342.DP-CF32)会計上の不確実性~FacebookのWhatsApp買収
2014/2/27
世界最大の交流サイトを運営するアメリカのフェイスブックは、スマートフォン向けアプリ「LINE」のライバルの「ワッツアップ」を日本円で1兆9000億円余りで買収すると、米国時間の19日に発表した。ワッツアップの利用者は、世界全体で4億5000万人に上り、ライバルの「LINE」と同様にこの分野で急成長を続けている。買収の目的は、ワッツアップの成長の勢いを取り込んで携帯端末向けの事業を強化すること。 フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEO=最高経営責任者は、「ワッツアップは、いま、利用者を10億人に拡大する過程にあり信じられないほどの価値をもった企業だ」と話している。(以上、NHK ホームページの 2/20 のニュースより抜粋)
今回は、このM&A案件を題材に、自己創設ののれん・無形資産の資産計上について考えてみたい。もしかしたら、自己創設を議論するのにM&A案件を題材とするのはおかしいのではないかと思われるかもしれない。しかし、IASBが会計上の不確実性への言及を資産等の定義・認識規準から削除する先には、M&Aの場合(IFRS3号)と同じような資産計上の方法を自己創設の場合にも適用することが、僕には想像される(のれんは除く)。したがって、この案件でフェイスブックの連結財務諸表に計上されるであろうワッツアップ関係の資産(のれんを除く)に着目することは、IASBの目論みが、企業経営にどのような影響を及ぼすかを想像するのに役立つと思う。ちょっと強引だが、まあ、思考実験ということでご勘弁願いたい。
ワッツアップの昨年の売上は、約 2000 万ドル(100円/ドル換算で 20 億円)で黒字決算だという。黒字とはいえ、従業員 50 人程度の売上 20 億円の会社に、その 1000 倍の約2兆円の評価をつけるというのは驚きだ。(僕には、あのオリンパス事件の手口を思い出させる。・・・過去の財テク失敗などの隠蔽工作のために、国内ベンチャー企業や海外企業の買収額を過大に評価・支出することで、1000億円を超える簿外資金を捻出した。多くの人は、もう忘れてしまったかもしれないが。)
常識的には、売上の 1000 倍の企業買収額などありえない。しかも、グーグルと争って値段が吊り上ったという話もある。グーグルは 100 億ドル(同1兆円)を提示したらしい。ちなみに、2006 年にグーグルがユーチューブを買収した金額はわずか 16.5 億ドル(同1650 億円)。「これは高過ぎる」と思う人がたくさんいても不思議はない。
ところが、フェイスブックの株価は発表当日は下げて始まったものの、直ぐに上昇に転じてその後も順調だ。買収資金の支払は現金が 40 億ドル(同 4000 億円)、あとは 120 億ドル(同 1.2 兆円)の株式と 30 億ドル(同 3000 億円)の制限付き株式を交付する。ということは、株価は、このとんでもない買収評価を(とりあえず)認めるだけでなく、株式希薄化の悪影響さえも飲み込んで吸収してしまった。フェイスブックを分析対象にしているアナリスト 44 人のうち、37 人が「買い」、若しくは「強い買い」を推奨したという(ロイター 2/21)。
さて、フェイスブック社は、この買収資産をどのように会計処理するだろうか。それを考えるには、ワッツアップ社の資産(・負債)の情報が必要だ。しかし、そういう情報はなかなか見つかるものではない。とはいえ、どうやらワッツアップ社は、入居したビルに看板も出さないほどの質実経営の会社らしい。だから、無駄な資産はなく、そのほとんどはソフトウェアや開発・運営用のコンピュータ機器に違いない。ということは、2兆円のほとんどは「のれん」だ。(どうやって減損テストをするのか、実に興味深い。金を払ってでも見てみたい。)
しかし、この会計上の不確実性シリーズで焦点を当てたいのは、巨額の「買取のれん」ではなく「無形資産」の方だ。例えば次のようなものがあるだろう。わずかだろうが。
・一般より有利な価格・条件のリース契約(不動産賃貸などのオペレーティング・リースを含む)
・規制当局などより認められた特権的な営業条件、外部との契約
・売却可能なノウハウや研究、データ
・顧客名簿
僕の経験では、質実経営の会社というのは、契約条件を検討する際に非常にしたたかだ。取引の本質をわきまえていて、妥協すべきところと主張すべきところを良く知っている。相手の欲しいもの、譲れない条件を踏まえたうえで、自分に有利な条件を相手に認めさせていく。そのため、無形資産に計上できるような有利な契約や、行政との取り決めなどもあるに違いない。ただ、この場合は、たいした額にはならないだろう(のれんが大き過ぎるので)。
IT企業は質の良いコンピュータ・プログラムが命だが、50 名という少人数の企業でも、デバックやメンテナンスをしやすいようなプログラム・コードを作成する共通ルール、社内で共有し繰返し使用できる汎用的なモジュール、ワッツアップ・サービスの運用ルールなど、色々な社内ノウハウがあるに違いない。ただ、外部に売却可能なものは、意外とないかもしれない。特定の環境、即ち、ワッツアップ社でなければ役立たないようなものが多いと想像されるからだ。ちょっと考えれば他の人でも考え付きそうなアイディアが基になっているようなものも、売却可能とはされないだろう。
CIA元職員のスノーデン氏の暴露により問題になったユーザーの通信記録のデータは、ワッツアップのサーバーには残らないと創業者などが言っているらしい。ワッツアップは、フェイスブックやツイッターのような広告がないのが売りなので、ユーザーの行動記録のようなものは、事業上あまり必要ないのかもしれない。したがって、売却できるような行動記録のデータもないかもしれない。
最後に顧客名簿(ユーザー・リスト)だが、これはちょっと具合が違う。価値があるかもしれない。といっても、1.9 兆に比べればたいしたことはない。
フェイスブック社が買収後にこのユーザー・リストを利用して、フェイスブックのサービスへ勧誘するかもしれない。但し、それにはワッツアップのユーザー規約(セキュリティー・ポリシー)が、親会社等への情報提供を可能にしていなければならないだろう。残念ながら、僕はユーザー規約を読んでいないが(英語らしい)、秘守義務に例外規定があって、それができるらしい。しかし、その勧誘でフェイスブックのユーザーになるような人は、もうなっているのではないか。まだなっていない人には、プライベートを公表するのが趣味じゃないとか、広告が嫌いとか、何か理由があるような気がする(僕はフェイスブックを殆ど利用していない。あの中年男性をターゲットにした広告は、あまりおおっぴらに画面に出したくない)。
とはいえ、できるものは価値評価が必要だ。それには、フェイスブックと重複するユーザー数を除いた人数に、期待利益単価や新規ユーザー登録の確率を乗じて計算するのだろう。僕にはその計算はできないが、恐らくその評価額には上限がある。そちらの方なら大雑把に想像できる。
フェイスブックは、勧誘メッセージを発信したらユーザー・リストの評価額を費用計上するだろう。恐らく、勧誘メッセージ以外にフェイスブックがそれを利用する機会がないと思うからだ(もし、ワッツアップが創業の精神を捨ててフェイスブックの広告配信を受入れるとすれば、それはシナジー効果なので、のれんの一部となるから、そのような利用方法はここでは対象外)。
だとすれば、新規ユーザー開拓費用として利益で負担できる金額が上限になるはずだ。フェイスブックの 2013 年 10-12 月期の売上は約 26 億ドル(同 2600 億円弱)、純利益は 5 億ドル(同 500 億円)、月間利用者は12億人だ。多分、Max 4.5 億人の名簿に 1000 億円は払わないだろう。重複ユーザーもいるし、勧誘メッセージを受取った全員がフェイスブックのユーザーになるわけではないから。仮に 1000 億円だとしても、1.9 兆円の 5% 強に過ぎない。(ちなみに、電話番号が流出した場合の日本に於ける補償額は、1件あたり 5000 円という判決があるらしい。ワッツアップのユーザー登録には電話番号が必須だが、ユーザー規約に認められた情報提供であれば、この金額とは比べられない。)
ということで、フェイスブックはこの買収の結果、次のような仕訳を起こす。
借) |
諸資産 |
少々 |
貸) |
諸負債 |
少々 |
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一般より有利な契約等 |
少々 |
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現金 |
4000億円 |
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ユーザー・リスト |
Max 1000 億円 |
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資本 |
1.5兆円 |
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のれん |
Min 1.8 兆円 |
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今回はもうだいぶ長文になってきたので続きは次回としたい。上記のうち、自己創設の場合は、IASBものれんの資産計上を否定している。そこで、その他の自己創設の無形資産を認識することが、経営にどんな影響を与えるかについて、上記を参考にしながら考えたい。
なお、この記事を書くにあたって参考にした主な情報源は、次の通り。
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(有料記事) |
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(無料記事) |
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2013/9/26 |
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