになるらしい(日経新聞の記事にはそこまで書いてないが、ASBJのホームページに開示されている情報では、9/5の時点ではそのように議論が進んでおり、11/22の時点まで特に否定する記載はない)。
このシリーズの前々回(12/6)は、自己創設のれんと減損会計を比較して、前回(12/11)は、研究費支出と同じような意味の企業買収に係るのれんについて、M&Aで取得する研究開発資産の扱いから検討した。今回は、このFA費用について考えてみたい。
これについて、ASBJ(財務会計基準機構)の企業結合会計基準の改正の議論(ステップ2)の資料(7/5付)から、従来の資産計上処理を支持する意見と、IFRS等と同じように費用処理を支持する意見を下記に記載したい。
(資産計上を支持する意見)
- 取得原価に含めることにより、取得後の投資原価の回収計算を適切に行い得ると考えられる。
- 現行の我が国の取扱いは、資産の付随費用に関する他の会計基準の取扱いと整合性がある。
- 近年のM&A取引は複雑化しているため、外部専門家の関与が不可欠であり、専門家に対する手数料も事業の取得に直接要した支出として取得原価に含める処理が合理的であると考えられる。
(費用計上を支持する意見)
- 国際的な会計基準では取得関連費は、事業の売主と買主の間の公正な価値での交換の一部ではないため、企業結合とは別の取引に基づくものと捉えて発生時の費用処理としており、その観点からは整合性がある。
- 通常の資産を購入する場合と異なり、企業結合においては、取得に要した支出のどこまでを取得原価の範囲とするか、実務上、議論となることも多い。
日本基準は、これらを検討した結果、費用計上する意見が採用され、もうすぐ公開草案が開示される。だが、これを読んだだけでは、「投資回収管理」を根拠にする資産計上の意見の方がしっくりくる(というのは僕だけだろうか?)。
特に、費用処理を支持する意見の「取得関連費は、事業の売主と買主の間の公正な価値での交換の一部ではないため、企業結合とは別の取引に基づくものと捉えて発生時の費用処理」というところは、全く説得力を感じない。原料の購入でも、建物の購入でも、売主に支払われない支出(=売主と買主の交換の一部ではない支出)が、普通に取得原価に含まれている。また、個別財務諸表と連結財務諸表で処理が異なる理由も見えてこない。
だが、費用処理するという結論には賛成だ。理由は以下のとおり。
● 取得確定前のFA費用は、研究開発に例えれば研究費
僕は、「取得が確定して初めて事業化の目途が立つ」と考えている。今まで見てきたとおり、のれんには買収される会社の自己創設のれんや、買収されてからのシナジー効果への期待が含まれている。買収前では情報不足で、のれんの本当の価値が分かってないし、シナジー効果も買収後の試行錯誤の努力の中から生まれるイノベーションが頼りだ。買収が確定して初めて具体的にこの試行錯誤の努力を行う条件が整う。(企業買収に係るイノベーション等については、11/17の記事の後半の「ちょっと余計なこと」が参考になる。)
買収確定時点では、一応経営者は期待が実現できると判断したが、まだ、本当にうまくいくかどうかは不明だ。しかし、どうやってシナジー効果を出してのれんを回収するか(=投資を回収するか)の素案に実行可能性が生まれる。だから、この時点で初めて開発段階となる。
これ以前は、情報収集や買収される側との交渉によって、素案を形成したり、精度を上げるプロセスであり、それを例えれば、ソフトウェア開発でいうところの「最初に製品化された製品マスター」(「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」の第8段落)の製作段階だ。その段階の支出であるFA費用は研究段階の支出であり、未だ、将来の経済的便益を生む蓋然性がない。
したがって、FA費用が投資額の一部となることで、結果的にのれんの一部となることには反対だ。
前回(12/11)記載したように、IASBは、IAS第38号「無形資産」の、「研究段階の支出は費用で、開発段階で、かつ、一定の要件を満たしたものを資産計上」という考え方を、「公正価値を算定できるものは資産」という考え方へ修正する可能性があって、僕は、その前提にある「経営者が回収可能と判断した買収額=公正価値」という仮定を非現実的だと批判した。しかし、IASBがIAS第36号の修正を行ってしまうと、この主張は根拠を失ってしまうかもしれない。そこでもう一つ。
● そもそもFA費用はのれん(ビジネス)の付随費用ではない
食品会社が、どこの産地の食材を使うか、その食材の成分や特性を理解し、どの加工段階で投入するのが良いかを判断するための費用を、原料の付随費用にするだろうか。しない。原材料の付随費用といえば、中間業者の手数料とか、関税、運搬費用などであり、食材を選択したり、その食材を(継続的に)購入できるようにするための契約を締結する費用は含まない。しかし、FA費用は、選択したり、購入できるようにするための費用だ。だから、付随費用には含まれない。
ソフトウェア開発やコンサルティング等のサービス業の営業に照らしてもよい。ソフトウェア開発企業は、顧客の要望を実現するために提案書を作成するが、この提案書作成作業には、概要設計と思われる作業も含まれている。さらに、顧客が自社の提案を受入れやすくするために、顧客の関心が強い処理を想定したコンピュータ画面を製作したり、実現可能性をリサーチしたり、時には「御社をよく知るために」といって顧客企業の作業を手伝ったりもする。しかし、受注までは販売費用として処理される。
もし、受注を見越して先に作業を始めてしまった場合は厄介だ。その作業にかかるコストは、本来はその契約から得られる収益で回収されるべきものだからだ。だが、FAにこれに相当する作業はあるだろうか? 買収される企業の現状分析は、もちろんこれには当たらない。しかし、シナジーを出すためのアイディアは出してくれるかもしれない。しかし、それは一般論のレベルに過ぎず、具体的に役立つ、実現可能なアイディアは出せないだろう。それが義務としてFAの契約書に記載されていることも考えられない。だから、FA費用に資産性はない。
多分、こんな議論が、上記の「実務上の議論」になっているに違いない。だが、これは現行の会計基準とその運用を否定することになるので、ASBJも、この具体的な議論の内容を公表することは難しいかもしれない。
● 本来は、個別財務諸表でも費用計上すべき
FA費用は、“個別の”企業買収に係る将来収益で回収されるべきものだろうか。もしそうなら、投資原価の一部に含めて、減価償却や減損によって、回収状況を管理していかなければならない。しかし、そういう性質のものではなく、将来の経済的便益の発生可能性を高める途中段階のものであると上記に記載した。ならば、個別財務諸表でも資産計上する理由はない。
上述の日経新聞の記事には、オリンパスの粉飾決算もきっかけになって改正が行われたとされている(英国子会社の取得に関連した数百億のFA費用がのれんに計上されていた)が、ならば、連結だけ直せば済むのだろうか。単体決算においてFA費用が多額で、配当にも影響するというなら、その支出の判断をするにあたって経営者には大きなプレッシャーになる(経営者は配当への意識が強い傾向がある)。だが、連結だけの費用というなら抑止効果もその程度ということになる。だから、個別財務諸表でもFA費用は費用計上すべきだ。
税務との差異を気にしたのか、それともIFRS導入に係る連単分離論から来るのか。僕にはわからないが、早くその頸木から解かれて欲しい。
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12/11の記事に記載した12/6の記事の修正(蓋然性の規準関連)は、12/12に行って反映させました。
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