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2012年12月

2012年12月29日 (土曜日)

監査人の「生の声」を聴きたい?

2012/12/29

恐らく、今日、土曜日から、多くの企業・大学は年末・年始の休みに入るので、このブログも寂しくなる。こんな時だが、監査報告書の話題を取上げたい。監査報告書といえば、定型文で、どの企業のものを見ても、どの監査人のものを見ても、変わり映えがしないから、継続企業の前提に問題がある場合など一部のケースを除いて関心を持たれない。でも、もし、監査人が必ず何か特別のことを書くとしたら、もっと注目を浴びるようになるだろうか?

 

僕は、「こんな定型文なら監査人が自署する必要はない」と、ずっと思っていたが、もしかしたら、自署することに意味が出てきそうな改革が検討されているらしい。それは今のところ「監査人のコメント」と呼ばれ、「利用者にとって最も重要な項目」を2個から10個程度、個々の監査人の選択で記載するイメージだという。まさに監査人個人のセンスが問われそうだ。

 

思えば従来も、僕が会計士なった頃は「特記事項」、その後「追記事項」、そして昨年度から「強調事項」などと名前は変わり、じわじわ内容の幅も広がってきた。しかし、基本的には会社が開示しているものを参照するとか、要約するものでしかなかったから、ほぼ定型文になっているといってよい。しかし、この「監査人のコメント」は、もっと内容の幅が広く、何を取上げるかの選択を監査人の自由意志に任せているようであり、もっと個性的なものになるような期待がある。

 

例えば、「監査で重点を置いた項目は何か」を記載する場合。

 

以前(7/19の記事)も触れたが、監査人がリスクアプローチで効率的に監査を実施する裏には、会社のビジネスの実態に対する深い理解が必要になる。初年度より、2年目、3年目の方が理解が深まるので、監査人のコメントの記載も変わってくるだろう。監査法人が交代したときだけでなく、監査責任者(監査報告書にサインしている人)が交代したときも同様だ。

 

だが、これも財務諸表の読者があまり関心を持たず、どんな記載をしても反応が薄ければ、もとの定型文に戻ってしまうに違いない。特に株主の厳しいチェックを期待したい。例えば・・・

 

「簡潔だが抽象的。もし、このような項目に監査の重点を置いているのであれば、焦点が絞り切れておらず、無駄が作業をたくさんやっているのではないか。」

 

「一般的で当たり前の重点項目だ。もっと会社の実態を踏まえた具体的なリスクを検証すべきだ」

 

「ビジネスの特徴を踏まえたところに監査の重点が置かれている。これなら監査報告を信頼できる」

 

こんな批評がなされるようであれば、監査人もより緊張感を持つに違いないから、読者・利用者との良いコミュニケーションとなる。だから、読者の側にも積極的に関心を持っていただけることを期待したい。

 

ちなみにこの動きは、国際監査基準(ISA)を開発している国際監査・保証基準審議会(IAASB)のものであり、まず2011/5にコンサルテーション・ペーパー「監査報告書の価値の強化:変更への選択肢の模索」が、次に今年6月に「コメント募集:監査報告書の改善」が公表された。そして、来年6月には、いよいよ国際監査基準(ISA)の公開草案(ISA700やISA706)を出す予定だという。そして、日本公認会計士協会の監査基準委員会報告書(=実質的な監査基準)は、このISAに準拠・連動している(IFRSでいえばアドプション)。

 

以上については、会計監査ジャーナル1月号に、国際監査・保証基準審議会(IAASB)議長Arnold Schilder氏と日本公認会計士協会の山崎会長他との座談会という形で紹介されている。このSchilder氏の発言の中で、僕の印象に強く残ったのは次のような趣旨のところだ。

 

  • 現状維持という選択肢はない。

 

リーマンショック後の経済危機に関して行われた調査では、IAASBだけでなく、米国PCAOB、英国下院財務委員会の調査でも、監査人に対する同じような情報提供要求が寄せられたという。その結果を受けての改革であり、現状の監査報告に対する強い危機感が窺えた。

 

  • 監査人の見地からのコメントなので、二重責任の原則には抵触しない。

 

従来のような会社の開示事項と重ねた情報提供をするのではなく、監査人であればこその内容の情報提供が求められるという意味だと理解した。今まで二重責任の原則は、監査人に対する情報提供要求や監査人側の情報提供欲求をブロックしていた。しかし、その解釈を変更をして、二重責任の原則の範囲を狭めたようだ。

 

 

さて、多くの方は、この記事を正月明けに読まれるのだと思う。今のところ、ますますの円安・株高となっているが、その頃はどうなっているだろうか。日本は休みでも、海外マーケットは正月も動いていて、その流れを受けて国内取引が再開される。監査基準は既に国際基準に連動している。会計基準はどうか。海外に通用しない日本の中だけの議論、しかもそれさえ休んでいるが、それで良いのか。日本のIFRS導入論議は、もっと海外の規準セッターがもつ、顧客(財務諸表の読者・利用者、経営者を含む)志向の姿勢を学ぶ必要があるのではないだろうか。

 

そんなことを今年の締めくくりとしたい。このブログにお付き合いいただいたみなさん、今年はどうもありがとうございました。日本にとって、来年はいろんな意味で勝負の年になりそうだ。現状維持でなく、色々な場面で勇気をもって変化・改善を選択し続けましょう。

2012年12月27日 (木曜日)

のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(16)“再”のれんの本質

2012/12/27

このシリーズの2回(11/14で「のれんの本質」、3回(11/17では「のれんの構成要素」を書いた。のれんは創業以来の関係者が積上げ、現役世代に引継がれてきた企業の存在価値であり、企業買収時に算定されるのれんには、この他に、買収後に積上げていく企業価値(シナジー効果)への期待(以上がコアのれん)と、本来はのれんに含まれるべきでない不純物がある。しかし、これだけの説明だと、何故のれんが減価するのか、どのように減価していくのかを説明することができない。これが償却派の最大のウィークポイントとなっている。

 

一方非償却派は、ジェンキンス・レポート(1994年)などによる企業情報開示改善要求(無形資産など)を踏まえた非財務情報開示の拡充の流れの中で、財務情報においても、のれんを含む無形資産の会計処理・開示の改善に努めてきたようだ。具体的には、別個に認識できる無形資産をのれんから分離してB/Sに表示するとともに、のれんの減価プロセスが不明だとしてその償却を禁止した。しかし、のれんの構成要素は示したが「のれんが何か」を説明したわけではない。だから、「減価しないものも含まれているから償却しない」というのも説得力がない。

 

さて、今回で16回を重ねるこのシリーズを無駄にしないためには、改めてのれんの本質を問い直し、どのように減価するかを記述することが必要だ。今のところ、僕は2つのポイントがあると思っている。

 

 「買収額-純資産=のれん」の意味を問い直すこと

 財務情報と非財務情報の垣根を考えること

 

買収額は、買う側からみたその会社の価値だ(正確には「その会社の価値以下の金額のはず」だが、面倒なのと議論の本質に関係しないので「その会社の価値」とする)。一方、純資産は財務情報の範囲で認識・測定された会社の価値だ。では、この差(=のれん)は何かといえば、非財務情報となるのではないか。即ち、のれんは非財務情報から予想されるその会社の価値。

 

な~んだ、そんな単純なことでのれんの何が分かる?と思われるかもしれないが、その単純なことを僕は今まで考えたことがなかった。

 

恐らく、僕の結論としては、「『企業は人なり』なのに、財務諸表に人の価値は計上されない」から、「のれんは人の要素に関連するもの」と説明することになると思う。そして、買収時に在籍していた人が退職していけば、のれんも減価していくと。新しい人によって引継がれた価値は自己創設のれんだから資産計上されるべきでないと。

 

だが、そうなると、なぜ財務諸表に人の価値が計上されないかをじっくり問いたくなる。以前も書いたように、スティーブ・ジョブズ氏でさえB/S計上されなかった。一応、11/5の記事にこの問題を記載したものの、突飛なのに説明が足りない気がするし、はみだし過ぎているかもしれない。

 

それに、それなら、非財務情報と人の評価はどのように関係するのか、本当にイコールになるのか?と新たな疑問も湧いてくる。さらに、非財務情報と人の価値という、会計ではない企業情報を考えることで、逆に、会計がなんであるかという根本的なテーマに触れられるかもしれない。これはもしかしたら、僕の会計観を変えるとか、大掃除してシンプルに整理してくれるとか、そんなことにつながりそうな気がする。期待が膨らむ。

 

この忙しい、そして一年でも特別な期間である年末・年始にこんなことを考えるなんて、なんてもの好きなやつだと、みなさんは呆れられるかもしれないが、どうもこの誘惑に勝てそうにない。とはいえ、所詮、戯言にしかならないが、結果は、正月明けにみなさんへ報告できると思う。僕とご同類のみなさんは、お楽しみに。

 

なお、このブログはもう1つ番外編の記事を書いて、この2012年を終える予定だ。多分、監査関係のこと(不正対応の公開草案か、監査報告書に革命?)になると思う。

2012年12月25日 (火曜日)

のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(15)償却派の意見

2012/12/25

前回(12/23の記事)は、天皇誕生日であるにも係わらず英米にその源を発する非償却派の意見を記載した。英国では自己創設のれんを資産計上する慣習が以前からあったようだし、米国では(前回記載したように)ジェンキンス・レポートなどをきっかけにした潮流の変化の中で非償却を採用し、それがIFRSへ伝播するに至った。そして今日は、クリスマスでキリストの誕生日だが、日本の意見を記載する。

 

日本の意見とは、即ち、ASBJの意見だ。それは、以下の2つだ。

 

・「企業結合に関する日本の意見」(平成13112日)

・「企業結合会計の見直しに関する論点の整理」(平成217月。以下単に「論点整理」とする)

 

ただ、前者はIFRSが非償却を採用するか否かの検討段階で、IASBに対して発せられたものであり、前回紹介した非償却派の意見は、「日本の意見」を踏まえたもの、或いは、それへの反論となっている。一方、後者の「論点整理」は、IFRSが非償却を採用したあと、それを日本基準に取り入れるかどうかを検討したものなので、“再反論”、或いは、その後の議論の進展を反映したものと考えることができる。よって、今回は「論点整理」を取り上げる。また、「論点整理」は、両者の主張が対照表形式でまとめられており(第95項の図4)、分かりやすいという実利的なメリットもある。その表では、論点を3つの分野(のれん償却の意義/償却手続/自己創設のれん)に分類しているので、その単位で内容を要約して紹介したい。より正確に知りたい方は、こちらのP30~をどうぞ。

https://www.asb.or.jp/asb/asb_j/documents/summary_issue/bc_revise2/

 

 

=のれん償却の意義=

 

償却派:

のれんは超過収益力を表すものであるため、競争の進展によって価値が減価する費用性資産。よって、売却ではなく、利用によって価値の回収を図る場合は規則的に償却すべき。企業結合の成果たる収益と対応して費用認識すべき。

 

非償却派:

のれんは将来収益力によって価値が変動する資産であるから、収益力の低下による減価として費用認識すべき(=減損処理)。実際に財務諸表の利用者(経営者も含まれる)は、償却費を戻して業績評価に利用することが多い。

 

僕の意見:

残念ながら、償却派は「のれんは超過収益力」という主張をしており、現実と合わないと思う(11/27の記事)。現実には「超過」がなくても、のれんは生じる。そういうこともあって、非償却派の意見も頭に入りやすいが、それだけでは、償却を否定することはできないと思う。

 

なぜなら、他の償却資産にも償却と減損は併用されていて、将来収益力によって価値が変動するから償却はダメ、ということはないからだ。減損会計の対象になるというだけで償却に値する減価がないことにはならない。

 

また、償却費を戻して業績評価する理由が明確でない。戻している人たちは「のれんがその後の業績に関係していない」と考えている可能性が高いが、もしかしたら、「本来支出時の費用だから償却を戻す」と考えているかもしれない。また、戻すきっかけを作ったのがEVAだというのも、素直に受入れられない理由だ(詳細は前回の記事)。

 

なんだか、これだけだと今一つ本質が分からない、靴の上から足を掻くような議論になってないだろうか。規則的に償却すべきと主張するにも、償却費を戻して財務諸表を見ていると主張するにも、「のれんが何か」がはっきりしないと迫力がない。

 

 

=償却手続=

 

償却派:

耐用年数及び償却パターンが予測不能というのは有形固定資産も同様で、これをもって償却を否定することはできない。

のれんの一部が(時の経過とともに)減価するものではない可能性は否定できないが、それを分離することは困難なので、それを含めて償却することに一定の合理性がある。

また、減損手続は煩雑かつ困難。

 

償却費と取得後の自己創設のれん(シナジー効果?)につながる支出は別もの。したがって、償却費を計上することで、(M&Aではなく)自前の経営資源による成長を選択した企業と比較できる。

 

非償却派:

すべてののれんが(時の経過とともに)減価するわけではなく、また、毎期規則的に減価することも稀。しかも、償却期間や償却方法は恣意的とならざるえないので、有用な情報提供にならない。

のれんの減価しない部分は償却すべきでない。それを、減価する部分と分離できないので、のれん全体を償却すべきでない。

また、価値が減価した場合は、既に減損会計が適用され実践されているので、減損会計で対応可能。

 

償却費と取得後の自己創設のれん(シナジー効果?)につながる支出の両方を費用認識すると、M&Aによって成長しようとする企業に過大な費用計上(=償却費)を強いることになる。

 

僕の意見:

前回の記事にあるIASBの意見と比べると、2つ新しい要素が加わっている。一つは、「のれんの一部が減価しない」と両派ともに認めているのに、「それでも償却した方が良い」と「そうならばのれん全体を償却すべきでない」と意見が分かれたという論点。もう一つは、償却費の分だけM&A企業が不利になるかどうか、という論点だ。(後者の論点は自己創設のれんとの関連が強いと思うが、この資料では「償却手続」に分類されている。理由は分からない。11/17の記事で説明したIASBの「のれんの構成要素」の①と②うち②(シナジー効果への期待)をここで扱った、というところまでは想像つくが、それ以上は分からない。とりあえずASBJの分類通りに扱う。)

 

このうち前者の論点の非償却派の意見である、「実務的に解決困難な問題は減損会計で対応する」という発想は、IASBのM&Aで発生する不純物への対応でも見られる(11/29の記事)。しかし、不純物は発生しないことも多いのに対し、「減価するのれん」はすべての取引で発生していると思うので、重要性が相当違う。不純物でOKだから、こちらでもOKとはいかないと思う(しかも、僕は不純物も取り除いてほしいと思っている)。

 

また、両者の意見が分かれる背景には、のれんの減損会計に対する評価の差もあるようだ。償却派は「償却>減損」と思っているし、非償却派は「償却<減損」と思っている。

 

僕は、減価するものは償却が優先されると思っている。償却は、積極的に損益計算を行う手続であるのに対し、減損は償却の前提となった諸条件が崩れて、追い込まれて損失計上するという受動的な手続だ。そのため減損は、どうしても費用認識が遅れがちで、しかもど~んと多額になる傾向がある。財務諸表の利用者も、そういう減損が優先されるのは嫌だと思う。

 

あとは、減価するものとしないものの割合がどうか、即ち、のれん全体を減価するとみなす方がよいか、それとも減価しないとみなす方が良いか、ということになるが、これはのれんが何か、という問題だ。これがはっきりしない。

 

もう一つの論点はちょっと分かり難い。一瞬、非償却派の意見にはハッとさせられた。「償却すると費用がダブるのか!」と閃いた気になったが、良く考えてみるとやはり分からない。②ののれん(シナジー効果への期待)は、単なるアイディアに過ぎず、それを形にする買収後の支出とはダブりようがない。設計費用と製造費用がダブらないのと同じだ。

 

また、非償却派は、そもそも償却すべきでないもの(=のれんの一部に含まれる減価しないもの)が償却されると費用の過大計上になると、主張していると思うが、償却派は償却すべきでないものがのれんの一部にあることを認めているのに、それを含めて償却しても過大計上ではないという。では、“減価しないもの”とは一体何か? それを突き詰めないとこの議論は決着しないのではないか。

 

それとも、非償却派は、「減価しないもの」だけの問題でなく、減価するものを含めた「のれん全体」について、償却すると企業間比較に支障がある(=M&A企業に不利になる)と言っているのか? 例えば、シナジー効果への期待は、それが実現して想定通りの収益が獲得できるならば減価しないから、買収時のアイディアは価値が減っておらず、M&A企業では償却は不要と主張しているのか? だが、現行の減損会計では、買収時に描いたシナジー効果のアイディアと別のところで(=別のビジネスモデルに変更されて)収益を獲得しても、減損損失は計上されない。即ち、自己創設のれんの裏口入学を認めることになる。

 

いずれにしても、ますます「のれんて、なに?」ってことになると思う。

 

 

(自己創設のれん)

 

償却派:

企業買収で取得したのれんは時の経過とともに自己創設のれんに入れ替わる。

償却費と維持費(取得後に維持のために支出された費用)の両方が認識されることが問題であるなら、維持費の資産と費用の見直しを図るべき。

 

非償却派:

企業買収で取得したのれんが時の経過とともに自己創設のれんになるというのは仮定に過ぎない。

その仮定が成立する場合であっても、償却費と維持費の両方が認識されることの有用性は疑問。

 

僕の意見:

これに関しては、非償却派の「仮定に過ぎない」というのは理解できない。ここでいう自己創設のれんは、11/17の記事にあるIASBの「のれんの構成要素」の①(継続企業要素)を指すと思うが、これは11/14の記事で説明したように、創業以来の関係者の努力で積上げたものが、現役世代に引継がれたものだ。「土地」のように物理的に不変なものではない。維持するだけでも努力(=追加費用)がいる。実際には、もっと良くしようと努力しないと維持もできない。現役世代が成長してやっと受け継ぐことができる。そうやって、企業の外部からは同じように見えても、時代に合ったやり方へ内容が、そして何よりそれを担っている人が変わっていく。明らかに入れ替わっている。

 

しかし、非償却派から見れば、のれんの①の要素はこのようなものではなく、もっと普遍的な価値を持つものであり、かつ、減価するとしても、何か不祥事が起こるとか、裏切り行為が行われるとか、大きなきっかけがないと起こらないものだと思っているのだと思う。そしてそのきっかけを把握したときに減損すればよいと考えているのだと思う。

 

しかし、そのような普遍的な価値を持つのれんとは、なんだ?

 

 

というわけで、償却派と非償却派は、「のれんの本質」観に差があるのだと思う。

 

非償却派は、ジェンキンスレポートなどによる企業の無形資産への評価の高まりを反映し、自己創設のれんを如何に開示するかに強い関心を持ち、できればそれを財務諸表で明示的に資産として表現したいと思っている。即ち、暗に、自己創設のれんは可能な限り資産計上したいと考えている。

 

一方で償却派は、昔ながらの「超過収益力」から脱することができないので、超過収益力はいずれ失われていくものと思いつつも、その失われていく過程を記述できない。その結果、耐用年数や償却パターンが予測不能という批判へ反論ができずに、「収益費用対応の観点から適正な損益計算」(実際には実務的な問題や保守主義的な観点)を主張するに留まっている。

 

僕は、感覚的には明らかに償却派に親近感を持っている。だが、その親近感を説明するには、のれんの本質をさらに突き詰めて、のれんが減価するプロセスを探る必要がある。改めてそこに焦点を当てることにするが、それは次回へ続く。ん~、これに区切りがつくのは新年を迎えてお年玉のころを過ぎるかも・・・。

2012年12月23日 (日曜日)

のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(14)非償却派の意見

2012/12/23

今回のテーマの肝は意外なところにある。推理演繹を重ねられた意見より、実際の観察を大事にするという姿勢だ。だが、これは万能というわけではない。いわゆる砂上の楼閣とか机上の空論に陥ることを防ぐ手法ではあるが、一方で現状を是認することになるので啓蒙的にあるべき方向を指し示すというものにはなり難い。要は使いようということだが、さて、みなさんはIASBが上手に使っていると感じるか、それとも・・・。

 

 

ということで、今回は非償却派の意見として、IAS第36号の結論の根拠BC131Aから始まる議論を紹介したい。IASBは、次の3つの選択肢を検討し、最終的に(b)の非償却が妥当という結論を出している(BC131B)。

 

(a) 定額償却。ただし、のれんの減損の可能性を示す兆候がある場合には、いつでも減損テストを行う。

 

(b) 償却しない。ただし、毎年、又はのれんの減損の可能性を示す事象又は状況の変化がある場合には、それより高い頻度で減損テストを行う。

 

(c) 企業に(a)又は(b)の選択を認める。

(この選択肢(c)は、次の段落で「比較可能性と信頼性がともに低下するので、情報の有用性が損なわれる」早くもと否定されている。そこで今回、この選択肢にはもう触れない。)

 

(b)が選択された理由は・・・

 

償却派であっても、のれんの耐用年数や期間配分のパターン(償却方法)を、満足できる水準の信頼性をもって予測することができないと認識している。(BC131D(c)

 

耐用年数と償却方法が償却費を左右するが、上記の状況であれば償却費は恣意的な見積りと言わざるを得ず(これには実例と研究による証拠がある)、例え、のれんの非償却が企業買収後の自己創設のれんの資産計上につながるとしても、非償却の方が良い。(BC131E

 

有形固定資産の償却にも耐用年数と償却方法という見積もりが使われるが、この耐用年数の見積りには、物理的な上限があるので、のれんより恣意性が入りにくい。これは、のれんと有形固定資産の扱いを変える理由になる。(BC131F

 

十分に厳密で運用可能な減損テストの会計基準が開発できると判断した。(BC131G

 

 

償却派からみれば突っ込みどころが色々あって、これだけでは非償却に納得するわけにいかないだろう。だが、このなかで一つ気になるのは、「実例と研究による証拠」だ。もし、これに説得力があると、上記の理由全体にグッと説得力が増し、寄り切られるかもしれない。一体、どんな内容なのだろうか。

 

しかし、これについてはIAS第36号に説明がなく、IFRS第3号のBC325及びその脚注にヒントがある。そこは、のれんが資産か費用かを論じているところなので、そのままズバリの表現にはなっていないが、それを償却・非償却の問題に置き換えて、なるべく分かりやすく次に紹介したい。なお、この「実例と研究による証拠」の評価は、例によってFASBが行い、それをIASBが追認したものだ。

 

米国公認会計士協会(AICPA)特別委員会の1994年の報告(いわゆるジェンキンス・レポート)及び米国投資管理調査協会(AIMR)の財務会計方針委員会(FAPC)による1993年の意見書

 

IFRS3 BC325より転記)・・・利用者は、企業結合で取得したのれんに関する情報の放棄については気が進まないように見えた。AICPA特別委員会の見解では、利用者は当該情報を利用できる選択の余地を残してほしいと考えている。同様にFAPCはのれんを財務諸表で認識すべきであると述べた。

 

このBC325は資産か、費用かを論じているところなので、ここでIASBがのれんの非償却の主張をしているわけではない。しかし、後述の「経済的付加価値」(EVA)の記載と合わせると、財務諸表の利用者はのれんについては様々な見解を持っていて、それぞれの見解に従って“修正”を行っている。だから、それができるようなのれんの情報提供をしてほしいと思っている、即ち、仮にのれんを費用処理とする場合でも、その金額等の情報を注記してほしい、ということを読み取ったと言いたいのだと思う。

 

これらのレポートについてネットで検索すると、企業の無形資産の重要性が増しているのに財務報告ではその情報が十分でない、と問題提起し、その後の知財のことや、この数年話題の「統合報告」(財務、環境・CSR、ガバナンスの開示情報を、明瞭簡潔で一貫したストーリーで提供できる企業と社会のコミュニケーションの方法)の先駆け・きっかけになったと評価されているものらしい。これは権威がありそうだ。しかし、のれんの償却・非償却を直接テーマにしたものではないようだ。

 

その他、のれんと企業の市場価値との関係の数々の実証的な調査研究

 

IFRS3 BC327より転記)・・・企業が報告したのれんと企業の市場価値との間に正の相関関係を見出しており、これは市場の投資者がのれんを資産とみているかのように行動している・・・

 

この「のれんを資産とみている」というのは、「償却を戻して」とは書いてないが、恐らくそういう意味だと思う。次のEVAの記載を見て欲しい。

 

「経済的付加価値」(EVA)や類似の測定値の利用が増えている(という実例)

 

FASBによれば、このEVA等は、のれんを修正して算定されているのが一般的という(BC326)。EVAは、スターン・スチュアート社の登録商標で、投下した資本から生じる利益から資本コストを差引いて、企業や事業の業績を評価する指標。一般に「税引後営業利益-(資本コスト率×投資資本)」で算定される。この際、税引後営業利益は、のれん償却前の利益へ修正される。

 

計算式を書かれても意味が分からん、という方に次の説明はどうだろうか。

EVAの将来予想を累積して現在価値に割引いたものが時価総額」

余計分からん、という方には、ごめんなさい。でも、時価総額は、株式市場がその会社の価値とする金額だから、EVAを累積していくとそれと等しくなるというのは、EVAこそ“本来の利益”という位置づけなのだと思う(後述するように、僕は、これはコンサル会社のセールストークだと思う)。そして、その計算において、のれんの償却費は戻されている。

 

これがIASB(とFASB)が非償却の根拠に上げている“実例”だ。

 

ご存じの方が多いと思うが、EVAは企業の経営指標としても多用されている。日本でも、日本を代表するような企業がたくさん採用している。即ち、投資家だけでなく、企業も経営のためにEVAを(のれんの償却を修正して)利用している。

 

ということで、これら3種類の研究と実例を総合して考えてみると、IASB(及びFASB)の言いたいことは、次のように解釈、要約できると思う。

 

財務諸表の利用者は、(1990年代の)財務報告に不満を抱いていて、その主な原因に無形資産(のれんを含む)の扱いがあった。その改善が必要である。のれんについていえば、利用者がのれんを資産とみて償却費を調整(=取消)している様子が観察されるので、会計基準の対応を考慮する必要がある。

 

さて、みなさんは、この研究と実例をどう感じられただろうか。

 

 

ちなみに、EVAがのれんの償却を戻すのは、“本来の利益を計算するため”というより、「EVAが時価総額と直接関連する」というセールストークにつなげるための計算原理的な理由があると僕は思っている。株式市場の変動には様々な理由があり、それを表象するような利益を財務データから計算できるとは信じがたいが、そのように説明すれば、経済学にも通じる裏付けがあるような、もっともな感じがしてくる。コンサルティングの手法としては上手なやり方だ。しかし、それを会計基準に応用するのはどうだろうか。

 

時価総額は、企業買収でいえば買収額に当たるが、その買収額から純資産を引けばのれんとなる。だから、EVAの大きな会社を買うということは、のれんが大きい会社を買うことになる。ところが、そののれんが、将来償却されて減っていくとすると、のれんが大きい分償却費も大きくなって、時価総額も減少する可能性が高い。すると投資家は損をする。それならばEVAはマイナスにならなければならない。少なくとも大きくならないはずだ。えっ、EVAが大きな会社の買収じゃなかったの?ということで、EVAを、「その累積額の現在価値が時価総額」などと説明するには、のれんが償却資産ではまずいのだ。

 

EVAは、まさに自己創設のれんが積み上がっていく様を計算しようとしている。自己創設のれんの資産計上が禁止されているIFRSなど一般的会計基準とは根本的に相容れないはずだと僕は思う。それを根拠にするのはいかがなものか・・・。もし、EVAを根拠にするなら、のれんの償却と同様に、研究費や広告宣伝費も資産計上しなければならなくなる。これらもEVAの計算上は調整されるのだから。

 

しかし、IASB(やFASB)は言うだろう。EVAがいかなるものであったとしても、株式市場の投資家や企業経営者がたくさん利用している指標だ。そこで利用されている考え方を会計基準に取り込むことは、目的適合性がある、と。(実際に研究費は12/11の記事に記載したように、その方向で改正が考えられている。)

 

さて、僕の与太話はこれぐらいにして、次回は当初(11/12の記事)の予告に戻って、ASBJのホームページに掲示されている論点整理(企業結合会計の見直しに関する論点の整理)から、ちゃんと権威のある償却派の反論を見ていこう。(いやあ、しかし随分回り道をしたものだ・・・)

2012年12月21日 (金曜日)

【金融緩和】良いインフレ?

2012/12/21

「まさか、インフレが良いってことはないでしょう。精々、デフレよりは多少マシって感じですかね。」

 

大抵の人は、こんな認識だと思うのだが、世の中、インフレは良いものだと誤解している人もいるようだ。Twitterで、もっと早く教えてくれと嘆く呟きが拡散されているのを見かけた。しかし、まだ全然遅くない。これからが本当に必要な時期であり、政府・与党の在り方をしっかりチェックする必要がある。そこで、あくまで僕の考えに過ぎないが、もう少し、誤解しそうなことを並べてみようと思う。下記の太字の見出しは、すべて誤解しそうなことを書いているのであって、決して肯定しているわけではない。ご注意を。

 

・インフレになれば景気が良くなる

500億のGDPが、インフレで翌年は510兆円になる。すると経済成長しているように錯覚する。だから、そのまま500兆であったり、デフレで490兆に下がるより景気が良くなったように感じる。しかし、実質は変わらない。“気のせい”ってやつだ。

但し、この錯覚が投資増加のきっかけとなることがある。投資が増えれば景気は良くなる。ただ、残念なのは、この投資先が国内とは限らないことだ。もし、海外へ投資したら、国内の景気に与える影響はかなり限定的だ。雇用も需要も増えない。だから、なるべく国内に投資されるように、投資環境を整えておく必要がある。それはイノベーションと規制緩和。民も官も発想の転換が求められている。インフレより、こちらの方が肝だ。

 

・インフレになれば会社が儲かる

500億円の売上が、翌年にインフレで510億円になる。数字が増えたからよくなったような気がする。でも販売数量は良くて横ばいだ。とはいえ、原材料や人件費の上昇を遅らせられることができれば、利益がその分増える。そして、過去に設備投資した設備の償却費は値上がりしないので、その分の利益も増える。

しかし良いことばかりではない。変動金利の借入が多い企業は、名目金利が上昇して利払いが増加するので、その分の利益が減少する。みなさんの会社の借入金と償却資産の残高を比べてみると、利益への影響をある程度想像できるかもしれない。

 

・インフレになれば給料が上がる

まあ、経営者が上げるって言ってくれれば。ちなみに経団連は厳しいことを言っているらしい。

 

定昇「聖域ではない」=ベア余地なし―経団連・春闘指針

 

・インフレになれば円安になる

「欧米や韓国・中国よりインフレ率が高ければ」という前提が必要だ。この前提があれば、中長期的には円安になる可能性が高い。だが、短期的にも“インフレ期待”のみで(今の為替相場のように)、円安に振れる。

ところで、今のゼロ金利下の金融緩和がインフレにつながるか否かの議論があるが、あまり僕は重要でない気がする。というのは、実際に円相場が動いているから、今の金融緩和に向かう姿勢が、(外国投資家の)インフレ期待を高めていることは間違いないと思うからだ。(むしろ、期待を生むだけで、実際のインフレにつながらない方が嬉しい。)

 

・円安になればデフレ脱却に貢献する(良いインフレになる)

デフレを悪者にするあまり、輸入価格の上昇がデフレ脱却に貢献するみたいな論調があるが、これは典型的な悪いインフレだ。現在、LNG価格を石油連動から米国シェール・ガス連動へ変更し、輸入価格を下げようとしているが、そういう努力が極めて重要だ。単に円安だけでは、国内の富の海外への流出が増える上に、庶民は値上がり分の消費税も余分に支払わせられるので、ダブルパンチを受ける。

 

・インフレになれば国の財政再建が進む

既に、何度も書いたが(10/15の「加工貿易と円高」12/15の「英国メディアの記事から」)、インフレになれば国債の金利が上がって、国債価格が下落し、利払いが増える。この結果、金融機関が大打撃を受け、かつ、利払いのために国債を増発するという最悪の自転車操業に陥りかねない。大事なのは「成長によって税収を増やすこと」であって、インフレになることではない。

 

 

アベノミックス。新政権は着々と大胆な金融緩和の準備を進めている。そして、日銀もそのプレッシャーに戦々恐々としているようだ。しかし、願わくば、これらの動きは新政権と日銀の息の合った「芝居」であって欲しい。重要なのは「インフレ期待が高まり、かつ、それが相当期間継続すること」であって、本当にインフレになることではない。

 

インフレは基本的に生活者には害だ。しかし、政府と日銀が芝居を打ち続けると、そのうち本当にインフレが起き、痛みを受けることは、我々も覚悟しなければならないだろう。そして、なるべくその時期が遅くなることを願おう。その前に本当に景気が良くなって、インフレ以上に給料が上がれば最高だ。

 

そんなときに、上記の経団連の春闘指針は、タイミングと内容が悪い。政府・日銀・国民が息を合わせて芝居を打とうという時に、経営者団体が従業員に強い鞭を入れると、チーム日本のチームワークが崩れかねない。それに、さらなるデフレ・スパイラルを連想させるような内容だ。まるで芝居の進行を妨げる下品な野次のようだ。これは、コリンチャンスやチェルシーを相手にするような難しいゲームなのだから、せめてチームワークぐらいは良くしないと太刀打ちできない。

2012年12月20日 (木曜日)

のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(13)償却と減損

2012/12/20

償却派も非償却派も、減損会計を前提としている。「償却+減損」か、「減損のみ」かという違いだ。では、「償却のみ」とか「(償却も)減損もしない」という方法、即ち、「減損なし」は考えられないのだろうか。そして、減価償却と減損は何が違うのだろうか。

 

 

◯「減損なし」について

 

現行の会計基準(日本基準でもIFRSでも)で、減損しない資産にはどんなものがあるかを考えてみよう。

 

現金預金、市場性のある有価証券、デリバティブ・・・

 

いずれも、時価評価(公正価値評価)される資産だ。これらは期末の時価が付されるので、評価損益が毎期P/Lに計上される。「資産は金を生むもの」なので、その時価評価額で資産計上する。

 

一方、以前(2011/11/30も書いたが、公正価値評価されないすべての資産(=取得原価や償却原価で評価された資産)には、減損会計が適用される。「金を生むので資産には違いないが、B/Sに計上されている金額ほどは生まない」場合に、金を生む範囲(=回収可能価額)までB/S価額を切り下げるのが減損会計だ。公正価値で計上されない資産は、資産の定義上、この投資回収のチェックである減損テスト(少なくとも減損の兆候の有無のチェックまで)を受ける必要がある。

 

以上のことをのれんについて考えてみよう。

 

B/Sに計上されるのれんは、企業買収価額から買収される企業の純資産の公正価値(=資産・負債の公正価値額の差額)を控除したものだから、もし、IASB(やFASB)のように「買収価額=公正価値」と考えれば、公正価値(買収額)から公正価値(純資産)を差引いた結果得られるのれんの金額も、公正価値ということになる。したがって「取得時は公正価値でB/S計上される」というところが上記資産との共通点だ。(まあ、基本的にはすべての資産がそうなのだが。)

 

しかし、IASB(やFASB)が悩んだように、のれんはそれ単独で交換や換金手段にならないし、将来経済便益を生むこともできない(11/23の記事)。このことは、たとえ取得時は公正価値であったとしても、その後ののれんを公正価値評価することができないということを示している。なぜなら、交換や換金されないということは市場価格がないということであり、それ単独で将来キャッシュフローを見込めないので、見積計算で公正価値を求めることもできないからだ。

 

したがって、いったんB/Sに計上したら、その後は決算時にのれんを公正価値評価することはできない。公正価値評価しない資産には、減損会計が適用されることになる。ということで、のれんにも減損会計が適用されざるを得ない。

 

ちなみにIASBも、後日で記載するように、①定額償却+減損、②非償却で減損、③いずれかの選択、という3つの方法を検討しているが、減損がないパターンは検討の対象にもなっていない(IAS第36号「資産の減損」BC131~)。

 

 

◯「減価償却」と「減損」の相違

 

減価償却といえば、最近、公開草案「認められる減価償却(償却)方法の明確化(IAS第16号及びIAS第38号の改訂案)」が話題となった。そこでは「収益を基礎とした減価償却・償却方法は認められない」ことがポイントになっているが、これは減価償却の性質をよく表している。

 

減価償却は、取得原価を期間損益計算に反映させる手続(=原価を期間配分する手続)であり、適切な損益計算のために行う。その結果、未償却残高がB/S計上額となるが、この金額はその資産の価値を表すものではない。単に、まだ損益計算に反映されていない計算上の金額がある、という事実のみを示している。

 

これに対して減損は上述したように、B/S価額が、金を生む(と予想される)金額(=回収可能価額)以上になることを防止する手続だ(=含み損の発生を防止する手続)。その結果、回収可能価額を超える部分は、減損損失として損益計算に反映される。そして、減損損失を計上した資産グループや事業は、(計算上は)その後の期の損益がトントンになることが予定されている。(それで損益管理はやりやすくなるし、財務諸表の読者も経営実態が分かりやすくなる。しかし、トントンというのは調整された損益であり、本来の期間損益ではないのかもしれない。)

 

投資の回収管理のためであれば、収益が発生するパターンに合わせて減価償却するのも良いが、損益計算のためであれば、用役が費消されるパターンでの減価償却が良い。減損会計が導入されて、投資回収管理は減価償却の役割でないことが明確になったので、実務上残っていた収益パターンを基礎とした償却方法の選択を否定しようというのが、上記公開草案の趣旨なのだろうと思う。この結果、「毎期安定して発生する収益に対応するため賃貸資産に定額法を採用する」みたいな注記は書けなくなる。代わりに、賃貸資産がどのように用役を提供するかを意識した記載になる。

 

これらから、「適切な期間損益計算」のためには、減損より減価償却の方が目的に合っていると考えることができる。減価償却だけでは含み損が発生するケースにおいてのみ、やむをえず減損損失を計上するが、そうでえなければ減損損失をP/Lに計上することはなるべく避けたい。

 

さて、このことをのれんについて考えてみよう。

 

のれんのB/S計上額をどのように損益計算に反映させたら適切な損益計算になるか、即ち、のれんの費消パターンを明確に示すこと、そして、それに適合する償却方法を提案することが、非償却のIFRSの規程をひっくり返す重要な武器になるだろうことが想起される。

 

もう一つ、(非償却で)減損のみとすることは、損益計算の質を下げることになる。なぜなら、のれんは金を生むとされていながら、収益獲得へののれんの貢献が損益計算に考慮されないからだ。それに、上述のように投資回収の観点から計上される減損損失は、厳密な意味での期間損益計算とちょっと違うような気もしないではない。毎期償却していれば減損テストに引っかかる可能性が低下するから、減損損失が計上される可能性も低下し、その分期間損益計算もより良くなる。

 

ということで、このブログは、とりあえず、IFRSにおける「のれん償却の復活」を主張することを目指すことになるが、その前に(次回以降)、非償却派と償却派の主張を見ていく。

 

 

ちょっと話が横道にそれるが、上記の、「全ての資産は、公正価値評価か、減損会計の対象のいずれかになる」、「減損会計の対象になった一部の資産に減価償却が適用される」というのは、会計ビックバン以降の制度会計の非常に重要な特徴だと思う。減価償却より減損会計の方が基本的な位置づけとなっている。そして、事業用資産の多くが減損会計の対象になることを考慮すると、減損会計を組込んだ経営管理の方法を各社で具体的に模索していくことが重要だと思う。過去に何度も記載しているが、損益管理ばかりで「投資の回収管理」があまり意識されていない会社は、この機会に見直すと良いのではないだろうか。

2012年12月18日 (火曜日)

のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(12)ここまでのまとめと、いよいよ償却問題

2012/12/18

みなさんには長らくお待たせしてしまったが、いよいよお待ちかねの償却・非償却の問題に入りたいと思う。だが、まだ先は長い。いや、前置きだけ長くて本論は意外とあっさり終わるかもしれない。まるで「近いうち」で引っ張っておいて、不意打ちで始まったが意外とあっさり終わった総選挙のように。或いは、各大陸で行われた長く壮絶なリーグ戦、トーナメント戦を勝ち残ったサッカー・クラブが一堂に会したクラブW杯のように。(チェルシーに勝利したコリンチャンスは素晴らしかったが、開票状況が画面の端に表示されるのには参った。気が散ってサッカーに集中できなかった。)

 

要するに僕にもはっきり結末が見えているわけではない。いや、そうではない。結末は「毎期規則的に減損する」のだ。でも、それに至るプロセスが問題だ。誰かは勝ち、引き分けはない。それは分かっている。だがいったいどうやって? どのくらい? そこはまだよく分からない。

 

 

ということで、ざっと復習をしてみたい。償却派も、非償却派も、それぞれの「のれんの資産観」(償却派は資産観というより、費用観の結果の資産観)からのれんを償却すべきか、非償却にすべきかを考えている。では、のれんとはどのようなもので、なぜ資産計上が認められたのか。(既に十分読んでこられた方は、赤文字のところのみをお読みください。)

 

11/12 (1) 問題提起

のれんとなにかを検討したうえで、償却派、非償却派の意見の意見を紹介し、結論を得ていきたいとこのシリーズの方針を書いた。その中で、僕は償却派だが、非償却派の意見に良いところがあればそれをみなさんに紹介したいと書いた。(それはなんだったのか? もし、みなさんがこれを読む前より、「のれんって資産だなあ」と思われていれば、僕は満足だ。)

 

11/14 (2) のれんの本質

のれんという言葉の意味(英語では「Good will」)から説き起こして、のれんが創業以来の関係者の努力の積み重ねで創設された企業の信用、イメージ、他社と異なるところ、即ち、その会社の存在価値である旨を記載した。(存在価値がなければ会社は潰れる。そういう意味で、IASBは、「継続企業要素の公正価値」と表現している。)

そして、通常、このような自己創設のれんは会計上資産計上されない。企業買収時に買収の対価となったものだけが資産計上される。

 

11/17 (3) のれんの構成要素

IASB(やFASB)の説明を記載した。コアのれん(本来のれんを構成すべきもの)には、上記の継続企業要素の価値と、シナジー効果への期待の2つがある。特にシナジー効果については、買収日以降に創設される自己創設のれんに対する先払い、単なる期待に過ぎないが、資産計上される。

これら以外に計算上混入してくる可能性がある不純物があるので、IASB(やFASB)は、会計基準上の対応を行った。買収する個別資産・負債の公正価値評価や無形資産の認識の拡大、株式交換の株式評価時点を取得日にするなどだ。しかし、それでも改善しきれない、買収プロセスで発生する過大支払額という不純物があるのに、IASB(やFASB)は、この問題に目を瞑った。

 

ついでに、これらのコアのれんは“人の働きの評価額”ではないか、と僕の意見も付け加えた。

 

ここまでが、のれんの本質論。これ以降は、のれんの資産性について。

 

11/21 (4) 資産性のポイント

清水エスパルスのアフシン・ゴトビ監督招聘を例に、改めてのれんの構成要素を説明しながら、のれんを資産と考える時のポイントを説明した。それは、経営者が行った「それだけの価値が期待できる」という判断だ。

その過程で、今後の検討のポイントを挙げた。即ち、IFRS、日本基準の背景にあるそれぞれの考え方、不純物は本当に取り除けないのかという点、そして、自己創設のれん(特に買収時点では“期待”でしかないシナジー効果)を資産と考え得る理由、の4つだ。

 

11/23 (5) IFRSの考え方

IASBや(FASB)が、概念フレームワークの資産の定義に照らして、コアのれんが資産に該当すると判断したプロセスを記載した。そこでIASBや(FASB)は、「企業買収は、市場価格(=公正価値)で取引される」と考えることで、企業買収額(=11/21の経営者の判断)の正当性に理論的な裏付けを与えている。あとで異論を記載することになるが、とりあえずここでは、IASBや(FASB)の、観察しうる事実を会計基準の根拠にしようとする姿勢を好意的に紹介したつもりだ。

 

11/27 (6) 日本の考え方

日本ではのれんの本質を「超過収益力」と考えていて、「平均的な同業他社より多くの(営業)利益を稼ぎ出す能力」の原価は、将来収益と対応して費用化(償却)されるべきだと考える。その結果、未償却額はB/S上翌期に繰越されて資産計上される。

頭で考えている分にはスッキリするが、実際には超過収益力のない企業を安く買収して、シナジー効果を狙うパターンの買収が多い。しかし、安いといっても大概のれんは発生する。超過収益力はないのになぜのれん?という疑問が沸く。日本では、現実に合わないのに、戦前からの理論が引継がれている。IASB(やFASB)とは好対照?だ。のれんは「超過」である必要はない。企業が存続していることだけで生じうる。

 

11/29 (7) 不純物

僕の知りうるM&Aの実態を紹介し、確かにのれんの原価に不純物が混入するのはやむを得ない。しかし、この現状は(企業にとっても、開示される情報も)不健全なのでその実務を改善し、なんとか不純物を排除できる体制を整えて欲しい、そういう会計基準にしてほしいと希望を述べた。

 

12/04 (8) 着眼点

自己創設のれんは、IFRS第3号「企業結合」以外の、IAS第36号「減損会計」や第38号「無形資産」の「結論の根拠」でも話題になっている。それを見ることで、「自己創設のれんの資産計上禁止」というルールがどの程度厳密なものか、例外はないのかを見ていくという方針説明を行った。

 

12/06 (10) 自己創設のれんの裏口入学

今気が付いたが、(9)がない。早速この日以降の記事のタイトルを遡及修正させてもらった。(どこかで不整合が生じていたら申し訳ありません。) ということで、改めて、・・・。

 

12/06 (9) 自己創設のれんの裏口入学

IAS第36号「減損会計」等で、IASBは、自己創設のれんの資産計上禁止というルールを最優先ルールとは考えていない。むしろ、本来は資産と考えているようだ。ではなぜ禁止なのか?

そこで、概念フレームワークの資産の定義に戻ってみると、「蓋然性の規準(実現可能性)」と「信頼性ある測定」というキーワードがあって、自己創設のれんは信頼性ある原価測定ができないために資産計上禁止となっている。しかし、どうもこの説明はしっくりこない。直感的に自己創設のれんは資産ではないと思うのだが・・・。

 

12/11 (10) 資産と費用の境界

IAS第38号「無形資産」では、買収された企業の研究プロジェクトのうち、公正価値評価が可能なものを資産計上するとしている。しかし、社内研究プロジェクトは、研究段階では研究費として費用計上で、開発段階になって一定の要件を備えたものだけが資産計上される。明らかに両者は矛盾している。これについてIASBは、後者(社内研究プロジェクト)を見直す方針だという。

「公正価値評価できる研究プロジェクトは、蓋然性の規準と信頼性ある測定の両方の要件を満たしているから、概念フレームワークの資産の定義に合致する」というが、「公正価値評価できるもの」の範囲を広く捉えすぎているか、計算される公正価値に信頼を与え過ぎだと思う。そして「買収額(経営者の判断)=公正価値」という仮定が理論的な支えとなっているが、そもそもこれに無理があると思う。

 

12/13 (11) 資産と費用の境界~FA費用

ここまで来て、次回の企業結合会計(日本基準)の改正で、FA費用がのれんではなく費用処理されるように改正されるという日経新聞の記事を思い出したので、なぜ改正されるのかを検討してみた。単にコンバージェンスするから、という以外に本質的な理由があるはずだ。そこでFA費用についてよく考えてみると、研究開発プロジェクトになぞらえると研究費に該当するし、資産購入取引に当てはめても費用処理するのが適切なこと(=FA費用は資産購入取引の付随費用には当たらない)が分かった。

 

 

シリーズが長いと、途中でまとめをしないと自分で混乱する。実際、書いてみて、だいぶ整理がついてきた。だが、読み手のみなさんは、なんら新味がなく、くどいだけ、と思われたかもしれない。そこで、今後の方針を少々記載したい。(それとも、すでに長文過ぎるとお怒りか?) 少々なので、記載したい。

 

大きく分けて2つ。

 

一つはこのシリーズ最初の11/12の記事に記載したように、償却派・非償却派の考え方を、ASBJのホームページに掲示されている論点整理(企業結合会計の見直しに関する論点の整理)を中心に、その他のネットに掲示されている資料を参考にしながら報告したい。

 

もう一つは、「毎期規則的に減損する」という僕の意見を記載することだ。その内容は、上記の赤文字のところがヒントになる。そして、11/5の記事「【製造業】人の評価の資産計上」がベースだ、と書けば、分かる人には分かってしまうだろう。僕は大真面目だが、一般的には戯言の域を出ない。戯言好きの方はご期待ください。

2012年12月15日 (土曜日)

【金融緩和】英国メディアの記事から

2012/12/15

投票日を明日に控えてこのテーマだと、総選挙目当ての記事と思われてしまうかもしれないが、そうではない。(このブログは土日のアクセス数がとても少ないので、今日・明日に読む方は少ない。だから選挙には間に合わない。) それより「不景気は日銀のせい、円高のせい」みたいな妙な“楽観論”が気になる。政府・日銀がうまくやれば景気が浮揚するから国民はそれを眺めていればよい、みたいな誤解がないだろうか。どんな政権が誕生しようとも、世論が(或いはマスコミが)誤解すれば、それに引きずられてしまう。誤解が心配だ。僕は金融緩和論者のいうような簡単な話ではない、もっと極めてデリケートな問題だと思っている。

 

「現在の日本の不況は循環的なものだから、政府が財政政策や金融政策できっかけを作れば回復する」と思っている人はいない。もっと構造的なものだ。にもかかわらず、「大胆な金融緩和と国債増発による公共工事で景気を回復できるので、消費税の増税に間に合あう」みたいな主張が大手を振っている。気は確かだろうか。

 

ビジネスの前線(製造業でも、サービス業でも)にいらっしゃる方々は、この手の“うまい話”をそのままは信じないと思うが、より冷静になるために、次の2つの記事を紹介したい。ポイントは記載するが、興味をそそられた方は、各記事をお読みいただきたい(いずれも、日本ビジネスプレス社ホームページの日本語記事)。

 

1.円安ウォン高に沸く日本株の強気筋/(英)Financial Times

最近の円安傾向にもかかわらず、今後の道のりを平坦なものではないとしている。各国金融当局との競争なので、円安傾向を継続させるには、外国資本から日本の当局に対し「かつてないほど積極的な対応」が要求される、と結んでいる。

 

2.回復が見えないブラジル経済/(英)The Economist

ブラジルは為替レートを20%も切り下げたが、経済成長率の低下は止まらない。これを回復するには、投資家(=経営者、起業家)の前向きな姿勢を引出すことが必要、としている。

 

日本国内だけで議論していると、見失いがちな海外要因の指摘や、日本がやろうとしていることの海外での実例は、(そのまま日本に当てはまるわけではないが)大変参考になると思う。

 

 

(円安の要因)

Financial Timesは、現在の円安傾向の要因について、まず「政府による日銀への圧力強化」への期待を上げている。そして、現在は「投機筋」が動いていると考えているようだ。一般的な市場参加者は「4月に新たな日銀総裁が誕生する見通しと並び、新政権による日銀への圧力強化がもたらす影響を投資家が見極めようと」している状況らしい。

 

しかし、円安傾向の要因はこれだけではないとしている。「基本的な需給バランス」の変化があるという。その例として「貿易赤字、持続的な対外直接投資のフロー、ミューチュアルファンドや生命保険会社による円資産の売却増加の可能性などを引き合いに出し、来年は円相場に影響を与える5大要因のうち4つがマイナスになる」という意見を紹介している。(多分、残るもう一つの要因は、海外からの投資収益だと思う。これが貿易収支の赤字を打消し、経常収支を黒字にしている。)

 

僕が気になるのは、対外直接投資以外の要因は、円安になると増々円安効果を増幅させることだ。貿易赤字も円資産の売却も、円安になればさらに増え、それがまた円安を誘発する。その円安循環は、海外からの投資収益で断ち切れる範囲で終わらせないと大変なことになりそうだ。円安が進み過ぎて、石油やLNG、食料も買えなくなりかねない。少なくとも、投資が国内へ振り向けられ、国内に工場が新設されたり拡張されたりして、貿易黒字が見込めるようになるまでは、その循環が緩やかでなければならない。急激な為替レートの下落は禁物だ。上手にコントロールする必要がある。

 

ご存じの方も多いと思うが、この20年間で日本経済の構造が変わったので、円安より円高の方が有利、と主張する経済学者もいる。これには説得力がある。少なくとも、円安がすべての面で良いわけではないということだ。

 

(インフレの難しさ)

以前も書いたが(10/15の記事)、インフレ率1%上昇で、1000兆円の国債の利払いが単純計算で10兆円増加する。そして国債価格は相当下落する。これらは国家財政を圧迫し、ますます追加の国債発行が必要になるのと、国債を保有する金融機関の財政を直撃する(そうなると、金融機関は意外と簡単に資本不足になる)。為替レートの引下げ競争は、インフレ期待を通じて行われるが、期待だけで実際にインフレにならない場合はインフレ期待がしぼんでしまうから、実際にインフレになることを覚悟しなければならない。競争しながら、どこまでインフレ率を上げられるのか、冷静に見極める必要がある。3%などと軽々といえる問題ではない。そんなにあげたら国債の利払いで少なくとも30兆円が毎年追加で必要になる。税収は40~50兆円しかないのに。そうなれば、年金に税金を投入したり、インフラを整備することはできなくなる。

 

為替レートが下落してから、「輸出増加→投資と雇用の増加→消費増加」と景気回復循環に結び付くには、恐らく数年が必要だ。(しかも、この期間に2度にわたって消費税を上げようとしている。まるで曲芸しながらの綱渡り。危ない賭けだと思う。)

 

企業が、下落した為替レートが長期間続くと信じるようになるまでに、そして消費税率上昇の影響を見極めるまでに時間がかかるし、設備投資にも、新入社員の育成にも時間がかかる。数年かかる。だが、インフレとなれば、名目金利は瞬時に上がる(両者はリンクしている)。インフレ期待を持たせながら、実際のインフレ目標の達成は、これらの時間より相当長い年数をかけて穏やかに行わなければ、景気回復循環に至る前に国家財政が破綻するかもしれない。政府・日銀の舵取りは、本当に微妙なものになると思う。(しかも長期金利は、インフレ期待だけで上がってしまう可能性もある。)

 

だから、「かつてないほど積極的な対応」を、本当に「繊細さ」な手綱さばきで長期間続けることが必要だ。政府と日銀が目標を共有するのは良いが、それを実行するプロセスで政府やマスコミなどの素人が変なプレッシャーを与えると怖い(特にマスコミは怖い)。しかも、競争相手は手強い外国政府・中央銀行、審判は金の亡者の投機筋を含めた市場参加者で、かつ、これは24時間休みなく戦うゲームだ。

 

それともう一つ、政府と日銀の(外部から見た)一体感が崩れると、たちまち競争相手からだけでなく、審判からも執拗に攻撃される。このゲームに勝つために要求されるスキルとマインドの高さ、勝負度胸の良さの程度は、僕には想像もつかない。きっと政府・日銀にも、適任者は少ないだろう。サッカーでいえば、ちょうどいま日本に来ていて、明日のクラブW杯の決勝に勝ち残ったチェルシーやコリンチャンスと堂々と渡り合えるほどの実力が必要だ。

 

(リスクを下げるには)

The Economistのブラジル経済の例でも分かるように、本当の成長は投資がきっかけとなる。そして投資を呼ぶのはイノベーションだ。イノベーションは人々がその気にならないと起こらない。変革を嫌って過去の延長で良いと思っていると、折角のチャンス(もしかしたら最後のチャンス)を見逃す。

 

為替レートの下落が景気の好循環につながるまでの期間に大きなリスクがあるから、少しでもそれを短くしたい。それには、特定の人々だけでなくなるべく多くが、工夫しよう、新しいものを見つけよう、自分本位でなく顧客の欲しがるものを発見しようと、積極的に考えるようになりたい。しかし、日本の家電メーカーの業績を見ても分かるが、日本はそういう状況ではなかった。もし、政治のリーダーシップがそれを変えてくれるならありがたいが、基本的には、自分で気づくしかない。それができるか。もし、みんなが気づけば、景気の好循環までのタイムラグを最短にできる。政府の役割としては、イノベーションを邪魔しないこと(既存の制度を見直すことは有益だ)、そしてもし可能であれば、イノベーションを促すような施策を打つことだろう。

 

もう一つ、景気回復循環へのタイムラグを短くできる方法がある。それは政策的に消費を促進させることだ(しかし、政府は消費税率を上げて、逆のことをしようとしている!)。普通、所得が増えれば消費も増えるといわれるが、もう一つ、貯蓄が減れば消費が増える。インフレにはこの効果があるとされている。しかし、インフレには一般庶民の生活水準の低下という痛みを伴うし、上述したような極めてセンシティブな期間を過ごさなければならない。これ以外の方法はないだろうか。

 

僕が思いつくのは、相続税の強化だ。金融資産は隠退世代が大半を保有するといわれているが、多分、普通に生活していては使いきれない額だ。恐らく、子や孫に残そうと思われているのではないだろうか。しかし、それを当てにして相続税の税収を増やそうというのではない。あくまで消費を促進するのだ。

 

金融資産課税も消費を促進させる効果があるが、生きていくために必要な分にまで課税が及ぶ可能性があるし、金融資産を持つお年寄り全員が裕福でもない。だから、もっと穏やかな方法がよい。それが相続税の強化だ。それも、「これじゃ、子や孫に相続しても意味がない」と思わせるほどの大胆な課税強化をすることだ。これなら、生活に必要な分に触ることなく、かつ、大いに消費を楽しんでもらって経済を活性化できる。(できれば、単なる乱費ではなく、経験を活かして良いものを高く買っていただきたい。また、相続がなくなると子や孫との絆が心配という方は、子や孫と一緒に消費を楽しんで、良い思い出をたくさん共有していただきたい。)

 

但し、消費が進むにつれ預金が減少するので、金融機関が国債を保有する原資が減る。即ち、国債が売られて価格が下落する。不動産も売り物が増えるかもしれない。すると、金融機関の財政状態悪化及び金利の上昇という副作用を生む可能性がある。金融政策を上手にやれば痛みは緩和できるとはいえ、このことは、この策が日本病を全快させる特効薬でないということを示している。単なる時間稼ぎの麻酔薬か、カンフル剤だ。高齢者の金融資産にも限りがあるし、国産品が良くなく、舶来品ばかり消費されたら、景気への効果は半減してしまう。だから、高齢者が気前よく消費してくれる間に、イノベーションを起こして我々の製品を買ってもらい、本当の景気回復につなげなければならない。やはり最後は我々一人ひとりが起こすイノベーションが鍵になる思う。

 

 

こうして考えるとこの窮地を脱するには、政府・日銀だけでなく、民間の我々も連動して、一体として頑張らなければならないことが分かる。他人事ではない。我々も、地道な努力をもっと積重ねて、大きなイノベーションへつなげることが求められている。我々も、チェルシーやコリンチャンスと渡りあう日本チームの一員だ。

2012年12月13日 (木曜日)

のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(11)資産と費用の境界~FA費用

2012/12/13

11/23に日経新聞が「M&A会計基準、改正へ FA費用を一括計上」と報じた。FA(Financial Advisor)費用は、現行の日本基準では、結果としてのれんに含まれ償却される。改正後は、M&Aを行った期の費用となる(強制適用は2015/4/1以降が有力)。しかし、個別財務諸表上は、引続き付随費用として子会社株式の取得原価に含まれるため、個別財務諸表と連結財務諸表で処理が分かれることになるらしい(日経新聞の記事にはそこまで書いてないが、ASBJのホームページに開示されている情報では、9/5の時点ではそのように議論が進んでおり、11/22の時点まで特に否定する記載はない)。

 

このシリーズの前々回(12/6は、自己創設のれんと減損会計を比較して、前回(12/11は、研究費支出と同じような意味の企業買収に係るのれんについて、M&Aで取得する研究開発資産の扱いから検討した。今回は、このFA費用について考えてみたい。

 

これについて、ASBJ(財務会計基準機構)の企業結合会計基準の改正の議論(ステップ2)の資料(7/5付)から、従来の資産計上処理を支持する意見と、IFRS等と同じように費用処理を支持する意見を下記に記載したい。

 

(資産計上を支持する意見)

  • 取得原価に含めることにより、取得後の投資原価の回収計算を適切に行い得ると考えられる。
  • 現行の我が国の取扱いは、資産の付随費用に関する他の会計基準の取扱いと整合性がある。
  • 近年のM&A取引は複雑化しているため、外部専門家の関与が不可欠であり、専門家に対する手数料も事業の取得に直接要した支出として取得原価に含める処理が合理的であると考えられる。     

 

(費用計上を支持する意見)

  • 国際的な会計基準では取得関連費は、事業の売主と買主の間の公正な価値での交換の一部ではないため、企業結合とは別の取引に基づくものと捉えて発生時の費用処理としており、その観点からは整合性がある。     
  • 通常の資産を購入する場合と異なり、企業結合においては、取得に要した支出のどこまでを取得原価の範囲とするか、実務上、議論となることも多い。

 

日本基準は、これらを検討した結果、費用計上する意見が採用され、もうすぐ公開草案が開示される。だが、これを読んだだけでは、「投資回収管理」を根拠にする資産計上の意見の方がしっくりくる(というのは僕だけだろうか?)。

 

特に、費用処理を支持する意見の「取得関連費は、事業の売主と買主の間の公正な価値での交換の一部ではないため、企業結合とは別の取引に基づくものと捉えて発生時の費用処理」というところは、全く説得力を感じない。原料の購入でも、建物の購入でも、売主に支払われない支出(=売主と買主の交換の一部ではない支出)が、普通に取得原価に含まれている。また、個別財務諸表と連結財務諸表で処理が異なる理由も見えてこない。

 

 

だが、費用処理するという結論には賛成だ。理由は以下のとおり。

 

● 取得確定前のFA費用は、研究開発に例えれば研究費

 

僕は、「取得が確定して初めて事業化の目途が立つ」と考えている。今まで見てきたとおり、のれんには買収される会社の自己創設のれんや、買収されてからのシナジー効果への期待が含まれている。買収前では情報不足で、のれんの本当の価値が分かってないし、シナジー効果も買収後の試行錯誤の努力の中から生まれるイノベーションが頼りだ。買収が確定して初めて具体的にこの試行錯誤の努力を行う条件が整う。(企業買収に係るイノベーション等については、11/17の記事の後半の「ちょっと余計なこと」が参考になる。)

 

買収確定時点では、一応経営者は期待が実現できると判断したが、まだ、本当にうまくいくかどうかは不明だ。しかし、どうやってシナジー効果を出してのれんを回収するか(=投資を回収するか)の素案に実行可能性が生まれる。だから、この時点で初めて開発段階となる。

 

これ以前は、情報収集や買収される側との交渉によって、素案を形成したり、精度を上げるプロセスであり、それを例えれば、ソフトウェア開発でいうところの「最初に製品化された製品マスター」(「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」の第8段落)の製作段階だ。その段階の支出であるFA費用は研究段階の支出であり、未だ、将来の経済的便益を生む蓋然性がない。

 

したがって、FA費用が投資額の一部となることで、結果的にのれんの一部となることには反対だ。

 

前回(12/11)記載したように、IASBは、IAS第38号「無形資産」の、「研究段階の支出は費用で、開発段階で、かつ、一定の要件を満たしたものを資産計上」という考え方を、「公正価値を算定できるものは資産」という考え方へ修正する可能性があって、僕は、その前提にある「経営者が回収可能と判断した買収額=公正価値」という仮定を非現実的だと批判した。しかし、IASBがIAS第36号の修正を行ってしまうと、この主張は根拠を失ってしまうかもしれない。そこでもう一つ。

 

● そもそもFA費用はのれん(ビジネス)の付随費用ではない

 

食品会社が、どこの産地の食材を使うか、その食材の成分や特性を理解し、どの加工段階で投入するのが良いかを判断するための費用を、原料の付随費用にするだろうか。しない。原材料の付随費用といえば、中間業者の手数料とか、関税、運搬費用などであり、食材を選択したり、その食材を(継続的に)購入できるようにするための契約を締結する費用は含まない。しかし、FA費用は、選択したり、購入できるようにするための費用だ。だから、付随費用には含まれない。

 

ソフトウェア開発やコンサルティング等のサービス業の営業に照らしてもよい。ソフトウェア開発企業は、顧客の要望を実現するために提案書を作成するが、この提案書作成作業には、概要設計と思われる作業も含まれている。さらに、顧客が自社の提案を受入れやすくするために、顧客の関心が強い処理を想定したコンピュータ画面を製作したり、実現可能性をリサーチしたり、時には「御社をよく知るために」といって顧客企業の作業を手伝ったりもする。しかし、受注までは販売費用として処理される。

 

もし、受注を見越して先に作業を始めてしまった場合は厄介だ。その作業にかかるコストは、本来はその契約から得られる収益で回収されるべきものだからだ。だが、FAにこれに相当する作業はあるだろうか? 買収される企業の現状分析は、もちろんこれには当たらない。しかし、シナジーを出すためのアイディアは出してくれるかもしれない。しかし、それは一般論のレベルに過ぎず、具体的に役立つ、実現可能なアイディアは出せないだろう。それが義務としてFAの契約書に記載されていることも考えられない。だから、FA費用に資産性はない。

 

多分、こんな議論が、上記の「実務上の議論」になっているに違いない。だが、これは現行の会計基準とその運用を否定することになるので、ASBJも、この具体的な議論の内容を公表することは難しいかもしれない。

 

● 本来は、個別財務諸表でも費用計上すべき

 

FA費用は、“個別の”企業買収に係る将来収益で回収されるべきものだろうか。もしそうなら、投資原価の一部に含めて、減価償却や減損によって、回収状況を管理していかなければならない。しかし、そういう性質のものではなく、将来の経済的便益の発生可能性を高める途中段階のものであると上記に記載した。ならば、個別財務諸表でも資産計上する理由はない。

 

上述の日経新聞の記事には、オリンパスの粉飾決算もきっかけになって改正が行われたとされている(英国子会社の取得に関連した数百億のFA費用がのれんに計上されていた)が、ならば、連結だけ直せば済むのだろうか。単体決算においてFA費用が多額で、配当にも影響するというなら、その支出の判断をするにあたって経営者には大きなプレッシャーになる(経営者は配当への意識が強い傾向がある)。だが、連結だけの費用というなら抑止効果もその程度ということになる。だから、個別財務諸表でもFA費用は費用計上すべきだ。

 

税務との差異を気にしたのか、それともIFRS導入に係る連単分離論から来るのか。僕にはわからないが、早くその頸木から解かれて欲しい。

 

 

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12/11の記事に記載した12/6の記事の修正(蓋然性の規準関連)は、12/12に行って反映させました。

2012年12月11日 (火曜日)

のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(10)資産と費用の境界

2012/12/11

会計上、ある支出が資産か、費用か、という問題は、実務的にも理論的にもとても重要だ。経理部に配属されたみなさんが初めて伝票を起票したころを思い出して、或いは、想定してほしい。もしかしたら、上司から指示された科目を使っただけだったかもしれないが、暫くして自分が使った科目が、B/SとP/Lへ整理されて振分けられたのを見て、各々が全然違った役割を持っていることに気付かされ、妙に感動したのではないだろうか。

 

いやいや、そんな体験は僕だけかもしれない。僕は会計・簿記に全く素人なのに経理部へ配属された。文字通り、右も左も(=借方も貸方も)分からない状態だったが、みなさんは予め会計の勉強をされてから伝票に向き合った方が多いだろうから、単に想定通りだったかもしれない。

 

とにかく、資産に振分けられるのと費用に振分けられるのでは大違い。資産に振分けられるとその後も関心を持たれ続け、費用に振分けられると“費消”したとして消滅し、歴史になっていく。このように書くと、元ジュビロ磐田の中山雅史選手の現役引退のようで物悲しいが、費用の方はそうでもない。むしろ、何かが成就したようなホッとした雰囲気も感じる。

 

さて今回は、このシリーズの前々回(12/4)「着眼点」で予告した2つ目の問題を検討したい。即ち、資産と費用の境界をもっと深く考えたい。

 

 A.企業買収で取得したのれんは資産計上される。

 B.研究費は費用計上される。

それでは、中長期的な製品開発のために買収した企業ののれんは資産計上か? (この買収によって取得したのれんが収益に結び付く確率は研究費と同等程度と思われるが、それでも資産計上するのか。)

 

この問題を考えるに当たり参考になるのは、IAS第38号「無形資産」の結論の記載にある「企業結合で取得した研究開発プロジェクト」(BC78~)の記載だ。ここでは、企業結合のケースでは、買収される側の企業の研究費は、「分離可能か、又は契約上の権利又は法的権利から生じている場合」は、無形資産として資産計上されるとしている(BC81BC19Cなど)。そしてその理由は、概念フレームワークの資産の定義に合致するため、ということだ。

 

そうすると、10/30の開発費に関する記事の『資産計上されるのは、研究開発活動のうち「開発」に限定され・・・』という記載、即ち、研究段階の支出、即ち、研究費は資産計上されないという理解と矛盾することになる。

 

IASBはこの矛盾を認めていて、かつ、修正するのは、企業結合のケースではなく、研究開発費に関する規定の方だと考えている。即ち、企業結合以外の場合であっても、「分離可能か、又は契約上の権利又は法的権利から生じている」研究費は、資産計上する方向で将来の改正を行う方針だ(BC82)。即ち、研究費でも、概念フレームワークの資産の定義に合致するものは、資産計上するということだ。

 

そこで、実際に矛盾するケースを考えてみると、例えば・・・

 

・外部委託研究(契約上の義務と恐らく報酬も決まっているもの。これはいまでも資産計上されていると思う)

・関連特許が売れそうな研究

・特許以外でも収入を得られそうな研究 など。

 

12/6の記事「裏口入学」では、概念フレームワークの資産の定義を満たすには、その将来キャッシュフローの予想が「可能性が高く、かつ、信頼性をもって測定できなければならない」としていると書いた。これに関連して、IAS第38号の結論の根拠では、公正価値が計算できるものは、不確実性がその計算に織り込み済みなので、この要件を満たすと考えるとしている(BC17)。したがって、上記のような研究費が企業結合の際に見つかった場合、公正価値が計算できるものは資産計上されることになる。(その際に、売る意思があるかないかは問われない。ちょっと無理がある・・・)

 

さて、個別の研究案件の公正価値を見積れるかどうかという実務的な問題はさておき、ここで確認しておきたいのは、概念フレームワークの資産の定義に合致するものは資産で、そうでないものは費用という考え方を一貫させるIASBの姿勢だ。即ち、上記の、資産の定義の例外となっている「研究段階の支出は費用計上する」という規準を改める、としていることに注目していただきたい。

 

すると、上記に問題提起したAは資産の定義に従って資産と判定されたが、Bは例外規程で費用とされているものなので、Aが優先されることになる。すると、IFRSでは、研究開発のために買収した企業ののれんも資産計上されることになるというのが結論だ・・・

 

 

しかし、この結論には異議がある。いくら経営者の判断を尊重するといっても、M&Aの現場というのは11/29の記事「不純物」に書いたように、バタバタしてて、買収対象の情報も十分入手し整理できているとはいえない。経営者の神憑り的な直感力には恐れ入るが、いつも“当たる”わけではない。即ち、「取引の知識がある第三者間の・・・」という公正価値の定義とはちょっと違う状況にあると思う。仮に買収案件が相対取引でなく、入札で落札したものであっても同様だ。というか、入札の場合はさらに売り手側の立場が強まり、相手のFAが無茶を言ってくる。

 

このM&Aの現場・実務の改善が急務なのではないだろうか。多分この問題は、日本だけではないはずだ。

 

ここで、オリンパスの国内3社ののれんを思い出してみよう。あとから「ほとんど売上がないような会社を、数百億もかけて買収する価値があったのか」と疑問が呈された、あの件だ。特に監査人の立場から見れば、M&Aの実情が改善されないまま「とりあえず経営者の判断を尊重する」ことになっていると、頭を抱えざるを得ない。

 

IASB(やFASB)は、あくまで投資額を将来キャッシュフローによって回収できるか否かという普通の判断を経営者が行っている前提で、「企業買収額は公正価値」と考えているのだろうが、そうでないケースをどうやって区別するのか。また、ダメでもともと、当たればラッキー、一から研究するよりは安そうだから、とりあえず買収しておこうという企業買収は、必ずしも回収を前提としていないが、それはどうするのだろうか。

 

11/29の記事「不純物」に記載したように、M&Aの投資回収計画はないも同然のことが多い。だから、M&Aの時点では監査のしようがない。もし、オリンパスの監査人が、裏ファンドの損失を埋めるというM&Aの本当の目的までつかんでいれば、「このM&Aは投資額を将来キャッシュフローで回収する目的ではないので、のれんの資産計上はできない」と言えただろう。しかし、単に投資額が過大に思えるというだけでは、即ち、買収の本当の目的が特定できないと、M&Aがあった期は、資産計上を認めざるを得ない。それでいいのだろうか? オリンパスの件は確かに買収額が多額過ぎるが、それでは一桁買収額が小さかったらどうだろう? それならいいのか?

 

ここで、12/6の「裏口入学」の記事をもう一度思い出してみよう。あの「使用価値と公正価値は異なる」という議論だ。使用価値は、その企業のマネジメント・チームの能力や他の資産との相乗効果、即ち、自己創設のれんが含まれており、公正価値より大きくなるという主張だ。ここでもそれは同じではないだろうか。即ち、のれんには、買収される会社の自己創設のれんや、買収する会社とのシナジー効果によるのれんが含まれているので、「経営者が回収できると判断した買収額≠公正価値」ということだ。即ち、IASBやFASBの「買収額は公正価値」という考えは、現実に合っていない。おまけに、11/29の記事「不純物」に記載した不純物も入ることがあるのだから。

 

経営者が「投資額を回収できる」と判断したことを尊重するのは良いが、それは、経営者が回収を将来キャッシュフローで行えることを、投資回収計画をもって説明できる場合に限られる。そして、「研究費並みの実現可能性」だと自ら判断し、のれんを買収した期に損失処理する道を、会計基準上に残しておく必要もあると思う。それには「買収額は公正価値」と考えることを止めることが必要だ。短期間のうちに限られた情報で行われる買収額の判断には、不確実性の調整がなされていないリスクが含まれている。

 

IASB(やFASB)は、のれんの一部を損失処理することを認めると、損失額の測定に恣意性が入るというかもしれないが、買収額を公正価値と仮定して、議論だけきれいに見せても現実は変わらない。11/27の記事「日本の考え方」では、戦前からの学説を継承するだけの日本に対して、IASB(やFASB)は、実際を観察してそれを根拠にしていると、僕は評価した。日本に比べればそうだが、それで十分なわけではない。もっと現実の理解を進める必要がある。まだ足りないのではないだろうか。

 

ということで、この件に関しては、M&Aの実務とIFRSの両方に改善すべきところがあるというのが僕の考えだ。

 

ついでに言えば、研究費を資産に上げるかどうかについて、買収時とそれ以外(社内研究プロジェクトなど)で扱いを変えるべきではないが、容易に売却できない研究プロジェクトまで、公正価値評価しても、あまり意味がないように思う。どうも、のれんの償却を禁止して資産計上を要求したために、のれんを無理やり減らそうとしている、という感じにしか思えない。のれんの非償却がIFRSに歪みをもたらしている。IFRS第9号でも、公正価値評価するか償却原価かなどに関して、資産の保有目的(ビジネス・モデル)が重要になっているが、研究費にも、そういう面があってよいのではないだろうか。

 

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ところで、このシリーズの前回(12/6)について、「蓋然性」に関連した誤りに気が付いた。一部箇所で僕は、蓋然性の規準が「可能性が高いこと」と「信頼性をもって測定できること」の両方を含むように記載しているが、含まれるのは「可能性が高いこと」のみだ。近日中に訂正したい。

2012年12月 8日 (土曜日)

【番外編】強欲企業が生む格差問題と移転価格

2012/12/08

日本では総選挙を控えて国内問題に注目が集まっているが、ドーハで開催中のCOP18(第18回国連気候変動枠組み条約締約国会議)では、日本がすっかり存在感をなくしているという。原発即時廃止など、部分最適の理想論を並べてどれがいいかなんて議論している間に、世界の動きから置いていかれる。TPPも、IFRSも大丈夫だろうか。

 

そんなことを心配されているみなさんに、今回は趣向を変えた話題を提供したい。米国の財政の崖問題とか、欧州の債務危機などには共通して、富の偏在、格差問題がある。そこには、我々一般人には想像もできない強欲な世界がありそうだが、隠されて見えてこない。ところが、そこに会計や税務の観点から光が当たることで問題が見えることがある。そんなことを思わせるニュースとドキュメンタリー番組を見たので、報告させてもらいたい。

 

一つ目は、みなさんもご存じのスターバックス社が、英国で、赤字でも納税をすると申し出たというニュースだ。これはNHKのワールドWave(12/7 7:00~)で見たBBCのレポート。

 

英国スターバックス社は、この3年間赤字なので法人税を支払っていなかったが、次の2年間(2013年、2014年)は、収益の如何に関わらず、£10m(約13億円)ずつの法人税を支払うことを決めたという。英国社会でスターバック社は、「法人税を支払うべきこれ以上の大企業は考えられないぐらい」の会社に見えるのだそうだ。そのため、法人税を支払っていないという事実は、厳しい批判にさらされたという。ちなみに同社の2011年度の売上は£398m(約500億円)。

 

同社は今後、日本でいうところの損金を少なく計上することで、課税所得をプラスにし、税金を支払うのだそうだ。このニュースを受けて、AmazonとGoogleも、「税金のルールを遵守して、英国経済に貢献する」と述べたというが、英国社会はそれに満足せず、これらの両社にも追随させようと圧力がかかっているらしい。この両社も英国法人は赤字なのだろうか。

 

NHKの補足によると、同社は1998年に英国に進出して以来、700を超える店舗を展開してきたが、その間殆ど法人税を支払っていないという。これについてイギリス議会などでは、税率の低いオランダのグループ会社に多額のブランド料を支払うことで、英国の法人税から逃れていたのではないかと問題視されているそうだ。

 

 

もう一つは、NHKのBS世界のドキュメンタリーで12/50時から放送されたアフリカ・ザンビアの銅山(の採掘権)を所有する多国籍企業による銅取引だ。これによると銅の国際取引価格は、LME(ロンドン金属取引所)で決まるが、その価格は2001年から2008年の間に4倍にも上昇したのに(=多額の利益が上がったはずなのに)、ザンビアの多国籍企業はほとんどザンビアで法人税を支払っていないという。ザンビアの銅は、タックスヘイブンにあるグループ会社へ(書類上)低価格で輸出された後に国際価格で取引されるため、ザンビアでは利益が上がらないのだという。そして、他のアフリカ諸国の資源や一次産品も同様の状況にあるのだそうだ。このようにして、本来はアフリカ諸国へ落ちるべき利益が海外へ流出する金額は、先進国からの経済援助額の10倍にもなる試算があるという。

 

この番組で取材対象となっていたのは、グレンコア社というスイスに本部を置く取扱高14~15兆円の(日本の総合商社に匹敵する)規模の商品取引商社だ(登記上の本社はジャージーというタックスヘイブン)。2011年にロンドン証券取引所に上場し、100億ドル以上の資金調達をしたというから、ご存じの方もいらっしゃると思う。ちなみに、この取扱高は、ザンビアのGDPの8倍だという。そのザンビアは、国民の8割が一日2ドル以下で生活しているらしい。国の財政も厳しいし、失業者も溢れている。だが、もし、銅を国際価格で輸出できたら、GDPは2倍になるそうだ。そうなれば、きっと多くの問題を緩和・改善できるに違いない。

 

番組では、グレンコア社の創業者であるマーク・リッチ氏(及びグレンコア社の前身であるマークリッチ社)が、過去に米国史上最大の脱税やイランとの石油不正取引で起訴され、同氏は海外逃亡したこと、グレンコア社は、現在も、ザンビアの環境基準が緩いのにたびたび環境問題を起こしていること、ノルウェー等の資金援助国の要請で行われた監査(意味合いとしてはザンビア政府による税務調査を監査法人に依頼)に協力せず、また、その監査報告に基づいて再計算された税額の支払いを拒否していること、そしてこれらの問題にも拘らず、上記の上場を果たし、さらに先月株主総会で、鉱山大手のエクストラータとの合併(グレンコアによる買収)を決め、ますます世界経済への影響力を増そうとしていることなどがレポートされている。

 

 

みなさんは、これらにどんな感想を持たれただろうか。

 

簡単な手口なのにどうしてもっと早く分からない?と思われた方は、少々誤解があるかもしれない。企業側は、当然、弁護士や会計士によって、(税法を含む)法律上の問題にならないようガードして取引をしている。例えばグレンコアのケースでは、スイスへの輸出価格を、OECD(経済協力開発機構)の勧告に反して親会社が決めているのか、それとも勧告通りに独立企業同士の取引価格と同一になるように決めているのかが問題になっていたが、表面上はLME価格をベースに取引されていた(即ち後者のように見える)ようだ。この手の問題は、状況証拠はいくらでも挙げられるが、はっきり白黒つけるのは難しい。また、ザンビアの税法の不備も考えられる。日本はODAで資金援助するより、税法を改善するコンサルを提供した方が良いかもしれない。(しかし、実際に銅の国際価格を課税所得に反映させるような税制改正を行ったら、外国企業は操業を停止してまで納税を拒んだという。)

 

スターバックス社も、当然、支払額に見合う価値のあるブランド料の支払いであることの裏付けを用意しているに違いない。

 

なるほど、こういうスキームなら節税できるのか、と思われた方もいるかもしれない。しかし、上述したように実際は高度な知識・ノウハウが必要で、決して簡単ではない。専門家集団に支払う報酬も多額だ。

 

一方で、海外たすけあい募金や、WFP(国際連合世界食糧計画)、国境なき医師団などに寄付をされている方は、いくら寄付しても欧米の(最近は中国も)強欲企業を助けるだけじゃないか、と無力感にとらわれたかもしれない。いくら支援しても、その10倍も搾取されているのでは、問題は一向に改善しない。COP18で、途上国が欧米に反発する心情や、資金援助を要求して議論がまとまらないのも分かる気がする。

 

スターバックス・コーヒーを愛飲されている方は、ドトール・コーヒーに変えようと思われたかもしれない。僕も気になってEdinetで調べたが、日本法人はちゃんと利益を出しているし、未払法人税も計上している。ちょっとほっとした。

 

また、こういう企業の経営幹部は多額の報酬を得ている。上記のグレンコア社の上場では、CEOのアイバン・グラセンバーグ氏の88億ドルを筆頭に、その他400名以上の社員が1億ドル以上を手にしたという(多分金額は、各人の持ち株数に株価を掛けた単純な計算によるものだと思うが、それでも桁違いに多額だ)。欧米で起こる格差拡大に反対するデモの激しさが分かる気がする。

 

このようにして、アフリカと欧米という国・地域単位の格差、経営者層と一般庶民との格差が拡大していくわけだ。

 

さて、僕はというと、IAS第24号「関連当事者についての開示」を思い出した。そこには「本規準は、単独財務諸表にも適用される。」(第3項)と、珍しく個別財務諸表の開示も対象とすることを明記している。即ち、連結であれば相殺消去されて開示対象にならないようなグループ内取引を、個別財務諸表(を開示する場合)に注記させようとしている。その背景には、上記のような強欲な企業行動に対する懸念も関係しているのかもしれない。まあ、といっても、問題の大きさに比べると圧倒的に非力だし、欧米ではそもそも個別財務諸表の開示が行われていないことが多いから、抑止力にはならないが。(ちなみに、日本でも会社法は、個別財務諸表に関連当事者取引の注記を要求している。)

2012年12月 6日 (木曜日)

のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(9)自己創設のれんの裏口入学

2012/12/12

12/11の記事の末尾に記載した修正(蓋然性の規準関係)を行いました。削除すべき個所にはグレーアウトして取消線をつけ、追加した文言は赤字としました。

 

2012/12/06

前回(12/4予告したように、今回はのれんの資産性の問題と減損会計に共通点があることに着目し、減損会計の側から、自己創設のれんの資産計上禁止について整理したい。

 

今回のタイトルの「裏口入学」というのは、IAS第36号「資産の減損」のBC190項に記載されている『自己創設のれんの「裏口」からの資産化』を、さらに崩したものだ。同項によれば、(2004年改定前のIAS第36号が、一定の場合にのれんの減損戻入れを要求していたことに対して)一部の人々は、減損テストは自己創設のれんの資産計上を認めることになると批判し、このように呼んだ。即ち、「正規のテストをパスしてないのに資産計上を許された=自己創設のれんなのに資産計上された」ということだ。IASBはこの人々の意見も参考にした結果、のれんの減損戻入れは、直接的な自己創設のれんの計上になるとし、現在では禁止している(IAS第36124項)。だが、他に裏口入学しているものはないのか?

 

何度も書いてきたが、自己創設のれんの資産計上は、IFRSでも禁じられている(IAS第38号「無形資産」48項)。だが、一方でIASBは、企業買収時の自己創設のれんについて、概念フレームワークの資産の定義に照らして資産計上を認めている。すると、企業買収以外の自己創設のれんは、概念フレームワークの資産の定義に合わないのだろうか? そして、本当に資産計上されていないのだろうか?

 

ということで、今回は、自己創設のれんが資産計上される場合とそうでない場合の境界を探ろうという試みだ。

 

 

僕の知る限り、以下の各IFRS、IASで、自己創設のれんが、資産に紛れているのではないかと議論されている。

 

・IAS第36号の固定資産の減損テスト(後述の使用価値、上記のれんの減損戻入禁止)に関する議論

・IAS第28号「関連会社に対する投資」の減損戻入れに関する議論

・IFRS第5号「売却目的で保有する非流動資産及び非継続事業」の減価償却停止に関する議論

 

このうち、固定資産の減損テストに使用する使用価値に関する議論の記述が最も詳しいと思う。ここでは、自己創設のれんに関連した2つの議論がある。

 

一つ目の議論でIASBは、減損テストに使われる回収可能額の見積りは、「使用価値」ではなく「公正価値」を使うべきだ、という主張を退けている。その公正価値論者の主張は、使用価値を算定する将来キャッシュフローの見積りには自己創設のれんが含まれるが、公正価値にはそれはないとしている。以下にその概要を紹介する(BCZ14~)。

 

・公正価値論者:使用価値には自己創設のれんが含まれる

 

使用価値は、企業が見積もる将来キャッシュフローの割引価値だ。それが(基本的には市場が決める)公正価値より大きい場合は、経営チームのアイディア・能力が考慮された自己創設のれんが付加されている。自己創出のれんの資産計上は禁止されるべきだから、使用価値より公正価値が良いと主張。

 

・IASB(正確にはIASC):市場価値ではなく、その企業が考える価値の方が適切

 

市場より、その資産を保有している企業の方が、価値を生み出す良い方法を知っているのではないか。もし売却した方が有利と企業が考えれば、正味売却価値を見積れば良い。また、他の資産との相乗効果を含めることが実態と合っているし、目的適合性が勝る。

 

この議論は、IASBに改組される前のIASC(国際会計基準委員会)が行ったものを、IASBがそのまま引継いでいる。IASCは、当時のIAS第36号が、企業の見積りの仮定が十分合理的になるように整備されており、そうであれば使用価値も公正価値も大差ないと考えていたようだ。

 

しかし、IASBは、使用価値に企業独自の創意工夫や他の資産との相乗効果による価値を見積ることを認めている。自己創出のれんの存在を確認しながらも、使用価値を否定せず、むしろそれを積極的に認めている。その方が目的適合性(概念フレームワークの質的特性)に勝るという。

 

 

ではもう一つの議論も見てみよう。ここでは、使用価値を見積るための将来キャッシュフローに「当初の資産」から生じるもののみを含めるべき、という主張を退けて、あとからその資金生成単位に追加された資産から生じるキャッシュフローも含めるべきだと結論付けている(BCZ43~)。

 

ここで、「当初の資産」が主張された理由は、追加された資産が「当初の資産」を改良したり、拡張したりするものなので、追加された資産から生じる将来キャッシュフローにも自己創設のれんが含まれる。したがって、それを排除すべきというものだった。

 

これに対してIASB(正確にはIASC)は、次の点からこれを却下した。

・当初の資産と追加された資産の将来キャッシュフローを区別することが実務上は不可能と考えたこと。

・投資が回収できるかどうかが重要なのであって、回収に自己創設のれんが含まれるかどうかはそれより軽い。

・減損会計は、現状における資産を評価するものであって、「当初の資産」のみを対象とするものではない。

 

自己創設のれんの資産計上禁止規定は、どうやら絶対的なものではなく、他に優先するものがある。それは実務的に投資の回収を管理することだ。そしてそれは、将来キャッシュフローによって回収可能なもの、即ち、お金を生むものは資産であるという概念フレームワークの資産の定義にも合致する。

 

 

以上の2つの議論から見えてくるのは次のようなことだ。

 

11/23の記事にも記載したように、IASBは企業買収で発生したのれんが資産かどうかを判断する際に、概念フレームワークの資産の定義を使った。このIAS第36号では明記されていないが、同様のことを行ったようだ。それによって一貫した規準を作っている。

 

しかし、一方で、コアのれんの①の要素である企業が創業時から積上げてきた価値(11/17の記事)については、企業買収の対象になった場合は資産計上を認めるが、そうでない場合は、上述のIAS第36号48項で禁止している。だが、企業買収時に概念フレームワークの資産の定義に合致しているなら、買収前でも合致しているはずだ。

 

そこで、改めて概念フレームワークの資産の定義に戻ってみると、将来キャッシュフローの予想は4.38項の蓋然性の規準を満たさねばならない(4.5項)としており、その4.38項では、可能性が高く(=蓋然性の規準)、かつ、信頼性をもって測定できなければならないとされている。そして、IAS第38号の49項では、「自己創設のれんは、信頼性をもって原価で測定できるような、企業が支配する識別可能な資産ではないことから、資産として認識されない。」とされている。即ち、①ののれんは、信頼性のある原価を実務的に集計できないために、資産計上されないということだ。しかし、企業買収時には、経営者が回収可能と判断した買収額から買収される企業の純資産額を差引けば算定できる。そのため、この蓋然性の規準が満たされ、資産計上の対象となる。

 

 

ん~、まあ、IASBはそう考えてるってことだが、何か釈然としない・・・。

 

伝票を書くには、最低でも、認識と測定の2つの問題をクリアしなければならない。認識は(いつ)記帳するかを判断をすることで、測定はいくらで記帳するかを計算することだ。蓋然性の規準では、その測定に関して、高い可能性(=蓋然性の規準)と信頼性を要求にしている。

 

自己創設のれんは、この測定に係る蓋然性と信頼性を満たせば資産計上されるのだから、認識としては資産として記帳すべし、という判断なのだろう。ただ、信頼性をもって金額を計算できないので、資産計上されない。だが、減損会計では、企業買収で生じたのれんについて毎期使用価値を見積って減損テストをしなければならない。その見積りは合理的なものでなければならない、即ち、使用価値を合理的に見積れると考えている。

 

それなら、同じ方法で企業買収以外の自己創設のれんも使用価値を計算できるのでは? その使用価値以下の、顧客訪問の人件費・経費とか、企業や事業のイメージアップ広告とか、従業員教育などの費用の一部を資産計上してもよいのでは? ってことにならないだろうか。あとはIASBがその規準を作れば良い。

 

しかし、僕は、そういうものを資産として認識すべきでないと思っている。だが、上記のIASBの理屈では説明しづらいと思う。自己創設のれんの資産性を直接否定できる、もっと違った説明が必要ではないか。さて、みなさんはどう思われるだろうか。

2012年12月 4日 (火曜日)

のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(8)自己創設のれん:着眼点

2012/12/04

お気づきの方もいらっしゃると思うが、昨日、この「のれん」シリーズのタイトルを過去に遡って変更した。記事は変えてないが、タイトルが長くなるので「製造業」を削除し、その代わりに記事の内容を示すキーワードを追加した。

 

さて、自己創設のれんは、企業が創業以来自ら積上げてきた価値であるが、通常は資産計上されない。しかし、企業買収の支払対象となったものに限って資産計上される。一方、企業買収の支払い対象となるべきのれん、即ち、コアのれんには、この「①企業が創業以来自ら積上げてきた価値」と、もう一つ、「②シナジー効果による期待」の両方が含まれる(11/17の記事)。

 

この②の特徴(=①と異なる特徴)は、11/17の記事に箇条書きしたように、企業買収時点では単なる期待に過ぎず、買収後に(買収する企業によって意図的に)作り出され、買収される企業だけでなく買収する企業の業績にも良い影響が期待される点だった。即ち、②の部分は買収する企業にとって自己創設のれんの特徴を有している。しかも、現時点ではまだ存在しない将来への単なる期待に過ぎない。

 

そして、資産か、資産でないかを決める境界線について、11/21の記事の「期待が実現する確からしさ」のところで、研究費とのれんを比較して検討した。そこでは、研究費は事業性が明らかでなく、将来キャッシュフロー(≒収益)を生むと期待するにはまだ確率が低すぎて資産性がないが、のれんの方は経営者の判断を尊重してその期待を認めると結論付けた。

 

さあ、ここからが今回の検討事項だが、実はさらに突っ込んでいくと、②の中にもかなり実現可能性の高そうなケースから、言葉は悪いが博打要素の強いケースまであり、期待が実現する可能性は一様ではない。例えば、買収によって自社の弱い地域の市場占有率を上げ、物流コストや管理コストを効率化できるといった期待は、かなり実現性が高いと思う。一方で、5年後や10年後の製品開発をにらんで、関連しそうな技術を持つ企業を買収するような博打要素の強いケースは、研究費と変わらないような気がする(研究費は資産計上されない)。

 

そこで、博打要素の強いケースも、本当に資産計上してよいのか、その根拠は何か、というのがここからのテーマだ。今回は減損会計(IAS第36号の結論の根拠)と比較しながら検討する。即ち、IFRSにおける資産と資産でないものの境界線をさらに厳密に理解しようという狙いだ。

 

 

(減損会計との類似点)

 

「えっ、のれんの資産性の話と減損会計にどういう関係が?」と疑問を持たれた方のためにも、まずこの類似点を検討したい。即ち、②(シナジー効果)が資産かどうかという問題と、ある資産(減損の兆候がある資産)が減損されるかどうかという問題が比較の対象になるというのは、両者に類似点があるからだ。果たして比較対象になるほどの類似性はあるだろうか。僕の考えは以下のとおり。

 

両者とも、

A.将来キャッシュフローで回収されると見込まれれば減損しない(=資産計上する)。

B.その見込みには、自らのがんばり部分が含まれている(=自己創設のれんを含んでいる)。

C.過去実績だけでは、回収を見込めない可能性がある(=兆候あり/②要素ののれん)。

 

以上からは、次のような特徴が共有されている姿が見えてくる。即ち、資産性が怪しいうえに自己創設のれんが含まれるが、将来キャッシュフローで回収されるかという観点で資産にするか否かが判断されている。(但し、減損会計では企業が判断するが、②はIASBが資産と判断している)。

 

もう少し具体的に書くと、両者は、上述のコアのれんの②の特徴(=①と異なる特徴)を共有している。即ち、減損テスト時点〔=企業買収時点〕では期待を含み〔或いは、期待に過ぎず〕、今後意図的に改善され〔或いは、作り出され〕、その後の企業の業績に良い影響が期待される。ちなみに、減損会計では「資産の機能の改善や拡張を含まない現状での見積り」が要求されるため(IAS第36号44項)、②に比べれば症状は遙かに軽いものの、厳密に自己創設のれんが排除されているわけではない(IAS第36号の結論の根拠BCZ44など。詳細は次回)。

 

ということで、一応、類似点がありそうだと思っていただけたと思うが、しかし、それでは自己創設のれんの資産計上禁止はどうなっているのか? という疑問が残る。 これについては、今回は問題提起にとどめ、続きは次回とする。

 

 

(減損会計との相違点)

 

一方で、両者には相違点もある。相違点があっても結論が同じになる(減損しない/資産計上する)場合、その相違点は、資産か費用かを決める本質的な条件ではないということだろうか。具体的には、IFRSでは、②(シナジー効果)についても、常に研究費より確実な実現可能性の期待を持てるようになっているのだろうか?

 

相違点は、将来キャッシュフローの見積り方にある。即ち、

a.減損会計では現状における見積りが要求されるのに②は丸ごと将来の改善。

b.減損会計には予算等承認された計画の基礎が求められるが、②には必ずしもない。

c.減損会計の対象資産(資金生成単位)には過去実績があるが、②にはない。

 

明らかに、減損会計より②の方が緩い将来キャッシュフローの見積り方が許容されている。この差は、減損会計が、取得してから2年目以降の既存資産に対する評価・測定の規準であるのに対し、②が投資初年度の資産の認識に関わる規準であることに起因すると思う。新規事業のリスクが高いからといって、投資したら即減損ではおかしいのと同じだ。

 

だが、上記の博打要素の強い例を考えれば、それだけで研究費の資産計上が否定されていることとの均衡が取れるわけではないと思う。この点をもっと深く考える必要がある。これも続きは次回(以降)。

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