259.【番外編】原子力規制と財務諸表監査
2013/6/22
昨夜、録画されていたクローズアップ現代の「“世界最高”の安全は実現できるのか」(6/20放送)を見た。すると、財務諸表監査を取巻く状況と類似点があることに気が付いた。即ち、“比較”できると気が付いた。“比較”は監査でも良く使う手法だが、より深く問題を理解できる。例えば、原子力規制にかかるコストを社会としてどのように負担するか、誰が負担するか、原子力事業者たる電力会社をチェックする仕組みはどういうものが考えられるか・・・。ということで、それを書いてみたい。
以下は、まず番組において提起された問題のうち、監査制度と比較できそうなものをざっと紹介し、次に監査制度との類似点、相違点、そこから得られる分析・理解を、色と太字で区別して記載した。なお、番組について正確に知りたいという方は、NHKのホームページに詳細な記録があるのでご覧いただきたい。
・世界最高水準の基準を作るというが、それが守られていることをチェックするのにどれほどコストを掛ければよいか。
例えば、原発1基あたり2,000Mに及ぶケーブルがあるが、これには難燃ケーブルなどを使うというルールがある。ケーブルは発電所内の壁や床などあらゆるところに張り巡らされている。また、通常のケーブルに延焼防止剤を塗る方法も、難燃ケーブルを使うのと同等の効果があるとされている。但し、その塗り方が悪い(=薄い)ところがあると効果がない。2,000Mの塗り方までチェックできるか? ケーブルだけでなく、施設内に張り巡らされた配管、ポンプ、様々な設備についても、チェックをどうするか。
これに対する原子力規制委員の話;
ケーブルに限らず、原子力発電所に使われている無数の機器に対し、すべてを私たちが検査していくことは不可能。検査に過大な労力を投入するのは、全体の安全を守る上で、効果的なやり方かどうかは、議論のあるところだろう。実際の現場はどうなのか、検査で確認していくことは非常に大きな課題。
財務諸表監査でも監査対象が膨大で、とてもすべてをチェックできないので試査(≒サンプル・テスト)を中心に監査手続を実施する。多分、原子力規制庁の検査も同じような手法になるのだろう。
しかし、財務諸表監査では、どこでどれだけサンプル・テストを行うかは各監査法人や監査人のノウハウ・経験もあるし、そのベスト・プラクティスをまとめるように制定された国際的に統一された監査基準もある。新しい原子力規制基準には、これらに相当するものはないはずだ。
といっても、残念ながら監査では、このようなノウハウや経験、監査基準があっても、ご存じの通り不正(=意図的に財務諸表の読者や監査人を欺く行為)の発見率は100%ではない。自然災害やテロに至るまで広範囲なリスクに向き合う原子力規制はさらに困難だろう。
・原子力規制庁が最も注目しているのは電力会社の姿勢。電力会社が最も原子力発電所の現場を理解しているから、新基準では電力会社に徹底的して安全を追及することを求めている。
財務諸表監査でも、経営者(監査を受ける会社)の姿勢が最も重視される。これは監査の前提であり、経営者を信頼できないとか、監査に対する協力関係が築けそうにない場合は、監査契約を受託しない、或いは、すでに契約をしている場合は破棄する。監査を受けられない会社は証券市場から退出させられる。もし、電力会社が同様の状況にあれば、電力会社は原子力発電所の操業を認められないだろう。この点は状況が似ているように思う。
加えて、企業開示制度では、内部統制報告書制度があり、企業が自らをチェックしその結果を公表し、かつ、それについても監査を受けている。そのために企業は自ら内部統制監査を行い、判断根拠となる詳細な記録を保管し、監査人に提供している。
新しい原子力規制基準に、内部統制報告書制度と同じような制度、即ち、個々の安全基準が遵守されているかどうかという検査とは別に、企業や企業経営者が自らの姿勢をチェックし評価し報告し、かつ、それを規制庁が確かめる仕組み、制度が定められているかどうかは(この番組を見る限り)不明だ。
・原子力規制庁の審査職員は80名体制だが、適切な規模か。アメリカの原子力規制組織(NRC)は4,000名以上のスタッフがいる。日本でも原子力安全基盤機構(JNES、平成25年4月1日現在常勤職員401名)との統合が必要。
公的規制という意味では、監査制度で原子力規制庁のポジションにあるのは、公認会計士・監査審査会(CPAAOB)だ。CPAAOBの審査検査室の定員は42名(24年度活動状況P4より)となっている。検査対象が、上場会社は3,500社もあるのに原発は50基程度と少ないが、個々の検査に必要となる時間は、原発の方が遙かに長いと思われるので(というか、長くあるべきだと思うので)、もしかしたらバランスは取れているのかもしれない。
但し、実際に企業の監査を行っているのは、ご存じの通り監査法人や公認会計士であり、CPAAOBはそれらを検査・監督するという間接的なチェック体制となっている。上場企業の監査に従事している監査人は、少なくとも数千名、もしかしたら1万人ぐらいいるかもしれない。やはり、明らかにバランスに欠いているのではないか。
もう一つ重要なのはテール・リスク(確率は低いが発生すると非常に巨大な損失をもたらすリスク)の大きさの問題だ。
監査の場合は、監査が失敗して不正な財務報告が公表されると、損害は多くの株主や投資家に及ぶ。さらに資本市場の信頼失墜ということに繋がれば、経済への深刻な影響も考えうる。しかしそれでも、原子力発電所事故に比べると影響は限定的と言ってよい。なぜなら、その影響が10万年も及ぶことはないし、十数万人が住居を追われ、半径数十キロの地域社会が消滅することもないからだ。一方で、オリンパスや大王製紙で問題が起きても、それで深刻な経済危機が発生するということはなかった。即ち、テール・リスクの大きさが全く違う。原子力利用に関しては、テール・リスクへ意識を向けることが、福島第一原発で得た重要な教訓の一つだったはず。当然、テール・リスクに見合った体制が必要ではないか。それには検査体制が脆弱過ぎる。
・番組では、審査を補完したり、より信頼性のあるものにするための提案として“ピュア・レビュー”(=同業者によるチェック)を挙げている。また、アメリカでは原子力発電運転協会が評価を行い、高評価を得ると株価が上がったり、損害保険料が安くなったりと経済的なインセンティブが働く仕組みになっている。日本でも、規制庁以外の色々な仕組みを考えていく必要がある。
監査業界でも、昔は欧米で“ピュア・レビュー”が行われていた。しかし、今はそれではダメ(=同業者ではチェックが甘くなる)とされている。
やはり、原子力規制においても監査法人のような第三者機関としての民間組織が必要ではないだろうか。但し、監査法人と違うのは、電力会社からではなく、地域住民(又はその代表組織)から選ばれ、報酬をもらう仕組みにすること。といっても、地域住民がなぜ監査報酬を負担しなければならないのかという疑問が沸く。するとその財源は、原子力発電による電気を使っている電力利用者に求めるしかない。
また、従来は原子力事業者が県や市町村、地域の特定の団体を選別してメリットを与え、原子力発電への協力を引出していた。そして、その財源は総括原価方式による電力料金として電力利用者が一律に負担していた。しかし、電力会社が秘密裏に便宜許与して妙な特権階級ができたり、多くの住民が知らないうちに危険に巻き込まれたりすると批判されているのはみなさんもご存じの通り。
そこで今後は、「発電所地域のリスク負担料」を電力会社が電力料金にはっきり明示して上乗せして、原発による電力利用者から徴収し、それを一定の基準で地域住民(又はその代表組織)に分配するようにしたらどうだろうか。電力会社と地域の不透明な関係を正すことになるし、監査報酬の財源にもなる。住民(又はその代表組織)は、監査報酬を値切ればリスクを背負うことになる。また、心配があればしっかり監査をしてもらえるよう電力会社へリスク負担料の増額を交渉できるようにすればよい。その交渉力の強さの程度は、原発の稼働要件に住民の意思を反映させる仕組みの強さに比例する。
ということで、例によって勝手な意見を書かせてもらったが、重要なのは、番組でも言っていたように本気で安全を検証しよう、安全を確保しようと当事者(規制庁、原子力事業者)が思えるようになることだ。そのためには、地域住民が関与できるチェック体制が必要ではないだろうか。上記には記載しなかったが、実はこれに近いことも番組は指摘している。但し、原子力規制庁がもっと広く意見を聞くべきだ、という穏やかな問題提起に留まっている。そこは不満に思えた。僕はそれを実現するのは、住民の意思を背景にした監査法人のような民間の第三者機関による監査だと思う。
もしかしたら多くの方が、そんな面倒な仕組みじゃなくても原子力規制庁の人員を数千人に増やせばよいと思うかもしれない。しかし、きっとその数千人は住民を見ずに、即ち、安全を第一にせずに、官僚組織の上司の意図を優先させるだろうし、問題が起こっても上手に言い訳をして大した責任を問われない。僕は原子力規制庁が内閣から独立しているといっても、それだけでは信頼できないと思っている。お客様を第一にし、問題を起こせば仕事と信用を失う民間組織の方が信頼できる。
最も違うのは、役人が“細則主義”ってこと。最近も『未成年のリツイートは「選挙違反」? ネット選挙の杓子定規に識者から批判』という記事があった。ご存じの方も多いだろう。これは総務省だが、大きな目的を見ずに細則の文言だけで行われる判断の典型だと思う。この調子で現場の細かいところに入ってこられても困るし、逆に、住民の切実な、そして十分根拠のある心配・要望でも、“基準にないからチェックしない”などとされては、発電所とも、住民とも信頼関係は作れないだろう。やはり、お客様第一の民間組織が必要だ。
そして、この民間組織は海外進出し、日本の原発輸出先でも活躍する。そうしないとこの組織は生き残れない。なぜなら、日本の原発市場は縮小こそすれ拡大はまず見込めないからだ。ここまでワンセットにすれば、日本の原発の信頼性も高まると思うし、国内で閉鎖される原発の技術者の新たな活躍の場にもなりそうだ。但し、日本以上に権利意識の強い海外の住民から信頼を得て、お客様になってもらうには、きっと大変な苦労があるだろう。
さて、SAMURAI BLUE はコンフェデ杯でイタリアに敗れた。前回(6/20の記事)あれだけ結果に拘ると書いたので、敗戦という結果には“残念”と書かざるえない。しかし、敗戦した日本の香川選手があの試合の最優秀選手に選ばれて溜飲を下げた方も多いのではないか。日本はできる、もっとできると、勇気付けられた方が多いのではないか。だから、原発SAMURAI ももっとできる。日本国内の世界最高の安全性を達成する制度を背景に、世界で活躍する SAMURAI になってもらいたいと思う。
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