344.DP-CF33)会計上の不確実性~立ち上る黒雲
2014/3/5
どんよりとした雲がにわかに空を覆い始めた。いや、もともとシリアやエジプト、中央アフリカ、東シナ海や南シナ海、朝鮮半島など、あちこちに雲はあったが、ウクライナに立ち上った雲は密度が高く日光を遮り、空全体を暗くしたようだ。しかし、そんな気分に一筋の光が差した気がした。次の記事だ。
W杯観戦の日本人をブラジル日系団体が支援(3/3 日経電子版 無料記事)
ブラジルワールドカップ日本人訪問者サンパウロ支援委員会(公式HP)
1908 年に初めての移民船「笠戸丸」が日本から出航し、その後、13 万人がブラジルに渡った。いまや、日系人は 150 万人に達しているとされている。日本人移民や日系人は、ブラジルの発展に大きく貢献し、「勤勉で信用できる」と高い評判を得ているという。ブラジルでは、日本或いは日系人のブランド、のれんの価値が非常に高い。
しかし、元々日本人は、貧困から脱出するために、ブラジルに渡った。しかも、そのブラジルで待っていたのは、“奴隷の代用”としての待遇だった。第二次世界大戦のときには日本語による出版や新聞の発行は禁じられ、一部は強制移住させられ、さらには、移民同士の内部抗争もあった(日本の敗戦を信じない“勝ち組”とそうでない“負け組”の血の抗争。日本語による情報がなかったため、日本語しか分からない世代にこのような混乱が生まれた)。そんな苦難の歴史の末に勝ち取ったのが、この「のれん」だ。(以上は Wikipedia の「日系ブラジル人」を参考にした。)
上記の記事は、その「のれん」の価値の一端が垣間見られるような気がする。(W杯へ渡航する)日本人の立場を慮ってくれる日系団体の優しい心遣いが感じられるが、そこに日系人が信用される一面が現われているように思う。
さて、このシリーズでは、ASBJのコメントに刺激を受けながらIASBの「不確実性に関する言及を、資産等の定義や認識規準から削除する。資産等の認識に関する重要性の判断を企業に任せない」という提案について、検討している。前々回(2/25 の記事)では「M&Aのときと同様に自己創設無形資産を資産計上することの経営的な意味」に焦点を当てる方針を決め、前回(2/27 の記事)では、それを受けた事例として「Facebook による WhatsApp 買収」を取上げ、その会計処理を想像した。今回は、その経営的な意味を検討することになる。
要するに、「経営的に価値のない会計処理、即ち、開示のためだけに行われる会計処理には信頼性がない」と僕が考えているので、自己創設の無形資産を資産計上する会計処理が、経営的に価値があるか、役立つかについて考えたいということだ。最終的には、それを踏まえて、会計上の不確実性の定義や認識規準での扱いに、僕としての結論を出したい。
まず、前回の分析のポイントを要約してみよう。
・買収額のほとんどは WhatsApp の「のれん」であり、「その他の無形資産」に計上されるのは、顧客リストが Max 1000 億円と一般より有利な契約等が少々であった。
(これはあくまで、 WhatsApp 買収に際して、Facebook 社が行うであろう会計処理を、僕がラフな想像したものであり、実際には異なるかもしれない。)
では、もし、IASBが自己創設の無形資産についても、M&Aのときと同様の会計規準を設定したらどうなるだろうか。WhatsApp 社自身が、「顧客リスト」と「一般より有利な契約等」を資産計上するだろうか。もし、これらの資産を計上できるなら、少なくとも財務面で大きな助けになりそうだ。資金調達が容易になる。
まず、「顧客リスト」について。
僕の考えでは、これは資産計上されない。これは、買収して親会社になる Facebook 社のみが購入できる資産であり、WhatsApp 社が一般に販売できる情報ではないからだ。もし、WhatsApp 社が一般に販売しようとしても、恐らくユーザー利用規約に反するだろうし、仮に反しないとしても、そのような情報(ユーザーの電話番号)を勝手に販売されたとユーザーが知れば、このサービスから去っていくだろう。要するにそんなことをすれば、WhatsApp 社の事業が成り立たない。識別可能で、公正価値も見積れるが、事業と分離して販売することはできない。
また、公正価値の見積りにしても、Facebook 社だから 1000 億円出すかもしれないのであって、他の企業であればもっと違う値段をつけるかもしれない。例えば、競争相手の LINE 社なら、(資金調達できれば)もっとたくさん出すかもしれない。LINE 社が弱い欧米地域のユーザーが多いし、市場での競争上の地位を確固たるものにすることができる。或いは逆に、WhatsApp 社の広告なしの事業モデルに価値を感じているユーザーが多いとするば、LINE 社にとっては、それほど利用できる価値はないかもしれない。
そもそも、WhatsApp 社が LINE 社の希望買取価格や資金調達能力を知りえようか。それは想像するのも難しい、きわめて個性の強い値段であるような気がする。LINE 社が買い手になると仮定して良いのだろうか。もし良くないとすると、買い手のビジネス・モデルや1ユーザー当たりの収益性、新規ユーザーの獲得へ結び付けられる確率、資金調達能力等によって、個々の買い手企業の評価額は変わってくる。
また、恐らく、WhatsApp 社が特定の買収案件と関係なく自己創設の顧客リストを評価するのは無理だと思う。第三者に鑑定を依頼したとしても、売買される名簿は闇取引が多く、公正価値の定義に合うような評価ができるか疑わしい。
僕の結論としては、WhatsApp 社の「顧客リスト」は、M&Aを前提としなければ販売可能資産にならないので、自己創設の場合は資産計上されないということになる。また、公正価値を見積るにあたっては、実際には買うか買わないか分からない会社を勝手に購入者に想定し、その個性も想像して、それらを見積り上の仮定に反映させることになる。公正価値は市場取引ベースというが、「そこまで想像上の取引相手に勝手に個性を与えて良いのだろうか」という疑問が僕にはある。(勉強不足でIFRS13号「公正価値」は、まだよく読んでいないのだが。)
次に「一般より有利な契約等」について。
こちらは計上されると思う。ただ金額的には「少々」のレベルであり、財務的には大きな助けにはならない可能性が高いと思う。とはいえ、資産計上できることで、個々の契約に際して、多くの企業が従来以上にその内容や方法を真剣に検討するようになるかもしれない。いわゆるコスト意識が高まる可能性がある。
例えば、会社の借上げ社宅契約について考えてみると、まとまった件数を一括して契約することで、一般的な契約条件より礼金(や敷金・保証金の不返済分)をディスカウントできるかもしれない。ただ、それが一般化すれば、「一般的より有利な条件」を失うため、「資産計上できる」というメリットは失われる。しかし、キャッシュ・アウトが減るので経営の助けになる。これは重要なメリットだ。(もちろん、立場を変えればディメリットもある。個人大家さんとの直接契約は減少して、そのような条件を提示できるエージェントや多数の物件を持つ大規模な不動産会社がシェアーを伸ばしていく可能性がある。市場環境・慣行に変化を及ぼす。その結果、個人の大家さんの経営は厳しくなるし、社員が自分で自由に住いを選ぶ機会を失うかもしれない。)
しかし、そういうメリットがあっても、僕は実務的に心配だ。「礼金が少ない分家賃が高い」ケースをどうやって識別するのか。家賃には、広さや利便性以外に、階数、日当たり、間取り、土地柄など様々な要素がある。また、礼金が多い・少ないなどの取引慣行に地域性もあるし、その慣行(一般的な取引条件)自体も、時と共に変化するだろう。そうすると、(礼金を考慮したうえで)家賃が一般より高いか低いかを厳密に判断するのはかなり難しそうな気がする。重要性を作成者(=企業)が判断できないので、少しでも一般より有利と結論されれば、その契約は経済資源を生み出す能力があることになり、資産として認識される。このため、企業には厳密・精密な判断が求められると思うが、果たしてそれは可能か。正しい資産の識別ができるだろうか。やはり、重要性の判断を企業に任せる必要があるのではないか。
これは現行のM&Aの会計規準でも同じ状況があるが、現在は、作成者(=企業)が重要性を判断することができる。そこが違う。
僕は、コスト意識を高めることの重要性と、それを浸透させる難しさに悩む経営者の両方を知っている。もし、「一般より有利な契約等」の評価がコスト意識を高めることにつながるなら、それを実現するために何かをやる価値があると思う。しかし、それが公表する財務諸表の資産計上と結びついている必要があるか。即ち、厳密な方法が必要かどうか。やるなら、財務会計と切り離された簡便的な方法でもよいのではないか。
最後に「売却可能なノウハウや研究、データ」について。
このシリーズの前回では、「売却可能なノウハウや研究、データ」について計上するものはないとしたが、それは、僕が想像する WhatsApp 社がそうであるだけで、一般に該当する話ではない。むしろ、これらは経営にとって非常に重要な項目だ。もし、ノウハウなどを一定の方法で評価できれば、経営にとっては非常に有用なツールになるかもしれない。これらを第三者にも分かりやす形で蓄積し、継承し、さらに発展させることの重要性を、具体的に分かりやすく社内に理解させ、浸透させることができる。特に、各企業の経営理念や行動規範に結び付けられるような形で評価できると、経営に与える効果はとても大きいと思う。社内の意識を企業価値を高める方向へ向けやすくなる。
但し、これも、個々の企業によって個性があるので、多数の企業が採用する会計規準に落し込むことは難しそうな気がする。しかし、健全だが特別な嗜好性のある買い手を適当に想像して、その買い手がどのように評価するか、という程度のことなら可能かもしれない。ただ、そのような見積りを公正価値として扱うことが可能かどうか。
ということで、以上についてまとめてみると、次のようになる。
無形資産に注目することは経営的なメリットが大きいが、会計規準を開発したり財務会計に関連付けることは、次の点で困難があると思われる。
・資産(又は負債)の認識に関する重要性の判断をIASBのみが行う(=企業は行えない)とする点
・公正価値を見積る際、どこまで“仮定”が許されるか(勉強不足で)明確でない点
後者については、IFRS13号「公正価値」に記載があるかもしれないので、次回はそれを見てみたい。IASBは、不確実性は測定の問題と主張しているので、IFRS13号が不確実性をどのように扱うかにも興味がある。しかし、少なくとも前者については、現時点においても、IASBの提案には問題があると考えてよさそうだ。
なんとなく僕は「IASBのみが資産や負債の認識における重要性を判断する(但し、注記については企業の判断を認める)」というこのディスカッション・ペーパーの提案には、クリミアに立ち上った黒雲のような強圧的なものを感じていた。(IASBはロシアなのか?)
しかし、もしかしたら黒雲の向こうには、従来会計では扱えなかったゆえに経営者の悩みとなっていた、企業自らの強みや弱みの評価、企業自身が持つ無形の価値を把握するヒントがあるのかもしれない。即ち、自己創設のれんや自己創設無形資産の形が見えるのかもしれない。さらには、多くの日本企業が苦手とされる“ブランディング”を上手に行うヒントがあるのかもしれない。(いや、IASBはブラジルの日系団体なのか?)
どうも、カギは公正価値を見積る際の“仮定”にありそうだ。こう考えると、IFRS13号を読む楽しみが俄然増してくる。(が、このシリーズはまだ続く。)
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