のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(28)長期志向の使用価値
2013/2/15
東アジアは、何とも複雑な情勢になってきた。日本は中国・韓国・ロシアから領土を巡って挑発され、北朝鮮はミサイルに核実験。アメリカは心強いことを言ってくれるが、イランなど中東問題に比べれば距離を置いた感じだし、ヨーロッパはそもそも関心が薄い。イタリアやスペインなど欧州債務問題とアルジェリアやマリなどお膝元の火消しで精一杯だ。
そんな中、安倍首相は、昨年末の衆議院選挙期間中から日中関係は大局的にとか、長期的観点でとか、東アジアの地図を引いて眺めてなどと言っていた。そうすれば解決策が見えてくると。そして、首相に就任するとアセアン諸国へ訪問し中国を牽制する一方で、公明党の山口代表経由で習近平氏へ親書を渡した。そして、火器管制レーダー照射事件については公表の上強く抗議したものの、マスコミが「これで日中首脳会談は遠退いた」と書く中で、対話を閉ざさないと言い添えた。しかし、北朝鮮が核実験を行うと、敵基地攻撃能力装備の可能性に言及するとともに、アメリカとの連携を印象付けるようオバマ大統領と電話協議を行った。中国にはプレッシャーだろう。日本が本気で攻撃能力を増強するのをアメリカが容認する姿がチラついたかもしれない。しかしその一方で、近日中に日中対話への動きを具体的に示すのではないか。
次々と東アジア情勢の混迷が深まるなか、色々な事件への対応を迫られながらも、なにか一貫した姿勢を安倍首相には感じるのだが、みなさんはいかがだろうか。
僕は、その一貫性は、「大局的」とか「長期的観点」とか「地図を引いて眺めて」というのと関係しているような気がする。言葉だけでなく、本当にそういう観点でのあるべき姿が安倍首相には見えており、それを横目で見ながら個別問題へ対処しているような感じがする。あるべき姿は、たまたま到達するものではなく、到達しようとする強い意志(とそれを体現する具体的な行動)によって実現するものだ、という信念というべきか。
ん、使用価値の算定と何の関係が? とみなさん思われたと思う。これ以上書いてると呆れられそうなので本題に入ることにしよう。今回は、使用価値がどのような要素と手順によって算定されるかをIAS第36号の規程から見てみようという趣旨だ。
(使用価値見積りの将来要素)
資産は、期末日の状況(過去の事象)について、将来志向的要素で評価される。それに密接に関連する使用価値の“将来要素”とは、以下のものだ。(30項)
・その資産の使用から期待する将来キャッシュフローの見積り
・将来キャッシュフローの金額、時期への期待について、起こりえる変動
・貨幣の時間価値
・リスク・プレミアム
・その他、一般的に想定しうる要因(処分する際に買い手が見つかり難くすぐには売れない、など)。
手順は次の通り。(31項)
・その資産の継続使用と最終処分の関する将来キャッシュフローを見積る
・将来キャッシュフローに割引率を適用して現在価値に割引く。
ちなみに、リスク・プレミアムやその他の要因は、将来キャッシュフローに見込んでもよいし、割引率に含めてもよい(状況によってどちらが合うかを判断して使用する)。(32項)
これを読んで、少々がっかりした方もいらっしゃると思う。重要なのはどうやって将来キャッシュフローを見積るかであって、こんな形式的なことではないと。もちろん、それについての規程もある。だが、ご期待に沿えるものかどうかは、みなさんがそれぞれでご判断戴きたい。それでは、次は将来キャッシュフローの見積り方を見てみよう(33項~)。
(将来キャッシュフロー)
といっても、具体的な見積り方法がIFRSに規定されているわけではない(但し、計算例が付録についているので一応参考にはなる)。むしろ、適切な見積りであれば、こういう状況になっているはずですよ、という条件というか、属性というか、性質といったものが記載されていると思った方が良い。だが、強いて「見積り方法」挙げればこれだろうか。
「一連の経済的状況に関する経営者の最善の見積りを反映する、合理的で裏付け可能な仮定を基礎としなければならない。」
いや、これでは全く具体性がない。だが、以下の、その適正な見積りの条件、属性、性質で多少は補えるかもしれない。
・外部証拠により大きな重点が置かれている。
・経営者が承認した直近の財務予算・予測を基礎としている。
・但し、リストラや資産の機能改善、拡張の予定は除外する(見積りに入れてはいけない)。
・例外はあるが、最長5年。
・直近の予算・予測期間以降の将来については、普通は低減する成長率を用いている。
・しかも、その成長率は、普通は市場の長期平均成長率を超えていない。
これを見ると、IFRSに保守主義・慎重性がないと宣伝している人の気がしれない。非常に保守的ではないか! 特に、原則5年分しか見積もれないというのは、逆に保守的過ぎると思われるだろう。だが、ご心配の方は担当の監査人とよく相談されると良い。より長い期間を正当化できる良い解決策か、5年後のその資産(或いは事業)の最終処分価額(=処分費用控除後の公正価値)を見積ることで解決できることが多いはずだ。
ちなみに、IFRSが5年としているのは、それ以上先のことに関する見積りに信頼性があるか、という疑問をIASBが持っているためだ。そういえば、スティーブ・ジョブズ氏も、5年先のことは分からないと、クローズアップ現代のインタビューで言っていた(2012/10/4の記事の最後の方)。したがって、実は、より重要なのは成長率に何を使うかということだ。
(成長率)
もちろん、この規定があるから5年の計画を作らなければいけないということではない。だが、通常大きな設備投資をするには、より長期間にわたる投資の採算性や回収のシュミレーションが行われ、投資の意思決定が行われる。問題は、これが実績でフォローされているかどうかだ。もし、フォローされ、シュミレーションで使用される成長率の決定方法が検証され、補正されているのであれば、その方法で算定された成長率は、将来キャッシュフローの見積りをするための成長率として、有力な選択肢となりえる。5年計画がなくてもよい。
また34項では、使用価値の算定に使用した将来キャッシュフローを実績で検証し、差異分析しなさいといっているので、そこでも成長率が検証することができる。やはり、このために5年計画は不要だ。だが、減損会計のためだけにこの差異分析や検証作業を行わなければならないのだろうか?
そうではない。通常は、資金生成単位は、管理上のプロフィット・センター等に結び付いているから、日常の管理活動の中で行えるはずだ。ただ、事業のライフ・サイクルなどといった大きな図面を意識せずに、その時々の状況だけで、即ち、目先の要因だけで分析・管理をしていると、こういう大きな発想と結びつきにくい。損益管理だけだと、小さな発想に陥りやすい(これは2/11の記事にも書いた)。一方、減損会計の前提には、事業のライフ・サイクルをも意識した長期志向の経営がある。長期志向の経営では、事業の成長率とかライフ・サイクルは当然意識されるはずだ。そういう分析を日常の管理活動の中で行うなら、この34項の規定に当てはまるし、将来キャッシュフローの見積りに使用可能だ。
(長期志向のリスク管理)
僕もそうなのだが、ついつい、短期的な対応と長期的な対応の違いを意識しないことが多い。しかし、これをしないと、いつの間にか変な所へ辿り着いてしまう。企業であれば、顧客への存在感を増すこと、顧客がお金を払ってもよいと思う良いイメージを持つこと、顧客から一番に選ばれることなどが、長期的な目標となるだろうが、短期的な業績目標を達成するためにそれと正反対のことをしてしまうかもしれない。それは「のれん」へのダメージになる。そして、それが事業のライフ・サイクルを縮めてしまうかもしれない。困難な時こそ長期的な観点を見失ってはならない。
将来キャッシュフローの見積りで、安易にコストを少なく見積ってはならない。むしろ、事業の価値を顧客に理解してもらい、末永く選んでもらえるように考えなければならない。使用価値を甘く見積もっても事業の改善には役立たないどころか、甘いリスク管理の蔓延に繋がってしまう。事業経営は、時々の状況に対応しなければならないのはもちろんだが、一方で、一貫した方針を貫くことも必要だ。ここは安倍首相の姿勢が良いお手本になるかもしれない。
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