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2012年12月23日 (日曜日)

のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(14)非償却派の意見

2012/12/23

今回のテーマの肝は意外なところにある。推理演繹を重ねられた意見より、実際の観察を大事にするという姿勢だ。だが、これは万能というわけではない。いわゆる砂上の楼閣とか机上の空論に陥ることを防ぐ手法ではあるが、一方で現状を是認することになるので啓蒙的にあるべき方向を指し示すというものにはなり難い。要は使いようということだが、さて、みなさんはIASBが上手に使っていると感じるか、それとも・・・。

 

 

ということで、今回は非償却派の意見として、IAS第36号の結論の根拠BC131Aから始まる議論を紹介したい。IASBは、次の3つの選択肢を検討し、最終的に(b)の非償却が妥当という結論を出している(BC131B)。

 

(a) 定額償却。ただし、のれんの減損の可能性を示す兆候がある場合には、いつでも減損テストを行う。

 

(b) 償却しない。ただし、毎年、又はのれんの減損の可能性を示す事象又は状況の変化がある場合には、それより高い頻度で減損テストを行う。

 

(c) 企業に(a)又は(b)の選択を認める。

(この選択肢(c)は、次の段落で「比較可能性と信頼性がともに低下するので、情報の有用性が損なわれる」早くもと否定されている。そこで今回、この選択肢にはもう触れない。)

 

(b)が選択された理由は・・・

 

償却派であっても、のれんの耐用年数や期間配分のパターン(償却方法)を、満足できる水準の信頼性をもって予測することができないと認識している。(BC131D(c)

 

耐用年数と償却方法が償却費を左右するが、上記の状況であれば償却費は恣意的な見積りと言わざるを得ず(これには実例と研究による証拠がある)、例え、のれんの非償却が企業買収後の自己創設のれんの資産計上につながるとしても、非償却の方が良い。(BC131E

 

有形固定資産の償却にも耐用年数と償却方法という見積もりが使われるが、この耐用年数の見積りには、物理的な上限があるので、のれんより恣意性が入りにくい。これは、のれんと有形固定資産の扱いを変える理由になる。(BC131F

 

十分に厳密で運用可能な減損テストの会計基準が開発できると判断した。(BC131G

 

 

償却派からみれば突っ込みどころが色々あって、これだけでは非償却に納得するわけにいかないだろう。だが、このなかで一つ気になるのは、「実例と研究による証拠」だ。もし、これに説得力があると、上記の理由全体にグッと説得力が増し、寄り切られるかもしれない。一体、どんな内容なのだろうか。

 

しかし、これについてはIAS第36号に説明がなく、IFRS第3号のBC325及びその脚注にヒントがある。そこは、のれんが資産か費用かを論じているところなので、そのままズバリの表現にはなっていないが、それを償却・非償却の問題に置き換えて、なるべく分かりやすく次に紹介したい。なお、この「実例と研究による証拠」の評価は、例によってFASBが行い、それをIASBが追認したものだ。

 

米国公認会計士協会(AICPA)特別委員会の1994年の報告(いわゆるジェンキンス・レポート)及び米国投資管理調査協会(AIMR)の財務会計方針委員会(FAPC)による1993年の意見書

 

IFRS3 BC325より転記)・・・利用者は、企業結合で取得したのれんに関する情報の放棄については気が進まないように見えた。AICPA特別委員会の見解では、利用者は当該情報を利用できる選択の余地を残してほしいと考えている。同様にFAPCはのれんを財務諸表で認識すべきであると述べた。

 

このBC325は資産か、費用かを論じているところなので、ここでIASBがのれんの非償却の主張をしているわけではない。しかし、後述の「経済的付加価値」(EVA)の記載と合わせると、財務諸表の利用者はのれんについては様々な見解を持っていて、それぞれの見解に従って“修正”を行っている。だから、それができるようなのれんの情報提供をしてほしいと思っている、即ち、仮にのれんを費用処理とする場合でも、その金額等の情報を注記してほしい、ということを読み取ったと言いたいのだと思う。

 

これらのレポートについてネットで検索すると、企業の無形資産の重要性が増しているのに財務報告ではその情報が十分でない、と問題提起し、その後の知財のことや、この数年話題の「統合報告」(財務、環境・CSR、ガバナンスの開示情報を、明瞭簡潔で一貫したストーリーで提供できる企業と社会のコミュニケーションの方法)の先駆け・きっかけになったと評価されているものらしい。これは権威がありそうだ。しかし、のれんの償却・非償却を直接テーマにしたものではないようだ。

 

その他、のれんと企業の市場価値との関係の数々の実証的な調査研究

 

IFRS3 BC327より転記)・・・企業が報告したのれんと企業の市場価値との間に正の相関関係を見出しており、これは市場の投資者がのれんを資産とみているかのように行動している・・・

 

この「のれんを資産とみている」というのは、「償却を戻して」とは書いてないが、恐らくそういう意味だと思う。次のEVAの記載を見て欲しい。

 

「経済的付加価値」(EVA)や類似の測定値の利用が増えている(という実例)

 

FASBによれば、このEVA等は、のれんを修正して算定されているのが一般的という(BC326)。EVAは、スターン・スチュアート社の登録商標で、投下した資本から生じる利益から資本コストを差引いて、企業や事業の業績を評価する指標。一般に「税引後営業利益-(資本コスト率×投資資本)」で算定される。この際、税引後営業利益は、のれん償却前の利益へ修正される。

 

計算式を書かれても意味が分からん、という方に次の説明はどうだろうか。

EVAの将来予想を累積して現在価値に割引いたものが時価総額」

余計分からん、という方には、ごめんなさい。でも、時価総額は、株式市場がその会社の価値とする金額だから、EVAを累積していくとそれと等しくなるというのは、EVAこそ“本来の利益”という位置づけなのだと思う(後述するように、僕は、これはコンサル会社のセールストークだと思う)。そして、その計算において、のれんの償却費は戻されている。

 

これがIASB(とFASB)が非償却の根拠に上げている“実例”だ。

 

ご存じの方が多いと思うが、EVAは企業の経営指標としても多用されている。日本でも、日本を代表するような企業がたくさん採用している。即ち、投資家だけでなく、企業も経営のためにEVAを(のれんの償却を修正して)利用している。

 

ということで、これら3種類の研究と実例を総合して考えてみると、IASB(及びFASB)の言いたいことは、次のように解釈、要約できると思う。

 

財務諸表の利用者は、(1990年代の)財務報告に不満を抱いていて、その主な原因に無形資産(のれんを含む)の扱いがあった。その改善が必要である。のれんについていえば、利用者がのれんを資産とみて償却費を調整(=取消)している様子が観察されるので、会計基準の対応を考慮する必要がある。

 

さて、みなさんは、この研究と実例をどう感じられただろうか。

 

 

ちなみに、EVAがのれんの償却を戻すのは、“本来の利益を計算するため”というより、「EVAが時価総額と直接関連する」というセールストークにつなげるための計算原理的な理由があると僕は思っている。株式市場の変動には様々な理由があり、それを表象するような利益を財務データから計算できるとは信じがたいが、そのように説明すれば、経済学にも通じる裏付けがあるような、もっともな感じがしてくる。コンサルティングの手法としては上手なやり方だ。しかし、それを会計基準に応用するのはどうだろうか。

 

時価総額は、企業買収でいえば買収額に当たるが、その買収額から純資産を引けばのれんとなる。だから、EVAの大きな会社を買うということは、のれんが大きい会社を買うことになる。ところが、そののれんが、将来償却されて減っていくとすると、のれんが大きい分償却費も大きくなって、時価総額も減少する可能性が高い。すると投資家は損をする。それならばEVAはマイナスにならなければならない。少なくとも大きくならないはずだ。えっ、EVAが大きな会社の買収じゃなかったの?ということで、EVAを、「その累積額の現在価値が時価総額」などと説明するには、のれんが償却資産ではまずいのだ。

 

EVAは、まさに自己創設のれんが積み上がっていく様を計算しようとしている。自己創設のれんの資産計上が禁止されているIFRSなど一般的会計基準とは根本的に相容れないはずだと僕は思う。それを根拠にするのはいかがなものか・・・。もし、EVAを根拠にするなら、のれんの償却と同様に、研究費や広告宣伝費も資産計上しなければならなくなる。これらもEVAの計算上は調整されるのだから。

 

しかし、IASB(やFASB)は言うだろう。EVAがいかなるものであったとしても、株式市場の投資家や企業経営者がたくさん利用している指標だ。そこで利用されている考え方を会計基準に取り込むことは、目的適合性がある、と。(実際に研究費は12/11の記事に記載したように、その方向で改正が考えられている。)

 

さて、僕の与太話はこれぐらいにして、次回は当初(11/12の記事)の予告に戻って、ASBJのホームページに掲示されている論点整理(企業結合会計の見直しに関する論点の整理)から、ちゃんと権威のある償却派の反論を見ていこう。(いやあ、しかし随分回り道をしたものだ・・・)

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