のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(27)改善策は使用価値の対象?(“過去”の範囲)
2013/2/13
会計・監査ジャーナル2月号に大変興味深い記事があったので、その一部を紹介したい。この号は統合報告や公的部門の会計基準に関しても記事があって面白いが、紹介するのはそれらではなく、「IFRS解釈指針委員会報告」(日本からの委員である湯浅一生氏がIFRS解釈指針委員会の議論を紹介した記事)だ。ちなみに、IFRS解釈指針委員会とは、IFRSの解釈がばらついている事案について指針を作成する役割を担っている。
この記事のテーマは負債の期間帰属だが、IFRSの資産・負債の定義はパラレル(借方か貸方か、入金か出金かが違うだけで、形式も内容もほぼ一緒)であり、これは資産の期間帰属を考えるうえでも大変参考になる。
そして、同時に使用価値算定に利用する将来キャッシュフローの見積りの範囲にも直結する(と僕は思っている)。例えば、下記の負債がB/Sに計上されるのであれば、同じタイミングの資産を発生させる取引についても資産計上すると考えるだろうし、同じタイミングの事業改善策も将来キャッシュフローの見積り対象に含められると考えられるわけだ。事業改善策の効果が将来キャッシュフローの見積りに含まれるということは、その効果が資産の評価額の一部となる可能性があるので、事業改善策が財務情報として扱われたということになる。
では、この記事を見ていこう。以下に使用価値の見積り対象に含めるか否かに関連しそうな部分を抜き出す。
IAS第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」の下での以下の取引をどのように解釈するかが議論の対象となっている。
(取引)フランスの鉄道税は以下の条件で課税される。
A.1/1時点の事業者に対して課金
B.金額は前年度の売上高の比率に基づく
(実は、さらに売上が一定額、ある閾値を超えると課金されるという条件がある。それが、例えば第1四半期や中間では超えないが、第3四半期や下期で超えるようになる場合、四半期や半期報告へ与える影響が問題になるとされていて、湯浅氏の報告はそこの議論がメインとなっている。即ち、第1四半期や中間で未払い計上するか否かがメインの論点だ。しかし、そこは、このブログのテーマへあまり関連しないし、単純化を考慮して省略する。)
(論点)上記のAとBの条件で、12月決算の会社は、この賦課金をいつ負債計上するか。
① 1/1が属する事業年度に支払義務が発生するので、その期に負債計上する。
② 義務の発生を見越して売上高が発生した期に負債計上する(①より1年早く負債計上する)。
この委員会の結論は①となった。
理由には、IAS第37号14項(a)に、負債を計上する条件として、「過去の事象の結果として」という表現があることを挙げている(この表現は、概念フレームワークの資産や負債の定義と同じ)。即ち、1/1を迎えないと「過去の事象」と言えないということだ。
ちなみに、全く同じではないが、日本でも似たような議論が必要になる事案があると思う。例えば固定資産税だ。
固定資産税は、1/1現在の固定資産とその所有者に対して、次の4月以降の期間に納税義務が生じる。3月決算会社は、その期に全額未払い計上するのか、それとも1月から3カ月分のみ未払い計上するか、或いは、4月以降費用・負債認識を行うか。現在は会社によって処理が分かれているから、上記と同様、統一すべく議論する価値がある。(上記の結論をそのまま踏襲すれば、1/1に「過去の事象」となるので全額未払い計上になると思うが、そのまま費用認識するかどうかは別問題。これは面白いテーマだが、また別の機会に。)
ポイントは次の点だ。
1/1を明日に控え、運行スケジュールは公表しているし、駅や軌道の撤去は不可能だし、どう考えても鉄道事業から撤退するはずのない会社で、債務額の計算も可能であっても、たった一日前に過ぎない12/31時点では債務認識しないという。
では、これを使用価値の基礎になる将来キャッシュフローの見積りに当てはめて考えてみよう。
決算日時点において、ある資金生成単位の実績をそのまま引き延ばして将来キャッシュフローを見積ると、回収可能額が資産の簿価に満たない(=減損が生じている)とする。しかし、翌期の計画でそれを改善させる施策が組まれており、その影響を見込めば回収可能額が簿価を上回る。このような状況に於いて、その計画に盛込まれた改善策の効果を、使用価値の基礎となる将来キャッシュフローに見込むか否か。
上記の例を踏まえれば、答えは「否」となる。単なる改善策の段階では、まだ「過去の事象」とはいえないので、将来キャッシュフローの見積りに含められない。(改善策が期末日時点ですでに実行されていれば「過去の事象」に含まれる可能性がある。)
前回も記載しているのでくどくなるが、重要なので改めて記載すると、将来キャッシュフローの見積りには、単なるアイディアや計画は見込むことができない。その理由は、財務情報が長期目標に対する現状の実態開示、或いは目標に対する進捗を表現するものであり、未着手の単なるアイディアを見込んでは、期末日時点の実態の開示にならないからだ(と僕は思う)。未着手のアイディアや計画は、将来情報であり、現状説明や実績情報としての財務情報ではない。非財務情報だ。これらを将来キャッシュフローの見積りの対象にしては、期末日時点の実態を開示するという財務情報の意味がなくなる。(将来情報が重要でないといっているのではなく、単に財務情報に含めるか否かを論じている。)
これについて具体的なIFRSの規程はあるだろうか。実は次のような規定がある。IAS第36号「資産の減損」の44項だ。
将来キャッシュ・フローは、資産の現在の状態において見積らなければならない。将来キャッシュ・フローの見積りには、次男項目から発生すると予想される見積もり将来キャッシュ・インフロー又はアウトフローを含めてはならない。
(a) 企業がいまだコミットしていない将来のリストラクチャリング
(b) 当該資産の機能を改善または拡張するもの
但し、修繕費など、現在の水準を維持するための費用は見込む(49項)。リストラ計画はコミットされていれば見込むが、リストラの効果は会社の意思でコントロールしやすい、実現しやすいものであるため、「意思決定=着手」とみなしているのだと思う。それに対して、改善や拡張は、それによって顧客満足が増加し収益の増加につながらなければならず、そこは不確かなので、計画だけでは「期末日時点の実績」とは言えないという判断だと思う。
恐らく、日本基準に慣れている方々にとっては、厳しい、保守的なルールに感じられるかもしれない。日本基準では、減損の“兆候”を判定する時に、「2年連続赤字+翌年の黒字が明らかでない場合」という条件があって、そこでは「翌年に実施する効果が確実な対策は見込んで判定する」会社が多いと思う。その流れで、将来キャッシュ・フローの見積りにも、未実施の改善策を見込むイメージを持たれるケースもあるのではないだろうか。
ここには注意が必要だ。日本では、期末にかけて減損テストを行い、問題のある資金生成単位については、翌年の予算に改善策を盛り込むというパターンがとられやすいが、それだとIFRSでは減損を免れないのだ。じゃあ、どうすればよいのか。こういうケースでは、すべて減損することになるのか?
基本的にはそういうことになるが、それでは芸がない(=会計が経営に役立ってない)。
僕が思うに、やはり、当期に問題を識別したら、すぐに(=当期中に)改善に着手するということに尽きるのではないか。予算制度をより柔軟に運用し、当期の結果が出てから来年どうするかを考えるのではなく、当期のことをやりながら次の改善の手を打っていく。期末時点では、もう改善が行われ、できればその結果も見えてきている。そういう方向に事業運営を持って行くことになるのではないかと思う。
しかし、もし、その改善に多額の投資が必要で、年度予算管理の柔軟な運用だけでは対応できず、全社的な資金バランスを考慮して翌年以降の事業計画全体の中でなければ意思決定ができないようなものであるならば、期末までに改善の着手ができない。そういうものは、どうなるだろうか。恐らく資金生成単位の収益性の低下は著しいものであり、もはや減損もやむを得ない。
或いは、事業改善のための効果的なアイディアが出ない状況であれば、事業の根本的な見直しに伴って、減損も行われることになるだろう。
このように書くと、非常に厳しいことに聞こえるかもしれない。しかし、誤解をしないでいただきたいのは、本来投資の意思決定時に採算性や回収期間によるシュミレーションを企業は行っており、その際は、マージンを見込んだり、マージンを含んだ大きな割引率、資本コストを使ったもっと厳しい条件で検討をしているはずだ。上記の減損に使う使用価値は、マージンを含んでいない分、そのシュミレーションより優しい基準になっている。
しかし、経営上は、当然マージンを含めて投資が回収できるようにすべきなので、そういう本来の管理をしていれば、十分IFRSの減損会計にも対処できる、問題はない。IFRSの減損会計にも対処できるような早いタイミングで事業の不調を認識し、対処できる。簡単に減損にならないよう対応・対策を考えられる。
問題があるとすれば、そういう投資の意思決定時のシュミレーションをフォローしていないことではないだろうか。意思決定時からの一貫した管理をしていないと問題になる。問題を感じた時は、その点を見直してみると良いと思う。
さて、このシリーズでは、のれんの減損を検討しているのだが、M&A投資の管理も上記と同じだ。投資時に見込んだシナジー効果などをどのように発現させるか、のれんを含む投資が回収される見込みが維持できているかがポイントだ。即ち、M&Aの意思決定時のシュミレーションを実績でフォローしていくという発想が基本になる。そしてその実績とは、改善をタイムリーに実施している状態における期末日の状況を将来に延長した場合の回収可能額で測ることになる。
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