241.【製造業】自主耐用年数の必要性(逆サイドで壁パス)
2013/4/29
いよいよ、ゴールデンウィークが始まった。最近は経理関係部署でもゴールデンウィークを休める会社が多いが、僕が会計士になった頃は、かなり多くの方が、決算作業や監査対応のために出勤されていた。もちろん、会計士も出勤していた。ある同期は、ゴールデンウィークや土日を含めて3週間、休みが一日もなかったと言っていたほどだ。
あの当時の会計処理は、今よりずっと税務会計に近く単純だったし、連結財務諸表は単体より1カ月遅れの開示でよかった。有価証券報告書とは別冊の連結情報というものを7月に財務局へ提出していた。注記も全然少なかった。しかし、今より経理部関係部署の人員はたくさんいた。
今は、当時より多くの子会社・関連会社を持つ企業が増え、それでも連単同時開示、会計処理の複雑化、注記の増加、決算発表の早期化を少人数でこなせるようになり、かつ、ゴールデンウィークを休めるというのは、決算業務の合理化・効率化が相当進んだことの証だと思う。これは素晴らしいことだ。
しかし、(会計)情報の有用性は高まっただろうか? 特に経営に対する有用性は? 合理化は素晴らしいが、会計本来の目的が蔑にされたままなのではないだろうか。会計情報は企業の進むべき方向を示し、かつ、それと現状の乖離を把握するために、以前より経営にしっかり利用され企業統治に組込まれたと言えるだろうか。この点については疑問を禁じ得ない。そう思うに至ったのは、税法耐用年数への執着がなかなか消えないことにある。なぜ、自主耐用年数の設定が進まないのだろうか。
自主耐用年数を設定することのメリット、ディメリットを大雑把に書けば次のようになると思う。
(メリット)
事業計画や実績が経営戦略・戦術と整合することで、事業の方向性と現状が見え、経営が行いやすくなる。
これについては、前回(4/25)、前々回(4/22)、そしてその前(4/19)あたりの記事の半導体製造装置の例や、スープ製造工程の話をご覧いただきたい。
(ディメリット)
固定資産台帳(=減価償却台帳)の二重帳簿化による管理の難しさ、手間の増加。
具体的には次のようなものが考えられる。
- 二重に記帳するコスト・手間
- 両帳簿の整合性を保つ管理コスト・手間
- 加算項目の金額増加(短い耐用年数を設定した場合)による繰延税金資産の回収可能性の複雑化・不安定化
以下、ディメリットについて考えてみよう。
僕が思うに、1や2は確かに面倒な話だが、システムや業務手順、内部統制の工夫で影響を軽減できる問題だし、冷静に、企業全体にとって考えてみると、メリットの大きさに比べてあまりに“ディメリット”が小さい。本来、比較するのもおかしいぐらい。特に、昔々の新規事業でも成功する確率が高かった時代、事業が容易に継続できた古き良き時代と、今の経営環境は大きく異なっている点に注意が必要だ。今は、事業計画をより深く掘り下げて策定し、より精緻に実績を把握する必要性がぐっと増している。これについては、上記のメリットのところに記載した記事に詳しく説明した。
僕は、加えて、税制側のサポートによって、企業の手間が削減できるようになることを期待したい。例えば、納税するための減価償却制度がもっとシンプルになれば、二重帳簿になっても管理は楽になる。僕は以前、「このような問題を見越してイギリスでは耐用年数が一種類しかない」という話を聞いたことがあったが、どうやら本当らしい(財務省のホームページ)。この財務省の資料では良く分からないが、他国は日本よりもっとシンプルなのではないだろうか。みなさんもご存じのように、財務省としては機械装置等の耐用年数をすでにシンプルなるよう見直しを行っている。しかし、それで十分かどうか。イギリスの他、フランスや韓国でも自主耐用年数を前提とした、或いは、尊重した制度になっているようだ。これなら、二重帳簿さえも解消されるかもしれない。少なくとも、1~3の問題は大幅に軽減される。
このように書くと、日本の税法の「課税の公平性」、「負担能力主義」との兼ね合いが問題になる。これらは国の財政を支える重要な原則だが、しかし、それより前に重要なことがある。それは、「日本において、企業や個人が事業活動を行いやすい」ことだ。インターネット時代は、企業がどこに本拠地を置くかさえも競争だ。事業環境は業種によっても、また、同業種でも直面している市場によって異なる(国内・海外の別や、海外でも国によって異なる)。何をもって公平というかは、実は非常に難しい。これらを深く掘り下げ、課税の公平性、負担能力主義の両者のバランスを再検討することで、逆に、イギリスのようにもっと割り切ったシンプルな税務上の耐用年数にならないか、フランス・韓国のように、企業に裁量を認める税務上の減価償却制度ができないか。このような考え方の整理ができないか。
例えば、課税の公平性について、より資金的な負担能力寄りの観点から整理することが考えられる。減価償却項目は、すでに支出済みで手持ち現金はその分減少しているので、税負担能力も減っていると考えることができないか。ならば、現在のように公平性について発生主義ベースの期間損益に厳密に拘る必要もない。もしそういう整理ができるなら、減価償却制度において、もっと企業や個人に自由を与えてもよいのではないか。或いは、耐用年数をシンプルにしてもよいのではないか。徴税額の総額が変わるわけではない。タイミングが変わるだけだ。租税特別措置法のような特例扱いでもよい。ただ、恒久的な制度でないと困るが。
この減損戻入シリーズの最初(3/19の記事)に、「例の時代遅れのトライアングル体制にも関連する大問題になるはずだ。」と書いたのは、実は、このことを想定していた。現在の「IFRS導入の再検討」は、2011/6/21の自見金融担当大臣(当時)の会見、同年6/30の企業会計審議会から始まった。そのときの自見氏の挨拶(金融庁のHP)にもある通り、その趣旨は「日本経済が心底元気になるように自由で活発な議論」であり、その議論の項目には「税法等との関わり」も挙げられている。したがって、如何に日本経済を活性化するか、即ち、日本企業の経営がよりスムーズに行えるよう税務当局へ要請する内容を、企業会計審議会が議論するのは、テーマに合っている。
さらに調子に乗って、3に関して“夢”を述べると、「減価償却費は、会社が倒産しない限り、必ず減算できる(=課税所得がマイナスなら還付を当てにして未収計上できる)」ようにすることはできないだろうか。もしできれば、減価償却費の加算額に関する繰延税金資産は未収金に振替わるから、継続企業の前提に重大な不確実性が生じない限り、常に回収可能と判断できる。製造業などに限定してもよい。或いは、機械装置に限定してもよい。そして、減損損失を損金にできるようにするのもよい。
日本では、企業(や個人)がリスクを取りやすくなる社会へ変わることが求められている。これは、4/27のアベノミクスに関するNHKの討論番組「グローバルディベート WISDOM(ウィズダム)」でも、最終盤に改めて述べられていた。企業が事業投資に失敗しても、償却資産分の税金を取り戻せるというのは、現政権の政策に照らしても、とても、前向きの話になると思う。
ちょっと税制の話に偏り過ぎたが、今回のテーマは、経営戦略・戦術に沿った自主耐用年数の必要性だ。「自主耐用年数は面倒くさい」というのが“常識”だが、今の経済環境では、その“常識”によって経営面で損しているかもしれない。日本企業の競争条件を不利にしているかもしれない。これは意外に日本経済全体にとっても重要な問題のように思う。
みなさんも、それぞれの環境において経営者になったと仮定して、本当に自主耐用年数が有用でないか、一度疑ってみてはいかがだろうか。もちろん、僕と同じ考えになる必要はない。しかし、みなさんのそれぞれの環境において、自主耐用年数設定が有用な場面がどれぐらいあるかを考えてみることは、きっと今後の何かの改善の役立つに違いない。
ということで、今回は、ちょっと長過ぎて逆サイドにまで来てしまったセンタリングを拾い、みなさんにボールを預けた(=壁パスをした)。もし、みなさんからパスが戻ってくれば、ゴールへ向かうチャンスは広がる。次回は、戻ってきた(=自主耐用年数はディメリットを超えて有用とみなさんも思われた)と仮定して、話を進めようと思う。
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