350.DP-CF38)公正価値~公正価値の定義と評価技法
2014/3/20
プーチン大統領はクリミアのロシア編入を決めてしまった。ロシアは 18 日、米国やEUから突きつけられた制裁をよそに、クリミア自治共和国を併合する条約に署名した。早い! それに比べてこのシリーズの進み具合は・・・。
このブログは実にマイペースだ。しかも今回のタイトルも、驚かれたか、呆れた方が多かったと思う。「いまさら定義か!?」と。しかし、すでに重要な要素を説明済みで、それらが定義とどういう関係にあるかを確認するためなので、ご容赦いただきたい。ということで、過去数回分の流れをざっと振り返ってから定義へ入りたい。記憶に自信のある方は、定義の段落まで、飛ばしていただいても良いかもしれない。
(過去数回分の流れ)
まず、2/27 の記事で WhatsApp 社の買収に係る Facebook 社の企業結合会計による仕訳を想像し、どのような項目にどのような価値がつくかを記載した。その結果、Facebook 社の連結財務諸表に資産計上されるのは、一般より有利な契約等が少々、ユーザー・リストが最大で 1千億円、のれんが 1.8 兆円ぐらいということになった。
次の 3/5 の記事では、IASBが無形資産の資産計上をさらに推し進めるとすれば、企業結合会計と同じような規準になると想像し、想像の上にさらに想像を重ねてみた。その結果、自己創設のれんや顧客リスト(=ユーザー・リスト)は資産計上はされないが、一般より有利な契約等や売却可能なノウハウや研究・データについては、資産計上されると予想した。但し、公正価値を計算する際の仮定の置き方が難しく、また、財務諸表作成者(=企業)が重要性の判断を行えないのは問題がありそうだ、とした。
3/7 の記事からは、IFRS13号「公正価値」の検討に入った。この回では、“市場参加者の仮定”に含まれる外部者の目線が、経営戦略や事業計画策定に役立つかもしれないと、僕の希望的観測を書いた。
3/11 の記事では、“最有効利用の仮定(非金融資産)”がテーマだった。この仮定は、「誰が最も高い値段をつけるかを想定すること」と書いた。しかも、この“誰か”は、その資産を最有効利用するための、補完的なその他の資産や負債(例えば資金)の調達が可能と仮定することができる。かなり都合の良い仮定だ。
3/13の記事では、“最有効利用の仮定と不確実性”がテーマだった。この仮定は、3/11 の記事で見たように都合の良い仮定なので、見積った公正価値は、均衡価格や平均価格ではなく、“売却可能な最も高い値段”のイメージになる。しかし、仮定には“不確実性”の考慮が必要だ。(教科書的な“市場”ではなく現実の市場、即ち、取引参加者は個性を持っている点を強調するために、自衛隊の海外活動に対する中国政府と韓国政府の反応の違いを例にした。かなり強引な結びつけだが。)
そして前回(3/18 の記事)は、“秩序ある取引”を取上げた。市場が秩序を失った異常な状況にある場合、市場価格に調整を加えることを要求するものだが、秩序を失ったと判断するハードルが高過ぎて、逆に市場価格重視を強調しているかのようだった。(そのハードルの高さを「クリミア介入をロシアが正当化するようなもの」と表現した。しかし、上記のようにプーチン大統領は早くもクリミアのロシア編入を決めてしまった。その正当化の主張は WSJ の無料記事に詳しく書いてある。が、果たしてハードルを越えられただろうか。)
(公正価値の定義)
本基準は、公正価値を、「測定日時点で、市場参加者間の秩序ある取引において、資産を売却するために受け取るであろう価格<略>」と定義する。(IFRS13.9 但し、単純化のために、負債に関連するところを省略した。)
このうち、このブログでは“市場参加者”と“秩序ある取引”について検討してきたが、上記の“最有効利用”は、非金融資産の公正価値を見積る場合に、“市場参加者”に含意される仮定だ(同.27)。このシリーズでは、WhatsApp 社の非金融資産である自己創設無形資産の測定が目標なので、この仮定が重要になる。
このほかに、資産の公正価値測定に関連して説明されている主な項目は、次の通り。
● 公正価値の測定対象になるのは特定の資産(同.11~)
“特定の”資産なので、その状況・個性に合わせた評価を行う。
● 市場の選択(同.16~)
複数の市場で取引できる資産に関するルール。いつも使っている市場か、そういうものがなければ最も有利な市場の価格を使用する。例えば、マグロ漁船のマグロは、港ごとの相場で水揚げする港を決めるので、いつもの市場ではなく、最も有利な市場の方に該当する。
● 出口価格(同.24~)
見積るのは購入価格ではなく、売却を前提とした価格。取引コストによる調整は行わない。これが必要な場合は、それぞれのIFRSで規定する(例えば、減損会計では回収可能額を見積る際に“処分費用控除後の公正価値”と規定している。IAS36.6 など。)
いずれも、今回の自己創設無形資産の例ではあまり該当しないか、当然の前提であり、追加の説明は不要と思われるが、もし必要になったらその都度補うことにする。さらに、IFRS13号には、負債や自己株などの企業自身の資本制金融商品に関する規定、評価技法に関する規定がある。
(評価技法)
このうち、評価技法に関しては、今回の無形資産のテーマにはあまり関連しないと思って、今まで触れずにいたが、改めて読んでみるとなかなか興味深い。そこでちょっと詳しく書きたい。僕が重要と思うのは、次の通り。
● インプットと評価技法の選択(複数技法の組合せを採用するケースを含む)
評価技法(=評価モデル)に入力するデータ(“インプット”と呼んでいる)は、なるべく観察可能な情報を優先し、見積りは最小限にする。または、見積りの影響を最小にできるような評価技法を選択する、又は、評価技法の組合わせを決める(同.61 など)。
● 評価技法の改善
状況に変化があれば評価技法にも改善を加える。即ち、一貫すべきだが、継続性より実態の反映を優先する(同.65 など)。評価技法の改善も、会計上の見積り方法の変更の一種なので、会計方針や会計上の見積りの考え方と一貫している(同.66 但し、変更の開示については後述)。
● 改善した評価技法の検証(インプットに見積りを使用するケース)
当初測定(=取得時の資産価額)が公正価値の資産について、その後の決算時の測定(=事後測定)で見積り値をインプットとして使用する評価技法を採用する場合は、その新しい評価技法で当初測定時の公正価値を計算し、検証し、評価技法を調整する(同.64 など)。要するに評価技法の改善が状況の変化に対応したものであり、考え方が一貫していることを確認する。
● 評価技法変更の開示
会計上の見積りを変更すれば一定の開示が必要になるが(IAS8号)、評価技法の改善については開示不要(同.66)。
「え、なぜ?」と思われるかもしれないが、例えば、現行の日本の会計実務でも、貸倒引当金の見積りにおいて、ある得意先が実積率の対象から個別引当の対象に遷移しても(=その得意先に対する評価技法の変更・改善)、見積りの変更として注記されない。それと同じ考え方だと思う。貸倒引当金の場合は、どのような技法を用いても「回収不能額を見積る」という点で一貫している。逆にいえば、評価技法の改善にはそのような一貫性が必要ということだと思う。
さて、IFRS13号は、“最有効利用の仮定”で作成者(=企業)に自由・裁量の余地を与える一方で、“市場参加者の仮定”という枠をはめた。そして、“秩序ある取引”では市場価格を重視し、評価技法では観察可能なインプット重視と考え方の一貫性を強調し、ここでも作成者の自由・裁量にタガをはめている。IASBとしては、これで作成者の裁量と規制のバランスをとったということだろう。
しかし、現実に無形資産の公正価値を見積るにあたって、観察可能な情報だけで評価モデルが組めるだろうか? もちろん、無理だ。むしろ、その企業特有の“特定の”資産、しかも自己創設の無形資産を評価するのだから、見積りによるインプットがかなり測定値に大きな影響を与えるのではないかと思う。
果たして、自己創設の無形資産の測定においても、バランスが取れるか? これは WhatsApp 社を例に具体的に見ていくしかない。というわけで、次回こそは、WhatsApp 社のケースで検討したい。
ところで、僕が今回評価技法について興味を持ったのは、上記の WSJ の無料記事にあるロシアの主張を読んだからだった。というのは、プーチン大統領は、過去の最高指導者フルシチョフ氏の決定を覆し、現在のチェチェンに対する政策と矛盾する主張をし、条件が違い過ぎて比較にならないコソボ紛争を根拠にした。過去や現在の状況と一貫性がない。しかし、これでは見積りのインプットを使用する評価技法へ変更する際に要求される検証に耐えられない。ロシアの主張はIFRSでは通用しないと直感できたからだった。
意外なところでIFRSが役立った。そして、この一貫性のタガは、意外に強力かもしれないと思った。ただ、WhatsApp 社の例でこのタガが、どのような役割を果たせるかは、まだ分からないが。
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