225.【製造業】残っている論点は?(まとめ2)
2013/6/27 この色で2か所追加記載を行った(「(2)保守主義と持続的成長に関する懸念」の後段についてと、一番最後)。
2013/6/17 この色で3か所追加記載を行った(再評価モデル、減損戻入、非上場株式)。
2013/3/12
このシリーズを始めたのは昨年9月14日だった。僕には謎だった「IFRSが製造業に向かない理由」が、オックスフォード・レポートに記載されていたので、それを検討しようという趣旨だった。今回は、その記事に掲げたIFRSの問題点をどこまで検討できたかを、確認をしていきたい。各タイトルの次の<>内は、オックスフォード・レポートの問題提起を僕が要約したもの(だが、正確を期したい方は、ページ数を添えるのでオックスフォード・レポート(金融庁HP)を直接ご確認いただきたい)。茶色がこのブログでの検討結果の要約。
(1)各勘定科目レベルでの懸念
<下記★印の意見のすべてに一定の真理があると考えるが、これらが日本経済に与える影響については評価できない。;P119>
結論;「各科目レベルの意見のすべてに一定の真理がある」というのは間違い。
理由;間違った情報に基づいた意見がいくつかある。具体的には下記をご覧いただきたい。
★原価計算
<① のれんが非償却になることで償却費が原価計算の対象外となる。②開発費の費用処理・資産計上の判断が恣意的となり、それが保守主義的思考を減退させ、内部統制に悪影響を与える。③退職給付債務の数理計算上の差異の変動がOCIに一括計上され、かつ、そのリサイクリングが禁止されるこが、原価計算の対象外になることを通じて、投資管理を阻害する。;P116~117>
結論;それほど重要な問題ではなさそう。
理由;
・のれん償却費は日本基準でも原価計上されていない(全額販管費処理)ので、もともと原価計算には関係ない。オックスフォード・レポートの指摘は勘違いに基づくもので間違っている。
・開発費は下記の2012/10/30の記事で検討しているが、企業の実態を反映してB/S計上額に差異が出るのであり、そんな大げさな問題ではなさそうだ。
・退職給付は下記の2012/11/5の記事で検討しているが、IFRSで原価計算の対象から外れてしまうというのは間違い。
★のれん
<M&Aのコストであるのれんの償却費が計上されなくなること、経営者の裁量による費用化(=減損処理のタイミングや金額に関する創造的会計)が可能になり、保守主義的思考の内部統制が弱体化すること。;P109、P114にも記載あり>
2012/11/2 のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(1)問題提起
~ 2013/3/5 222.のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(33)結論。悪あがき、負け惜しみ。 まで
結論;償却は実施すべきだが、製造業だけの問題ではない。
理由;
・のれんは「M&Aに関わり、M&Aに対する期待を実現する人々」への評価を表すものであり、その期待を実現していく過程で費用認識(=償却)すべき。
・製造業に限定する理由が見当たらなかった。
このほかIFRSに対する改善点も見つかった。例えば、IASBはFASBの「企業買収額には公正価値(市場価格)がある」という意見の影響を受け過ぎている、のれんの不純物を会計基準でもっと取り除いてほしい、M&Aで取得した研究開発プロジェクトの一部を資産計上しているが費用処理すべき、など。
「投資回収」という発想は、日本の経営管理の実情及び会計基準よりIFRSの方が強く意識しているので、むしろIFRSの根底にある長期志向を学び取ることで、日本的経営がより改善されるのではないか。
★開発費
<経営者の裁量による費用化が可能になり、保守主義的思考の内部統制が弱体化するが、創造的会計の内容については、事前に監査人の了解も得られる。;P113~115>
2012/10/30 【製造業】開発費~辻褄が合わない!から
結論;それほど重要な問題ではなさなそう。
理由;
・イメージほど大きな金額にならない。開発費は無形資産部分のみで、有形固定資産等は別処理される。また、研究費が費用処理なのは日本基準と同じだし、日本の税法ベースで研究費と開発費を区分していると、IFRSの方が研究費の範囲が広い(=費用計上額が大きい)可能性がある。
・業種ごと、企業ごとに開発費の資産計上額が異なるのは、製品市場性質や企業のマーケティング手法等の差異を反映したものであれば当然である。
・「日本の監査人がいい加減」みたいな記載があり多いに反論したいところだが、僕も客観的に書ける立場ではないので止めた。
但し、のれんシリーズの2012/12/11の記事で記載したように、今後、一部の研究費も資産計上される方向で、IFRSが改正される可能性がある。
このほか、次のような疑問が生じた。
もともと、1990年代まで日本の会計基準は開発費を資産計上するか費用処理するかを経営者の判断に委ねていた(IFRSより遙かに恣意性が高い)。これは経験豊富な経理出身の経営幹部ならみんな知っている。そして、これが当時の日本経済に悪影響を与えたとは思っていない。なのに、なぜ、“創造的会計”などというセンセーショナルな言葉が出てきたり、保守的思考が衰えて日本企業の経営がおかしくなるなどという大袈裟な意見がたくさん提出されたのか? インタビュー手法に問題があるのではないか?
★退職給付債務
<退職給付債務の数理計算上の差異の変動がOCIに一括計上されることで、①この変動額が原価計算の対象外となる。②この処理は、企業の包括利益の変動を大きくするので、確定給付型の退職給付制度を廃止させる方向へ影響を与える。;P116~117>
結論;①はオックスフォード・レポートの誤解による指摘。②は経済実態がそうであるならば、それを認識して経営判断する方が適切。
理由;
・IAS第19号「従業員給付」、IAS第2号「棚卸資産」を読むと、上記変動額も原価計算の対象となることは明らか。
・実際に変動するものは、会計上もその通り表現され、そのリスクが経営者に識別されるのが適切。
「会計基準を読めばわかる誤解が、研究者に正されずにレポートされている」という状況が不思議だ。しかも、多くの企業幹部等が証言しているという。誰かが誤解を広めたのではないか?
★長期的な労働力の資産計上
<日本の優れた労働力を長期に確保することによる利益、すなわち資産は認識されない。;P117>
・2012/12/12 のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(9)自己創設のれんの裏口入学
結論;人の評価は「のれん」を除き、資産計上できない。ただ、これはIFRSだけの問題でなく、日本基準も同様。
理由;
・人の評価は、会計上自己創設のれんの問題と考えられるが、日本基準でもIFRSでも資産計上が認められていない。その理由は不確実性が高過ぎて金額を決められない(=測定・評価できない)から。
・もし、人の評価をちゃんとできるのであれば、現在の会計は不要になる。それができないから会計があると言ってもよい。それほど人の評価の資産計上は難しい(僕の意見)。
非常に興味深い論点だった。会計の根本に触れる重大問題と思う。しかし、残念ながら人の評価(=自己創設のれん)は、資産計上できない。
★有給休暇引当金(おまけの論点)
<有給休暇引当金は、従業員の有休消化を促進するインセンティブになり得るという(IFRSを擁護する)意見;P118>
2012/11/6 【製造業】引当するなら有給休暇を買取って!
結論;僕の意見では、有給休暇引当金は有休消化のインセンティブにならない。
理由;
・一見、IAS第19号は未消化の有給休暇をすべて引当計上させるように読めるが、よく読めば、そして、概念フレームワークの負債の定義を考えれば、そうではないことが分かる(というのが僕の意見)。
・有給休暇が未消化となることで、将来追加の支出が生じるなら引当の対象。
・将来の追加の支出とは、次のようなケースが考えられるが、日本の正社員の場合には該当しないことが多いのではないか。その場合は、追加の支出がないので引当不要ということになる。
a.有給休暇消化時に、代わりの人を臨時に雇うので、追加の給料等を支出する。
b.有給休暇消化時に、その分に相当する追加の残業代が発生する。
c. 未消化の有給休暇を会社が買取る(=企業の支出)。
IAS第19号に示された設例は、時間給の従業員が想定されている。確かに、時間給の従業員が有給休暇を取得すると、「働かない時間に対して給料を払う」という形で追加の支出が生じるが、日本の正規雇用ではそうならない。この点に注意する必要がある(というのが僕の意見)。
ということで、折角のIFRS擁護の意見だが、正社員の有給休暇の消化を促進させる効果はないのではないかと思う。
★再評価モデル
<製造現場での地道な原価低減・改善活動の役立たない。;P118)
未検討。オックスフォード・レポートでも、製造業は採用しなければよい。EUでも採用例は殆どない、とされていて、あまり問題として扱っていないようだ。
その後の参考記事;3/14の「226.【製造業】再評価モデルの存在意義~社会背景と会計処理」
★減損の戻入れ処理
<事務作業を複雑にし、新たな減価償却を通じて原価計算・投下資金回収・マークアップ計算等に影響を及ぼす。;P119>
未検討。手間がかかるという話はこのブログでも触れたことがあるが、工夫の余地はあるのではないかと思っている。
その後の検討記事;3/19「227.【製造業】減損戻入は面倒だが・・・」
~ 6/15「256.【製造業】減損戻入シリーズのFinal Answer」
★非上場株式の公正価値評価
<非上場株式への投資の差し控えや、OCIに影響を与える持合株式や海外への投資を控えることが懸念される。;P119>
このシリーズとしては未検討。ただ、非上場株式の評価については、すでに、2012/8/3の記事「【Oxford Report】この「序」の意味するところは?」に、実務に落し込むときの僕の考え方を紹介させてもらった。IFRSは原価主義による評価を全否定しているわけではない。あまり、公正価値に振り回されない方が良いのではないかと思う。
上の段落では「未検討」としているが、・・・
公正価値評価については、公正価値測定の教育文書(IFRS財団のHP)が公表された現在も、上記の『この「序」の意味するところは?』(2012/8/3の記事)の修正は特に必要ない、と僕は思う。多くの会社では、経営上の重要性を考えながら(あまりテクニカルなことに振り回されず)、「この値段で買い手がつくか? 買い手に説明できるか?」というシンプルな問い掛けを評価対象に向ければ良いと思う。原価が公正価値となることもありうる。以上はラフな表現だが、重要なら説明の根拠を深掘りするだろうし、買い手が納得しそうならそれは公正価値になりうる。
オックスフォード・レポートに「懸念される」とされている内容については、経営者が(そして株主も)、投資リスクを認識した上で、持ち合ったり、解消したり、海外投資をしたり、止めたりすることは当然のことと思う。むしろ、そういうリスクに向き合わないで意思決定することの方が懸念される。また、事実として資産の評価に重要な変動があるなら、資金の出し手等の関係者へ報告すべきだ。企業の財務報告に限らず、一般論としても、この手の情報が知らされなかったらその関係者は怒るだろう。上記のオックスフォード・レポートのような批判はたまに聞くことがあるが、そういう変動要因も含めて、経営者は理解し、関係者へ説明する責任があると思う。
さらに言えば、株式持合いは、個別には例外もあるだろうが、全体を見ればすでに相当解消されていると言われているし、海外投資に為替変動リスクを考慮しない経営者も珍しい。生産拠点、販売拠点として長期投資を行う際も、為替レートの長期見通しや長期のリスクヘッジを考える時代になっている(実際にリスクヘッジしているかどうかは別だが)。オックスフォード・レポートは認識が古いのではないかと思う。
ということで、以上で、一応検討済みとして扱いたい。ただ、IFRS第9号、第13号については、興味をそそるところなので、また別の機会に詳しく検討してみたい。
(2)保守主義と持続的成長に関する懸念
<根本的なレベルでIASBが保守主義を排し、長期開発、投資資金回収、再投資を得意とする日本の製造業の合理的な経済行動としての保守主義的会計行為が、IFRSでは認められないのは不合理である(P120)。>
<IFRS推進派の関心は投資家のため会計の推進という点(或いはもっと狭義にIFRSという投資家のための会計とその技術論)に限られているのに対し、IFRS慎重派は会計が投資家のためのものになっていること自体に懸念ないしは不満があり、そもそもの議論のスターティングポイントが異なる(P124)。>
前段について
・2012/10/18 【製造業】(まとめ1)IFRSは長期志向
・2/15 のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(28)長期志向の使用価値
などあちこち。
結論;「IFRSが保守主義を排し」というのは根拠がない。保守主義は単に会計の問題ではなく、もっと根本の問題であり、会計基準が排除することなどできない。
根拠;
・この主張の根拠が分からないが、恐らく、概念フレームワークの財務情報の質的特性から「慎重性」とか「保守主義」が落とされたことを言っているのだと思う。しかし、不確実性に対応するのが経営なのだから、経営(のリスク管理)に保守主義が必要なことは、誰の目にも明らか。リスク管理は会計以前の問題。
・個別の規準(減損会計など)を見ても、十分保守的になっている。
後段について
強いて挙げれば・・・2/21 のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(30)投資者の要求する割引率 (大変恐縮だが、ズバリこの記事、という具合に指定することができない。このテーマでは直接記事を書いていないことに気が付いた。)
結論;基本的には「投資家=経営者」と思うが・・・検討未了。
そもそも、株式会社の所有と経営の分離によって、株主に代わって経営を行う「経営者」ができたのだから、経営のために会社の実態を把握し報告する手法である会計は、両者に差はないと考えるのが基本のように思う。
しかし、実際はそう単純でもない。株主と経営者の間の利害衝突はある。株主が経営から退き、株式投資から利益を得ることに傾斜した結果、特に株式の短期売買を繰返す投資家と経営者では大きく利害が相違するのが現実だ。
この利益相反は別に目新しい問題ではなく、この利益相反があるからこそ、企業開示制度が生まれたともいえる。したがって、オックスフォード・レポートは、この古い問題が、保守主義や持続可能性の面でいまだに解決されておらず、特にIFRSは投資家に寄り過ぎていないか、と問題提起しているのだと思う。
上記で「検討未了」としたが、6/25の記事「260.【製造業】最後のテーマ;投資家のためじゃない会計」で検討を行った。その結果、「IFRSが投資家のための会計」というのは、まだIFRSが良く理解されていないためであり、むしろ、IFRSは経営管理に親和的であると結論付けた。
ということで、黒い太字の斜体の4か所がまだ未検討だ。実は、もうあまり大きな問題は残っていないと思っていたのだが、(2)の後段は、基本的であるがゆえにかなり難しそうだ。もちろん、のれんのように1テーマで何カ月も、というようなことはもうないと思うので、最後までお付き合いいただけるとありがたい。
(最後に)
この製造業シリーズは、「IFRSは製造業に合わない」という主張を検証したものだが、オックスフォード・レポートが金融庁のホームページに掲載され、中間的論点整理が企業会計審議会から公表されたのを最後に、この主張が企業会計審議会で行われなくなったことに気が付いた。どうやら、この主張は時代遅れになったようだ。これについては、6/27の記事「261.【製造業】最後に驚愕!~3年目に突入」をご覧いただきたい。
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