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2013年2月21日 (木曜日)

のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(30)投資者の要求する割引率

2013/2/21

前回(2/19の記事)は、「割引率は“我慢”と“不安”で構成される」と書いたが、ご納得いただけただろうか。“我慢”だけで割引く場合はリスク・フリーの割引率、“不安”も込めればリスク・プレミアム込の割引率となる。読んでる方の反応が分からないので不安だが、今回は、その割引率がIAS第36号「資産の減損」でどのように扱われているか、というテーマだ。55項には次のような規定がある。

 

割引率は、次のものに関する現在の市場評価を反映した税前の利率でなければならない。

 (a) 貨幣の時間価値

 (b) 当該資産に固有のリスクのうち、それについて将来キャッシュ・フローの見積りを調整していないもの

 

(a)は、そのキャッシュフローが実現する将来まで“我慢”する分で、(b)が、予想したキャッシュフローが実現できるかどうかの“不安”に相当する分の割引のことだが、この規定は、それ以外に次のことも言っている。

 

 ① 市場評価の反映

 ② 税前の利率

 ③ 当該資産固有のリスク

 ④ 見積りを調整していない

 

これらについて、みていこう。

 

 市場評価の反映、③ 当該資産固有のリスク

 

「市場評価」というと、ぱっとイメージできるのは(a)の方だが、この規程は(b)を含めて言っている。そんな割引率が市場にあるのか?

 

(a)は国債など、最も信用力の高い債券の利率と言われており、償還までの期間の長さによって利率が異なるので、見積り期間に対応した債券の利率が使われる。一般に、債券の利率には、時間的価値と発行体の信用力が含まれるとされるが、信用力が高い債券の場合は、発行体の信用力部分が少ないので、ほぼ時間的価値のみで構成されると考えられている。そのため、信用力の高い債券の利率が(a)に当たるとされる。

 

ただ実際には国債にも信用力の部分があるのは、ギリシャやスペイン、イタリアの例を見ても明らかだ。確かに、5年間ギリシャで生活するのは、同じ期間日本で生活するより我慢が必要かもしれないが、これらの国々の国債利子率には、明らかに「貨幣の時間価値」以外の要素が入っている。僕は実際のところを知らないが、恐らくこういう国々では、自国の国債の利率は使われていないのかもしれない。

 

債券の市場利子率には、発行市場における新発債の利率と、流通市場における既発債の利率の2種類があると言われるが、両者にどういう差があるのか、僕には分からない。ただ、発行期間とか償還までの期間には注意が必要だ。また、日本でも元本がインフレ率に連動するような物価連動国債の発行も検討されているようだし、変動利率、固定利率、割引債などといった商品内容にも注意が必要だ。この場合に適しているのは、シンプルな固定利率で一括償還条件のもののなかで、残存期間が将来キャッシュフローの見積り期間と近いものになる。これらは統計データが公表されているので、あまり問題はない。

 

一方で、(a)(b)を加えた割引率については、(b)の部分があるので、適切な市場を見つけるのが一般には困難だと思う。IFRSは原則主義なのでこのような書き方をしているが、実務では臨機応変に対応していくしかない。例えば、賃貸物件などの将来キャッシュフローを比較的確実に見積りやすい物件の利回り統計などがもしあれば、それと対象資産(資金生成単位)に係る見積もりの不確実性を比較しながら、割引率を見積る方法が考えられる。だがこの方法も、不確実性の違いによる割引率の調整をどのように行えばよいかが難しい。

 

そこでもう少し読み進むと、次の56項に、「対象資産(資金生成単位)の事業と同種の事業(=潜在用役およびリスクの類似する事業)を所有する上場会社の資本の加重平均コスト」が“例示”されている。これも原則主義の書き振りなので、なにがなんでもそういう上場企業をがんばって探して・・・などという必要はないと、僕は思う。それより、56項の記述で気になる、重要だ、と思うのは、「投資者が要求する利回り」という表現だ。

 

例えば、「GoogleAppleAmazonなどからして、IT関係ならこれぐらいの収益率(=利回り)を投資家が要求している」などと読み取ったとしたら、厳しいことになる。IT系の投資は軒並み却下されてしまうかもしれない。(当然ながら、“利回り”なので、利益相当分が含まれる分だけ、割引率が大きくなり、現在価値は小さくなる。)

 

実際に、M&Aやその他の投資の意思決定をする際には、選択肢から最上のものを判断するのであって、GoogleAppleの収益性が経営者の基準になるとは限らないし、そうしないと間違いだとも言えない。それを踏まえてこの文言を理解する必要がある。

 

通常、大きな利益を生むのは、野心的で、革新的で、将来の大きなイノベーションを見込んだ計画だ。だが、それは野心的で、革新的で、大きなイノベーションを期待する分、実現に不安がある。投資者としては、そういう大きな不安を抱えながら、長い時を我慢して過ごさなければならない。だから、それを打消せるような期待、楽しみ、即ち、利益を要求する。それを「投資者の要求する利回り」と言っているのだと思う。したがって、「IT関係だから・・・」などという大雑把な括りではなく、個別案件ごとに異なると思った方が良い。55項で「当該資産に固有のリスク」と表現しているのは、これを踏まえてのことと思う。

 

随分前のことになるが、利益率が低いのに過剰にキャッシュを溜めこんでいる会社に対し、外国人株主が「配当にして株主へ金を返せ」と強硬に要求したことが話題になった。当時は、なんて横暴な要求なんだ、と思ったが、このように考えてみるとその正当性が理解できる。株式会社制度で、折角、所有と経営の分離をして経営をプロに任せたのに、経営者が高い利益率を求めてチャレンジしないなら、株主が自分でチャレンジした方がマシ、世の中のためになる、だから金を株主に返せ、という意味があったのだろう。即ち、経営者に対して不適格の烙印を押したに等しい。強硬になるわけだ。

 

おかげで、いまでは株主総会で要求される前に、増配したり、自社株買いが行われるようになったが、本来は、チャレンジして新しいイノベーションを起こして事業を拡大することが経営者に求められている。もはや、強硬な外国人株主の話題はなくなって久しいが、その代り最近は、「大企業が内部留保を溜めこんで不景気になっている」と別の角度から批判されている。両者は全く違う批判のようだが、実は根は同じ。どちらも、企業が、経営者が、チャレンジしていない、イノベーションを起こしていないと責められているのだと思う。

 

ところで、みなさんの会社で、投資の採算シュミレーションを行う際に、資本コスト(=割引率)は、どのようなものが使われているだろうか。「良く分からないけど10%」とか、「随分前から同じ率を使ってる」という状況であれば、じっくり見直した方が良い。本来そこには、経営者が、我慢や不安を乗り越えられるだけの期待、楽しみ、利益が反映されていなければならない。それがチャレンジ精神の基礎になる。

 

また、「どんな案件でも同じ率」で、「現在価値の大きさで投資案件の良否を決定している」状況であれば、これも見直した方が良いと思う。資本コスト(=割引率)には、個々の投資案件の革新性の高さを反映させなければならないから、「革新性が高いから、成功すれば利益が大きい」案件の場合、割引率が大きくなる分、現在価値は大きくならない。したがって、現在価値の大きさでは適切な投資判断はできない。DCFなどによる試算は、その投資案件が、経営者が要求する一定のレベルを超えるかどうかを判定するだけのものであり、その一定レベルを超えた投資案件なかでの良否は、それとは別に、投資案件の中身で判断されるものだと思う。

 

話は逸れたが、このように、実は経営上使用される資本コスト(=割引率)には、経営上の重要な意味、役割があると思う。そして、このような意味での期待、楽しみ、利益を尊び、したがってそれに注目する企業文化、そして“会計文化”の中で、「投資者の要求する利回り」は理解される必要があると思う。決して、形式的なものではない。

 

 税前の利率

 

投資家は、税引後の利益から配当を受けるのだし、税引後利益が純資産になって企業価値につながるのだから、「投資者の要求する利回り」は、税引後の割引率を設定すべきでないかと思われるかもしれない。

 

しかし、これは単なる計算技術の問題で、あまり深い意味はないと思う。将来キャッシュフローの見積りに、税金の支払い(キャッシュ・アウト・フロー)を含めるのであれば、その考え方で良いが、税金の支払いを含めないので(その方が楽。というか、できないかも。)、その分割引率も大きくしておく必要がある。即ち、税引前の割引率が適用される。

 

 見積りを調整していない

 

見積り(=将来キャッシュフローの見積り)に、リスクを考慮しているなら、そのリスクは割引率で考慮する必要はない。逆に、見積りに考慮されていないリスクは、割引率で考慮する必要がある。重要なのは、リスクを漏らさないことだ。そして、上記の期待、楽しみ、利益を尊び、注目する企業であれば、計画に対する実績を一貫してフォローし、分析するはずだ。そうすると、どのリスクを将来キャッシュフローで見積り、割引率には何を含めるか、という問題は、その企業で日常的に行われる管理方法と整合してくると思う。

 

 

さて、日経電子版の経営者コラム(有料会員限定)では、日本のインターネット事業の草分けであるインターネットイニシアティブ(IIJ)創業者の鈴木幸一氏が2/19に、「過去の延長線上には、未来はない」と大胆なイノベーションの必要性を強調し、翌日2/20は伊藤忠商事の前会長で、前中国大使の丹羽宇一郎氏が、「50年先は無理としても、せめて10年、20年先の日本のあるべき姿、イメージを持ち、じっくりと議論する必要がある」と、長期的思考の必要性を説いた。もし、企業内でこのような検討をするなら(というか、大きな投資案件とはこういうものだと思う)、まじめに割引率に向き合う必要がありそうだ。

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