250.【製造業】減損後の償却可能額と事業計画
2013/5/30
今年も梅雨が来た。「入梅が早いですね~」とあちこちで挨拶代わりに言われているだろう。「でも、IFRSは遅いですね~」というのも使われているかもしれない。そう、まずは導入期限を決めずに、任意適用会社を増やすのだそうだ。そして「日本企業が受入れやすいように、一部規準をカーブアウトした日本版IFRSを・・・」などという案もあるらしい。どこでどんな綱引きが行われているのか知らないが、企業経営でも国の制度設計でも、方向性とスケジュール観が見えないのが、関係者にとって一番苛立たしいのではないだろうか。
とはいえ、IFRSを導入すれば経営が改善する、製造業が元気になる、ひいては、日本経済が戻ってくるという単純なものではない。もちろん、誰もそう考えてないだろう。会計は道具であり、道具を使って何をするかこそが、本当の問題だ。
「IFRSを使って何を実現するか」
今は、これを各社がじっくり考えるとき、ということかもしれない。
僕のお勧めは、会計と事業計画管理の融合、会計とリスク管理・経営のさらなる一体化だ。旧来の「事業計画と実績の会計処理を合わせておけばよい」などという形式的な関係ではない。当たり前のことだが(きっと多くはできてない)、意思決定プロセスを、経営と会計で完全に共通化・共有することだ。そうすれば、両者はともに機能アップし、かつ、合理化されるに違いない。(会計は経営の道具なので、それが本来の姿のはずだが・・・)
というわけで、これにピッタリなテーマである減損戻入シリーズに戻りたい。
前回(5/28)は、減損後の減価償却手続を、固定資産台帳の個別修正なしに実施する方法について、下記の式と、右辺の2つの項に関するそれぞれのポイントを記載した。
減損損失累計額の戻入=固定資産台帳の減価償却費-減損後の減価償却費
今回は、その1つ目のポイント、「減損後の減価償却費」を深掘りしたい。その要点は、減損後の減価償却費は減損テストの元になった事業計画から簡単に算定できるという主張だった。ここまでは復習で、ここから今回の本題に入ろう。
くどいが、減価償却費は、資産の償却可能額を各期に配分した金額だ。その償却可能額は、「取得価額-残存価額」で求められ、各期への配分は資産の消費パターンを反映した定額法、定率法等の「減価償却方法」で決まる。したがって、事業計画や減損テストのプロセスから取得価額、残存価額、減価償却方法を決めるデータが取れればよい。さて、どうやって取るか。
(取得価額)
これは、減損後の簿価が相当する。資産グループ単位で、減損前簿価と減損損失額が分かれば良い。これらが分かるのは当然だから、特に説明は不要だろう。
(残存価額)
IFRSの減損会計では、将来キャッシュフローの見積りには原則として5年以内の事業計画に基づく。仮に5年として話を進めると、対象事業を5年以上続ける予定であっても、将来キャッシュフローは5年分+5年後の事業(或いは、個別資産)の売却収入を見込むことになる。この売却収入が残存価額だ(資産除去債務も考慮する)。
これには2種類が考えられる。1つ目は、資産グループをまとめて売却した場合の売却額、若しくはこの資産グループを含むより大きな括りの事業を売却したときの、この資産グループ分に相当する売却額。2つ目は、この資産グループに属する個々の資産の最終処分額、例えば、中古資産や金属屑としての売却価値。この2つ目の残存価額は通常ゼロか、特に売却価値のあるものはそれを使えばよいので、あまり問題はないと思う。重要なのは1つ目だ。
1つ目は、通常、市場価額はないので見積りになる。その方法は前回も記載したように、すでに3/28の記事(のれんの減損に関連した資産売却額の見積り)に記載した。そこで強調したのは、自社の事業に、顧客や競合企業などの他者目線を持ち込み、現場を巻き込んで、普通では気が付かないような価値を、或いは、大胆な発想の転換と改善点を見つけよう、ということだった。本来は、こういう分析と理解が事業計画作成の前提だ。事業計画があるということは、その事業計画終了段階での事業価値が見えている、という状況が元々望まれるのだし、IFRSの減損会計は、それを要求している。IFRSには、こういう投資回収管理の発想が根底にある。だから、減損テストの過程で売却収入の見積り、即ち、残存価額も算定されているわけだ。
投資回収管理の話は何度も書いているので、くどくて申し訳ないが、日本の減損会計とも、そして損益管理中心の日本の経営管理とも、大きく違うところだと思うので強調したい、という趣旨をご理解いただきたい。
ところで、神戸製鋼所が185億円の減損損失を計上すると29日に公表した。なぜこの時期に(=なぜ前期決算に織り込まないのか)、という疑問はあるが、中期経営計画の策定・改定とともに減損の意思決定がなされるというのは、減損会計と経営が密接に関連していることを示す良い例だ。(恐らく上記疑問の答えは、中期経営計画の策定・改定が遅いとか、日常的な経営管理が損益管理的で、投資回収管理が不十分なせいだろう。だから前期決算に意思決定に間に合わなかったのではないか。僕が株主であれば、リスク管理と意思決定手続きについて、スピードに問題がないか問うてみたい気がする。また、そんなことはないとは思うが、もし、保有株式売却の特別利益239億円の計上とタイミングを合わせたということであれば、本末転倒だ。)
記事(日経電子版の有料記事)を読むと、神戸製鋼所の川崎社長は10年後までを見据えて高炉を止め、減損を決めている。このまま高炉を維持しても事業価値を生まないとの判断だ。減損とは、単に2期連続して事業が赤字になったなどと、損益管理の発想で形式的・機械的に決められるものではなく、このような経営者の事業に対する長期志向のリスク管理の成果が基礎となる。
但し、高炉休止理由として、「(鉄鋼事業が)2期連続の赤字になったことも大きな理由だ。」とあり、この「連続赤字」は日本基準の減損の兆候の要件を想起させる。もし、「連続赤字 ⇒ 減損 ⇒ 高炉休止」という思考経路であったとすれば、「経営者が減損会計に使われている」ことになる。これでは心許ない。
しかし、この社長の発言の趣旨はそうではなさそうだ。むしろ「長期的な事業展望と投資回収判断 ⇒ 高炉休止 ⇒ 減損」ではないか。それを裏付けるのは「社長に就任する前から経営企画の一員として休止を考えていた」と述べていることだ。恐らく、「経営者が減損会計を使って」投資回収管理を行っていた、と言えると思う。もしそうであれば、「長期的な事業展望と投資回収判断」は、経営と減損会計の共通の判断基礎として共有されている、と言えそうだ。
経営上、事業計画を作るということは、単に数年分のP/Lを並べれば良いということではないと思う。その後のこと、投資回収までの見通しを踏まえたリスク管理が要求されていると考えるべきだと思う。そして、IFRSではそういうリスク管理と減損会計が一体となった内部統制が想定されている。特に減損が想定されるような資産グループについては、5年以内の事業売却・撤退の可能性も選択肢に含めて、戦略的に対応が検討されているだろうと。
ということで、IFRSで減損テストを行ったのであれば(=会社がIFRSが想定するリスク管理、投資回収管理を行っているのであれば)、取得価額と残存価額は容易に求められるから、償却可能額も同様に容易に算定できる。(念のために説明を加えると、僕の奇策は資産グループをまとめて扱うから、取得価額や残存価額は個別資産ごとに計算する必要はない。資産グループ合計額があれば良いから求めるのは容易だろう。)
ちなみに、事業のライフ・サイクルを見直して自主耐用年数を設定しても、償却可能額の計算は上記と何も変わらない。例えば、ライフ・サイクルの想定を見直して、残存耐用年数を一律5年に変更したとすれば、残存価額がゼロになって、その分償却可能額が大きくなる。残存耐用年数が3年になったとすれば、事業計画の期間を3年とすれば良い。必要に応じて自由に変更できるし、変更しないでそのまま各資産バラバラの残存耐用年数を引継ぐこともできる。ただ、事業計画より残存耐用年数が長い場合は、資産グループや事業の売却額を算定する際に利用する将来キャッシュフローの期間の長さに影響するので、両者が整合するよう注意が必要だ。もちろん、長いことに対する合理的な説明も必要だ。
さて、これで減損後の償却可能額が算定できることが分かったから、あとはそれを各期に配分するための減価償却方法が決まれば、「減損後の減価償却費」を算定できる。その減価償却方法については、次回にしたい。
なお、3/14の記事「226.【製造業】再評価モデルの存在意義~社会背景と会計処理」に、「本社ビルを建てると会社が傾く」というジンクスを記載したが、米国にも同様のジンクスがあるというロイターの記事(5/29)を見つけた。この3/14の記事の冒頭に、そのロイターの記事へのリンクを貼り付けたので、ご関心のある方はどうぞ。
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