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2012年12月25日 (火曜日)

のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(15)償却派の意見

2012/12/25

前回(12/23の記事)は、天皇誕生日であるにも係わらず英米にその源を発する非償却派の意見を記載した。英国では自己創設のれんを資産計上する慣習が以前からあったようだし、米国では(前回記載したように)ジェンキンス・レポートなどをきっかけにした潮流の変化の中で非償却を採用し、それがIFRSへ伝播するに至った。そして今日は、クリスマスでキリストの誕生日だが、日本の意見を記載する。

 

日本の意見とは、即ち、ASBJの意見だ。それは、以下の2つだ。

 

・「企業結合に関する日本の意見」(平成13112日)

・「企業結合会計の見直しに関する論点の整理」(平成217月。以下単に「論点整理」とする)

 

ただ、前者はIFRSが非償却を採用するか否かの検討段階で、IASBに対して発せられたものであり、前回紹介した非償却派の意見は、「日本の意見」を踏まえたもの、或いは、それへの反論となっている。一方、後者の「論点整理」は、IFRSが非償却を採用したあと、それを日本基準に取り入れるかどうかを検討したものなので、“再反論”、或いは、その後の議論の進展を反映したものと考えることができる。よって、今回は「論点整理」を取り上げる。また、「論点整理」は、両者の主張が対照表形式でまとめられており(第95項の図4)、分かりやすいという実利的なメリットもある。その表では、論点を3つの分野(のれん償却の意義/償却手続/自己創設のれん)に分類しているので、その単位で内容を要約して紹介したい。より正確に知りたい方は、こちらのP30~をどうぞ。

https://www.asb.or.jp/asb/asb_j/documents/summary_issue/bc_revise2/

 

 

=のれん償却の意義=

 

償却派:

のれんは超過収益力を表すものであるため、競争の進展によって価値が減価する費用性資産。よって、売却ではなく、利用によって価値の回収を図る場合は規則的に償却すべき。企業結合の成果たる収益と対応して費用認識すべき。

 

非償却派:

のれんは将来収益力によって価値が変動する資産であるから、収益力の低下による減価として費用認識すべき(=減損処理)。実際に財務諸表の利用者(経営者も含まれる)は、償却費を戻して業績評価に利用することが多い。

 

僕の意見:

残念ながら、償却派は「のれんは超過収益力」という主張をしており、現実と合わないと思う(11/27の記事)。現実には「超過」がなくても、のれんは生じる。そういうこともあって、非償却派の意見も頭に入りやすいが、それだけでは、償却を否定することはできないと思う。

 

なぜなら、他の償却資産にも償却と減損は併用されていて、将来収益力によって価値が変動するから償却はダメ、ということはないからだ。減損会計の対象になるというだけで償却に値する減価がないことにはならない。

 

また、償却費を戻して業績評価する理由が明確でない。戻している人たちは「のれんがその後の業績に関係していない」と考えている可能性が高いが、もしかしたら、「本来支出時の費用だから償却を戻す」と考えているかもしれない。また、戻すきっかけを作ったのがEVAだというのも、素直に受入れられない理由だ(詳細は前回の記事)。

 

なんだか、これだけだと今一つ本質が分からない、靴の上から足を掻くような議論になってないだろうか。規則的に償却すべきと主張するにも、償却費を戻して財務諸表を見ていると主張するにも、「のれんが何か」がはっきりしないと迫力がない。

 

 

=償却手続=

 

償却派:

耐用年数及び償却パターンが予測不能というのは有形固定資産も同様で、これをもって償却を否定することはできない。

のれんの一部が(時の経過とともに)減価するものではない可能性は否定できないが、それを分離することは困難なので、それを含めて償却することに一定の合理性がある。

また、減損手続は煩雑かつ困難。

 

償却費と取得後の自己創設のれん(シナジー効果?)につながる支出は別もの。したがって、償却費を計上することで、(M&Aではなく)自前の経営資源による成長を選択した企業と比較できる。

 

非償却派:

すべてののれんが(時の経過とともに)減価するわけではなく、また、毎期規則的に減価することも稀。しかも、償却期間や償却方法は恣意的とならざるえないので、有用な情報提供にならない。

のれんの減価しない部分は償却すべきでない。それを、減価する部分と分離できないので、のれん全体を償却すべきでない。

また、価値が減価した場合は、既に減損会計が適用され実践されているので、減損会計で対応可能。

 

償却費と取得後の自己創設のれん(シナジー効果?)につながる支出の両方を費用認識すると、M&Aによって成長しようとする企業に過大な費用計上(=償却費)を強いることになる。

 

僕の意見:

前回の記事にあるIASBの意見と比べると、2つ新しい要素が加わっている。一つは、「のれんの一部が減価しない」と両派ともに認めているのに、「それでも償却した方が良い」と「そうならばのれん全体を償却すべきでない」と意見が分かれたという論点。もう一つは、償却費の分だけM&A企業が不利になるかどうか、という論点だ。(後者の論点は自己創設のれんとの関連が強いと思うが、この資料では「償却手続」に分類されている。理由は分からない。11/17の記事で説明したIASBの「のれんの構成要素」の①と②うち②(シナジー効果への期待)をここで扱った、というところまでは想像つくが、それ以上は分からない。とりあえずASBJの分類通りに扱う。)

 

このうち前者の論点の非償却派の意見である、「実務的に解決困難な問題は減損会計で対応する」という発想は、IASBのM&Aで発生する不純物への対応でも見られる(11/29の記事)。しかし、不純物は発生しないことも多いのに対し、「減価するのれん」はすべての取引で発生していると思うので、重要性が相当違う。不純物でOKだから、こちらでもOKとはいかないと思う(しかも、僕は不純物も取り除いてほしいと思っている)。

 

また、両者の意見が分かれる背景には、のれんの減損会計に対する評価の差もあるようだ。償却派は「償却>減損」と思っているし、非償却派は「償却<減損」と思っている。

 

僕は、減価するものは償却が優先されると思っている。償却は、積極的に損益計算を行う手続であるのに対し、減損は償却の前提となった諸条件が崩れて、追い込まれて損失計上するという受動的な手続だ。そのため減損は、どうしても費用認識が遅れがちで、しかもど~んと多額になる傾向がある。財務諸表の利用者も、そういう減損が優先されるのは嫌だと思う。

 

あとは、減価するものとしないものの割合がどうか、即ち、のれん全体を減価するとみなす方がよいか、それとも減価しないとみなす方が良いか、ということになるが、これはのれんが何か、という問題だ。これがはっきりしない。

 

もう一つの論点はちょっと分かり難い。一瞬、非償却派の意見にはハッとさせられた。「償却すると費用がダブるのか!」と閃いた気になったが、良く考えてみるとやはり分からない。②ののれん(シナジー効果への期待)は、単なるアイディアに過ぎず、それを形にする買収後の支出とはダブりようがない。設計費用と製造費用がダブらないのと同じだ。

 

また、非償却派は、そもそも償却すべきでないもの(=のれんの一部に含まれる減価しないもの)が償却されると費用の過大計上になると、主張していると思うが、償却派は償却すべきでないものがのれんの一部にあることを認めているのに、それを含めて償却しても過大計上ではないという。では、“減価しないもの”とは一体何か? それを突き詰めないとこの議論は決着しないのではないか。

 

それとも、非償却派は、「減価しないもの」だけの問題でなく、減価するものを含めた「のれん全体」について、償却すると企業間比較に支障がある(=M&A企業に不利になる)と言っているのか? 例えば、シナジー効果への期待は、それが実現して想定通りの収益が獲得できるならば減価しないから、買収時のアイディアは価値が減っておらず、M&A企業では償却は不要と主張しているのか? だが、現行の減損会計では、買収時に描いたシナジー効果のアイディアと別のところで(=別のビジネスモデルに変更されて)収益を獲得しても、減損損失は計上されない。即ち、自己創設のれんの裏口入学を認めることになる。

 

いずれにしても、ますます「のれんて、なに?」ってことになると思う。

 

 

(自己創設のれん)

 

償却派:

企業買収で取得したのれんは時の経過とともに自己創設のれんに入れ替わる。

償却費と維持費(取得後に維持のために支出された費用)の両方が認識されることが問題であるなら、維持費の資産と費用の見直しを図るべき。

 

非償却派:

企業買収で取得したのれんが時の経過とともに自己創設のれんになるというのは仮定に過ぎない。

その仮定が成立する場合であっても、償却費と維持費の両方が認識されることの有用性は疑問。

 

僕の意見:

これに関しては、非償却派の「仮定に過ぎない」というのは理解できない。ここでいう自己創設のれんは、11/17の記事にあるIASBの「のれんの構成要素」の①(継続企業要素)を指すと思うが、これは11/14の記事で説明したように、創業以来の関係者の努力で積上げたものが、現役世代に引継がれたものだ。「土地」のように物理的に不変なものではない。維持するだけでも努力(=追加費用)がいる。実際には、もっと良くしようと努力しないと維持もできない。現役世代が成長してやっと受け継ぐことができる。そうやって、企業の外部からは同じように見えても、時代に合ったやり方へ内容が、そして何よりそれを担っている人が変わっていく。明らかに入れ替わっている。

 

しかし、非償却派から見れば、のれんの①の要素はこのようなものではなく、もっと普遍的な価値を持つものであり、かつ、減価するとしても、何か不祥事が起こるとか、裏切り行為が行われるとか、大きなきっかけがないと起こらないものだと思っているのだと思う。そしてそのきっかけを把握したときに減損すればよいと考えているのだと思う。

 

しかし、そのような普遍的な価値を持つのれんとは、なんだ?

 

 

というわけで、償却派と非償却派は、「のれんの本質」観に差があるのだと思う。

 

非償却派は、ジェンキンスレポートなどによる企業の無形資産への評価の高まりを反映し、自己創設のれんを如何に開示するかに強い関心を持ち、できればそれを財務諸表で明示的に資産として表現したいと思っている。即ち、暗に、自己創設のれんは可能な限り資産計上したいと考えている。

 

一方で償却派は、昔ながらの「超過収益力」から脱することができないので、超過収益力はいずれ失われていくものと思いつつも、その失われていく過程を記述できない。その結果、耐用年数や償却パターンが予測不能という批判へ反論ができずに、「収益費用対応の観点から適正な損益計算」(実際には実務的な問題や保守主義的な観点)を主張するに留まっている。

 

僕は、感覚的には明らかに償却派に親近感を持っている。だが、その親近感を説明するには、のれんの本質をさらに突き詰めて、のれんが減価するプロセスを探る必要がある。改めてそこに焦点を当てることにするが、それは次回へ続く。ん~、これに区切りがつくのは新年を迎えてお年玉のころを過ぎるかも・・・。

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