のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(29)直感的な割引率
2013/2/19
みなさんは、事業投資の承認を得るためのプレゼンテーションや、ベンチャー企業経営者による投資や支援を得るためのプレゼンテーションをご覧になられたことがあるだろうか。僕はある。もちろん、玉石混交なわけだが、思いもよらぬ事実と分析、そして発想を提示され、ぐぐっと心を動かされることがある。僕は投資を承認する立場になったことはないし、もちろん、資力がないので投資したこともない。しかし、もしできるとしたら、いくら出せるか大いに悩むに違いない。しかし、企業経営者、特に自分で起業し成功した人は、かなり直感的にイメージが湧くようだ。いくらかかるか、問題点は何か、自分が支援できることは何か。もちろん、分野によって得手・不得手もあるし、複数の経営者の見立てが一致するとは限らないが、判断が早い。
さて、今回は、使用価値を算定する「割引率」をテーマにしたいと思う。2/15の記事では「成長率」についても記載したが、成長率と割引率は裏腹の関係にある。例えば、高い成長率を見込んで将来キャッシュフローの見積りを大きくしても、その実現可能性を低く見積り(=リスク・プレミアムを高く見積り)、割引率を高く設定すれば、現在価値に割引くと大差ないことになってしまう。成長率は事業の成長性やライフ・サイクルを表象するものとしてイメージしやすいのだが、その裏腹の割引率とはなんだろうか?
「割引率」といえば経済学のものだと思うが、会計でも管理会計分野には昔から「割引率」があった。DCF法(Discounted Cash Flow)などの投資の経済性計算に利用されていた。それが財務会計の分野に入ってきたのは会計ビックバンのとき、即ち、将来要素を資産や負債の測定・評価に利用し始めた時だ。
割引率の説明としてよく用いられるのが、次のような説明だ。
100円を今もらうのと、1年後にもらうのでは、今の100円の方が価値があるでしょう。もし1年後の105円が今の100円と釣り合うとすれば、現在価値への割引率は5%になります。
正直言って、ピンとこない。1年後の約束なんて信じられるだろうか。忘れられないか? 嘘じゃないか? 相手は1年後まで生きてるか? (余談だが、もらう側の僕が忘れるリスクもある。特に最近は。) 直感的には150円ぐらいに増えないと釣り合わない気がする。だが、あまり良い話だと逆に疑いたくなる。すると、現在と将来の比較は成り立たず、常に現在が選択される。これでは割引率なんてなくなってしまう。しかし、それが庶民感覚というものではないだろうか。
こういうピンとこないものが、我々の直感力を鈍らせる。直感力が効かないものは、正直言って敬遠したい。もっと良い理解の仕方はないだろうか?
そこで僕が考えるのは、ちょっと毛色の違う説明だ。すでに割引率を理解している、という方も、頭を真っ新にしてお読みいただきたい。それは3つの会社があって、それぞれ次のような労働条件だとする。就職先として、どの会社を選ぶか、という問題だ。今と違って売手市場ということで、お考えいただきたい。
・がんばってもがんばらなくても、この先2年間100円給料がもらえるA社
・成果を上げられると1年後に105円に上がるB社
・より高い成果を求められるが、同様に110円に給料が上がるC社
たくさんもらおうと思えばC社を選ぶが、がんばっても成果を出せなければ据え置きで、がんばり損だ。がんばらなかったら、賃下げもあるだろう。それが嫌ならB社ぐらいが適当かも知れない。A社は、モチベーションを維持するのに辛いかもしれないが、楽は楽だ。また、デフレの今ならA社でもよいと考える人もいるだろうし、これからインフレになるかもしれないからA社はないと思う人もいるだろう。
さて、どの会社に入るか。以下の要素が判断のエッセンスになると思う。
① 物価上昇率
② モチベーションを維持できる最低の賃上率
③ 払う努力の大きさと成果を出せる見込みが釣合う賃上率
そして僕が考える割引率とは・・・
①+② = リスク・フリーの割引率
①+②+③= リスク・プレミアム込の割引率
(売手市場なので、給料をもらえるならどこでもよい、という選択は想定していない。)
なんじゃ、こりゃ。余計分からなくなった、と思われた方にはごめんなさい。割引率は時間的価値の減価を表すものなのに、時間的な要素がはっきりしないじゃないか、というご批判もあるだろうと思う。ただ、僕の割引率に対するイメージは、会社勤めのモチベーションを維持“継続する”ことに対する犠牲、即ち、我慢とか忍耐だ。その“継続する”というところに、時間の要素を込めている。
上記の、100円、105円という話も、1年間我慢を続ければ5円の対価が得られますよ、ということのように僕には思える。だから、1年先より5年先の方が我慢の期間が長いので、報酬が大きくなければ釣り合わない。その結果、割引の程度も大きくなる。
また、払う努力の大きさは自分でコントロールできるものの、成果は先に行けばいくほど予測が難しくなる。そのために、リスク・プレミアムも、期間が長くなればなるほど大きく作用し、割引の程度が厳しくなる。リスク・プレミアムとは、将来の不確実性を表している。自分の成果を出すことに自信があれば低くてよいが、不安がどれくらいあるかに目を向けなくては、適切な会社を選択できない。
ということで、僕の考える割引率とは、継続することへの我慢と、成果を出すことへの不安で構成される。(それに物価上昇率が加味されている。) 単に仕事を継続するだけなら低い割引率で良いが、成果を出すことへの不安を加味すると高い割引率になる。上記の問題でいえば、その高いレベルの不安を克服する自信があれば、C社が選択される。
「リスク・フリーの割引率は、国債の・・・」などという説明を期待されていた方には申し訳ない。しかし、その説明だと僕には直感力が働かない。分かり難い。それに冒頭の経営者たちも、きっとそんなことは考えてないだろう(失礼!)と思って、代わりの説明を試みた。それが成功したか不安なので、みなさんが我慢が続いているうちに今回は終える。IFRSの関連規程については次回に。
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