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2013年6月

2013年6月27日 (木曜日)

261.【製造業】最後に驚愕!~3年目に突入

2013/6/27

長い、なが~い、この製造業シリーズが漸く終了を迎える。始めたのが昨年の9月なので、9ヶ月を超えることになった。昨年11月に、製造業シリーズの子シリーズとして始めたのれんシリーズが全く想定外に手間取り、3月まで4ヶ月も要してしまった。そして、減損戻入シリーズもその後3カ月。こんなマイペースにブログを書き続けるなんて、きっとオヌシはB型だろう、と思われるかもしれないが、僕はO型だ。マイペースというより頑固なのかもしれない。そして、ふっと気付くと、今日でこのブログは3年目に突入する。

 

その間、企業会計審議会は、政権交代の影響か、動きが止まっていた。お陰で、長々と時間をかけても、状況に大した変化はない。・・・と思っていたら、そうではないことに気が付いた。実は驚愕している。

 

 

というのは、昨年オックスフォード・レポートで大々的に主張されて以降、「IFRSは製造業に合わない」という主張が全くされなくなっていたのだ。それにやっと気が付いた。今まで気付かなかった。最近出た経団連の資料や企業会計審議会資料などを見ても、それらしき文章は見当たらない。おかしいなあ、と思って、金融庁のホームページに掲載されている企業会計審議会の議事録や資料で「製造業」や「物づくり」を検索してみたが、昨年(2012年)7月の中間的論点整理、或いは、その案が検討された2012/6/14の大武委員の発言まで1年遡らないと引っかからない。

 

もしかして、もうこのテーマは時代遅れ?

だとすれば、凄い変化じゃないか!?

それに気が付かずに9ヵ月も費やしたのかっ!!

 

ちょっと、足が震えるような衝撃だ。

 

オー・マィ・ガッ! (欧米人なら、こう言うに違いない。)

ガチョ~ン!! (僕らの年代はこう言いながら腕を引いて震わす。)

とにかく、びっくりだ。(眉毛もピクピク震わせている。)

 

その一回前の2012/4/17の議事録には、上記主張に基づいた純利益重視と原則主義反対を主張する和地委員の発言がある。その前の2012/3/29の議事録にも、上記主張の佐藤委員の発言がある。2012/2/29では、経団連の提出資料に関連する原価計算の記述がある。さらに遡って、主なものだけざっと拾ってみると・・・

 

2011/2/17 議事録)

この回は海外視察の報告がメイン。正面からこの主張をしている発言はないようだ。

 

2011/12/22 議事録)

逢見委員が欧米主要国に比べて日本は製造業の比率が高いことに配慮すべきと主張。

大武委員が、包括利益は製造業に馴染まないと主張。

 

なお、討議資料(3)は前月(下記11/10)に引続き使用されている。また、参考資料Ⅲは製造業と他業種の資金調達状況を比較したものとなっているが、これは(下記の)11/10に佐藤委員からリクエストされたもの。

 

2011/11/10 議事録)

佐藤委員が、製造業の経営にプライオリティが高いのは損益アプローチ、IFRSは投資回収管理に悪影響と主張。その他、保守主義、確定決算主義(税法)などにも主張を展開。また、金融庁事務局が用意したと思われる資金調達の資料に、製造業の状況が分かり難いとクレーム。

 

討議資料(3)は日本の製造業に関するデータ(GDPシェアや雇用者数など)。

 

2011/10/17 議事録)

大武委員が、IFRSは製造業軽視、研究開発など長期的、ゴーイングコンサーンの視点が欠けている、PLを重視すべきと主張。

 

2011/8/25 議事録)

大武委員が、IFRSを強制適用すると製造業中心の日本は弱体化すると主張。

 

2011/6/30 議事録;この時からIFRS導入論の見直しが始まった。)

逢見委員、大武委員が、製造業の償却資産も時価評価させる前提でIFRSを批判。(誤解だが。)

 

 

ということで、中間的論点整理の前までは、そしてオックスフォード・レポートまでは、確かに「IFRSは製造業に合わない。だからIFRSは日本に合わない。」という主張があったのだが、その後はパタリとなくなっていた。確かに、企業会計審議会は、この後ずっと活動を休止していたので、この変化が分かり難かったかもしれない。しかし、それにしても、長々と9ヵ月もピンボケの検討を続けていたとは・・・

 

では、この主張は一体どこへ行ってしまったのだろうか?

 

いま振り返ってみると、どうやら、のれんの非償却、開発費の資産計上、当期純利益と包括利益の区分等々の個別の論点に吸収され、日本からIASBへの検討要求という形で昇華されていったように思える。IFRSが製造業に不利とか、日本に不利とか、そういう情緒的なイメージ論では島国日本から出られないが、昇華させられれば、IASBや世界の会計世論に働きかけられる。

 

 

なるほど。そういうことなら僕も理解できる。

 

減損戻入や開発費に関してはあまり感じないが、それ以外の、のれん非償却の再検討や、その他の包括利益の性質の明確化などは、僕ももっと改善が必要と感じていた。でもそれらは、製造業だけの問題ではないし、日本特有の問題でもないと思っていたから、この主張には強い違和感があったのだ。

 

それから、元IASBボード・メンバーの山田辰己氏や、現IASB議長のフーガーホースト氏の反論(1/12の記事)も、この主張が語られなくなった理由の一部かもしれない。

 

 

ということで、この9ヵ月間の僕の作業は、そして、記事を読むのに使われたみなさんの時間は、少々価値を失ってしまったかもしれない。みなさんには申し訳ないと思う。が、その反面、あれほど存在感のあった「IFRSは製造業に合わない」という主張が、いつのまにそういうことになったのか分かり難い、と企業会計審議会の議論の仕方に文句を言いたくなる。(これは完全に八つ当たりだ。)

 

ただ、実はこの9ヵ月間、僕はこの作業をかなり楽しんでいた。僕は楽しかったから良いのだが、みなさんには時間を割いて読んでいただいたのに申し訳ないと思う。とはいえ、みなさんにも一つ良いことがある。それは、もし、この主張を見かけたら「時代遅れ」と判断できることだ。もう、騙されない。(そんなことは言われなくても分かってたよ、という方には申し訳ない。)

 

 

思えば、会計士になりたての頃も、監査チームの上司や先輩にピンボケをよく指摘されたし、監査先の方々にも迷惑をかけた。慣れないことをやると、その悪い習性が這い出してくる。しかし、これからは今回を糧にして、ピンボケに注意して繰返さないようにしたい。・・・が、染みついた習性、若しくは、僕の能力の問題なので、自信をもって保証することは困難だ。

 

そんな頼りないことで申し訳ないが、3年目も引続き、お付き合いいただけるとありがたい。

 

 

なお、このシリーズでは、とりあえずのまとめを3/12の記事「225.【製造業】残っている論点は?(まとめ2)」に行った。そして、それ以降、今回までの検討結果も、この記事に反映した。よって、改めてのまとめ記事を書かないことにした。もしよろしかったら、この3/12の記事もご覧いただきたい。

2013年6月25日 (火曜日)

260.【製造業】最後のテーマ;投資家のためじゃない会計

2013/6/25

オックスフォード・レポートには「そもそもの議論のスターティングポイントが異なる」とあるが、その“スターティング・ポイント”ってなんだろうか? 「理屈っぽい」、「出だしから理屈か?」などと読者のみなさんから批難の声が聞こえてきそうだが、僕には分からない。

 

素直に“スタート位置”と考えればよいだろうか。例えば、100m競走でスタート位置が違ったら競走にならない。それと同様に、オックスフォード・レポートは、IFRS推進派と慎重派の議論になっていない状況、議論がかみ合ってない状況を、このような比喩で表現しているのだろうか。

 

しかし、スタート位置が違っても、距離が同じ100mで、勾配のない平面で、風が強くない、等々の条件がそろっていれば、記録を比較することができる。オックスフォード・レポートも、色々な人にインタビューしたり、企業会計審議会の議論を引用したりと、違う場所での議論を並べて比較を試みている。比較のために条件をそろえるのはレポートの書き手の腕だ。条件をそろえられないインタビューや議論なら、最初からレポートに載せなければよい。

 

しかし、載せたうえで“スターティング・ポイントが異なる”と指摘している。ということは、どうも“スタート位置”ではなさそうだ。もっと的確な理解の仕方があるに違いない。だが、それはいったい・・・。ということで、改めて、オックスフォード・レポートの記載を見てみよう。

 

P124

IFRS推進派の関心は投資家のため会計の推進という点(或いはもっと狭義にIFRSという投資家のための会計とその技術論)に限られているのに対し、IFRS慎重派は会計が投資家のためのものになっていること自体に懸念ないしは不満があり、そもそもの議論のスターティングポイントが異なる。

 

立場の違いがあるのだから、関心の向く先も違うのは当たり前だ。しかし、このレポートが敢えて“スタート・ポイント”といっているのは、「会計は誰のためにあるか?」という基本命題が、この両者の差の根本原因となっていることに、レポート作成時点で気が付いたということだろうと思う。(もし、以前から気が付いていれば、それに焦点を当てたインタビューを行って、もっと明確に比較対照でき、このレポート上でちゃんと“議論”にできたはず。)

 

したがって、“スタート・ポイント”と表現したのは、議論の対象が異なっている状況、即ち、一方は「投資家のための会計」を、もう一方は「投資家のためじゃない会計」を議論の対象にしている状況を表現したかったということではないかと思う。(加えて、“スタート・ポイント”には、インタビュー時点に遡ってやり直さないと議論にまとめられないというイメージもあったかもしれない。)

 

あれっ、でも、これってIFRSの議論をしてるはずだよなあ。

なぜ「投資家のためじゃない会計」が出てくるんだ?

・・・

これだ! この疑問がこのレポート(のこのセクション)を読む大切なキーになる。

 

ということで、「投資家のためじゃない会計」についての記載と思われるところを、このセクション(P119~)から拾い出してみよう。

 

P120

まず、長期開発、投資資金回収、再投資を得意とする日本の製造業には、それを可能にせしめてきた合理的な経済行動としての保守主義的会計行為が実務として定着しているが、こうした行為がIFRS では認められないのは不合理であると表明された。また同様に、IFRS 下のセグメント情報ではマネジメントアプローチがとられ、企業内部の管理・報告方法に基づいたディスクロージャーが要求されるが、各事業分野や地域の業績管理が保守的な思想のもとになされているにもかかわらず、IFRS がそうした保守的な思想を排除するのは矛盾していることも指摘された48

 

ここでは、保守主義について、2つの面から記載されている。即ち、研究開発を含む投資回収管理の観点と、セグメント情報の観点から。そして、その後に出てくる複数の方々の証言では、原価計算についての言及も多い。

 

しかし、これらの証言の、IFRSに保守主義がないとか、原価計算がおかしいといったことについては、誤解に基づくものだろうと既に僕は結論付けている(3/12のまとめ記事など)。したがって、ここでは細かく触れない。

 

一方、セグメント情報については未検討だった。といっても、これについては『「のれん」の定期償却や「開発費」の即時費用化を含む保守主義に基づく内部管理報告制度とIFRS上のマネジメントアプローチの矛盾については、IASB に近い日本の識者にも認識されている。』(P121)とあるので、のれんとか開発費(及び原価計算)のことらしい。それなら上記の通り検討済みだ。

 

その他、セグメント情報について、「そもそも企業秘密を外に出すわけがないじゃないですか」(P121)という証言も、その前後も含め、かなり大きな扱いで紹介されている。これには少々驚いた。

 

なぜなら、これをこのように肯定的に紹介されては(=IFRSのマネジメント・アプローチの否定材料として利用されている)、それこそ資本市場が行き詰る。先日報告した統合報告のセミナー(6/7開催)でも、こういう企業の意識を克服していくことが、企業行動をより持続可能的に変え、長期投資家を育て、増やすための大きな課題とされていた。本来、肯定的に取り上げるべきものではないはずだ。

 

こういう意識が企業側にあることを指摘するのは良いが、資本市場という共有財産(各企業にとっても財産だ)を維持・発展させていくために、企業内の人を含めて、多くの人が努力していることを忘れてはいけない。肯定したら、こういう努力に砂をかけることになる。本来、このレポートの作者もその一員であるべき立場の人ではないか?(が、ここを見る限りそう思えない。こんな記載のまま、よく、金融庁のホームページに掲示され続けるものだ。)

 

このレポートに突っ込み始めるときりがなくなるので、もう一度元の流れに戻すと、「投資家のためじゃない会計」として、企業側には「企業秘密を守りたい」という意識があるという事実の指摘があった。だが、これは克服の対象であって、保護や維持の対象ではない。

 

更に読み進めると、次のテーマ「公正価値会計」に移って行く。

 

P121

・・・、IASB が公正価値会計や貸借対照表アプローチを採用し投資家のための会計を推進しているという、全体的な方向性に関する懸念である。ここまで貸借対照表アプローチと公正価値会計に関する各論には触れたが、全体として、製造業の立場からすれば経営はゴーイング・コンサーンの前提のもと投資回収・再投資というサイクルの中で業務が遂行されるのであり、IASB の推進する期末時点で解散した場合に企業の価値がいくらであるかというような印象を与えかねない会計が推進されることは製造業の持続的成長・発展を阻害するとの懸念である。

 

この「貸借対照表アプローチと公正価値会計に関する各論」が間違っているのであり(学者に対してこういう書き方は失礼と承知しているが)、特に減損会計をじっくり見れば、使用価値は投資回収管理としっかり結びついていることが分かる。また、僕に言わせれば「単に減価償却すれば投資回収を管理していることになる、長期的視点を持っていることになる」と考える方が間違いだ。これらは、すでにくどくどと記載済。

 

また、ちょっとここでの本論から外れるが、IASBが推進しているのは「期末時点で解散した場合に企業の価値がいくらであるかというような印象を与えかねない会計」ではない。公正価値を要求しているのは、金融資産・負債など一部に過ぎないことは以前も記載したし、このオックスフォード・レポートにも次のような記載がある。

 

P65

・・・現在のIFRS会計実務が「修正取得原価主義とでもいうような、これまでの会計とあまり変わらないものに落ち着いている」[Int. Corp. (TSE1 Electronic, Director of Accounting, anon.)-A-Tokyo, Jan., 2012]との見方が正しいとすれば、今後はこうした「IFRS=公正価値会計」観についての批判・検討を加える必要が少ないのかもしれない。

 

但し、この記載に続けて、このレポートは3つの問題がまだ残っているとしている。最初の2つは包括利益(=貸借対照表アプローチ)の理論的問題と、当期純利益や営業利益の実際の有用性を指摘したもの。営業利益や当期純利益の開示が認められているので、相対的にこれらの問題の重要性は低まっている。残りの一つはIAS41「農業会計」の公正価値評価の問題点を指摘したものだが、これも「果実生成型植物」について原価ベースの原価へ改正する検討がIASBで進められている。もう、公開草案が公表されてもよい時期だ。

 

いずれも、まだ改善が足りない、もっと改善を、という意見もあると思うが、少なくとも「期末時点で解散した場合に企業の価値がいくらであるかというような印象」と表現される状況ではないと思う。

 

ということで、IFRSが「投資家のための会計」である根拠として、「ゴーイング・コンサーンの前提のもと投資回収・再投資」される会計ではないと指摘されているが、これは間違いだと思う。事実は、日本企業は損益管理はするが、投資回収管理までできていない会社が多い。これに対して、IFRSの減損会計は、投資回収管理を前提としている点で、むしろ、「投資家のためじゃない会計」だ。

 

では、減損会計対象外の資産・負債についてはどうか。減損会計対象外の資産・負債とは、ほぼ金融資産・負債であり、主に公正価値で評価される。「その部分は公正価値会計じゃないか」と言われる方もいらっしゃるかもしれないが、金融資産・負債は製造業特有の問題ではないし、このセクションでも話題の対象にすらなっていない。

 

 

ということで、このテーマの結論だが、以前も記載したように、会計は経済実態を表現するものであり、経営者と投資家の両方に対して有用となるべきと僕は考えている。経営者のための管理会計とか、投資家のための財務会計などと区分するのは、もう古い。もちろん、完全に一致することはないが、有用性が一般に認知された管理会計的な手法は、財務会計にも採用されていくし、その逆もありえる。例えば、退職給付会計のような現在割引価値を計算する手法は管理会計にあったものだし、金融機関の貸付金の償却原価や貸倒引当金の測定は、金融機関のリスク管理手法であるBIS規制と共鳴している。

 

即ち、「投資家のためじゃない会計=投資家のための会計」というのが僕の考えだし、実際にそういう方向へ向かっていると思う。もちろん、投資家にそのすべてが開示されるわけでなく、目的適合性のある重要なもののみが開示される。

 

このレポートの言う“スターティング・ポイントが異なる”というのは、IFRSに対する誤解がそうさせてるのであって、IFRSが日本基準より経営、内部管理に親和的であることを、このレポートの作者を含め、多くの人がまだ知らないのではないかと思う。もっとそれをアピールする必要がありそうだ。

 

それには、社会に役立つ情報を提供する役割の会計の研究者が、企業経営や企業の現場に関心を持ち、IFRSの規程を、実際の経営管理の現場を踏まえて理解することが必要ではないだろうか。単純に、規程の文言だけを眺めて解釈するようなことは、やらないでほしい。これには、監査人も重要な役割が果たせるのではないか。そういう役割の自覚が必要だと思う。

 

特に監査人が気を付けなければいけないのは、「海外の提携事務所がこういう解釈をしています」とか、「英語の文献を調べました」ということも大切なことだが、そこで終わりじゃなく、それに加えて日本の実情、その会社の実情をどう考えるか、そこが問題だ。そこの議論を会社としっかり行う必要がある。そしてできればそのエッセンスを会計の研究者と共有できると望ましい。秘守義務に触れないレベルでなんとかできないか、と思う。

 

 

 

さて、最後に一つ付け加えたい。2011/8の企業会計審議会における元国税庁長官・現TKC全国会会長である大武健一郎委員の発言の発言が、かなり長く紹介されていて、そのなかに次のような個所がある。

 

P122

これからの日本の経営を引っ張っていこうとすれば、個々の企業が長期的視点に立って研究できるような会計を考えていただきたいと思います。

 

その通り! 僕も大賛成だ。

 

だがそれには、企業が行うべき長期的視点に立った経営戦略の立案と実行に会計が寄り添えるよう、税法の確定決算主義を見直したらいかがだろうか。企業がもっと自由に、耐用年数や減価償却方法、そして開発費の範囲を決められ、さらに、IFRS採用企業がのれんやその他の無形資産を償却しなくても、税務上は償却したことにできるよう、確定決算主義を変えてほしい。

2013年6月22日 (土曜日)

259.【番外編】原子力規制と財務諸表監査

2013/6/22

昨夜、録画されていたクローズアップ現代の「“世界最高”の安全は実現できるのか」(6/20放送)を見た。すると、財務諸表監査を取巻く状況と類似点があることに気が付いた。即ち、“比較”できると気が付いた。“比較”は監査でも良く使う手法だが、より深く問題を理解できる。例えば、原子力規制にかかるコストを社会としてどのように負担するか、誰が負担するか、原子力事業者たる電力会社をチェックする仕組みはどういうものが考えられるか・・・。ということで、それを書いてみたい。

 

以下は、まず番組において提起された問題のうち、監査制度と比較できそうなものをざっと紹介し、次に監査制度との類似点相違点そこから得られる分析・理解を、色と太字で区別して記載した。なお、番組について正確に知りたいという方は、NHKのホームページに詳細な記録があるのでご覧いただきたい。

 

 

・世界最高水準の基準を作るというが、それが守られていることをチェックするのにどれほどコストを掛ければよいか。

 

例えば、原発1基あたり2,000Mに及ぶケーブルがあるが、これには難燃ケーブルなどを使うというルールがある。ケーブルは発電所内の壁や床などあらゆるところに張り巡らされている。また、通常のケーブルに延焼防止剤を塗る方法も、難燃ケーブルを使うのと同等の効果があるとされている。但し、その塗り方が悪い(=薄い)ところがあると効果がない。2,000Mの塗り方までチェックできるか? ケーブルだけでなく、施設内に張り巡らされた配管、ポンプ、様々な設備についても、チェックをどうするか。

 

これに対する原子力規制委員の話;

 

ケーブルに限らず、原子力発電所に使われている無数の機器に対し、すべてを私たちが検査していくことは不可能。検査に過大な労力を投入するのは、全体の安全を守る上で、効果的なやり方かどうかは、議論のあるところだろう。実際の現場はどうなのか、検査で確認していくことは非常に大きな課題。

 

 

財務諸表監査でも監査対象が膨大で、とてもすべてをチェックできないので試査(≒サンプル・テスト)を中心に監査手続を実施する。多分、原子力規制庁の検査も同じような手法になるのだろう。

 

しかし、財務諸表監査では、どこでどれだけサンプル・テストを行うかは各監査法人や監査人のノウハウ・経験もあるし、そのベスト・プラクティスをまとめるように制定された国際的に統一された監査基準もある。新しい原子力規制基準には、これらに相当するものはないはずだ。

 

といっても、残念ながら監査では、このようなノウハウや経験、監査基準があっても、ご存じの通り不正(=意図的に財務諸表の読者や監査人を欺く行為)の発見率は100%ではない。自然災害やテロに至るまで広範囲なリスクに向き合う原子力規制はさらに困難だろう。

 

・原子力規制庁が最も注目しているのは電力会社の姿勢。電力会社が最も原子力発電所の現場を理解しているから、新基準では電力会社に徹底的して安全を追及することを求めている。

 

財務諸表監査でも、経営者(監査を受ける会社)の姿勢が最も重視される。これは監査の前提であり、経営者を信頼できないとか、監査に対する協力関係が築けそうにない場合は、監査契約を受託しない、或いは、すでに契約をしている場合は破棄する。監査を受けられない会社は証券市場から退出させられる。もし、電力会社が同様の状況にあれば、電力会社は原子力発電所の操業を認められないだろう。この点は状況が似ているように思う。

 

加えて、企業開示制度では、内部統制報告書制度があり、企業が自らをチェックしその結果を公表し、かつ、それについても監査を受けている。そのために企業は自ら内部統制監査を行い、判断根拠となる詳細な記録を保管し、監査人に提供している。

 

新しい原子力規制基準に、内部統制報告書制度と同じような制度、即ち、個々の安全基準が遵守されているかどうかという検査とは別に、企業や企業経営者が自らの姿勢をチェックし評価し報告し、かつ、それを規制庁が確かめる仕組み、制度が定められているかどうかは(この番組を見る限り)不明だ。

 

・原子力規制庁の審査職員は80名体制だが、適切な規模か。アメリカの原子力規制組織(NRC)は4,000名以上のスタッフがいる。日本でも原子力安全基盤機構(JNES平成2541日現在常勤職員401)との統合が必要。

 

公的規制という意味では、監査制度で原子力規制庁のポジションにあるのは、公認会計士・監査審査会(CPAAOB)だ。CPAAOBの審査検査室の定員は42名(24年度活動状況P4より)となっている。検査対象が、上場会社は3,500社もあるのに原発は50基程度と少ないが、個々の検査に必要となる時間は、原発の方が遙かに長いと思われるので(というか、長くあるべきだと思うので)、もしかしたらバランスは取れているのかもしれない。

 

但し、実際に企業の監査を行っているのは、ご存じの通り監査法人や公認会計士であり、CPAAOBはそれらを検査・監督するという間接的なチェック体制となっている。上場企業の監査に従事している監査人は、少なくとも数千名、もしかしたら1万人ぐらいいるかもしれない。やはり、明らかにバランスに欠いているのではないか。

 

もう一つ重要なのはテール・リスク(確率は低いが発生すると非常に巨大な損失をもたらすリスク)の大きさの問題だ。

 

監査の場合は、監査が失敗して不正な財務報告が公表されると、損害は多くの株主や投資家に及ぶ。さらに資本市場の信頼失墜ということに繋がれば、経済への深刻な影響も考えうる。しかしそれでも、原子力発電所事故に比べると影響は限定的と言ってよい。なぜなら、その影響が10万年も及ぶことはないし、十数万人が住居を追われ、半径数十キロの地域社会が消滅することもないからだ。一方で、オリンパスや大王製紙で問題が起きても、それで深刻な経済危機が発生するということはなかった。即ち、テール・リスクの大きさが全く違う。原子力利用に関しては、テール・リスクへ意識を向けることが、福島第一原発で得た重要な教訓の一つだったはず。当然、テール・リスクに見合った体制が必要ではないか。それには検査体制が脆弱過ぎる。

 

・番組では、審査を補完したり、より信頼性のあるものにするための提案として“ピュア・レビュー”(=同業者によるチェック)を挙げている。また、アメリカでは原子力発電運転協会が評価を行い、高評価を得ると株価が上がったり、損害保険料が安くなったりと経済的なインセンティブが働く仕組みになっている。日本でも、規制庁以外の色々な仕組みを考えていく必要がある。

 

監査業界でも、昔は欧米で“ピュア・レビュー”が行われていた。しかし、今はそれではダメ(=同業者ではチェックが甘くなる)とされている。

 

やはり、原子力規制においても監査法人のような第三者機関としての民間組織が必要ではないだろうか。但し、監査法人と違うのは、電力会社からではなく、地域住民(又はその代表組織)から選ばれ、報酬をもらう仕組みにすること。といっても、地域住民がなぜ監査報酬を負担しなければならないのかという疑問が沸く。するとその財源は、原子力発電による電気を使っている電力利用者に求めるしかない。

 

また、従来は原子力事業者が県や市町村、地域の特定の団体を選別してメリットを与え、原子力発電への協力を引出していた。そして、その財源は総括原価方式による電力料金として電力利用者が一律に負担していた。しかし、電力会社が秘密裏に便宜許与して妙な特権階級ができたり、多くの住民が知らないうちに危険に巻き込まれたりすると批判されているのはみなさんもご存じの通り。

 

そこで今後は、「発電所地域のリスク負担料」を電力会社が電力料金にはっきり明示して上乗せして、原発による電力利用者から徴収し、それを一定の基準で地域住民(又はその代表組織)に分配するようにしたらどうだろうか。電力会社と地域の不透明な関係を正すことになるし、監査報酬の財源にもなる。住民(又はその代表組織)は、監査報酬を値切ればリスクを背負うことになる。また、心配があればしっかり監査をしてもらえるよう電力会社へリスク負担料の増額を交渉できるようにすればよい。その交渉力の強さの程度は、原発の稼働要件に住民の意思を反映させる仕組みの強さに比例する。

 

 

ということで、例によって勝手な意見を書かせてもらったが、重要なのは、番組でも言っていたように本気で安全を検証しよう、安全を確保しようと当事者(規制庁、原子力事業者)が思えるようになることだ。そのためには、地域住民が関与できるチェック体制が必要ではないだろうか。上記には記載しなかったが、実はこれに近いことも番組は指摘している。但し、原子力規制庁がもっと広く意見を聞くべきだ、という穏やかな問題提起に留まっている。そこは不満に思えた。僕はそれを実現するのは、住民の意思を背景にした監査法人のような民間の第三者機関による監査だと思う。

 

もしかしたら多くの方が、そんな面倒な仕組みじゃなくても原子力規制庁の人員を数千人に増やせばよいと思うかもしれない。しかし、きっとその数千人は住民を見ずに、即ち、安全を第一にせずに、官僚組織の上司の意図を優先させるだろうし、問題が起こっても上手に言い訳をして大した責任を問われない。僕は原子力規制庁が内閣から独立しているといっても、それだけでは信頼できないと思っている。お客様を第一にし、問題を起こせば仕事と信用を失う民間組織の方が信頼できる。

 

最も違うのは、役人が“細則主義”ってこと。最近も『未成年のリツイートは「選挙違反」? ネット選挙の杓子定規に識者から批判』という記事があった。ご存じの方も多いだろう。これは総務省だが、大きな目的を見ずに細則の文言だけで行われる判断の典型だと思う。この調子で現場の細かいところに入ってこられても困るし、逆に、住民の切実な、そして十分根拠のある心配・要望でも、“基準にないからチェックしない”などとされては、発電所とも、住民とも信頼関係は作れないだろう。やはり、お客様第一の民間組織が必要だ。

 

そして、この民間組織は海外進出し、日本の原発輸出先でも活躍する。そうしないとこの組織は生き残れない。なぜなら、日本の原発市場は縮小こそすれ拡大はまず見込めないからだ。ここまでワンセットにすれば、日本の原発の信頼性も高まると思うし、国内で閉鎖される原発の技術者の新たな活躍の場にもなりそうだ。但し、日本以上に権利意識の強い海外の住民から信頼を得て、お客様になってもらうには、きっと大変な苦労があるだろう。

 

 

さて、SAMURAI BLUE はコンフェデ杯でイタリアに敗れた。前回(6/20の記事)あれだけ結果に拘ると書いたので、敗戦という結果には“残念”と書かざるえない。しかし、敗戦した日本の香川選手があの試合の最優秀選手に選ばれて溜飲を下げた方も多いのではないか。日本はできる、もっとできると、勇気付けられた方が多いのではないか。だから、原発SAMURAI ももっとできる。日本国内の世界最高の安全性を達成する制度を背景に、世界で活躍する SAMURAI になってもらいたいと思う。

2013年6月20日 (木曜日)

258.【製造業】最後のテーマの前に・・・会計のメンタル

2013/6/20

SAMURAI BLUE ことサッカー日本代表は、みなさんもご存じの通りブラジル代表に完敗した。しかし僕には、なんとなくまだ全力を出せていないような気がした。全力を出すことができればもっとやれるんじゃないだろうか。僕はもっと期待できると思っている。そして、この記事が公開されるころには、イタリア代表との試合が始まる。イタリアも非常に強い。だが、2-1で勝つと僕は予想している。

 

 

さて、前回(6/18の記事)にも記載したように、「IFRSは製造業に合わない」という批判が説明されているオックスフォード・レポートを参考に、この批判が的を得たものかどうか検証してきたが、いよいよ残るテーマは一つとなった。再掲すると次のような問題提起だ。

 

<IFRS推進派の関心は投資家のため会計の推進という点(或いはもっと狭義にIFRSという投資家のための会計とその技術論)に限られているのに対し、IFRS慎重派は会計が投資家のためのものになっていること自体に懸念ないしは不満があり、そもそもの議論のスターティングポイントが異なる(P124)。>

 

前回も書いたが、これは扱いにくそうだ。3/12の記事225.【製造業】残っている論点は?(まとめ2)」には、「投資家と経営者の間には立場の違いがあり、IFRSは投資家に寄り過ぎている」という意味ではないかと書いたが、改めて読んでみると、その理解はあまり正確ではないかもしれない。

 

そこで、もう一度、オックスフォード・レポートの関係しそうなところを読み直し、意図を良く理解してから、このテーマに入りたい。ということで、少々時間を頂きたい。

 

代わって今回は、以前から気になっていた問題、そしてこのブログを書くようになって増々頭にチラつくようになった問題、しかし、じっくり意識的に向き合ったことのなかった問題、「会計って、なに?」について、少し書いてみたい。

 

 

「資産は、金を生むもの」流の簡単な表現を使えば、「会計は、経済実態の表現」になると僕は思う。以前、IFRSの資産の定義を説明する際に、この「資産は、金を生むもの」を使った(2011/11/1の記事など)。IFRSの資産の定義は難しくてイメージが伝わりにくいからだ。では「会計は、経済実態の表現」は、イメージが伝わりやすいか? 多分、否だろう。自分でいうのもなんだが、それほど分かりやすくない。

 

では、もっと分かりやすい表現はないか? 多分、ない。それにこの表現はコンパクトなので気に入っている。ちなみに、Wikipedia の「会計」の冒頭には次のように書いている。

 

会計(かいけい,英語: Accountancy)とは、一般に、金銭や物品の出納を、貨幣を単位として、記録、計算、管理等することであり、「情報の利用者が、事情に精通した上で、判断や意思決定を行うことができるように、経済的な情報を識別し、測定し、伝達するプロセスである。」といわれる。

 

恐らく、日本ではこれが一般的な定義に近いのだろうと思う。会計を勉強したことのある方々にとって、違和感なく受入れられるのではないだろうか。しかし、僕には長過ぎる点以外にも、ちょっと違和感がある。

 

同じ Wikipedia でも、英語版は次のようになっている。

 

Accountancy, or accounting, is the production of information about an enterprise and the transmission of that information from people who have it to those who need it.
(会計は、企業情報の作成と、それを持つ人から必要とする人への伝達である。)

 

僕も、実はこれを書きながら知ったのだが、僕の定義はどちらかというと英語版に近いようだ。どういう点が近いかというと・・・

 

  • 日本語版の定義は、「会計はプロセスである」と言っているが、英語版は「会計は情報の作成と伝達である」と言っている。そして僕の定義は「会計は表現である」と言っている。

 

  • 「プロセス」は「表現」にはなり得ないが、「情報の作成と伝達」は「表現」と言い得る。

 

要するに、会計は「コミュニケーション」を言うのであり、その材料を作成するプロセスのみを言うのではないという点が、英語版や僕の定義の日本語版と異なる部分だ。では、僕の定義は英語版と同じかというとそうでもない。次の点が異なりそうだ。

 

  • 英語版は「情報」という極めて広い言葉を使っている。

 

  • 僕のは「経済実態の表現」という特殊な用語を使っている。

 

しかし、英語版は上記の文章のあとに、「そのコミュニケーションは、通常、財務諸表の形式を用い・・・。その技術(art)は、読者が関心を持つ情報を選択したり、忠実に表現された情報を選択するためにある」と続く。したがって、いったん「情報」という広い意味を持つ言葉を使ってシンプルに表現し、次の文章でその意味を限定していることになる。そこまで考えると、僕の定義とかなり似ている。

 

 

ということは・・・

 

会計を「プロセス」と思われている方は、日本では一般的だが、僕の実感しているものとはちょっと違う。

 

それがどうした? 何が違う? そう思われる方もいらっしゃるかもしれない。でも、「かなり違う」と僕は思う。

 

僕は、「会計にとっては、出来あがったものが重要なのであり、それに比べるとプロセスはあまり問題でない」と思う。一方、「会計はプロセス」という人は、「プロセスが正しければ出来あがったものも正しい」というかもしれない。しかし、僕は最終的に読み手にどう伝わるかが重要だと思う。プロセスは結果の一部を保証するに過ぎず、プロセスが良くても結果が良くないことはあり得る。だが、それでは困る。要は、会計は最終成果に対して責任がある。

 

この違いは、日本流の「継続性の原則(=前期と同様に処理していればとりあえず問題ない)」の考え方と、IFRS流の「忠実な表現(≒変更すべき理由がない場合にのみ前期と同じ処理を行い、変更すべき理由があればさっさと変更する)」の考え方の相違にも関連がありそうだし(2012/1/27の記事など)、さらには「準拠性表示」と「適正表示」の相違にも繋がりがあるように思う。IFRSは、仮にIFRSに従っていても、最終的に重要な誤解を生じる状況であれば、IFRSの規程を逸脱して適正な情報開示をしなければならないという「適正表示」の考え方を採用している。これには大きなプレッシャーがかかるので、企業には、強いメンタルが必要になる(2012/4/9の記事など)。

 

以上は、若干、理屈をこねくり回して、些細な差を大きく誇張しすぎた感じもないではない。しかし、この“感覚”の相違がお分かりいただけただろうか。もし、IFRSを導入するなら、或いは、IFRSを導入しないとしても、経営者や投資家に実態を理解してもらおうとすれば、こういう“感覚”が重要になるように思う。プロセスの重要性を否定するつもりはないが、結果がもっと重要であることは間違いない。会計がプロセスか、それとも表現(情報の作成と移転)か、という違いには、どこまで意識を広く及ばすか、高く持つかという差があるような気がしてならない。

 

 

さて、段々、イタリア戦が始まる時間が近づいてきた(みなさんが、これを読まれるころには終わっているかもしれない)。SAMURAI BLUE にも、アジア予選(=W杯へのプロセス)で満足することなく、世界での結果に拘ってほしい。それには強いメンタルが必要だが、きっとできるはずだ。そして日本の製造業も再び世界で輝いて、「Japan is back.」といわしめてほしい。もちろん、できるに違いない。そして会計も・・・

2013年6月18日 (火曜日)

257.【製造業】まとめ2(3/12の記事)の更新

2013/6/18

次の検討テーマを思い出すために「製造業シリーズ」を遡ってみたら、減損戻入は3月から約3カ月も続いていたことに気が付いた。なんと長いことか。そして、減損戻入を始める直前の3/12の記事225.【製造業】残っている論点は?(まとめ2)」には、「もちろん、のれんのように1テーマで何カ月も、というようなことはもうないと思うので・・・」と書いてあった。自分でも呆れている。

 

ところで、その3/12の記事には、4つの論点が検討未了とされていて、そのうち、現時点で次のものの検討が終了したことになる。

 

 ・固定資産の再評価モデル

 ・減損戻入

 

そして、次のものについては、上記記事に追加記載することで検討終了とさせていただいた。

 

 ・非上場株式の公正価値評価

 

これらについては、この3/12の記事の冒頭に断り書きで追加記載項目を明示し、その追加記載箇所について色を変えて変更がお分かりいただけるようにした。もしよろしければ、ご覧いただきたい。

 

 

ということで、残るは以下のみとなった。次回以降はこれが新しいテーマとなる。

 

<IFRS推進派の関心は投資家のため会計の推進という点(或いはもっと狭義にIFRSという投資家のための会計とその技術論)に限られているのに対し、IFRS慎重派は会計が投資家のためのものになっていること自体に懸念ないしは不満があり、そもそもの議論のスターティングポイントが異なる(P124)。>

 

扱いにくそうだ・・・。

 

―――――――――――――――――

 

このお知らせだけでは少々寂しいので、ひとつ、ネットで見つけた記事をみなさんにご紹介したい。

 

何と、「日本の製造業が世界をリードするのは、もしかしたら日本人のDNAのせい?」と思えるような、少々心強くさせてくれる記事だ。タイトルは・・・

 

第5回 実は世界の最先端だった旧石器時代の日本列島(日経ビジネスBPnetの記事)

 

人類がアフリカで直立歩行を始めて世界進出するまでの生物的進化を研究する「人類学」と、人類が文明を持つ過程を研究する「考古学」。上記は、両者をアジアで融合させた研究者海部陽介氏をインタビューしたシリーズ記事の第5回目で、欧米の研究者にはまだ知られていない日本の史実を書いている。

 

ちなみに記事に出てくる神津島の位置関係は、下のリンク先を見ると分かりやすい。

 

神津島へのアクセス(神津島村役場のホームページ)

 

式根島の先なので、結構、遠い。下田からでも55Km、現代の客船でも2時間20分かかるとのこと。しかも、3万8千年前に流れの速い黒潮を人力で横切るのは大変だったはずだ。しかし、日本人の「ものづくり」へのこだわりは当時のレア・アースを求め、苦難をものともしない・・・。

 

あとは記事をお読みください。

2013年6月15日 (土曜日)

256.【製造業】減損戻入シリーズのFinal Answer

2013/6/15

期せずして長々と書いてしまったこのシリーズだが、6/6の記事で、僕としては終了したつもりだ。しかし、細部に拘り過ぎて、読み手のみなさんには何が何だかわからなかったかもしれない。そこで最後にざっとお浚いをして締め括りたい。

 

(目的)

 

減損戻入はイメージが悪い。多くのみなさんがそう感じる理由は、以下のとおりと思う。

 

 ・ダメなものを減損したのに、それを復活させる理由が理解できない。

 ・(固定資産台帳の修正に)手間がかかる。

 

オックス・フォード・レポートには後者が指摘されていた。

前者は、日本基準の減損が、“確定した”減損を損失計上するものであるために、そう思われるのだと思う。IFRSの減損は、日本基準より早く認識するので、経営者の対応次第で減損の原因を取り除いたり改善したりし、復活につなげられる可能性が日本基準より高くなる。即ち、日本基準の減損は一発勝負で負けたら(会計上は)終わりだが、IFRSの減損は敗者復活戦が認められているので、その後の対応も重要だ。即ち、経営者の対応が業績として記録され続ける。

 

このシリーズでは、このIFRSの減損会計と投資回収管理の関係(ひいては経営戦略との関係)、IFRSや日本基準で固定資産台帳の修正が必須かどうかを検討することで、減損戻入の悪いイメージを変えようとした。即ち、投資した以上のキャッシュ・フローを獲得するという事業の基本を管理するうえで(=投資回収管理)、減損会計の果たす役割を説明しようと試みた。

 

 

(結果)

 

僕の考えでは、減損会計を投資回収管理と融合・リンクさせることは経営に役立つし、そうすべき。また、減損時や減損戻入時の固定資産台帳の修正に要する手間も回避できる可能性がある。

 

 

(検討過程)

 

最も苦労したのは、IFRSも、日本基準も、個別資産の簿価や償却可能額を修正し(=固定資産台帳を修正し)、その後の減価償却を実施することが想定されていると読めることだった。但し、直接そう書いてあるわけではない。であれば、弊害がない、或いは、多少弊害があっても許容される範囲であれば、資金生成単位ごとの減損損失累計額を管理すること(=僕の奇策)で、個別資産ごとの修正を回避できるのではないか。

 

この仮説を検証するために、大きくは、次の2つのポイントを一生懸命突いてみた。

 

  1. 個別資産ごと修正をするより、資金生成単位ごとの減損損失累計額を管理した方が、経営にとって有益なこと。
             
  2. 資金生成単位ごとの減損損失累計額を管理した場合も、個別資産の修正をした場合と、ほぼ同様の減損後の減価償却計算が可能なこと。しかも手間いらずで。

 

Aについては主に資金生成単位を「ビジネスの(最小)単位」と表記して、減損会計で見積る将来キャッシュフローはビジネスの評価である点を強調した。固定資産の評価だとすると事業部門は関心を持ち難いが、ビジネス評価だと考えれば、事業部門が主役だ。

 

会計部門が主役で減損会計をやろうとすると、すべての事業について評価するのは大変なので、投網で引っかかったものだけを検討しようとする。事実、減損会計基準も“減損の兆候”と称して、投網を設定している。しかし、会計基準はそうであっても、事業部門が主役であればそうはならない。そもそも、投資以上のキャッシュを獲得するという事業経営の基本なのだから、そうであってはならないはずだ。しかし、現実は損益管理しか行われていないケースが多く、本来基本であるはずの投資回収が蔑にされている。だから、そこに注目しましょう、という僕の考えをくどくど繰返した。特に、単なる損益管理より、ずっと戦略的思考になれる、長期志向になれる、という点を強調している。

 

Bについては、2つある。一つは、減損後の減価償却計算。もう一つは、減損後に資産を移動・除却する場合の簿価・除却損の計算だ。いずれも「償却可能額」が重要だが、前者は加えて事業計画が決定的に重要だ。もちろん、投資回収管理が意識された、損益管理だけでない事業計画でなければならないが。

 

減価償却計算には、償却可能額、耐用年数、残存価額、償却方法が決まる必要があるが、いずれも、事業計画を眺めれば自然と決まる。IFRSの場合、将来キャッシュフローの見積りは原則として最長5年の事業計画とその事業計画終了時点の事業の売却価値で算定される。5年後の事業価値について考えてみると、事業部門の方々には目から鱗の大変興味深い考察(=事業改善の戦略的アイディアに繋がるもの、或いは、その逆の見込み)が色々得られると思う。

 

減価償却計算というと個別資産ごとの積上げ計算がイメージされるが、減損後の減価償却計算に関する僕のお奨めは、資金生成単位の総額(但し、B/Sの表示上、勘定科目別である必要がある)を計算することだ。5年間の償却費は、減損後の償却可能額から5年後の売却額(=残存価額)を控除することで求められ、あとはそれをどう期間配分するかということになる。これが重要で、収益ベースではなく資産の使用状況を反映することに注意しながら、上記の事業計画を眺めれば、決められる。

 

資産を移動・除却する場合は、結局「償却可能額」に注目すると、必要に応じて個別資産の修正を行った場合と同様の簿価・除却損の計算ができる、しかもとても簡単に。

 

 

ということで、オックスフォード・レポートでは、減損戻入が製造業に合わない理由の一つに挙げられていたが、合わないどころか、戦略的事業運営をするには製造業に限らず投資回収管理が重要であり、減損会計はそれにぴったり寄り添う会計処理だ。減損戻入を可能にするということは、手遅れになる前に早めに減損を認識し、経営者や事業責任者にアラームを鳴らすことができる点で、むしろ優れていると言えると思う。しかも、会計処理自体に手間はかからない(これは、みなさんの努力次第)。

 

2013年6月13日 (木曜日)

255.もし、も~し。これ、下書き金融庁ですか~?

2013/6/13

何てことだ。3月26日の企業会計審議会へ提出された経団連のレポート(下記A)は素晴らしい(但し、耐用年数のところを除く)、さすが、実務を熟してこられた方々の地についた意見だと思っていたが、この6月10日に公表されたレポート(下記B)は、すっかり様変わり。まるで金融庁に意見を代弁させられているかのようだ。あまりの驚きに、今回の記事はちょっと荒れ気味になるかも。

 

 

そもそも、IFRS導入論議が迷走し始めたときの2011年6月の経団連のレポート(下記C)では、「IFRSの適用については、十分な準備期間が確保される必要がある」との主張がメインだと思っていた。要するに、東日本大震災が起こったし、当時のIFRS導入の進め方に強引なところもあったので、企業の事情を考慮した余裕のあるスケジュールを明示してくれ、ということと思っていた。しかし、それはどこかへ行ってしまったか、もしかしたら、僕の勘違いだったようだ。

 

とはいえ、今日までの流れが非常によくまとまっていて、あのまとまりのない企業会計審議会の議論の落としどころまでも分かる文章になっているので、これまでの経緯と今後の行方に興味のある方は、今回のレポート(下記B)をご一読されることをお薦めする。

 

A.3月26日の素晴らしいレポート;「国際会計基準(IFRS)への当面の対応について(日本経済団体連合会資料)」(金融庁のホームページ)

 

B.今回の6月10日のレポート;「今後のわが国の企業会計制度に関する基本的考え方 ~国際会計基準の現状とわが国の対応~」(経団連のホームページ)

 

C.2011年6月のレポート;「国際会計基準(IFRS)の適用に関する早期検討を求める」(経団連のホームページ)

 

 

ところで、今回のレポート(上記B)は、米国の動きにとても気を使っていて、「世界最大の資本市場を抱える米国の方針が、当初から大きく変化したことにより、会計基準の国際的な統一への道は、未だ極めて不透明な状況にある。」としている。だから日本も態度を決められないと。

 

しかし、経団連が本当に米国流のコストのかかる(でも米国の訴訟社会では役立つ)細則主義を選択肢に望んでいるとは信じられない。その方が日本の風土に合うこともあり得るという主張だろうか。むしろ、「どちらかにつかなければならないとすれば、早くIFRSへ。」となぜ言わないのだろう?

 

そして、日本基準を高品質で低コストと褒め讃え、日本基準の存続を主張している。過去に日本基準という神輿を担いできた僕には嬉しい評価だ。しかし、実際の日本基準のこれまでの歩みは、欧米の流れに取り残されないようにキャッチ・アップを繰返してきたに過ぎない。そして、どうやったら、なるべく小さな変化で“制度対応”できるか、という形作りにばかり注意を向けてきた。その結果、会計が経営から遊離して、経営に役立たないところで会計専門部署にしか理解されない、タコ壺の無駄なコストを生んでいる。形ばかりを追いかけてきたことで、会計の価値が低まってしまったのではないか。会計を経営に融合させ、積極活用する欧米に遅れをとる原因になったのではないか。

 

これは、監査人だった者として、会計士として、僕自身反省しているところで、心苦しい。だが、日本基準が高品質で低コストというのは、もしかしたら間違っているかもしれない。もちろん、利用できるところであれば(会社法のみとか、中小企業など)利用したらよいと思うが、事業面でグローバルな競争にさらされ、海外から投資対象となる上場会社には、隠れコストになり、有利には働かないだろうと思う。(海外に事業拠点がない企業でも、多くの企業は直接・間接にグローバル競争をしている。そして、株価に大きな影響を与えるのは国内投資家より海外投資家という事実も、この半年間のアベノミクスで実感できたのではないか。)

 

日本基準を存続させるのであれば、IFRSや米国基準のように「投資家目線」を強調しながらも、「経営に役立つ」ことを前面に打ち出していったらどうか。当然基準の内容は見直しが必要だ。

 

欧米ではすでに会計部門のタコ壺化が問題視され、「経営に役立つ」ことが会計基準の当然の前提として実践されている(と僕は思っている)。しかし、日本ではタコ壺化したまま「制度会計」が独り歩きを続けている。なかには、会計部門が外部のために仕事をしていると錯覚しているとか、会計部門が事業を知らないとか、逆に経営者が会計に無関心、といった酷い例もあるようだ。そして、このタコ壺問題は根が深く、会計教育・研究の段階からすでに始まっている。

 

実は、企業会計原則も、原価計算基準も、前文を読めば、明らかに経営に役立たせることを重要な目的に掲げている。それは戦後間もないころに限った一時的な要請ではなく、現在にも当てはまる普遍的なものだと僕は思う。

 

しかし、「B/Sが主か、P/Lが主か」みたいな議論をしている会計学者はどうだろうか。どちらでも経営に役立つものが重要であり、経営に役立つ情報が投資家にも役立つはずだ。或いは、投資家に役立つ情報が経営に新しい有益な視点を与える。会計学者が勝手に対立軸に仕立てて机上で決める筋のものではないし、決めてもらってもたいして役に立たない。むしろ、そんな勝手な対立軸を会計基準開発や教育の場に持ち込まれて、無駄な時間を費やされたら、社会の迷惑だろう。そんなタコ壺議論が行われてないか。

 

前回(6/11の記事)の一橋大学の伊藤邦雄教授のように、会計学者はもっと経営や投資の現場に関心を寄せるべきだと思う。そして現場で行われていることや、現場のニーズから、何をすべきか学ぶべきだ。そういう観点から見ると、企業会計原則前文のあの有名な一節、「企業会計原則は,企業会計の実務の中に慣習として発達したもののなかから,一般に公正と認められたところを要約したもの」という表現は、意外に奥深い。今もいぶし銀の輝きがある。

 

 

ちょっと横道に逸れてきたが、さらに経団連のレポートからも離れて、金融庁や自民党で検討されていると報道されている日本版IFRS(例えば、日経新聞が「日本独自のIFRS」とか、「折衷案」などと表現しているもの)に話題を移したい。

 

日本版IFRSについて、僕は反対だ。上記の経団連のレポート(B)は、アドプションの手続を定めるべきと主張しているが、報道にあるような日本版IFRSまでは主張に含んでいないと思う。

 

以前、僕もアドプションの手続を決めて欲しいと書いたことがあるが(1/12の記事)、むしろそれと経団連の主張は似ているかもしれない。日本経済にとってどうしても受け入れがたい基準が確定してしまった場合に、それへ対処する手続の整備が必要だ。どうしても受け入れがたいとは、一部業種に反対が強いなどの限られた範囲の問題ではない。その程度の問題はどこの国でも抱えながら受入れるのだから。

 

今は金融庁が内閣府令で(=独断で?)アドプションしている。しかし、受入不能なものは、基準の開発段階から日本として意思表示していき、それでも適わない場合には、スピーディーにカーブ・アウトを決めてもらう必要がある。僕の趣旨は、それが引き金になって、リーマン・ショック級の衝撃や、失われた20年のようなことが日本経済全体に起こらないようにということだ。可能な限り交渉で解決する努力を尽くし、それでも、甚大な影響を免れない見込みの場合にやむなくスピーディーにカーブ・アウトする。例えて言えば、外交努力を尽くしてもダメなので、やむなく自衛権を発動するようなもの。その手続の存在は、最後の自衛手段や抑止力として決定的に重要だ。しかし、いざという時、今の企業会計審議会や金融庁にその役割が担えるとは思えない。議論のレベルも、スピードも。

 

ただ、会計基準でそういうことが起こるのは本当に稀なケースだと思う。現状へ大きな変化をもたらす規準が警戒され、大騒ぎされることは今後もあると思うが、実際は、経済実態へ迫る新しい見方をもたらし、より経営リスクを分かりやすく示してくれることがほとんどだ。それが企業経営や投資判断に役立ち、将来のリスクへの備えとなる。それを理解して、道具として上手に利用するのが正しい対処法だと思う。例えば、減損会計はその典型例だ。(しかし、減損会計は、まだまだ正しく理解されていないと思うが。)

 

僕がカーブ・アウトの対象として想定するのは、日本版IFRSに関して報じられている「1年を超える期間のオペレーティング・リースの資産計上」といった小さな問題ではない。

 

金融庁や自民党の狙いは、IFRSを任意適用する会社が増えるように、IFRSを飴でくるんで食べやすくしておくこと、というのは分かる。しかし、本当に日本経済のことを考えるのであれば、企業が苦さを味わうとしても、ちゃんと経営リスクを識別できるようにすべきだろう。飴でくるんだりしたら薬効まで無くなってしまう。経営実態を経営者や投資家が見えるようにすることの価値こそを、金融庁や自民党はもっとしっかり評価すべきだ。要するに、余裕を持たせたIFRS強制適用の期限を明示すべきだ。

 

さらに、飴が既得権益化してなかなか廃止できない、なんてことになったら・・・。

 

今の企業会計審議会の議論や、こじ付けの(オックスフォード・)レポートをホームページに掲載し続けている金融庁の姿勢を見ていると、そんな心配もしてしまう。「日本企業をグローバルで戦えるようにするには」といった本来優先順位が高くエッジの効いた議論が大切にされないのは、個別利害と立場を守ることに一生懸命のタコ壺の住人がたくさん議論に混じっているからだ、と僕は思う。みなさんは違う意見かもしれない。しかし、アベノミクスの成長戦略の議論もそうだが、全体のパイの拡大を考慮しない個別の利益や立場が強調され、細部に拘り過ぎるように思う。

 

話が完全に逸れそうなので元へ戻すと、そのレベルでカーブアウトをしていたら、“単一で高品質な国際基準の策定”というG20の決議の趣旨を日本が理解できていないと示すに等しいのではないか。そして、IASB等における日本の発言力を弱めてしまうに違いない。

 

そして、何より、また「形式を合わせればよい」とか「見た目が合っていればよい」みたいな、タコ壺を温存したままいつか来た道を繰返すことになる。(ただ、これは各企業の姿勢次第という面もある。)

 

今の時代に日本経済に必要なものを正しく把握できるメンバーで建前でない大きな目標を共有し、グローバル基準をどう扱うかについて、国内向けでなくグローバルに通用する議論を期待する。

2013年6月11日 (火曜日)

254.【番外編】統合報告の真髄

2013/6/11

先週、東京へ出張して、統合報告のセミナーに参加してみた。統合報告には注目していたつもりだったが、どうやらまだまだ認識が甘かったらしい。凄いぞ。もしかしたら、IFRS以上に企業経営に重要なインパクトを持つかもしれない。いっそ、このブログのタイトルも「統合報告を学ぶ」に変えようか!

 

 

さて、主な講演者名と、それぞれで最も印象に残った部分を簡単に記載する。

 

 国際統合報告評議会(IIRC)CEO Paul Druckman

 

統合報告によって企業行動が変わる。統合報告は、単なるコンプラ対策や制度対応ではない。

 

 一橋大学教授 伊藤邦雄氏(基調講演)

 

日本企業は統合報告で経営革新し、企業競争力3.0へ進化する。

 

 日本公認会計士協会 研究員 森洋一氏(フレームワークの草案の解説)

 

企業は、あらゆる経営資本を、企業理念と将来像を基礎にしたビジネスモデルへ投入し、管理(ガバナンス)する。その長期に渡る価値創造能力を統合報告へ提示する。その結果、投資家の行動を短期から長期へ変化させうる。

 

 ローソン IR室マネジャー 藤森このみ氏(パネル・ディスカッションのパネラー)

 

今年の8月期の統合報告公表へ向けて準備中だが、目標を決め、担当組織を作り、既存の組織に風穴を開け・・・というプロセスは、まさに、伊藤氏が説明した企業競争力3.0への進化へ向けた活動となっている。(他のパネラーの方々の話も面白かったが、代表で。)

 

 

何から説明したら良いのかとても迷うが、とにかく、大きなポジティブ・サプライズだったことをまず伝えたい。もし、僕の座席にガッテン・ボタンがあれば連打していたに違いない。最後には、聴衆の多くが惜しみなく大音量の拍手を送っていた。もし、司会の市村清氏(日本公認会計士協会常務理事)が、両手を上げて格好よくお辞儀をしていたら、「ブラボー」と叫ぶ人がいたかもしれない。僕は、伊藤先生にサインを求めたい衝動に駆られたが、ラフな格好で失礼になりそうだったので、代わりに著作を発注した。この方は、会計学者の枠に嵌らない経営に詳しい方のようだ。こういう会計学者がきっと世のため、人のためになると思う。きっと、僕と同じで、細則主義より原則主義が好みに違いない。著作を読むのが楽しみだ。

 

 

Druckman氏は、統合報告作成のプロセスで、経営が持続可能性への意識を高め、意思決定を変えていくと言われていた。統合報告は、一時点の企業の状況を説明する“静止画”ではなく、企業の将来像への道筋を描いていく“動画”であるということだった。多分、統合報告を作ろうとすると、短期・中期・長期にわたる企業の価値創造プラン(≒事業計画)を真面目に意識(=策定・実行)せずにいられなくなり、企業経営が社会にとってより良い方向へ改善される。すでに試行している企業の意見では、98%が企業の価値創造に対する理解が深まり、93%が他に何らかの改善があった(データ収集・管理、組織の縦割り、アナリストからの質問内容等)と回答しているという。

 

伊藤氏は、最もイノベーティブな国(=日本)の企業が持続的に低収益であるというパラドックスを解消するには、現在の日本企業の競争力のバージョンを2.0から3.0へ進化させる必要があるとし、そのために横断的・統合的発想と取組みが行える自律的全体最適化の経営モデルの達成しなければならないとした。

 

懐かしい言葉で言えば“大企業病”、十数年前の言葉で言えば“部分最適から全体最適へ”、要するにタコ壺化して風通しの悪くなった組織をなんとかしろ~、ということだと思う。まったく、その通りだ。

 

これって昔から言われていることなのに、ちっとも良くなっていない気がする。むしろ、悪くなっているのではないか。実は、欧米企業の方が余程真面目に取組んでいて(多分'90年代ぐらいから)、日本が取り残されている。(新興国企業は成長段階にあって、まだタコ壺の弊害が大きくなっていないかもしれない。) これは企業だけじゃなくて、政府組織も含め、社会全体にそんな感じがする。そんなことにハッと気づかされた。

 

経営者が「(会社として)価値創造する」と掛け声をかけているのは見知っているが、それをどう実現するか、その方法がなかなか分からなかった。単に会議体を設けるとか、巡回するなどしてもダメなのだ。あちこちで事業部や部門の利害が衝突して話が進まない。衝突を避ければ改革ができない。ところが統合報告は、硬直したタコ壺組織に風穴を開ける道具(ドライバー)になりえそうだ。なぜなら、共通目標を協働して実現させようという意識を持たせやすくなるからだ。そこではきっと、投資回収管理も役立つ。

 

 

ところで研究員の森氏が、フレームワーク草案を見てくれ、IIRCへ意見を提出してくれ、と強調されていたので、このブログにもリンクを付けて、みなさんにご紹介したい。(いずれも、日本公認会計士協会のお知らせページ)

 

IIRC 国際統合報告フレームワーク草案の公表(4/19付)

国際統合報告フレームワークコンサルテーション草案の仮訳の公表について(5/17付)

 

僕もできれば貢献したいと思うが、日本語でもよい? (監査法人時代に、海外子会社の外国人の監査人から僕宛に直接メールが来ることがあったが、僕が英語で返答しても、大体反応がないか、薄かった。特にジョークのつもりで書いた文章はことごとく無視された。文法はあってたと思うのだが・・・。センスか?)

 

2013年6月 6日 (木曜日)

253.【製造業】固定資産台帳の不吉な福音

2013/6/6

今日は66日。いつも記事を6時台にアップするので、この記事の誕生には、6 が3つ揃ってしまう。すると我々世代はあのオカルト映画の名作「オーメン」を思い出す。闇の王子ダミアンの誕生だ。もしかしたら、この記事は不吉な福音となるかもしれない・・・

 

 福音 : 減損しても固定資産台帳は修正しなくてよい。

 不吉 : もちろん、出自だ。こんなブログは怪しすぎる。

 

僕自身にダミアンの父、即ち「悪魔」の自覚はないが、まあ、この福音を信じる、信じないは、読み手のみなさんにお任せするしかない。

 

 

さて、僕の奇策にはAEの問題点があった(5/10の記事)。このうち、BDE は、主に資産管理単位の問題で、減損損失累計額に明細がないことに関連した。しかし、これらについては、経営上は個々の資産に注目するより、資金生成単位というビジネスの最小単位の資産をグループとして見ることがより重要で意味があるから、会計上はそのレベルで数字を把握していればよいとして退けた。そして残りの AC (減損後の減価償却計算)については、投資回収管理をベースにした事業計画があれば、容易に計算できるとした。

 

では、個別資産単位の固定資産台帳(=減価償却台帳)はいらないのか?

 

そんなことはない。一定規模以上の生産設備を持ち、設備の維持管理を担当する専門部署がある製造業では、その部署が詳細な個別資産の台帳をもっているが、そうでない会社は、固定資産台帳(=減価償却台帳)がその代りをしている。また、将来の見通しが明るいなど、ライフ・サイクルの終わりを意識する必要のない恵まれた事業では、個別資産から減価償却計算を積上げることになる。しかし、なんといっても必要となる理由は、税務計算だ。税務計算上はすべての個別資産ごとに減価償却計算が必要だ。税法準拠の耐用年数、残存価額及び減価償却方法で減価償却計算し、税務調査のときに調査官の机にど~んと積上げるあの台帳が必要になる。

 

 

5/16の記事で、次のような計算式を記載した。

 

  減損損失累計額の戻入= 固定資産台帳の減価償却費 -減損後の減価償却費

 

これは、次のように書き換えることができる。

 

  減損損失累計額の戻入= 税務上の減価償却費 -減損後の減価償却費

 

すると、次のような関係になることもお分かりいただけるだろう。

 

  減損損失累計額 = 税効果会計の将来減算一時差異

 

減損損失累計額とその戻入額は、税効果会計や税務申告書の作成にも、そのまま役立つことがご理解いただけると思う。

 

 

う~ん、ここまで来ると、次のような法人税法側の問題点にも触れざるを得ない。

 

 ◆ 繰延税金資産の回収可能性

 

法人税法上は、有形固定資産の減損会計に当たるものがない。したがって、減損損失累計額は上式のように一時差異になってしまうが、そのために繰延税金資産の回収可能性の問題が浮上する。その他の事業が好調で、会社が常に一時差異を余裕で上回るような課税所得を稼いでいれば問題はないが、そうでない場合は、繰延税金資産を回収できるか確実でないとして繰延税金資産を計上できない可能性がある。それは業績の変動を過度に増幅させることに繋がる。(まあ、減損損失がそのまま繰越欠損金になるような状況であれば、たいした違いはないかもしれないが。)

 

 ◆ 法定耐用年数より長い耐用年数を設定した場合の税務ディメリット

 

減損後の減価償却計算を行うにあたって、耐用年数を延長することは考えられるか? メンテナンスの工夫等によって更新投資を延期できるケースはあり得る。また、不幸にして稼働率が低い結果、物理的に長持ちする可能性もある。しかし、通常は、税務上の償却限度額が少なくなるようなこと(=課税所得が大きくなるので納税額が増える)、即ち、耐用年数の延長はしないと思う。会計上は、減価償却費の過大計上に繋がるので好ましくないが。

 

また、減損に関係ないが、新規投資を行う際に、税務上の耐用年数以上の使用期間を想定することは考えられるか? 或いは、既存の設備をより長く使用する明確な方針変更はあり得るか? いずれもあり得ると思うが、耐用年数を長く設定したり、延長することはあまり想像できない。税務上のメリットがないからだ。困ったことに、税務上得にならないような戦略・戦術は、経営上、積極的な検討対象になりにくい傾向がある。しかし、これでは経営の発想を縛るようで好ましくない。もちろん、会計上も好ましくない(投資回収管理をちゃんとやってる会社限定だが)。

 

減損を計上するような状況でも税金はしっかり取られる、とか、企業の創意工夫で資産の使用期間を延ばすとペナルティのように税金を取られる、というのは、課税の公平性とか、負担能力主義に照らして果たして適切と言えるだろうか? (アベノミクスの成長戦略で解決して!)

 

 

 

(重要な固定資産の移動・除却 ・・・ここで償却可能額だ!)

 

ちょっと話が逸れたが、もう一度固定資産台帳に戻る。というか、書き始める前は、このことを今日のメインテーマに据えようと思っていたのに、話が大きく逸れてしまった。残念だが、長くなるので、これについてはコンパクトにまとめたい。

 

僕の奇策だと、減損損失累計額は個別資産ごとの明細はなく、資産グループ単位の残高しかない。しかし、減損後にその資産グループの重要な資産を移動したり、除却したりする場合は、その重要な資産に対応する減損損失累計額が必要になる。僕は、固定資産台帳を個別修正しなくても、必要になったそのときに比例配分による計算をすれば良いと主張した(5/22の記事)。

 

これに対し、ちょっと疑念を持たれた方がいらしたのではないだろうか。減損後数年経ち、固定資産台帳の簿価も、減損損失累計額も、減損したときとは変わってしまっている。それなのに、いったいどうやって比例配分するんだ? 或いは、そのとき、そのときの固定資産台帳の簿価でアバウトに比例配分すれば良いということか? などと。違うのだ。何かを使うと正確に比例配分できる。これが償却可能額だ!(5/22の記事でも同じフレーズを使った。) 次の式を見ていただきたい。

 

 移動・除却する簿価 = 固定資産台帳の個別簿価 - 減損損失累計額の比例配分額⋆1

 

.                        現在の償却可能額⋆2

  ⋆1 減損損失累計額の比例配分額 = ―――――――――――――――――――

                     減損損失(= 減損時の減損損失累計額)

  ⋆2 移動・除却する個別資産に関する固定資産台帳のデータ。

 

 

簡単でしょ!

 

もし、対象資産が古く、すでに償却が進んでいれば、現在の償却可能額はゼロに近いので、減損損失累計額の比例配分額もほとんどゼロになる。逆に、減損時にまだ新品同然であって、いまだに償却が進んでいない資産であれば、減損損失累計額の比例配分額も大きくなる。直感的に、上式に違和感はないと思う。

 

しかし、分かり難いようであれば、「(個別資産の)減損時の償却可能額」を、分子と分母に加えて、下記のように「減損損失に占めるこの資産の償却可能額の割合 × この資産の減損時と現在の償却可能額の減少率」と考えてもらっても良いと思う。

 

      減損時の償却可能額      現在の償却可能額

  ⋆1 = ――――――――――― × ――――――――――――

.        減損損失         減損時の償却可能額

 

 

ということで、「あとからでも正確に比例配分できるなら、固定資産台帳を修正する必要はない」とご納得いただけただろうか。なんて素晴らしいアイディアだろうか! このことを多くの方が信じてくれて、固定資産台帳の個別修正は不要と考えていただけることを僕は信じたい。だが、それを周りの人に、そして監査人に上手に説明するのが大変だ。しかし、信じてしまったあなたはそれを語らずにいられない。困難にチャレンジするのだ。だが、それについては僕は関知しない。信じたその先は自己責任で・・・。(ん~、やはりちょっと悪魔っぽい。)

2013年6月 4日 (火曜日)

252.【製造業】減損後の減価償却方法~IASB公開草案「減価償却及び償却の許容される方法の明確化」の観点から

2013/6/4

今夜は、サッカー日本代表のオーストラリア戦。2014年ブラジルW杯への出場を決める大事な一戦だ。勝敗表を見る限り日本のW杯出場はほぼ決まりなのだが、ブルガリア戦の敗戦を踏まえ、ザッケローニ監督も選手も慢心を戒め結束を固め、士気を高めているようだ。期待が高まる。

 

 

さて、このところず~っと、減損や減損戻入の事務負担を如何に軽減するかということで、減損損失累計額勘定を上手に利用すれば、減損資産の個別簿価を修正しないことも考えられるのではないか、という提案について書いている。今回は、減損後の減価償却方法をどのように決めるかについて検討してみたい。

 

ここまで読んで、「減損で、減価償却方法が変わる?」と思われた方も多いかもしれない。しかし、減損の兆候がある状況とは、将来キャッシュフローで投資を回収できない恐れが生じているということだ。即ち、企業が投資回収管理に基づく事業管理をしているなら、事業の先行きに赤信号や黄色信号がともっていると認識した状況だ。ここで事業の立直しを図るなら、事業全般を基本に戻って再検討し、新しい事業計画を策定することになるだろう。だから、事業ライフ・サイクルの想定や、事業資産の使い方も変わる可能性がある。すると、耐用年数や償却方法も見直される可能性があるはずだ。

 

そして減損が発生していると認識された場合は、事業環境やその運営能力等々の重要な経営要素に、想定していなかった変動や不備があったという可能性がさらに高いはず。単なる兆候の場合より、見直しが入る可能性が高まっても不思議ではないと思う。

 

ところで、「減価償却方法」といえば、公開草案「減価償却及び償却の許容される方法の明確化」が公表され、4/2までコメント募集されていた(2013年の第4四半期にIAS16「有形固定資産」とIAS38「無形資産」の修正という形で、IFRSへ反映される予定)。ちょうど良いので、この公開草案を参考にしながら考えてみようと思う。

 

 

この公開草案のテーマは、「IFRSは収益ベースの減価償却方法を許容していないと、明確に表現すること」だった。その裏には、「収益ベースの減価償却方法」が誤解により使用されている状況があるとか、「収益ベース」と「消費ベース」の違いが分からない、といった問題提起があったのだろう。僅か数ページの短い公開草案だが、ポイントは2つだと思う。

 

 

 1.収益ベースの減価償却方法はNG

 

身近な例を挙げると、日本でしばしば見かける注記の書き方だが、「収益費用対応の原則により、定率法を定額法へ変更する」という表現は微妙な感じだ。例えば賃貸資産などで、「賃貸料収入が平均的・安定的に発生することを考慮し」などと記載されていたら、かなりヤバイ。収益ベースの減価償却方法と誤解される恐れがある。しかし、賃貸資産の使用状況が平均的・安定的に見込まれるということであれば、OKだろうと思う。

 

 2.定率法が妥当となるケースの明示

 

将来の販売価格の下落を予想している場合に、それが技術的・経済的陳腐化によるものであれば、定率法が妥当となる可能性がある。一方で、将来の販売数量の減少を見込んでいる場合は、生産高比例法がイメージされているようだ。

 

1の方については「なるほど」と思えても、2の方については、ちょっと違和感を感じられる方が多いかもしれない。実は僕もそうだ。例えば・・・

 

販売価格の下落も、販売数量の減少も、いずれも陳腐化が原因となりうるから、価格面と数量面をこのように区分する理由などなく、どちらも定率法で良いではないか。

 

日本では、生産高比例法は総生産量が合理的に見積り可能な、例えば埋蔵量が推定できる鉱山とか、飛行距離を限定できる飛行機やヘリコプター、走行距離による車両などにしかイメージされない方法だ。あまり使う機会は少ないように思う。そもそも、通常の製造設備など、総生産量を見積れるのか? 或いは、見積らなければならないのか?

 

実はこういうところに、微妙な、でも、重要なIFRSと日本基準の差があると思う。なぜなら、投資回収計画とリンクした事業計画であれば、販売価格や販売数量の推移の他に、総生産量などの予想もなされているはずだからだ。即ち、IFRSには、事業計画を眺めれば減価償却方法を決めることができるという前提があるように思える。

 

しかし、日本で良く見受けられる損益計画だけの事業計画であれば、そうならない。そういう事業計画なら総生産量の想定は不要だろうが、それでは投資回収は管理できない。そういう企業では投資回収管理がなされていない。(ただ、欧米企業が生産高比例法を多用しているかというと、僕も知らない。正直言って、実態は分からないし、理想論・規範論的なところもあるように思う。)

 

またその話か、と厭きられそうだが、僕には大事なところに思える。投資回収管理が、戦略的経営のベース、必要不可欠な経営インフラの一部と思うからだ。

 

この公開草案の結論の根拠(BC4BC5)を見ると、収益ベースの減価償却方法が容認されうる稀なケースとして、映画放映権(無形資産)が例示されている。映画放映権は、当初は多くの人に視聴されるが急速に需要が減少し、「広告収益が、視聴者数と直線的な関係を有する範囲で、視聴者数と同等のものとして役立つ可能性がある。」と書かれている。要するに、収益ベースの減価償却方法であっても、視聴者数による生産高比例法(=消費ベースの減価償却方法)と同じような結果をもたらすなら、容認しうるということだ。このように販売予想数量の変化は生産高比例法がイメージされている。

 

また、映画放映権は無形資産なので、最大生産量に物理的な制約はない。しかし、それを想定しなければ投資できない典型例だ。本質的には製造業の設備投資も同じで、一定規模以上の新規投資案件では想定されているはずだ。(但し、色々な製品を生産できるフレキシブルな製造組立ラインへの投資のように、現実は単純に生産量で表現できないことも多いとは思うが。)

 

そしてその直後(BC6)で、「予想される将来の販売単価の下落は、技術的又は経済的陳腐化・・・の結果として・・・、定率法を適用する場合に関連性を有する可能性があることを明確にする提案をしている。」としているので、予想販売数量と予想価格の変化の影響を、減価償却方法の選択において区別していることが見て取れる。

 

では、数量と価格の両方が減少・低下する場合は、どの減価償却方法を適用すればよいのか? それについては記載がない。記載のないことは、企業の実情に合わせて(=どちらの要素が資産の消費パターンに重要な影響を与えるかとか、より明確に予想可能なのはどちらか、などで)判断することになる。

 

 

さて、以上は、この公開草案による減価償却方法の決め方の一般論だが、この記事のテーマは、減損後の減価償却方法の決定方法だった。でも、その場合も大差ないと思う。むしろ、すでに数年間事業を行い、色々苦労をしてる分、新規設備投資案件より具体的な想定をしやすいのではないだろうか。

 

一つ注意が必要なのは、テール・ヘビーな(=後へ行くほど生産量が増えるような)事業計画は想定しにくいことだ。いや、現状を大きく改善するための事業計画だから、追加的な投資によって良い将来像が描かれることも当然ありえる。しかし、償却方法が適用されるのは、その追加投資が行われてない現状の資産だ。しかも、減損テストの見積りには、現状の機能を改善又は拡張するような追加投資を見込むことはできないから(IAS36.44)、それと整合させるのが合理的だ。したがって、事業計画から追加投資のような“将来事象”を取り除き、消費パターンを認識することになると思う。その結果、定額法か、定率法か、或いは、徐々に逓減するような生産高比例法といったものが選択されると思う。

 

 

もし、この公開草案に興味を感じて読んでみたいと思われた方は、次の言葉遣いに注意されると読みやすいと思う。

 

 ◆「経済的便益が資産から創出されるパターンを反映するもの」

これが上記の「収益ベース」であり、減価償却方法としては否定されている。

 

 ◆「経済的便益の予想消費パターン」

これが上記の「消費ベース」であり、これによって、減価償却方法を決めるべきとされている。

 

日本語版も、IFRS財団のHPに掲載されている。ちなみに、以前(4/16の記事)も書いたが、日本語で「定率法」と訳されているものの原語は、「The diminishing balance method」であり、日本でいう「定率法」より幅が広いように思われる(但し、英文会計に詳しい人からは、一笑に付されるかもしれない)。

 

2013年6月 2日 (日曜日)

251.ちょっと寄り道~市場価格

2013/6/2

東京株式市場では株価が暴落している。ちょうど良い機会なので、市場価格なるものが一般に思われているほど頼りがいのあるものではないことを書いてみたい。しかし、僕は市場価格や会計における時価評価を否定しようというのではない。頼りがいはなくても現時点では市場価格がベストなので、頼りないということをみんなが理解しながら、使えるところに使っていくのが良いと思っている。

 

さて、日経225を見ると5/22終値に対し5/30終値では13%の下落となり、5/31は持ち直したものの、まだ調整は続くらしい。これからどうなるかが多くの人たちの関心事だ。そんな時に、今後の株価の動向について、予想めいたものを書く。但し、それは株価という市場価格の特徴を示すためのものであり、僕には株価を読む能力などないので、上がる・下がるについては、あまり気にされないようご注意いただきたい。

 

 

みなさんも、新聞等でご存じのように、昨年11月末からずっと円安・株高がほぼ一本調子で続いてきた。外国為替にしても株価にしても、市場価格の変動には解説が必ず必要で、解説で正当化できない場合は、行き過ぎた相場であるとか、バブルなどと言われる。では、今回の円安・株高を正当化してきた理由とは・・・

 

 ◆ 日本経済の構造的変化(貿易収支・経常収支に現われている)

 ◆ 日銀の金融緩和(アベノミクス、インフレ期待の高まり)

 ◆ 米国経済離陸の兆候(FRBQE3縮小のタイミング)

 

貿易収支の赤字、経常収支の黒字縮小が定着してきて、そろそろ円相場の方向が変わるのではないか、という雰囲気があったところへ、米国失業率改善の兆しや野田首相による衆院議員解散がショックを与え、一気に、円安へ、そして円安なら輸出企業の業績回復が日本経済全体に良い影響をもたらすとして、株価も上昇を始めた。総選挙は自民党が勝利し、アベノミクスも次々に矢が放たれ、黒田緩和とか、黒田バズーカと呼ばれる日銀の質的・量的緩和も行われた。この間、米国失業率の低下は、FRB(米連邦準備理事会)のQE3(量的緩和第3弾)の終了時期を早めることから米国金利の上昇を引起すとされ、円安・日本の株高をサポートするものとされてきた。

 

5/23に東京株式市場の株価が暴落したということは、これらの要因が変化したのだろうか?

 

 

きっかけは、HSBC(英国系金融グループ)の公表する中国製造業購買担当者景気指数(PMI)が7か月ぶりに49.6と、市場予測を下回り50を切ったことだった。それが香港市場経由で東京市場へ入ってきた。特に、東京では株価大暴落。しかし、その後は(中国のPMI50を少し切ったぐらいで東京の株が暴落するはずがないから、)日本時間の前夜に行われたFRBバーナンキ議長の議会証言が理由だとする解説が増えた。

 

しかし、バーナンキ氏の議会証言には、2つの見方があるようだ。1つは従来と何も違うことは言ってないという見方、もう一つは9月ごろからQE3の縮小を始める可能性を示したという見方。僕のイメージでは、前者の見方をする人は議会証言の一言一句を正確に見ていて、後者の見方をする人は、最近の比較的良好な米国の経済指標や他のFRBメンバーの最近の講演から独自の“読み”を加えたり、米国の有名解説者の意見などを伝えている気がする。

 

まあ、どちらであっても、本来はバーナンキ発言で東京の株が暴落するはずはない。なぜなら、前者の何も新しいことを言ってない、ということなら相場に影響ないはずだし、後者の金利上昇の可能性を示唆した、ということであったとしても、それなら円安になるのではないか。むしろ、株価の上昇をサポートするはずだ。

 

では、なぜ暴落? どうやら理由は2つあるらしい。

 

一つ目は、この数週間の東京株式市場の上がり方が異常であり、そこにバブルがあったというもの。もう一つは、バーナンキ発言が投資家の弱気(リスク・オフ)を惹き起こしたというもの。この2つが重なり合って、東京だけ株価が暴落したということらしい。(欧米市場等はそれほど下落してない。)

 

今後についての大勢の見方は、上記の3つの円安・株高の理由に変化はなく、日本経済のインフレ率、成長率が高まるという期待が維持されているので、暫く株価は乱高下するものの、そろそろ落着くはず。その後はより緩やかな上昇軌道が回復する、というものだ。但し、アベノミクス第三の矢である成長戦略がその期待を支えているので、6月半ばに取り纏められるものに注目が集まっている、という。

 

 

さすが、マーケットは金融緩和だけでなく成長戦略も見ていたのか! やはりそれが大事だな!! と共感するし、感心もするが、ちょっと待て、という気もする。確かに、日本中心に見ていればそうなるが、もっと引いて眺めて見た方が良いのではないか、という見方もちらほらある。

 

米国の投資家は、日本の成長戦略よりFRBQE3の行方の方が気になっているのではないか。レバレッジをかけて多額の負債を調達して投資を行っている投資家にとって、金利の上昇はコストになる。また、米国市場はこのところ史上最高値を更新してきたが、企業業績改善という実態を伴う上昇ではなく、金融緩和によるカネ余りの株価上昇だった。そのためQE3の縮小が見込まれると、米国の株価が崩れるのではないか。米国で損失を抱えるか、抱えそうな投資家の資金は、急速に日本市場から流出していくのではないか。いま、ちょうど投資資金の巻き戻しの途中にあるのではないか。

 

来週発表される米国の失業率は、この意味で大変注目される。改善される、或いは、比較的良好な状況を維持する、と予想する人が多いようだ。しかし、問題は失業率の良否ではない。良い失業率が円安・株高につながるのか、それとも逆に円高・株安になるのか、だ。

 

もし、従来の「米国失業率改善⇒円安・株高」が継続しているなら、今の大勢の見方のように、日本の株価も、早々に調整局面を脱することができるかもしれない。

 

しかし、米国失業率が改善されると、QE3の縮小観測による金利上昇がより強く意識され、従来とは逆に円高・株安に強く振れるかもしれない。即ち、「米国失業率改善⇒円高・株安」だ。今度は日本より米国の株価の方が下げがきつくなるかもしれないが、日本でも煽りを食ってまだ下げるかもしれない。すると、調整局面は継続される。

 

注目の第三の矢である成長戦略も、今のところ参議院選挙前は痛みの少ないものしか取上げられないと予想されているので、マーケットの評価は低く、6月中旬以降も調整局面が継続する、とも考えられる。

 

 

さて、みなさんはどちらのストーリーを支持されるだろうか。或いは、もっと違うストーリーを予想されているかもしれない。しかし、考えれば考えるほど分からない、先のことは。

 

分からないけど、一つ僕の印象に残るのは、市場価格って信頼していいの? という疑問だ。みなさんはそう思われなかっただろうか。こんなに乱高下していても、そのとき、そのときの企業価値として正しいのだろうか? 企業価値ってそんなに上がったり下がったりするものなのか?

 

市場価格には、バブルを含むなど完全でないと批判があることは、以前このブログでも石川教授の意見として紹介した(2011/7/10の記事)。今回の大暴落プロセスを辿っていくと、大暴落したからバブルがあったと分かるのであり、5/23以前は、「グレート・ローテーション」などと言って、債券市場から株式市場へ資金がシフトして株価上昇が加速したとか、企業が業績予想の前提となる為替レートを慎重に見過ぎているので、それを補正すれば急上昇の株価を正当化できるなどという解説もされていた。しかし、これらの解説は、暴落後は聞かれなくなった。僕はこれらの解説が間違っていると言っているのではない。むしろ、今もリアリティのある説明だと思っている。ここで大事なのは、事前に分析・解説されていた内容とは全く違う要素で、5/23の株価が大変動したことだ。

 

なぜ、5/23に限って、QE3の縮小観測が株価の下落を引起したのか。それまでQE3の縮小は、円安・日本の株高の支援材料だったのに。そもそも、QE3と企業価値がこんなに強い相関関係を持って良いのだろうか? それは、米国投資家の気の迷いとか懐事情に過ぎないではないか。多くの個別の企業とは何の関係もない。

 

 

 

しかし、こんな怪しい市場価格でも、会計上の見積りとして他に勝るものはない。なぜなら・・・

 

 ◆ 市場の価格形成の仕組み(客観性)

 

市場価格の形成に、特定のプレーヤー(例えば経営者)が大きな影響力を行使できる状況でない限り、市場価格には客観性がある。市場には、様々な考え方の投資家が参加しており、それらの意見・期待・予想が集約されて価格形成される。例えば、株式市場であれば、主に企業研究で投資先を決める長期投資家、マクロ経済指標の変化に着目する短期投資家、単に値動きに反応するだけの超短期投資家など、色々な見方をもった投資家が市場に参加する結果、様々な要素が考慮されて価格形成される。

 

 ◆ キャッシュ・イン・フローを実現できる価格(確実性)

 

もし、そのとき売りに出していれば、恐らく市場価格付近で売却できていただろうから、キャッシュ・イン・フローを見積るのに、最も的確、可能性の高い価格である。

 

要するに、株価は、その時々の需給の結果決まるものであり、ときどき激しく変動する。したがって、必ずしも企業価値を正確に反映したものでないが、客観性と確実性の点で他に勝る方法がないので、市場価格のあるものは優先してそれが使用されている、ということだと思う。

 

したがって、株価があまりに企業価値とかけ離れ、客観性・確実性というメリットをディメリットが超えるような場合や、市場の価格形成に問題があってメリットであるはずの客観性・確実性が十分でない場合は、会計上、株価に修正を加えることもあり得るはずだ。

 

しかし、それは極めて限定的な場合のみであり、IFRSを逸脱するほどの覚悟が必要になる。いや、実際にはこのような問題の存在を客観的に証明することは困難だから、理屈上はあり得ても、現実は無理かもしれない(監査人もOKしない)。例えば今回の株価の大暴落の前後に決算日を迎えたとしても、修正・調整された株価が株式評価に使用されることはないだろう。

 

むしろ、財務諸表の読み手に、市場価格による評価は完全ではないし、時には大きく外れることさえあると普段から教育しておいた方が良いと思う。評価損益は有益な情報ではあるが、事業利益の情報とは、自ずと価値が異なる。「事業損失を評価益でカバーした」などという財務諸表の読み方は、正しくない。

 

或いは、本当に、一国の経済全体に影響するほどの重大な問題があれば、いち早くASBJやIFRS財団の東京事務所が動いて、IFRSの解釈や運用を明確化する体制も整えておくべきかもしれない。リーマン・ショックのときは、サルコジ大統領がIASBにプレッシャーを与え、IASBが正式な基準改定手続に依らず金融商品の評価規程を変更したことがあるが、今後も、そういう要求がなされるかもしれない。これはIASBのガバナンス問題として取り沙汰されているが、市場価格が完全ではないことを踏まえ、事前に対応方法を整えておくことの方が、適切な対処かもしれない。例えば、最近の世界的な金融緩和は、そういう要求を起こさせる可能性を高めているかもしれないし。

 

 

さて、5/28の記事では、株式市場価格を見積りと書き、日経225のその時点での下落幅10%程度なら見積りの精度としては良い方、とも書いた。市場価格の中にはもっと変動の激しいものもある。例えば、レアメタルの一種は、中国の輸出制限で価格が数倍に高騰し、その後は需要の低下から逆に暴落したという。株式の個別銘柄の変動幅が、日経225より大きいこともざらにある。今回は、そんなことに対する私見を書いてみた。

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