222.のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(33)結論。悪あがき、負け惜しみ。
2013/3/5
そろそろ、「のれんをあたかも償却するがごとく、毎期規則的に減損することができるか?」という問題に結論を出す準備ができたのではないかと思う。みなさんには大変長い間お付き合いいただいて、感謝を申し上げたい。ありがとうございます。
ざっと振り返ると・・・ (斜体文字はあまり一般的でないかもしれない僕の意見)
1.のれんとは何か?
A.関連する人々の評価である。
B.主に、継続企業要素の公正価値とM&A後に創造されるシナジー効果への期待から構成される。
2.望ましい会計上の扱いは?
A.関わる人々の残存勤務年数で、その人々の貢献度合いを示すように償却できるのが好ましい。
3.IFRSにおいて、のれんを減損する手続はどんなものか?
A.一般的な資産は減損の兆候があれば減損テストを行うが、のれんについては毎期テスト。
B.簡略化できるが、毎期必ず実施。時期は任意だが減損の兆候がある場合はそのタイミングでも実施。
C.減損テストは、簿価と回収可能額(使用価値と処分費用控除後の公正価値の大きい方)を比較する。
D.のれんは関連する資産に配分してから減損テストするが、その関連する資産とは別にテストする。
E.減損テストに引っかかったら、のれんから先に減損する。
4.使用価値をどのように見積るか?
A.〔5年以内の正式計画ベースの将来キャッシュフロー + その期間経過時点の売却額〕の現在価値。
B.計画からの調整は概念フレームワークの“過去”の範囲に収まるように行う(改善案は排除)。
C.成長率、割引率、売却価値は、会社のリスク管理の中で揉まれたもの(が僕の好み)。
D.成長率、割引率、売却価値も原則的にはその都度最新情報に更新する(特定の場合は省略可)。
以上から考えるに、「毎期規則的に減損できるか」とは、「使用価値を毎期規則的に引下げられるか」という問題になる。しかし、4.Dにあるように、使用価値は毎期更新され、その時々の状況で増減するものだとすれば、あたかも償却であるかのように、予め各期の減損額を決めておけることなどありえない。
ただ、更新は“原則”であって、例外がある。例外であり続ければ、予め決めた使用価値をずっと使える。では例外とはどんなケースだろうか。これについては2/5の記事では「特定の場合」としか記載しなかったが、要するに詳細な検討をしなくても減損がないと判断できる場合だ(IAS36号99項)。しかし、ここでは毎期減損したいのだから、明らかにこの「特定の場合」には当てはまらない。ん~、早くもここでギブ・アップか。
もう少し粘ろう。
毎期更新するにしても、割引率や成長率であれば、それらの影響は程度問題だ。むしろ、段々使用価値が小さくなるように更新できるのであれば、その方が好都合だ。その可能性を見てみよう。
まず、割引率は「我慢+不安」だった(2/19の記事)。「我慢」の部分は国債等の信用度の高い債券の市場利子率だから、必ずしも好都合な方向へ動くとは限らない。市場任せだ。では「不安」の方はどうか。
実は「不安」の方は、都合の悪い方へ動く可能性が高い。のれんの構成要素のうち、とくにシナジー効果に対する期待が実現するかどうかに不安が大きいと思うが、実績が出てくるにつれ、不安は解消されていくと考えられる。すると、割引率は小さくなる傾向なので、回収可能額は大きくなってしまう。これでは減損にならない。(逆に、実績が出て不安が増す場合は、計画や期待通りにならない実績不振のケースだ。この場合は下方修正された直近の計画をベースに将来キャッシュフローが更新されるので、本来の減損が発生する。この減損は、IFRSであろうが日本基準であろうが関係なく発生するので、この議論から省く。)
したがって、割引率は都合の悪い方へ変動する可能性があることを受入れざるを得ない。
では、成長率はどうか。事業のライフ・サイクルを前提とすれば、事業は「導入期」「成長期」「成熟期」「衰退期」と遷移する。そのライフ・サイクルの長さや成長率が変化する勾配は事業によって異なるし、どのフェーズにいるかという判断によっても異なる。しかし、ライフ・サイクルの長さの予想は、いったん決めれば比較的安定していると思われる。しかも、1年経過するごとに、残りのライフ・サイクルが短くなっていく。それを成長率に毎期反映させると、使用価値が年々下がる方向へ作用する。
これは都合がよい。もう少し考えよう。少なくともライフ・サイクルの期間で徐々に減損しきれるかもしれない。
成長率は、中長期計画(5年以内)の期間経過後の売却価値算定に影響する。但し、2/28の記事で示した売却価値算定の考え方①から④の考え方のうち、②の「処分を想定した時点以降の将来キャッシュフローを見積って割引く」方法をベースにしていないと、成長率と関係しない可能性もある。しかし、①(市場価格)はほとんどないし、③(競合先等の欲しがる値段)や④(再調達価格)も、実務的には②をサポートする程度にしか機能しないと思うので、やはり、事業のライフ・サイクルを想定した成長率を見積ることで、都合の良い方向の使用価値の計算が可能だ。
よしよし。更に検討してみよう。
しかし、まだ問題がある。事業のライフ・サイクルの長さと関係者の残存勤務年数が一致しない。それに、事業が好調のまま5年なり10年が推移すると、ライフ・サイクルの長さを伸ばす必要があるかもしれない。
IFRSでは、追加投資が事業業績の改善に寄与した場合に、その改善された業績に基づいて使用価値を計算するという立場をとっていて、すでに実績となっている追加投資の効果を使用価値の算定から除外しない(2012/12/12の記事の「当初の資産」の議論)。したがって、追加投資の効果で予想より業績が良くなり、ライフ・サイクルの長さが伸びたと判断された場合は、それを売却価値の計算に反映させなければならない。すると売却価値が増加し、使用価値も増加してしまう。或いは、売却価値も使用価値も減少しない。やはり、毎期規則的な減損は無理か?
しかし、この追加投資というのは、一般的な事業用固定資産を想定しているのではないか。のれんはこれとは別に考えられないか? ・・・いや、難しそうだ。
せめて、のれん単独で減損テストが実施できるのであれば良いのだが、のれんは配分されて関連資産と一緒に減損テストを受けなければならないようだ。上記の3.Dには、配分された資産と別に減損テストすると書いてあるが、それはのれんの減損テスト用に、関連資産と別の回収可能額や使用価値を計算できるという趣旨ではない。関連資産の側に、以前の日本の臨時償却にあたるような状況があることを想定したものだ。
一般の事業用固定資産では、「当初の資産」と追加投資分の区分管理は実務上困難というIASBの上記の主張は理解できるが、のれんについては「当初の資産」と追加投資を分けることは比較的容易だ。加えて、特にのれんの構成要素のうち「シナジー期待」部分は、将来便益を生じさせる可能性・確実性に於いて、一般の資産と大きな差がある。だから、「のれんから先に減損する」というだけでなく、一般の資産と別に減損テストを考えても良かったと思う。もし、関連資産とは別の回収可能額を計算できるなら、追加投資の影響(=自己創設のれんの資産計上)を避けて、関連資産とは別のライフ・サイクルを想定することも可能だったかもしれない。
しかし、IFRSでは、のれんは単独で将来便益を生まないので、将来便益を生む関連資産と合わせて減損テストを行うことになっている(2/5の記事)。この縛りがあると、上述のような追加投資による関連資産のライフ・サイクルの伸長の影響から、のれんを外すことができない。即ち、自己創設のれんの計上を許してしまう。これはIFRSの悪いところだが、そうなっている。
さらに、上述したように割引率が小さくなってしまう可能性があるので、使用価値が毎期小さくなる保証がない。したがって、関係者の残存勤務期間に渡って毎期そこそこの減損を出し続ける保証ができない。
ん~、ここまでか。これが結論か。折角「毎期規則的に減損」とタイトルにつけて長々と4ヶ月もの間検討してきたのに・・・。まったく面目ない。
しかし、最後に負け惜しみを言わせてもらえば、書いていて、実に楽しいシリーズだった。特に、のれんの本質が人の評価であるとする議論の中で、統合報告を踏まえた会計情報の意味を僕なりに理解できたことは大きな成果だった。
また、みなさんもご経験をお持ちだと思うが、会計基準を勉強する際、一定の視点をもつと意外と頭に残るものだ。そういう視点としては良いテーマだったのではないかと思う。(ちょっと長過ぎたが。)
さて、みなさんはお忘れかもしれないが、このシリーズは、「IFRSが製造業に合わない」という主張をオックスフォード・レポートの記述に従って検証していく、『ものづくりとIFRS』(2012/9/14の記事)の一部だった。その趣旨に沿って次のような結論にしたい。
のれんの本質はそれに関わる人々への期待の評価なので、関わった人々の事業への貢献の状況を反映するよう償却が必要だが、IFRSでは減損しかできない。そのために、M&Aが期待が外れと判断されたときに突然多額の損失が計上される。しかし、それは本来、期待が実現する都度認識されるべき費用が認識されなかったため遅れて損失となったものだから、適切な会計処理ではない。したがって、のれんに関しては、IFRSは改善されるべき。なおこれは、のれんは通常の事業性資産と同様に、費用配分されるべき資産である(=公正価値評価される資産ではない)という認識に立っている。
但し、この結論は「ものづくり」に関係なく、他の産業においても同様だと思う。必ずしも「製造業に合わない」と主張する根拠にはならない。
ということで、次回はちょっと寄り道して、「国際会計基準(IFRS)財団モニタリング・ボードによるメンバー要件の評価アプローチの最終化及び議長選出の公表について(金融庁のHP)」について記載したい。年内に交渉妥結を目指すとされているTPPよりはマシかもしれないが、日本は追い詰められている。そして、また「ものづくりとIFRS」シリーズへ戻っていきたい。
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