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2014年3月25日 (火曜日)

351.DP-CF39)公正価値:一般より有利な契約等~ブラック企業は資産が増える?

2014/3/25

先週の「激論!クロスファイア」(3/21(土)BS朝日10:00~)は、とても良かった。ゲストの冨山和彦氏の話は実に興味深かった。特に、農業が GDP に占める割合がとても少ないこと、円安の好影響を直接受けられない7割の企業(この比率が何による比率かは分からないが、サービス業等ローカルな事業を展開する企業の経済規模のイメージだと思う)の経営改革・廃業と起業の促進、医療業界のイノベーションを促進する規制緩和、雇用流動化の本当の影響。いずれ機会があれば紹介させていただきたい。

 

今回は、WhatsApp 社がもし、自己創設無形資産を資産計上するとしたらどうなるか、経営にどのような影響があるかについて考えたい。既に、何が資産計上の対象になるかについては検討済みであり、それらを公正価値評価することで、経営に何が起こるかが、僕の興味の対象だ。(この数回分の振返りについては、前回 3/20 の記事をご参照願いたい。) 公正価値で評価するには、市場参加者の中から、最有効使用してくれそうな相手を想定し、なるべく見積り要素の影響を減らせるように観察可能な情報に基づくことが必要になる。果たして、コストを上回る貢献を経営にもたらすだろうか。

 

 

(一般より有利な契約等)

 

例えば、借上社宅などの賃貸契約で一般より有利な内容を含む契約を公正価値で評価して資産計上することが考えられる。

 

まずは、「一般の賃貸契約の内容」をどのように把握するかが課題だが、例えば、「不動産流通近代化センター」という公益財団法人が運営しているサイト(不動産ジャパン)があるので、限定的ではあるが、相場の動向を知ることができる。さらに、ネットの賃貸物件紹介会社の空き部屋情報は、株でいえば“売気配値”なので注意が必要だが、より具体的な物件内容や取引条件を知ることができる。しかしそれでも、賃貸物件は個性が強いので厳密に「一般より有利か不利か」という比較は困難だ。

 

実務的には、恐らく「一般」に対し幅を持たせて、その幅を超えたもののみ“有利”と判断することになるのだろう(逆に“不利”と判断して負債を計上することもありえる)。しかし、この“幅を持たせる”という考え方は可能だろうか。

 

関連しそうなIFRSの規程としては、複数の評価技法による評価額の差の範囲について、「公正価値測定は、その範囲の中の、その状況において公正価値を最もよく表す一点である。」(IFRS13.63)とする規程、そして気配値情報について「公正価値を測定するために、ビッド・アスク・スプレッドの範囲内でその状況における公正価値を最もよく表す価格を用いなければならない。」(同.53)というものがある。共通するのは、範囲内のある1点を状況に応じて決定し、公正価値測定に使用するということだ。すると“幅を持たせる”のは無理か?

 

いや、そうではあるまい。これらの規定で1点に決定するとしているのは、決定しないと計算上公正価値が算定できないためであるように思う。だとすれば、「有利な場合は幅の上限を、不利な場合は幅の下限を超える部分を将来キャッシュ・フローとして扱う」という評価モデルはありえるように思う。これでも1点を決めていることには違いはないし、市場参加者が想定する不確実性を考慮したモデルと考えられないこともない。これらについては、IFRS13号の結論の根拠の「評価調整」というセクション(BC143~)に記載されていることが該当し、“幅を持たせる”根拠になると思う。

 

しかし、借上げ社宅1件ごとにこの手間をかけるのか? もし、IASBが企業に重要性の判断を許容しないのであれば、やらなければならなくなる。WhatsApp 社は従業員が 50 人程度だから、やろうと思えばやれるが、そのまま一般化するのは無理だろう。特に、情報収集が大変だ。果たして、この評価作業は、手間に見合う経営的な価値があるだろうか。

 

もしあるとすれば、「家賃相場の下落時に、賃貸契約改定交渉を行うべき時期を知る」ことか。しかし、それなら個別評価する前に、相場の動向やその他の環境条件の変化に注意を向けていれば足りる話だ。契約時には幅の範囲にあると仮定すると、契約時から相場や環境条件が大きく変わった物件についてのみ、公正価値評価を行えばよい。これは暗に企業に重要性の判断を容認することになるが、このような考え方が認められるだろうか。というか、認められるようにしなければならないだろう。

 

以上から得られた教訓は次の通り。

 

 契約時の内部統制の改善

 

契約時には、“一般の幅”の範囲にあるか否かを確認するステップを設ける必要がある。普通は不利な契約ではないことが承認手続で確認されるが、有利な場合には資産計上へつなげられる仕組みも必要になりそうだ。(事前にこのような仕組みを作っておくと、IFRSに自己創設無形資産を計上する規定が追加されても、慌てる必要がなくなるかもしれない。)

 

 契約後のフォロー

 

相場や環境条件が変動した場合に、新たに負債計上せざるえなくなることを防止するため、個別契約の改定を促す仕組みや、新たに資産計上すべきものがないかを確認するため、公正価値測定の試算を促す社内管理の仕組みが必要になりそうだ。

 

 企業の重要性の判断

 

しかし、「無条件にすべての個別契約の測定をやらなければならない」というようなIFRSにはなってもらいたくない。僕が借上げ社宅を例に挙げたこともあり、みなさんも経営への貢献があまり感じられないのではないかと思う。やはり、もっとはっきりと、資産計上の対象を経営上重要なものに絞るべきではないか。即ち、企業に重要性の判断を認めて欲しい。

 

 

ところで、これを書きながら心配になったことが一つある。借上げ社宅などの不動産賃貸契約は、一例に過ぎず、その他にも色々な契約が対象になるに違いない。例えば、労働契約はどうだろう。「一般より安い給料(労働契約)」は企業の資産に計上されるのだろうか?

 

Wikipedia の「同一労働同一賃金」を見ると、EUや米国は、基本的には「同一労働同一賃金」となっているため、“一般”が明確になっているし、そもそも(雇用主にとって)一般より有利・不利は、あまりなさそうだ。しかし、日本は・・・

 

もう少し具体的には、EU諸国では法律で「同一労働同一賃金」の枠組みが定められているので、仮に、対象になる雇用契約があっても公正価値測定を行いやすそうだ。しかし、そもそも評価の対象になるような雇用契約がないかもしれない。米国でも基本的に同一労働で大きな格差が生じるケースは少なそうだが、一部の雇用形態は法制化されていない。したがって、“一般より有利”な契約はあるかもしれない。しかし、日本よりは明確に評価対象となる契約を識別できそうだし、公正価値測定もできそうだ。

 

(違法でない)有利さがあれば、公正価値による資産計上の対象になる。日本では職務内容より、個人の属性(学歴や勤続年数、正社員・非正社員)の影響が大きいので、欧米流の「同一労働同一賃金」でない例がたくさんありそうだ。もしかしたら、それらは、資産計上の対象になるかもしれない。上記の Wiki に竹中平蔵氏の言葉として次のようにされている。

 

たとえば竹中平蔵は、著書の中で「安倍晋三内閣で同一労働同一賃金の法制化を行おうとしたが、既得権益を失う労働組合や、保険や年金の負担増を嫌う財界の反対で頓挫した」と述べ、社会正義のためにも改革が急務であると主張している。

 

「同一労働同一賃金」は、国際労働機関(ILO)を中心に展開されてきた基本的人権の一つなのだそうだ。国際人権法にも明記されているという。日本でも、IFRS云々の前に、その良し悪しについて社会的な議論が必要かもしれない。アベノミクスの雇用流動化にも関連するだろう。その結果、もし、日本の現行制度が維持されるのであれば、どのように「一般的な雇用契約」を把握するのか、検討が必要かもしれない。職種別の雇用条件統計といった情報の取り纏めと公表が必要かもしれない。しかし、そのような資産がB/Sにど~んと計上されている企業の株を、欧米の投資家は買うだろうか。日本の投資家は?

 

いや、欧米にも強欲な企業はあるから、域外・国外にどのような雇用契約があるか分からない。もしかしたら、より巨額の資産が計上されるかもしれない。

 

ん~、しかし、やはりそれはあまりないか。昨年、バングラディッシュの縫製工場の火災で大勢の従業員が亡くなったが、その労働条件の劣悪さに発注元の欧米企業が大きな批判にさらされた。これだけではない。インドの綿花労働者、アフリカや南米の貴金属採掘・精製労働者など、欧米では、サプライチェーン・レベルのコンプライアンス管理が求められている。そうであれば、海外であってもグループ会社の労働条件には気を使うだろう。

 

しかし、国によって物価(=生活費)は違うし為替レートも変動する。厳格に欧米と発展途上国を同一賃金にしたら、経営も労働者の生活も反っておかしくなる。したがって、(通貨圏や)国ごとの賃金格差は当然存在する。すると、この格差を、欧米のグローバル企業は資産計上するのかもしれない。

 

いやいや、ちょっと待て。そもそも、現行のM&Aの規準でも、買収された会社の労働条件が有利(=低コスト)だとして、買収を行った会社の連結財務諸表に計上される資産というのは、僕は知らない(勉強不足かもしれないが)。このシリーズは、「M&Aの規準と同様の規準で、のれんを除く自己創設無形資産を計上したらどうなるか」という検討なので、M&Aで資産計上されてないのであれば、この検討でも、やはり、資産計上の対象外かもしれない。

 

ただ、対象外となる根拠を探すために、IFRS3号「企業結合」やIAS38号「無形資産」をざっと眺めてみたが、僕にははっきりとは分からなかった。おかしいなあ、と思いながら、さらにIFRS3号の結論の根拠まで読み進めてみると、なんと、雇用契約が資産計上の対象となると明記されていた。やはり、低コストな雇用契約は資産計上の対象になる。但し、「同一労働同一賃金」は、市場内で比較するようだ。この規程を以下に引用する(IE37)。

 

契約の価格が市場の条件と比較して有利であることにより、雇用主の立場からみて有利である雇用契約は、契約に基づく無形資産の1つのタイプである。

 

恐らく、この“市場”は、通貨圏や国を単位とする市場とか、もし、ローカルに事業を行っている企業であれば、その範囲における賃金相場かもしれない。そうなると、(通貨圏や)国ごとの賃金格差は資産計上の対象にならないが、その市場内で「同一労働同一賃金」になっていなければ、対象になる可能性がある。ということで、IFRSの場合は、企業に有利な労働条件は、無形資産として資産計上される可能性があることが分かった。(と同時に、僕の勉強不足も露呈してしまった。)

 

そこで気になるのは、現行の日本の基準だ。すでにIFRSとコンバージェンスが済んだとされているが、日本の「同一労働同一賃金」ではない労働契約はどうなるだろうか。企業結合会計基準(平成25913日改正)【リンク先はASBJのHP】の 100 項(結論の背景)に次のような記載がある。

 

・・・。したがって、例えば、当該無形資産を受け入れることが企業結合の目的の 1 つとされていた場合など、その無形資産が企業結合における対価計算の基礎に含められていたような場合には、当該無形資産を計上することとなる。

 

これを読むと、低賃金の従業員を抱える会社を買収した場合は、低賃金の雇用契約に相当する経済価値が資産計上の対象になりそうだ。仮にブラック企業を買収した場合は、その企業がブラックであればあるほど、多額の無形資産が計上されるかもしれない(もちろん、適法な範囲で)。しかし、一方で、企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針(平成25913日改正)【同上】の 58 項「法律上の権利」には、次のような記載がある。

 

企業結合会計基準第 29 項にいう「法律上の権利」とは、特定の法律に基づく知的財産権(知的所有権)等の権利をいう。特定の法律に基づく知的財産権(知的所有権)等の権利には、産業財産権(特許権、実用新案権、商標権、意匠権)、著作権、半導体集積回路配置、商号、営業上の機密事項、植物の新品種等が含まれる。

 

資産計上される法律上の権利の範囲は、「特定の法律」に限定されており、労働基準法など労働契約に関する法律は上記に含まれていない。労働法の臭いも感じない。したがって、日本の場合は、有利な(=低コストな)雇用契約は、資産計上の対象外と思われる。したがって、もしブラック企業を買収しても、そのブラック資産は計上されないのではないかと思う。

 

 

さて、冒頭で“WhatsApp 社について考えたい”と言いながら、ほとんどが同社から離れた内容になってしまった。しかし、WhatsApp 社のケースに限れば「米国のベンチャー企業に借上げ社宅はない」で終わってしまうだろう。それでは話がしぼんでしまうし、やはり日本の状況に照らして考える方が面白い。ということで、次回は「売却可能なノウハウや研究・データ」になるが、同様に進めていきたい。

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